溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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アルファは神を殺す

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 憔悴しきった様子のゲルトへとそう告げると、彼は黒い瞳を限界まで見開いた。

「……神の声の正体?」
「そう。厳密には、神の声じゃない。そこに居る教皇の発した、人間の声だ」

 ユリウスは壁にそっと唇を寄せ、一度「わっ!」と大きな声を出した後、その反響を確かめてから、そこに誰かが居るかのごとく通常のトーンで話した。

「僕はエミール殿と一緒にお風呂に入ったことがありますよ、兄上」

 室内に沈黙落ちた。

 こんなときにいったいなにを、と言わんばかりにロンバードが半眼でユリウスを見た。

 クラウスの、つがいへの溺愛ぶりを良く知る騎士団の面々は、ハッと我に返ったかと思うと泡を食ったかのように、
「ユリウス殿下、いまのが団長の耳に入ったら大変なことになります」
「俺たちは黙っておきますので、殿下も墓まで持っていってください!」
 と、口々に訴えてきた。

 ユリウスは「シー」とひとさし指を唇の前で立て、耳を澄ませる。

 廊下から、ものすごい勢いで走ってくる足音が聞こえてきた。
 尋常でないスピードで近づいてきたそれは、石造りの廊下に大きく反響し……。

「いまの話はなんだっ、ユーリっ!」

 扉を破壊しそうなほどの慌しさで部屋に転がり込んできた人物の怒号もまた、部屋中に響いた。

 くっくっ、と肩を揺らしてユリウスは笑った。

「さすが兄上。ものすごい速さで帰ってきましたね」
「私の足の速さを披露できてなによりだ。それよりもいまの話を説明しろ」

 クラウスがユリウスに詰め寄り、胸倉を掴み上げてきた。

「団長~、速すぎですよ……って、うわっ、団長、早まらないでくださいっ」

 クラウスから遅れること十秒ほどで戻ってきたハッシュが、兄弟の修羅場にぎょっと目をむいて、仲裁に入ろうとしてくる。
 それをてのひらで制止して、ユリウスは次兄の肩を叩いた。

「兄上、兄上、落ち着いて。嘘です。まったくの出鱈目です」
「…………」
「誓います。僕はエミール殿とお風呂に入ったこともなければ、あの方の裸も見たことはありません」
「…………」
「兄上、本当です。いまのはただの、口からの出まかせです」
「おまえは私の可愛い弟だ。信じよう」

 信じる、と言いつつもまだ目をぎらつかせているクラウスに、ユリウスはありがとうございますと頭を下げた。
 ようやく首元を解放され、ホッと息をついてから、ゲルトの方を振り向く。

「というわけだよ、ゲルト」

 デァモント信者の男はポカンとユリウスを見て、それからヨハネスを見た。

「いまのはどういう……」

 なにがなにやら、とまばたきをするゲルトへと、ユリウスは白い石壁をコンと叩いて口を開いた。

「ここだけ少し音の響きが違うからね。壁になにか細工がしてあるんだろう。ここで発した音が、祭壇の部屋まで反響して聞こえるような仕掛けになってると思うよ。兄上、向こうの部屋ではどうでしたか」
「どこからともなくおまえの声が響いてきたから、ハッシュが驚いていた」
「俺が驚いたのは、団長の剣幕にですよ。まぁ、ユリウス殿下の声にもびっくりしましたけどね。なんか、すげぇ不思議な響き方をしてました。カラクリを知らなけりゃ神の声にも聞こえますね」

 ハッシュが感心したように呟いた。

「なぜ団長とユリウス殿下はそのカラクリに気づいたんでしょう? 恥ずかしながら自分はなにもわかりませんでした」

 アンディが言葉通り恥じらいながらも、生真面目に質問してきた。
 自分も気づかなかった、とアンディに賛同した騎士団員たちがユリウスとクラウスに注目する。

 クラウスがおのれの耳を指さし、
「私たちは耳がいいんだ」
 と答えた。

 私たち、というのはミュラー一族を示したわけではない。
 ユリウスたちアルファは、という意味だ。

 アルファは基本的に、個人差はあれどあらゆる能力に秀でていると言われる。
 とりわけ、視覚、嗅覚、聴覚に優れた者は多い。

 ユリウスたち王族はアルファの能力に甘えることなく、国のため、おのれの能力を磨くことを義務付けられてきたため、些細な違和感や異変を見つけるのが巧かった。

 クラウスの説明に、アンディたちが感銘を受け、団長に対する敬愛をさらに深めたことがその陶酔したような表情から伝わってきた。 
 
 この場に居るアルファは三人。
 クラウスと、ユリウス。そして教皇ヨハネスだ。

 先ほど集まってきていた信者たちは、ざっと確認したところ、全員ベータのようだった。
 恐らく、デァモント教の長い歴史の中で淘汰された結果だろう。

 能力のある者は、理不尽を甘受しない。そういう者たちは少しでも教団に不信感を覚えたら、離反することを選ぶ。もしくは、おのれが上に立とうとする。
 つまり信者にはベータが増え、教皇や宣教師にはアルファが立つことになる。
 そうやって作り上げられてきたのが、いまのデァモント教団なのだ。
  
 ユリウスは憐れなゲルトへと、もう一度改めて、真実を告げた。
「神の声の正体は、ヨハネスだ」
  
 あの祭壇の部屋で、ハーゼは毎日祈ることを強要されてきた。
 ハーゼが神の声を聞くときはいつも、教皇は祭壇から離れた執政室で仕事をしている。
 誰も疑わない。神の声の正体がまさか教皇などとは、誰も疑わない。

 そもそも信者たちは、ハーゼの存在そのものすら疑ったことがないのだ。ハーゼは神の声を聞き、信者たちの祈りを神へ伝える、神聖なる神の眷属だと信じ切っている。
 だからハーゼの告げる預言が世俗にまみれたものであっても、ハーゼ様がおっしゃるのだから、でまかり通る。

 ハーゼが弱弱しい子どもだということも、その一助になっていた。
 これが大人であったなら、ハーゼ自身の欲得が絡んでいるのではないかと疑われるところだが、ハーゼは無垢な子ども。その子どもが大人びた話し方で神の言葉を伝えてくる。祭壇の部屋には誰も居ない。ハーゼを操ってそれを言わせているような不届き者の姿はない。

 ハーゼは真実神の声を聞いているのだ。
 一度その結論に達すると、信者たちはもう、疑いすらも持たない。 
 こうしてヨハネスの言葉は神の預言として、ハーゼを介して広まってゆくのだ。

「神の声を繰り返し聞けば、それが教皇ヨハネスの声に酷似していることがわかるだろう。祭壇の部屋に届いたのが、僕の声だと兄上たちがわかったように。だが、あそこでそれを聞くのは、ハーゼだ。聴覚を鈍らされた・・・・・・・・ハーゼなんだ」

 ユリウスは顔を背け続けていたヨハネスへと、鋭い一瞥を投げた。
 
「教皇ヨハネス。貴様の欺瞞はじきにすべて暴かれる。貴様がどれだけ抵抗したところで、どうせすべては白日の下に晒されるんだ。ヨハネス。これ以上の茶番は必要ない。だが僕は貴様に、ひとつ、どうしても訊かねばならないことがある」

 ヨハネスが黒い目を動かし、ユリウスを見た。
 この窮地から脱するための交渉の余地があるのかを探る、卑しい視線だった。
 ユリウスは首を横に振り、それを真っ向から否定した。

「どうせこの教会を隈なく調べればわかることだ。僕はその手間をかけたくない。だから貴様に訊く。ハーゼの五感を、どうやって封じた?」

 ユリウスの問いに、ヨハネスが肩透かしを食らったような表情を浮かべた。

「なんだ……そのようなこと……なぜ」

 ハーゼの五感など、この男にとっては矮小なことなのだ。
 それをなぜ問われたのか、理解ができぬ、という顔をしたヨハネスだったが、少ししてから得心したように頷いた。

「ああそうか。先代様をそなたが保護したと、そこの裏切り者が言っておったな」

 くく、と喉奥で笑ったヨハネスは、ユリウスへと厳かな口調で告げた。

「もはや逃げることも適わぬようだ。それゆえ、教えてやろう。私がそれを答えたところで、ハーゼ様の五感は戻らぬ。あれはそういうものなのだ」

 ヨハネスの口元には、慈悲深いような笑みが浮んでいた。



 
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