この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

文字の大きさ
50 / 64
番外編

番であることを知る

しおりを挟む


 私はその日の晩、眠れない夜を過ごした。
 ここに来てからというもの、陛下のことばかり考えている気がする。

 何度も何度も考えた結果、私はやっぱり彼に死んで欲しくないと思った。王さんに頼まれたからじゃなくて、私自身が彼に生きていて欲しかった。けれどそのためには、私も彼と同じ分だけ生きなければならない。とりあえず私が生きて、彼の目の届く場所にいれば、彼は彼のままでいられるのだから。

 ――でも、私は普通の人間だし。

 そういえばいつだったか、エン様が教えてくれた。蓬莱国の番様はもう二百年以上も生きておられると。けれど元は普通の人間だったはず。


『けれどもし……もしもだよ、不老不死になれる方法があるとしたら、美麗はどう思う?』


 神獣様は神通力を使い、天候を自在に操ることができると言われている。だったら人の寿命を伸延ばすことくらい、簡単なことなのかもしれない。


 ――人とは違う時間を生きるということは、とても恐ろしいことだけど。


 その恐怖と戦ってでも、長生きしたいと思った。私が生きて、そばにいることで炎帝陛下の自我が保てるのなら、何だってする覚悟だ。

 ――本当なら、最初から会わなければ済む話だったのに。

 けれどもう出会ってしまった。
 後戻りはできない。

 ――このことを陛下に伝えないと。

 一番の問題はそこだった。もしかすると彼は、このことを見越して、私のことを避けているのかもしれないからだ。。

 ――うだうだ考えていても仕方がないわ。会って、話をしなくちゃ。

 しかしどうすれば逃げ回る炎帝陛下を捕まえることができるのか。
 私がうんうん悩んでいると、


「灯台下暗しですわ、美麗様」
「そうですよ、いつだって大切なものは身近にあるというではありませんか」
「美麗様なら見つけられます」


 どうやら悩みを全部口に出していたらしく、世話係の女の子達に励まされてしまった。ただ何のことを言っているのかはよく分からなかったけれど。
 
 ――以前のような手はもう二度と使いたくないし。

 炎帝陛下に怒鳴られ、泣きながら気絶してしまった文官さんを思い出すと、今でも胸が痛む。王さんも、エン様に何か言われたのか、あれから全く姿を現さないし。
 
 自分で何とかしなければと思うものの、何も思いつかず、

 ――これ以上、頭を使ったら溶けてしまいそう。

 策を弄するのは自分には合わないと感じて、私は直感で行動することにした。ようするに、私が炎帝陛下に会うにはその妹であるエン様の協力が必要なので、泣き落しでもなんでもして、エン様に取り入ることにした。

 この思いつきが、のちに炎帝陛下をいっそう苦しめることになるのだが、この時の私は知る由もなかった。




 ***




「エン様、どうすれば炎帝陛下に会わせてくださいますか?」

 翌日、ひょっこり顔を出したエン様に、私はすぐさま駆け寄ると、両手を合わせて懇願した。何でもしますから、炎帝陛下に会わせてください、どうしても会う必要があるのだと切実に訴えるものの、

「どうせ、退位するのはおやめください、とかって言うんだろ? ダメだよ」

 私が近づいた分だけ、エン様は離れてしまう。 
 とりつくしまもない。

 こうなったら、と私は思い切って、エン様に抱きついた。
 直後、エン様は直立不動で固まってしまう。

「み、美麗……離れて……」
「離れません」
「は、離れてよ」
「離れませんっ」

 弱りきった声を出されても、腕に力を込めて、私は答える。

「炎帝陛下に会わせるとおっしゃるまで、このままです」

 エン様は身体に触れられることをものすごく嫌がる。分かっているのに、自分でも止められない。うまく取り入るつもりが逆に脅迫するかたちになってしまった。それでも、私は炎帝陛下に会いたかった。

「美麗、今すぐ離れるんだ。さもないと……」

 エン様が苦しそうに呼吸されている。
 つい心配になって腕の力を抜き、顔を覗き込むと、

「――あっ」


 唇に柔らかな感触が触れた。
 そのまま軽く吸われて、口づけられていることを知る。

「え、え、エン様……?」

 慌てて離れようとしたけあとの祭りで、気づけば私は抱き上げられて、柔らかな長椅子の上に降ろされる。まさかあの華奢な身体に、私を持ち上げるだけの怪力があろうとは驚きだ。仰向けに置かれて、ぼうっとしている間にエン様が私の上に乗って覆いかぶさってきた。

「エン……様?」

 その姿が徐々に変わっていくのを、私は見た。14、5歳くらいだった美少女がみるみる成長していき、美しい青年の姿になる。

「炎帝陛下……」

 兄妹だから似ていて当然だと思っていたけれど、まさか同一人物だったとは。お世話係の女の子たちは、おそらくこのことを知っていたのだろう。だからこそ、あのような助言をくれたのだ。

 ――こんなことにも気づかないなんて……私ってホント馬鹿。

 びっくりしてぽかんとしている私に再び彼が顔を寄せてきた。唇を何度か吸われて、当然のように舌が入ってきた時はさすがに抵抗しようとしたけれど、できなかった。

 ――そりゃそうよ、好きなんだもの。

 遅ればせながら実感する。
 好きだからこそ触れたいし、触れられて嬉しいと思える。

 一方の彼はなぜか暗い目をしていて、はあはあと息を荒げている。無言のまま私の衣服に手をかけ、乱暴にはぎ取ろうとするので、私はなされるがまま、力を抜いて彼に身を任せた。そうすることが正しいと思えたから。

「美麗……美麗、可愛い、僕の番」

 うわごとのように言って、何度も何度も唇を合わせてくる。

 普段の、理性的で穏やかな彼とは打って変わり、その手つきは荒々しく、性急だった。私にとっては何もかもが初めての経験で、どうしていいのか分からなかったものの、恐怖はなかった。

 唇を合わせるという行為が、こんなにも気持ちの良いものだなんて知らなかったし、求められることに誇らしさを感じた。何より、彼に可愛いと言ってもらえたことがたまらなく嬉しい。
 
 愛する人の下で嵐のような時間を過ごしながら私は、あらためて自分が女であるということを知り、痛みと幸福感に酔いしれていた。



 ***




 目を覚ました時、炎帝陛下の姿はどこにもなかった。いつの間にか私は寝台の上に寝かされて、その周りを世話係の女の子達が忙しそうに動き回っている。

「まあ、なんてこと……」
「二人共、美麗様がお目覚めになられましたわ」
「美麗様、どこか痛いところなどございませんか?」

 目覚めた私に気づくと、三人は気遣わしげに顔を覗き込んでくる。
 私はすぐに答えようとしたけど、

「だい……ごほっ、けほっ」

 声がかすれてしまい、言葉にならなかった。
 軽く咳き込んでいると、優しく背中をさすられ、水を飲むよう勧められる。

 はー美味しい。
 乾いた大地に染み渡るようで、生き返る。

「痛むことは痛むけど、平気よ」
「どこが痛むのですか?」

 言いたくないので私は黙っていた。
 きっと彼女達だって聞きたくないはず。おばさんのあれの話なんて。

「美麗様、恥ずかしがらずにおっしゃってください」
「そうですよ、まもなく医師が参りますから」
「傷は一つ残らず治療するようにと、炎帝陛下のご命令です」

 大げさだと治療を拒否する私に、女の子達は怖い顔をする。

「かなり無茶をしたと陛下はおっしゃられていましたよ」
「それにこの惨状をご覧下さい」
「美麗様のお召し物がみな破けてしまっていますわ」

 確かにひどい有様だった。
 私の身体も噛み跡とうっ血だらけで、女の子達は痛々しげに目を細める。

「見た目ほどひどくないのよ。そんなに痛みもないし」

 彼女達に元気なところを見せようと、私は身体を起こして両手を振った。
 そのまま、寝台から立ち上がろうとするものの、

「……あれ?」

 足に力が入らず、再び座り込んでしまう。
 それに身体もだるくて、なんだか熱っぽい。

「何度も何度も陛下に求められたのですから、無理もありません」
「美麗様は初めてでいらっしゃるのに」
「あまりにも激しいご様子で、何度止めに入ろうと思ったかしれませんわ」

 その時のことを思い出して、ぶわっと頬に熱がこもる。まさか盗み聞きされていたとは知らず、穴があったら入りたい気分だった。というか、なぜ私が昨日まで処女であったことが彼女達に知られているのだろう。

「疲れが取れるまで、美麗様はそのままお休みください」
「すぐに食事の準備を致しますから」
「あとのことはわたくし達にお任せを」

 ううっ、なんてできた子達なんだろう。
 それなのにこんなおばさんの世話をさせてしまって本当に申し訳ない。

 大したことはないと思っていたのに、翌日、私は熱を出して寝込んでしまった。昔から身体は丈夫な方なので、この程度のことで寝込んでしまうなんて、情けなくて泣けてくる。おかげで陛下に会うことも話をすることもできなかった。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...