溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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アルファは神を殺す

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 デァモントの信者たちが築いた石壁に沿って森の奥へと入ると、枯れ草の生い茂った一画に、古びた井戸があった。
 ここに井戸がある、と知らなければおよそ見つかりそうにない場所である。
 細い月明かりとランタンを頼りに歩いていたユリウスたち一行は、その古井戸を囲んで足を止めた。

 教皇ヨハネスは草を掻き分けてしゃがみ込むと、古井戸にかぶせてある木蓋を取り去り、内側に手を入れた。
 ヨハネスの肩越しに中を覗いてみれば、どうやらハンドルのようなものが取り付けられているようだった。

 ヨハネスが手を動かし、それを回した。
 すると井戸が地面の上を半円を描くようにスライドして、その下にぽかりと空いた穴が出現した。穴の奥には土を削ってできた階段が続いている。

 これが中央教会へと続く隠し通路か、とユリウスはヨハネスの動きを警戒しながらも、それを興味深く眺めた。

 地中へと続く階段は狭く、一人ずつしか通れない幅である。

 まず、身軽なハッシュが中へと入った。ランタンを片手に、彼はあっという間に奥へと消えていった。
 やがて、さほど待つこともなく戻って来たハッシュが顔を覗かせ、
「大丈夫そうです。降り切ってしまえば下は広くなってます」
 と言ってユリウスらを手招いた。

 ロンバードがヨハネスの両手を再び後ろで縛り上げ、伸ばした縄の先を己の腰ベルトへと結んだ。
 デュークとアンディが先行し、次いで拘束されたヨハネスを前にしたロンバード、そしてユリウス、ゲルト、クラウスが続いた。後続にはエーリッヒとジオ。

 最後尾のジオが、
「ここはどうしますか」
 と開きっぱなしの入り口を示して尋ねてきた。

「開けたままでいい」

 ユリウスは振り向いて答えた。内側から閉じるすべはもちろんあるだろうが、有事の際に備え解放したままで良いと判断する。
 ジオからの了承の返事を聞いて、視線を前へ戻そうとしたユリウスだったが、おのれの背後に居るゲルトの様子が気になり、暗闇の中、探るように彼の表情を見つめた。
 ゲルトの顔色は蒼白だった。



 あの後……信者たちの遺体を埋葬した後、弔いを終えたゲルトをユリウスは、捕らえたヨハネスを留置していた天幕へと連れて行った。

 彼と顔を合わせたときのゲルトは、表現しがたいほどの狼狽を露わにし、その場で腰を抜かした。
 脂汗をかいた顔色は白く、体の震えは尋常ではないほどで、両目からは滂沱の涙をこぼしていた。

 ひと言も発することのできぬゲルトを、ヨハネスは冷たい目で見下ろし、
「裏切り者はそなたか」
 とだけを呟いた。

 彼がゲルトに放った言葉はそれだけであった。

 立ち上がれないゲルトを、ユリウスが引き起こした。
 震え続けるその様子から、ゲルトを連れてゆくのは無理か、と判断したユリウスだったが、天幕からまろび出たゲルトは落ち着きを取り戻さないままに、自らそれを申し出てきた。

「私も連れて行ってください。私は見届けなければならない。あなたをここへ連れてきたことでなにが起こるのかを……私は見届けなければならないのです。なぜなら私が、私こそが、あなたをこの場にお連れしたのですから!」

 涙ながらそう語ったゲルトは、震えの止まらない手でおのれの目を拭い、ユリウスへと頭を下げた。

 この男は、リヒトを殺そうとした。
 か弱く幼いユリウスのオメガを山へと連れて行き、転がり落ちるのをただ見ていただけの、卑劣な男だ。

 憎しみはあった。
 ゆるされるならユリウス自身の手で、ゲルトをリヒトと同じ目に遭わせてやりたいとすら思う、厳然たる憎しみは、いまもユリウスの内側でくすぶっている。

 しかし、ゲルトにはゲルトの事情があった。
 彼を追い詰めたのは、どうしようもないほどの信仰心と、教皇ヨハネスである。

 神にも等しいであろう存在の教皇に、恐怖を覚えながらも真正面から向き合おうとしているゲルトへと、気づけばユリウスは手を差し伸べていた。
 震える彼の右手を握り、力強く包む。
 ゲルトは黒い瞳にユリウスを映し、無言で幾度も頷いていた。



 その彼は、いま、後ろ手に縛られロンバードに引き立てられるようにして歩くヨハネスを、蒼白な顔で見つめている。
 教皇を捕らえるあの縄を、切ってやりたいという気持ちがあるのだろうか。教皇を信じたいと思う気持ちが、まだ彼の中に、残っているのだろうか。

 ユリウスの視線に気づいたゲルトが、ハッとしたように目を見開き、それからぎこちなく頷いた。

 大丈夫です。
 声に出さずに唇だけを動かした彼へと頷きを返して、ユリウスは前を向いた。
 
 土を掘って作った通路を、奥へ奥へと進んでゆく。ところどころに地下水が沁みて、水たまりをつくっている。誰かがそれを踏む水音が、場違いな音楽のように流れてゆく。

 階段を降り切ると、ハッシュの報告通り通路が伸びていた。階段より幅のある通路は、大人三人が並んで歩けるほどだった。

 道は枝分かれすることなく、一本のまま伸びている。

 しばらく歩くと、鉄の扉に行き当たった。ギィィと音を立ててそれを開く。するとまた狭い空間が待っていた。
 今度は幅も高さもない。全員が屈んでそこを通り抜けた。

 出口に明かりが見える。
 先頭のハッシュが剣の柄に手を掛けながら、一番に狭い空間から抜け出した。

「小部屋ですね。誰も居ません」

 ハッシュの声に促され、ユリウスたちも続いた。
 照明の点されたその場所は、ハッシュの言う通り絨毯敷きの小部屋であった。地下なので窓はない。簡素なベッドがひとつあるだけの部屋だ。

 おのれが出てきたところを振り返って確認すると、そこには暖炉があった。
 なるほど暖炉の奥が隠し通路になっているのか、とユリウスはひとつ頷いた。
 サーリークの王城のそれに比べると、随分とわかりやすい隠し場所である。

「ここは?」
 部屋を見渡して、ユリウスは短く問うた。
 ヨハネス教皇は唇を軽く歪め、
「中央教会の地下室だ」
 と答えた。

「冬ごもりとやらの儀式に使う部屋か」

 ユリウスが問いを重ねると、ヨハネスの黒い瞳がじろりとゲルトを睨んだ。

「ずいぶんとおしゃべりな信者が居たものだ」

 抑揚のないその声に、ゲルトのひたいから汗が噴き出した。ユリウスはヨハネスの視線を遮る位置に体を割り込ませ、彼を背に庇った。

「そのおしゃべりな信者のおかげで僕はここまで来ることができた。ヨハネス、貴様の部屋に案内しろ」
「さて、私の部屋に何用があるというのであろうか」
「行けばわかる」
「ここは中央教会内部。上へ上がれば神兵が居るがよいのか?」

 帯剣こそしているが少人数のユリウスたちへ、ヨハネスが嘲笑にも似た笑みを向けた。

「居りません」

 言葉を割り込ませてきたのはゲルトだった。

「神兵など、居りません。そんな余力のある者など、ここには……」

 居ない、と。目線を床へ向けたまま、彼は低くかすれた声で語った。

 ほぅ、と溜め息のような笑い声をヨハネスが漏らす。

「そなた、勝手に教団を出奔しゅっぽんしたと思ったら、異教徒に尾を振っておったのか」
「出奔? あれは、あなた様がっ!」
「良い。ゆるす」

 ヨハネスの言葉が、部屋の空気を揺らした。

 不思議な音の響きだった。

 声にアルファの気配を纏って、ヨハネスが鷹揚に首を動かした。表情だけを見ると、捕縛されているとは思えないほどの余裕がある。 

「何年ぶりだ? 教団の地を踏むのは。そなたが居た頃と変わったものもあるだろう。その目でじっくりと確かめるが良い」

 ヨハネスに見据えられ、ゲルトが生唾を飲み込んだ。
 ユリウスは彼の背を軽く叩き、ロンバードへと顎をしゃくる。
 ロンバードが縄を引き、
「案内しろ」
 と促した。

 ヨハネスは薄笑いを浮かべたまま、扉の方へと足を運んだ。

 儀式の為の小部屋を出ると、廊下の先に一階へ続く階段が見えた。

 白いな、とユリウスは思う。
 この建物は、どこも真っ白な石造りになっている。そこに照明の光が反射して、壁や床に映る影がゆらゆらと揺れていた。

 地上階へ出ると、そこは打って変わって開放的な空間が広がっていた。
 アーチ型の天井は高く、窓の数も多い。昼であれば燦燦と陽光が降り注ぎ、さぞ明るく照らされるだろうと想像がついた。

 廊下はしんとしずまり返っている。そこに人数分の足音が重なって響いた。
 誰も起きてくる気配はなかった。
 王城に比べると、中央教会はささやかなほどの大きさだ。それでもユリウスの暮らす屋敷よりは広い。
 侵入者を想定していないのか、見張りの姿はなかった。

「穴だらけの警備だな」

 呆れたように、クラウスが呟いた。騎士団の面々がそれに同意を込めて頷く。

「祈るための場所に攻め入ろうとする愚かな者は、我が教団には存在しないのだよ」

 ヨハネスが当てこするように応酬し、それからチラとゲルトを見た。

「そなたも知っての通り、ここには神にも等しき御方が居る。ここはその方をおまもりし、祈るために築かれた教会だ。間違っても剣を振りかざす野蛮な異教徒を招くための場所ではない。ゲルトよ、そなたの行いをハーゼ様はどのように仰るあろうな」

 ゲルトが顔を上げ、見開いた目にヨハネスを映した。

「なんだその顔は。ハーゼ様がそなたをゆるすとでも思っていたのか。教皇である私を捕らえ、異教徒を神聖なるこの場へ手引きしたそなたの罪は重い。さて、ハーゼ様は神にどのようにそれを伝えるのか。そしてデァモント様はハーゼ様に、そなたをどうせよと指示されるのか……大変興味深いではないか!」

 突如として高らかに、ヨハネスが笑い出した。
 彼の哄笑こうしょうは天井に反響し、その声を聞きつけて数人が動き出す気配がした。

 クラウスたちが神経を張り詰め、各々いつでも剣を抜けるよう警戒する中、ユリウスはヨハネスとゲルトを注視していた。

 ゲルトが半ば茫然と、口を開いた。

「あなたはなにを……なにを仰っているのです」
「そなたこそ悔い改めるならばいまのうちだ。さぁ、いま一度デァモント様に、ハーゼ様に忠誠を誓い、汚らわしい異教徒どもを追い出すのだっ」

 ヨハネスは笑いながら、ひとつの扉へ体当たりをした。
 バァン! と派手な音が鳴った。
 二度、三度と体をぶつけながら、ヨハネスが声を張り上げた。

「ここがっ、この部屋が誰の部屋かっ、覚えているだろうゲルトっ!」

 教皇のその言葉に、ゲルトが動いた。
 教皇を押しのけ、ドアノブに手を掛ける。
 真っ白に塗られた、鉄の扉。それをゲルトは手前に引いた。

 鍵は掛かっていなかった。
 勢いよく開いたドアの向こうへと、ゲルトが飛び込んだ。

 ユリウスも彼に続いて足を踏み入れた。

 つけっぱなしの照明。その明かりに照らされた白い部屋。
 部屋の中央には小さな寝台が置かれている。

 そして、寝台の上には……。
 あどけない顔で眠る、子どもの姿があった。
   
 リヒトによく似た銀髪の、子どもの姿が。
 
 

  

  
 
 
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