この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

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番外編

またもや炎帝陛下に避けられているようです

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「美麗様、どうかお助けください」

 翌日、人目を忍ぶように王さんが私のところへやってきた。しばらく見ない間に窶れて、頬がげっそりしている。その上、何日も眠っていないような顔をしていたので、これはただ事ではないと感じ、

「何があったんですか?」

 人払いをし、王さんと二人きりになると、私は小声で彼に訊ねた。王さんは周りに誰もいないことを確認すると、血走った目を私に向けた。

「実は陛下が……炎帝陛下が……」
「陛下が、どうかされたのですか?」

 王さんが落ち着くのを待って、私は促す。
 彼はかっと両目を見開くと、

「退位なされるというのですっ」
 
 かすれ声で言い、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。
 私はすぐに理解できずにぼうっとしていたけれど、

「退位って……王様をやめるってことですか?」

 こわごわ聞き返せば、王さんは弱々しく頷く。

「そんなこと、できるんですか?」

「陛下がおっしゃるには、自分が王位を退けば、次の王となる神獣様が天帝陛下より遣わされるとのことでした」

「でも……そうなったら炎帝陛下はどうなるんですか?」

「務めを放棄したと見なされ、天罰を受けることになるでしょう。人間を管理し、国を統治することが神獣様の存在意義ですから」

「天罰って……」
「ようするに消滅する……死ぬということです」

 あまりのことに言葉が出てこなかった。

「どうして……どうして……」

「あの方のお考えは、私には分かりかねます。単に国を統治することに飽きたのかもしれませんし、生きることそのものが嫌になったのかもしれません」

 確かに千年近くも生きているのなら、それもあり得ると私も思った。

「ですが私は、まだあのお方にこの国を治めて頂きたい、生きて頂きたいのです。ですから美麗様、どうか陛下に思いとどまるよう、説得して頂けませんか? もう、頼みの綱は美麗様だけなのですっ」

 すがりつくように懇願されても、私には自信がなかった。
 けれどこればかりは黙って見過ごすわけにもいかないと思い、身支度を始める。

「陛下のところへ参ります。案内してください」




 ***

 

 
 ――彼に会ったらなんて言おう。なんて話そう。

 もう会うつもりはないと宣言しながら、私が彼のことを忘れたことは一秒たりともなかった。勉強を教えてもらっている時はいつも緊張して、いっぱいいっぱいで、無意識のうちに陛下から離れようとしていたけれど、いざ離れてみると、以前にも増して、彼のことばかり考えている自分がいる。

 ――私が離れたのは、あの方のためだと思ったから……。

 彼もそのことは承知しているはず。それなのにどうして退位するなんて……死ぬなんて言いだしたのだろう。

 ――会って、確かめないと。

 そう思い、陛下のいる執務室に飛び込んだ私だったけれど、


「……誰もいない」


 すでに部屋はもぬけの殻で、窓が開けっ放しになっていた。
 私の後から付いてきた王さんが部屋の中を見て、「ああ」と絶望の声をあげる。

「また逃げられてしまったようですね」

 

 ***



 
 こうなったらエン様を捕まえて兄上様に会わせてもらうつもりだったけれど、

「ごめん、美麗。美麗の頼みでもそれだけはできない」

 と断られてしまった。

「そんな……だってこの前は会って欲しいって……」
「その時はその時、今は今だよ。考えが変わったんだ」
「変わったって、なぜですか」
「それを訊きたいのは僕のほうさ。美麗こそ、どうしたの? あんなに会うのを拒んでいたくせに」

 優しく顔を覗き込まれて、ぶわっと涙が溢れるのを抑えきれなかった。

「だ、だって、陛下が、死ぬなんておっしゃるから……」
「あー、それでパニクってるわけか。誰から聞いたの? 僕のほうから厳重に注意しておくよ」

 それはさすがに王さんに申し訳ないので、私は断固として口を閉じる。

「教えられません」
「まあ、聞かなくても分かるけど。どうせ王あたりに泣きつかれたんでしょ?」

 ぎくりとしたものの、「ち、違います」と王さんのために嘘をつく。

「別の誰かです」
「美麗、嘘ってバレバレだから」

 まともに嘘もつけないなんて、私ってなんてダメな女なんだろう。本格的に泣き始めた私の頭をエン様は「よしよし」と撫でてくれる。

「泣かなくてもいいんだよ、美麗。退位するって言ったって、今すぐってわけじゃないんだから」
「そ、そうなんですか?」
「うん、神獣が番を置いて死ぬもんか。退位するのは美麗が亡くなったあと……って聞いてるよ」

 だからといって喜べるわけもなく、

「私が死んだあとも、生き続けて欲しいです」

 願望を口にすると、エン様は「残酷なことを言うねぇ」と苦笑する。

「けど、当然の報いかな。僕も昔、青龍にひどいことを言ったし」
「……エン様?」
「ううん、こっちの話」

 エン様はふうと一息つくと、私のためにお茶を淹れてくれた。

「さあ、飲んで。落ち着くから」
「ありがとうございます」

 私が泣き止むのを待って、エン様は口を開いた。

「以前、番を殺された神獣が自国を滅ぼしたっていう話をしたと思うけど、覚えてる?」
「……はい、もちろん」

 子どもでも知っているような有名な話らしい。怒りと悲しみで我を失った神獣様が、七日間、天候を操って嵐を起こし、民を食い殺したのだそうだ。

 ――神獣様は番を愛し、番に執着する。

 そのように、天帝陛下がお作りになったからだ。

「中には番の死を受け入れられない神獣もいた。そいつは神通力を使って、番が死ぬたびに時を巻き戻すんだ。番と初めて出会った頃に。何度も、何度も……見ていて辛かったよ」

 炎帝陛下の話をしているはずが、まるで自分のことのようにエン様は語った。

「番を失った神獣は、たいてい自我を失い、攻撃的になってしまう。天帝陛下に天罰を与えられるか、他の神獣に殺されるかしない限り、暴走を続けてしまうんだ。下手をすれば罪のない人間を傷つけてしまう恐れだってある。だから番の死後に退位するというのは、その予防策でもあるんだよ」

 エン様の表情は優しく、口調はとても穏やかで、だからこそ「自我を失って攻撃的になってしまう」という神獣様のお姿を想像することはとても難しい。難しいけれど、



『僕の番に触れるなっ』



 まるで雷でも落ちたかのような怒声だった。
 そして、

『番に関わると、神獣は理性を失う。それが嫌なんだ。僕が、僕じゃなくなるみたいで』

 きっとあの時の言葉は――陛下が何より恐れていたのは、私が生きてそばにいることではなく、私が死んだあとのことを指していたのだと、今更ながら痛感する。

 ――でも五十年後なんて、ずっと先のことだし。

 けれど千年近く生きた彼にとってはほんの20分の1、人間でいえば4年程度の感覚で――確かにあと4年しか生きられないと考えると、ものすごく短い気がする。

「自我を失って、自分が自分でなくなったら、それは死んでいるのと同じことだ。他人を傷つける分、タチが悪い。僕だったら、そんな怪物になる前に、自分で自分の命を絶つよ」

 きっと、エン様の言っていることは正しいのだろう。
 そして炎帝陛下も同じ考えに違いない。

「陛下が私を避けておられるのは、私のことを恨んでいるからですか?」
「違うよ、美麗。君は何も悪くない。全ては天帝陛下がお決めになったことだ」
「でも……私がここへ来なかったら……」
「いずれにしろ、どこかで会っていたさ。だから君が気に病む必要はない」
「だったら、どうして陛下に会わせてくださらないんですか? 私があの方に何か……」
「情が移ると別れが辛くなると言ったのは君の方だよ」

 突き放すように言われて、私は口をつぐんだ。
 
 ――そうだけど……そうだけど。

 この感情をどう処理すればいいのか分からなくて、私は目を閉じた。
 胸が苦しくてたまらない。

 
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