溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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アルファは神を殺す

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 信者たちは唖然と、口を半開きにした間の抜けたような表情で、ユリウスを凝視している。

 コツ……と靴音を鳴らして、ユリウスはヨハネスの真正面に立った。
 男の顔に怒りの色が立ちのぼり、その唇がわなわなと震えていた。
 
「き、貴様……でたらめの言葉を、神の言葉などと……!」
「いい加減聞き苦しい言い訳はやめておけ。僕が、貴様らがハーゼと呼ぶあの子どもと会話をしたことは、ここに居る全員が目撃したことだ。僕が発した言葉がでたらめのものであったなら、あの子は返事もしなかっただろう」

 ユリウスは小さく鼻を鳴らし、冷笑を浮かべた。
 なぜ、ユリウスが神の言葉を話すことができたのか……その原因に思い至ったヨハネスは、床にへたりこんでままのゲルトへと凄まじい怒声を放った。

「ゲルトっ! 貴様、神聖な言葉を異教徒にっ」
「仮に僕がゲルトから神の言葉を教わったとして!」

 ユリウスは凛と響く声を割り込ませ、ヨハネスの言葉を遮った。

「いいか、仮に僕が、ゲルトから言葉を教わったとして、貴様たちが崇めている神の言葉というものは、異教徒の僕が付け焼き刃で覚えられる程度の、簡単で、浮薄ふはくな言葉にすぎないということだ! 僕でも容易に操ることのできる、ただの古い言語で……公用語と同じ、人間の使う言葉だということだ!」
 
 デァモント教の信者が神の言葉と信じるこの言語は、サーリーク王国の学者が調べたところによると、遥か東の島国で使われていた古語であるという。

 ユリウスは教皇を鋭く睨みつけ、その真実を暴いた。

 ユリウス当人が口にした通り、銀髪の子どもに向かって話した言葉は、大急ぎで習得した付け焼き刃である。
 発音も完璧ではなかった。
 しかし、異教徒が神の言葉を口にした、というパフォーマンスとしては充分であった。

 黒衣の信者たちはユリウスの告発を聞き、動揺にざわめいた。
 ユリウスは彼らを見渡し、怒りに満ちた声で吐き捨てた。

「ここには神など居ないっ!」

 ただ神に縋るばかりで、おのれの頭で考えることを放棄したようなこんな者たちに、リヒトは不当に傷つけられてきたのだ。
 この白い部屋で、ぽつねんとひとり横たわる幼いリヒトを想像して、ユリウスの胸は破れそうなほどに痛んだ。

「よく見るがいい! きみたちが縋ってきたハーゼが、いったいなんなのかを! この子は神の言葉を喋ったわけじゃない! 教えられた、ただの古い言語を口にしただけだ! 異教徒の僕でも話せる、ただの古い言葉だ! ハーゼは神の眷属なんかじゃない! 子どもだっ! ただの子どもなんだっ!」
「ユーリ、よせ」

 徐々に激昂する感情を抑えきれず声を張り上げたユリウスを、クラウスが制止してきた。
 しかしユリウスは黙らなかった。

「なぜ誰も疑わなかった! ただの子どもに祈ることを強要してっ! ただの子どもに縋りついてっ! なぜおのれで考えることをしなかった! 祈るばかりで苦境に喘いで、なぜおのれで立ち上がろうとはしなかったっ! なぜ! なぜおのれで闘わず、この子にすべてを背負わせているんだっ!」
「ユーリっ!」

 右腕を強く引かれ、ユリウスは二歩後退した。
 ユリウスを引き寄せたクラウスが、その肩を抱き込み、耳元で囁く。

「おまえはここになにをしにきた。目的を忘れるな!」

 鼓膜に次兄の一喝を叩きこまれ、ユリウスはいまだ抑えきれぬ怒りにこぶしを震わせながらも、深く息を吸い込んだ。

 ユリウスの目的は、リヒトの安全の確約。それと、秘術の開示。
 そのためにここへ来たのだ。忘れてない。大丈夫だ。

 冷静になれ、と自身へ言い聞かせながら、吸った息をしずかに吐く。

「すみません。頭に血が上りました。大丈夫です」

 ユリウスは気持ちを切り替え、再びヨハネスと対峙する。

「教皇ヨハネス。貴様は信者たちに作らせた反物を違法に他国へ売っていた。国際法を犯した貴様の身柄は、各国を代表して我がサーリーク王国が確保する。密売が教団ぐるみ行われていた可能性も否定できない。そのためこの教会内を含め、違法取引の証拠となるものは後日すべて差し押さえる。これは決定事項だ」

 すでに教皇自身には伝えていたこととはいえ、信者たちにとっては寝耳に水の宣言だ。
 彼等はもはやいったいなにに驚けばいいのかわからずに、ただただ唖然とヨハネスを仰いでいた。

 ヨハネスは唇を噛み締め、反撃のすべを考えているようであった。
 しかし、信者と教団をつなぐ神の眷属、ハーゼの神秘性を貶められたいま、いま一度信者たちをまとめ上げるだけの口実も見つからず、初めて味わう屈辱に顔をきつく歪めた。 

「連盟国で編成した国際司法裁判所の面々が到着するまでは、我がサーリーク王国騎士団が場を仕切らせてもらう。きみたちには我々の指示に従ってもらう。犯罪者となった教皇ではなく、我々の指示に」

 ユリウスは高らかにそう告げ、教皇が罪人であることを知らしめるように、彼を拘束している縄をロンバードから受け取り、右手に巻きつけて握った。

「さて、教皇の部屋があるんだろう。そこへ案内してもらおうか。ゲルト、立てるかい。行くよ」

 ユリウスはヨハネスの背を押し、部屋を出るよう指示した。ヨハネスは頬をひくりと動かし、凄まじい目つきでユリウスを睨んできたが、ロンバードが剣の柄に手を掛けると諦めたように肩を落とした。

 寝台の脇にへたり込んでいるゲルトにはジオが手を貸して立たせている。
 子どもは周囲の騒ぎとは無縁の表情で、ささやかな寝息に胸を上下させていた。

 ユリウスたちは立ち尽くしている信者たちを置き去りにして、教皇が代々使ってきたという政務室へと向かった。

 廊下を進む途中、ハーゼのための祈りの間という部屋があるとゲルトに教えられ、そこに立ち寄る。

 真っ白な空間に、祭壇だけが置かれた簡素な部屋だ。
 祭壇には花が活けられていて、それが却って部屋のさびしさを強調しているようにも見えた。

 床には絨毯が敷かれていた。
 ハーゼ様はここで毎日お祈りをするのです。ゲルトの説明に、ユリウスは泣きたくなった。

 仲間の亡骸を弔った後に、ゲルトは地面に両膝をついて祈っていた。
 あれがデァモント教の祈りの姿勢なのだろう。

 このなにもない部屋でひとりぽつねんと膝をついて祈る、幼いリヒトの幻像が、ユリウスの目には見えていた。
 食べ物も碌に与えられず、こんなさびしい部屋で、ひとり。

 抱きしめてあげたい。
 叶うことなら、昔のリヒトの元へと駆けつけて、僕が居るからもう大丈夫だよと抱きしめてあげたかった。
 しかし時を遡ることなどできない。
 それはきっと、神にすらなし得ないことだから。
 ユリウスにできることは、いまのリヒトをこの両腕に抱いて、愛を捧げることだけなのだ。

 ユリウスはまばたきをひとつして、幼いリヒトの残像を振り払った。

 祭壇のある部屋を出てまた廊下を歩く。そこから離れた場所に、教皇のための執務室はあった。
 室内には、複雑な彫刻で装飾された執務机と、玉座ともいうべき椅子が置かれている。壁には綴錦タペストリーが飾られ、足元の絨毯と対になるような色柄であった。
 ハーゼの部屋があまりに簡素だったため、政務室は豪奢と表現しても良いほどである。

 ユリウスはひと通り室内を確認し終え、おもむろにパン! とてのひらを打ち鳴らした。
 突然の行動に皆がユリウスに注目する。

「どうしたんです、急に」

 ロンバードが訝しげに尋ねてきた。

 ユリウスは指先で男を招き、
「さっきの祭壇の部屋へ行ってこい」
 と命じた。

「え? なんです、落とし物でもしたんですか?」
「いや」

 ユリウスがゆるく首を振ると、会話を聞いていたクラウスが顎をさすりながら頷いた。

「ふむ。おまえのやりたいことはなんとなくわかった。私が行こう」
「兄上。ありがとうございます」

 兄の申し出にユリウスが礼を言うと、
「団長が行かれるのなら俺が!」
「いや、私も!」
 と、騎士団の面々が自分も自分もと先を競って挙手をし始めたので、クラウスは結局苦笑交じりに一番早かったハッシュを指名して二人で政務室を出て行った。

「兄上は相変わらず大人気だな」
「そりゃあ人望がありますからね、団長は」
「僕にはないと言いたいのか?」
「そんなことひと言も言ってないでしょうが。被害妄想ですか」
「おまえの口ぶりが紛らわしいんだよ」

 側近とどうでもいい会話を交わしながら時間をつぶし、そろそろクラウスたちが祭壇の部屋へ着いた頃かというタイミングでユリウスは、
「ロンバード、エーリッヒ、そのタペストリーを外してみろ」
 と指示を出した。

 二人は即座に動き、ユリウスの言葉に従った。
 露わになった白い壁の前にユリウスは立ち、ちらとヨハネスの方を伺った。
 教皇は表情を強張らせ、頑なに視線を逸らしていた。

「地下に入ったときから思ってたんだよ。この教会は、やけに音が響くなって」

 真っ白な石でできた教会。
 滑らかで冷たい壁の表面に、ユリウスはてのひらを押し付けた。

「ゲルト、ハーゼが聴いたという神の声の正体を教えてあげよう」
 
   
  
  

 
 
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