この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

文字の大きさ
34 / 64
本編

第三十四話

しおりを挟む

 エンの許可が下りると、翡翠は毎日のように私のところへ通ってくるようになった。最初の頃はエンに会いに来ているのだとばかり思っていたけれど、二人はそれほど仲良くないみたいだ。



 エンが何か言うと、翡翠はすぐに怒る。

 子ども相手に大人げないとは思うものの、エンの口の悪さにも問題があるのだ。





「神獣ともあろう者が、人間の女のケツを追っかけるなんて恥ずかしくないのか?」

「珊瑚は君みたいなクソ真面目野郎はタイプじゃないってさ」

「僕の使用人に目をつけるなんて、蓬莱国にはよほど女がいないんだね」



 

 本人はからかっているつもりなんだろうけど、翡翠は本気で傷ついていると私は思った。なぜそう思うのか自分でもわからないけれど……ただそう感じるとしか言いようがない。



 それに翡翠の正体が神獣だということにも驚いた。蓬莱国の神獣といえば、青龍に違いない。翡翠は何も言わないけれど、エンが嘘をついているとも思えないし。だとしたらエンは何者? ただのお金持ちのお嬢様ではない? 訊いたところでどうせはぐらかされてしまうだろう。二人の会話を聞いていると、いつも頭が痛くなってくる。





「俺がここへ来るのは迷惑か?」





 ある時、翡翠に訊かれて私は困った。

 迷惑だと答えれば、彼は二度とここへは来ないだろう。



 そんな気がする。





「どうして私なんですか?」





 わざわざ自国を出て、桃源国にまで会いに来るなんて、普通じゃ考えられない。神獣だからできることなんだろうけど、ただの人間である私にそこまでする価値はないと思う。



「……気になるからだ」

「気になるって?」

「君には繋がりを感じる」

 

 一目惚れを信じない私が、なぜかこの言葉には心惹かれた。



「君は朱雀に気を遣いすぎだ。俺にも。言いたいことがあればハッキリ言うといい」



 どうやらエンの正体も神獣、それもこの桃源国を治める朱雀らしい。薄々そんな気はしていたので、私は驚かなかった。



「居候の身で、そんなことできません」

「……変わらないな」



 びっくりして彼を見ると、彼もまた、驚いた顔をしていた。



「今、俺は何と言った?」

「変わらないなって……まるで私のことを知っているような口ぶりだったわ」



 敬語も忘れて、私は言った。



 翡翠は考え込むように顔を伏せると、そのまま部屋を出て行ってしまった。おそらく自国へ帰ったのだろう。いつもなら「また来る」と言ってくれるのに。







 翌日、翡翠は来なかった。

 その翌日も、さらに翌日も。







「ねぇ、エン」

「なんだい、お姉さん」

「どうして翡翠は来なくなったの?」

「……気になる?」



 私は素直に頷いた。



「彼に好かれていると思っていたから。自惚れたのね」

「もしかしてお姉さん、あいつに惚れた?」



 首をひねる私を見て、「あーはいはい」とエンは苦笑する。



「どうせ分からないんでしょ? 自分のことなのに分からない」

「面倒臭い女で悪かったわね」

「僕、そんなこと言った?」

「顔に書いてあるわよ」



 拗ねる私に、エンはなだめるような声を出す。



「直接会って、確かめてきなよ」

「彼の気持ちを?」

「お姉さんが青龍のことをどう思っているのか、だよ」

「確かめたくても、確かめられないわ。だってここにいないんだもの」

「なら会いに行けばいい」

「簡単に言わないで」

「簡単だよ。僕が協力してあげる」



 桃源国から蓬莱国への道のりは果てしなく遠い。それに両国には結界が張られているから、無許可で通過することもできない。けれどエンが言うと、本当に簡単に思えてしまうから不思議だ。



「ありがとう、エン。けれど会いに行くなら私一人で行くわ」

「なるほど、僕がついて行くとあいつが不機嫌になるからね」



 嘘がつけず、私は曖昧に微笑んだ。

 けれどエンは寛容な仕草で頷くと、



「なら飛翔を一頭あげるよ。あとできる限り、人との接触は控えること。極力、顔は見られないようにね」



「分かったわ。女の一人旅は危険だものね」

「というより、お姉さんに何かあったら、僕があいつに殺されるから」



 小声で呟き、ぶるっと身体を震わせる。



「護衛も付けてあげるよ」

「あら、必要ないわ」

「だったらお姉さんの周りに結界を張ってあげる」



 エンは私に向かって手をかざすと、



「これでよし。試しに何かぶつかってみて」



 言われた通り、近くにある壁にぶつかってみる。

 直後、ふわっと柔らかな何かに弾かれて、私は後ろに下がった。



 続いて包丁の刃先を握ってみたが、分厚い膜のようなものに阻まれて、手には傷一つつかなかった。私はエンを見ると、感心したように言った。



「エンって本当に神獣様だったのね」

「もしかして疑ってたの?」



 傷ついた顔をしていたけれど、どうせ演技だろうと思い気にしなかった。ずっと一緒に暮らしていたおかげで、彼女の性格はだいたい分かっている。意地悪でお調子者で、けれど優しすぎるほど優しい。



「じゃあ、行ってくる」

「うん、もうここへは戻ってこなくていいから」

「どうしてそんな意地悪を言うの?」

「決まってるだろ、君のためさ」



 エンは苦笑いを浮かべながら、旅支度を終えた私を送り出してくれる。



「青龍に会ったら伝えて。せっかく呪いが解けたっていうのに、自分から捕まりに来るとは思わなかった、この大馬鹿野郎ってさ」



しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...