この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

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番外編

炎帝陛下の番でした

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「俺、もうすぐ結婚するんだ。羨ましいか? 羨ましいだろ、美麗」
「はいはい、良かったわね、おめでとう」

 そう自慢げに報告してきた幼馴染の顔――その幸せそうな顔を見て、相手の女性のことがどんなに羨ましかったか、この男はきっと気づいていないだろう。仕事で疲れた身体を引きずって、夕飯の買い物をしていたら、偶然にも絶賛片思い中の幼馴染に出くわして、まさか結婚の報告をされようとは――。

 ――ああ、だからこの前、市場で花を買ってたんだ。

 この国では、求婚時に男性が女性に白い花を贈る風習がある。贈る花は何でもいいというわけではなく、「永遠の愛」「真実の愛」といった花言葉があるものが人気だ。

 楽しそうに花を選んでいた幼馴染の姿を思い出して、ぎゅっと胸が締め付けられた。まさか告白する前に失恋するなんて、今日は本当にツいていない。

「お前も年だからって諦めんなよ。頑張ればきっといい出会いがあるさ」   
「あはは……そうだね」

 こんな時まで笑わなくていいのに。
 顔で笑って心で泣くというのはこういうことを言うのだろう。

「じゃあな、美麗。式には絶対来てくれよな」
「うん、楽しみにしてる」

 断ればいいのに、人前だといつも強がってしまう自分が憎い。昔からそうだった。人に頼みごとをされると断れなくて、甘えるのが苦手で、言いたいことをいつも我慢してしまう。

 ――こういうの、長女気質って言うんだっけ?

 幼馴染と別れた途端、どっと疲れが出てきて、私はとぼとぼと家路に向かった。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた私は、物心ついた頃から家事や弟たちの世話に追われて、ろくに学舎にも通っていない。12歳になってからは近所の食堂で朝から夜まで働き、飲んだくれの父親に代わって必死に家計を支えてきた。

 弟たちが皆成人して家を出て行った時には29歳、結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。それでも後悔はしていない。私が働きに出てまもなく父が亡くなったので、病弱な母を一人家に残して嫁ぐことはできなかったし、「姉ちゃんの老後の面倒は俺たちが見てやるから安心しろ」と弟たちにも感謝されている。

 ――けど、さすがに今のはキツかったな。

 幼馴染とは家が近いので、これからも頻繁に顔を合わせることになるだろう。 

 ――どこか遠い場所に行きたい。いっそのこと、田舎にでも引っ越そうかな。

 生まれ育ったこの町に未練はなく、むしろここにいると、辛い過去の記憶に押しつぶされそうになる。物心ついた頃からずっと働き詰めで、ここ数年は、母の死から立ち直るために、いっそうがむしゃらに働いてきた。当然身なりを構う余裕もなく、幼馴染に振り向いてもらえなかったのも――そもそも女として意識されなかったのは、そのせいかもしれない。

 ――ちょうど今日で仕事も終わりだし。

 新しく若い娘が入ることになったから、あんたにはやめてもらいたいと、申し訳なさそうな顔をした店主の言葉を思い出して、ため息をつく。確かに私みたいなおばさんがいつまでも看板娘を続けていたら、店としても迷惑だろう。元々好きな仕事ではなかったし、それなりに退職金ももらえたので不満はないが。

 ――なんか使い捨てにされた気分。

 いいや、考えようによってはこれで良かったのかもしれない。まとまったお金もできたし、人生をやり直すチャンスかも。噂じゃ田舎の農家は嫁不足らしいし、こんな行き遅れの私でも必要としてくれる人がいるかもしれない。学はないし、顔立ちも平凡そのものだけど、身体は健康だし、体力にも自信がある。

 徐々に足取りが軽くなるのを感じながら、私は前向きに考えた。
 帰ったら荷造りをして、朝一番に町を出よう。

 ようやく家が見えてきたと思ったら、周辺が妙に騒がしいことに気づいて、思わず足を止めてしまう。見れば私の家の前に飛翔ひしょうが留まっている。それも1頭や2頭ではない。少なくとも5頭はいるだろうか。

 飛翔とは、神獣朱雀に似た巨大な鳥で、ここ桃源国とうげんこくでは家畜として飼育され、高値で取引されている。主に貴人の乗りものとして利用されるのだが、見た目が美しいので観賞用として飼育されることも珍しくない。

 ――ものすごく綺麗。あんな綺麗な飛翔、初めて見たわ。

 きっと持ち主はとんでもないお金持ちに違いない。
 なにせ飛翔の餌は純金らしいから。  

 ――でもどうして私の家に前に……?

 不思議に思って眺めていると、飛翔が背負った輿から続々と人々が降りてくるのが見えた。皆、揃いも揃って厳しい顔つきで、いかにも貴人ですといった身なりをしている。中でも一番高価そうな衣装を身につけた老人が先頭に立って、あばら家の戸を叩いているので、

「あのー、私の家に何か御用でしょうか?」

 彼はハッとしたようにこちらを向くと、ずかずかと近づいてきた。背が高く、やけに目つきの鋭い老人で、私は蛇に睨まれた蛙みたく、動けなくなってしまった。

「美麗という名の娘を捜しているのだが」
「……美麗は私ですけど」

 何だか物々しい雰囲気で、不安になってきた。けれど生まれてこのかた犯罪に手を染めたことは一度もないので、きっと何かの間違いだろう。

「ただ、娘っていう歳でもないので、勘違いじゃ……」
「確認させていただく」

 次の瞬間、衣服に手をかけられ、私は反射的に抵抗した。
 けれどすぐに取り押さえられ、強引に腰帯をとかれる。

 公衆の面前で服を脱がされるなんて、一体私に何の恨みがあるのかと、最初こそは暴れて抵抗したものの、どうせもう若くもないしなと途中から思い直し、抵抗をやめてしまう。ひどく疲れていたせいもあったのだろう。どうとでもなれという心境だった。

「間違いない、花の形をした字だ。この娘には印がある」

 胸元を指さされ、私は身を固くした。そこには確かに花の形に似た字がある。生まれた時からあったが、気にもとめていなかった。

 興奮気味の老人の言葉に、周囲の貴人たちはどよめき、歓喜の声をあげていた。

 あまりの展開に頭が追いつかず、呆然とする私の前で、老人はおもむろに跪く。彼にならい、周りにいた貴人たちもいっせいに膝をついて頭を下げる。


「遅くなって申し訳ありません。お迎えに参りました、炎帝陛下の番様」


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