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光あれ
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女の長い髪が風に踊った。
銀色が弱い西日に照らされ、はかなく光る。
東の空には夜の闇がじょじょに広がりつつあった。
「あなたはハーゼの母か」
先ほどと同じ問いを、ユリウスは投げかけた。
女は金色の瞳を細めた。
「ハーゼ。なぜ、あなたがその名をご存知なのかしら。ここに黒髪の御方が来ないことと、なにか関係があるのかしら」
「教皇ヨハネスは先ほど僕が捕らえた。これから、彼の罪は明るみになる。教団と関わりがあるならば、ここにも調査団が立ち入ることになる」
「つみ」
その単語を、歌うように舌に乗せて、女が笑った。
「罪。それはなんの罪なのでしょう」
「詳細は教えられません」
女の容姿から、教団と……正確にはハーゼという存在と、なんらかの繋がりがあるのは明白だった。
だから本来はヨハネスの身柄を押さえたという情報は、この女には渡さない方がいいのかもしれなかった。しかし「黒髪の御方」と女が口にしたときの、抜き身のナイフのような雰囲気に興味を覚え、ユリウスは女の反応が知りたくて敢えてそれを告げてみたのだった。
女に動揺はない。少なくともユリウスにはそう見えた。
女はうふふと軽やかな声を上げた。
「わたくしたちにすれば、遅すぎるぐらいですわ。罪。そう、あの方々は大罪を犯した。ようやくそれが罰せられるのかと思うと、わたくしは……」
細い肩を揺らして、止まらぬ笑いを空へ向けて放つ。
その声が聞こえたのだろう。
屋敷の扉が開いた。
中からそうっと顔を覗かせたのは、幼い子どもだった。
銀の髪に金の瞳の子どもだ。
「ユリウス様、あれ」
ロンバードがそちらを指さし、絶句した。
子どもはひとりではなかった。隙間から代わる代わるに顔を出したのは、ざっと見たところ五人は下らない。
いや、もっと居る。
屋敷の中からこちらを窺う気配が、複数している。
「あなたの子どもですか」
「さぁ、どうなのでしょう」
女が首を傾げた。はぐらかしている、というふうでもなかった。
「この屋敷に居る子どもたちのうちの誰かが、次のハーゼになるんでしょうか」
「いいえ。あの子たちは二歳をとうに過ぎていますもの。いまのハーゼが危うくなれば、そのときにはまた誰かが産みます」
「誰かが産む、とは?」
女がまた笑った。
「言葉通りですわ。誰かが産みます。黒髪の御方の子を。男であれば、ハーゼに。女であれば、次の世のための母胎に。黒髪であれば、信者に。それぞれ振り分けられますわ」
ユリウスは息を呑んだ。
いまの女の言葉には、情報が恐ろしいほどに詰まっていた。
そのひとつひとつを反芻しながら、最初に引っかかったものを引っ張り上げる。
「女であれば? 性差が重要ですか? あなたはオメガなのに」
オメガという性は男女を問わず孕むことのできる性である。
大陸全土を合わせても、オメガの数は少ない。百人のひとりとも千人にひとりとも言われるが、正確な統計はとれていなかった。おのれがアルファであることを隠す者は居ないが、オメガであることを隠匿する者は多いからだ。
サーリーク王国では国を興したときから、オメガは国の宝であるとしてきたが、そうは扱わない国も多かった。オメガというだけで生きづらい。そんな環境がオメガをさらに委縮させてゆく。
結果、オメガの数は減り続けた。
サーリーク王国がオメガの保護を推し進めてきたのは、アルファがオメガを溺愛する生き物だという理由に加え、このオメガの減少の影響も大きい。
オメガはベータの夫婦間から突然変異的に生まれることもあるが、オメガがオメガを生む確率が一番高かった。
だからリヒトの母親かもしれない女がオメガであることに驚きはない。
そして恐らく、屋敷から顔を覗かせている子どもたちの中にも、オメガは混ざっているだろう。
オメガは孕む性だから、次代のための母胎と成すならば男女で振り分けることなどせずとも、バース性が確認できる年までただその成長を待てば良いだけの話だ。
そう指摘したユリウスを、女ができの悪い子どもを見るような目つきで見つめてきた。
「男は分化するまで生きません。金の瞳に銀の髪。ハーゼの特徴を持つ男子はハーゼになるのが決まりですわ。ハーゼは短命。そのいのちを終えたら、次のハーゼをつくります。その繰り返し」
「ハーゼが短命?」
「ええ。そういうものですもの」
至極当然のことわりを口にするように、女は言った。
「なぜです」
ユリウスは詰め寄った。聞き捨てならなかった。
初耳だ。ハーゼが短命だなんて。
「なぜです」
二度、繰り返した。
リヒトは健康体だ。二年間も死の淵を漂ってはいたが、それを乗り越え、いまは健やかに過ごしている。
五感が弱く、平均よりも小柄な体つきをしているが、医師は誰もリヒトのいのちが短いなどとは言わなかった。
「なぜ、と言われても、そう決まっているとしか、わたくしには」
軽く首を傾げて、女が答えた。ユリウスの抱く焦燥とはまるで無関係で、なんの感慨も窺えない声音だった。
ユリウスは注意深く女を見つめた。
先ほど、ヨハネスの罪について語ったときには、冷たく鋭い気配がしていたのに、いまはどこか現実味に乏しいような表情をしている。
「他の子どもも短命なのですか」
「はい?」
「あなたは言った。女であれば母胎に。黒髪であれば信者に。銀の髪と金の瞳を持つ男子以外の子どもも、短命なのですか」
「…………」
女は不思議そうにまばたきをした。
細い指先を頬に当て、
「ええ……いえ、そうね、他の子どもは、違うのかも」
軽く眉を寄せて、独白のような口調でつぶやいた。
「黒髪の子どもは、よく生まれるのですか?」
「……え?」
「黒髪の子どもです」
「ええ」
「どのぐらいの割合ですか」
「数えたことなどありませんわ。あなたは、不思議なことばかり訊ねる御方ですわね」
「あなたの産んだ子は何人です。その内、黒髪は何人居ましたか」
「…………」
「覚えてないのですか」
「ここには、女がたくさん居ますもの」
女がふわりと笑って、屋敷の方を振り向いた。
女と目が合ったのだろう。扉の隙間からこちらを見ていたひとりの子が小走りに出てきて、女の腰にしがみついた。
女の背後に隠れた子どもは、恐る恐るという仕草でユリウスをチラと見てきた。
金色の瞳と、銀の髪の女の子だ。十歳前後だろうか。子どもは背伸びをして、女の耳に顔を近づけると、寒いので中に入りましょう、と女を促した。
そうね、と頷いた女は、ユリウスに軽い会釈をして子どもの背に片手を回し、屋敷の方へと足を踏み出した。
ユリウスは呼び止めなかった。
しかし女は数歩を進んだところで不意に歩みを止め、ユリウスを振り向いた。
「ああ、言い忘れていました。黒髪の御方を捕らえていただき、ありがとうございます。あの御方の罪を、どうぞ余すところなく暴いてくださいな」
こちらを見る女の目が、また冴え冴えとした光を取り戻していた。
そのうつくしい顔には、くっきりと憎悪の色が浮かんでいた。
「あなたの言う、ヨハネスの罪とはなんなのです」
ユリウスは問うた。
女が薄い唇を動かして、歌うように囁いた。
「もはや神話に成り果てるほどの、神代の昔の話ですわ」
冷たく微笑んだ女は髪を揺らし、再びユリウスに背を向けた。
いいんですか? とロンバードが視線を投げかけてくる。
このまま女を帰してしまっていいのか、と。ユリウスの命令さえあればいつでも女の身柄は拘束できる、とロンバードは指示を待っていた。
ユリウスはしずかに首を横に振った。
女を捕らえることよりも、いまは頭の中を整理したかった。
女に逃亡の意思はなさそうだ。女が当面この屋敷から動かないのであれば、いずれまた話を聞く機会を得ることもできるだろう。
ユリウスの視線の先で、女が扉を開き、子どもと一緒に屋敷へと入っていった。
気づけば西日はもう姿を消しており、夜の薄闇が屋敷を飲み込むようにして広がってゆくところであった。
銀色が弱い西日に照らされ、はかなく光る。
東の空には夜の闇がじょじょに広がりつつあった。
「あなたはハーゼの母か」
先ほどと同じ問いを、ユリウスは投げかけた。
女は金色の瞳を細めた。
「ハーゼ。なぜ、あなたがその名をご存知なのかしら。ここに黒髪の御方が来ないことと、なにか関係があるのかしら」
「教皇ヨハネスは先ほど僕が捕らえた。これから、彼の罪は明るみになる。教団と関わりがあるならば、ここにも調査団が立ち入ることになる」
「つみ」
その単語を、歌うように舌に乗せて、女が笑った。
「罪。それはなんの罪なのでしょう」
「詳細は教えられません」
女の容姿から、教団と……正確にはハーゼという存在と、なんらかの繋がりがあるのは明白だった。
だから本来はヨハネスの身柄を押さえたという情報は、この女には渡さない方がいいのかもしれなかった。しかし「黒髪の御方」と女が口にしたときの、抜き身のナイフのような雰囲気に興味を覚え、ユリウスは女の反応が知りたくて敢えてそれを告げてみたのだった。
女に動揺はない。少なくともユリウスにはそう見えた。
女はうふふと軽やかな声を上げた。
「わたくしたちにすれば、遅すぎるぐらいですわ。罪。そう、あの方々は大罪を犯した。ようやくそれが罰せられるのかと思うと、わたくしは……」
細い肩を揺らして、止まらぬ笑いを空へ向けて放つ。
その声が聞こえたのだろう。
屋敷の扉が開いた。
中からそうっと顔を覗かせたのは、幼い子どもだった。
銀の髪に金の瞳の子どもだ。
「ユリウス様、あれ」
ロンバードがそちらを指さし、絶句した。
子どもはひとりではなかった。隙間から代わる代わるに顔を出したのは、ざっと見たところ五人は下らない。
いや、もっと居る。
屋敷の中からこちらを窺う気配が、複数している。
「あなたの子どもですか」
「さぁ、どうなのでしょう」
女が首を傾げた。はぐらかしている、というふうでもなかった。
「この屋敷に居る子どもたちのうちの誰かが、次のハーゼになるんでしょうか」
「いいえ。あの子たちは二歳をとうに過ぎていますもの。いまのハーゼが危うくなれば、そのときにはまた誰かが産みます」
「誰かが産む、とは?」
女がまた笑った。
「言葉通りですわ。誰かが産みます。黒髪の御方の子を。男であれば、ハーゼに。女であれば、次の世のための母胎に。黒髪であれば、信者に。それぞれ振り分けられますわ」
ユリウスは息を呑んだ。
いまの女の言葉には、情報が恐ろしいほどに詰まっていた。
そのひとつひとつを反芻しながら、最初に引っかかったものを引っ張り上げる。
「女であれば? 性差が重要ですか? あなたはオメガなのに」
オメガという性は男女を問わず孕むことのできる性である。
大陸全土を合わせても、オメガの数は少ない。百人のひとりとも千人にひとりとも言われるが、正確な統計はとれていなかった。おのれがアルファであることを隠す者は居ないが、オメガであることを隠匿する者は多いからだ。
サーリーク王国では国を興したときから、オメガは国の宝であるとしてきたが、そうは扱わない国も多かった。オメガというだけで生きづらい。そんな環境がオメガをさらに委縮させてゆく。
結果、オメガの数は減り続けた。
サーリーク王国がオメガの保護を推し進めてきたのは、アルファがオメガを溺愛する生き物だという理由に加え、このオメガの減少の影響も大きい。
オメガはベータの夫婦間から突然変異的に生まれることもあるが、オメガがオメガを生む確率が一番高かった。
だからリヒトの母親かもしれない女がオメガであることに驚きはない。
そして恐らく、屋敷から顔を覗かせている子どもたちの中にも、オメガは混ざっているだろう。
オメガは孕む性だから、次代のための母胎と成すならば男女で振り分けることなどせずとも、バース性が確認できる年までただその成長を待てば良いだけの話だ。
そう指摘したユリウスを、女ができの悪い子どもを見るような目つきで見つめてきた。
「男は分化するまで生きません。金の瞳に銀の髪。ハーゼの特徴を持つ男子はハーゼになるのが決まりですわ。ハーゼは短命。そのいのちを終えたら、次のハーゼをつくります。その繰り返し」
「ハーゼが短命?」
「ええ。そういうものですもの」
至極当然のことわりを口にするように、女は言った。
「なぜです」
ユリウスは詰め寄った。聞き捨てならなかった。
初耳だ。ハーゼが短命だなんて。
「なぜです」
二度、繰り返した。
リヒトは健康体だ。二年間も死の淵を漂ってはいたが、それを乗り越え、いまは健やかに過ごしている。
五感が弱く、平均よりも小柄な体つきをしているが、医師は誰もリヒトのいのちが短いなどとは言わなかった。
「なぜ、と言われても、そう決まっているとしか、わたくしには」
軽く首を傾げて、女が答えた。ユリウスの抱く焦燥とはまるで無関係で、なんの感慨も窺えない声音だった。
ユリウスは注意深く女を見つめた。
先ほど、ヨハネスの罪について語ったときには、冷たく鋭い気配がしていたのに、いまはどこか現実味に乏しいような表情をしている。
「他の子どもも短命なのですか」
「はい?」
「あなたは言った。女であれば母胎に。黒髪であれば信者に。銀の髪と金の瞳を持つ男子以外の子どもも、短命なのですか」
「…………」
女は不思議そうにまばたきをした。
細い指先を頬に当て、
「ええ……いえ、そうね、他の子どもは、違うのかも」
軽く眉を寄せて、独白のような口調でつぶやいた。
「黒髪の子どもは、よく生まれるのですか?」
「……え?」
「黒髪の子どもです」
「ええ」
「どのぐらいの割合ですか」
「数えたことなどありませんわ。あなたは、不思議なことばかり訊ねる御方ですわね」
「あなたの産んだ子は何人です。その内、黒髪は何人居ましたか」
「…………」
「覚えてないのですか」
「ここには、女がたくさん居ますもの」
女がふわりと笑って、屋敷の方を振り向いた。
女と目が合ったのだろう。扉の隙間からこちらを見ていたひとりの子が小走りに出てきて、女の腰にしがみついた。
女の背後に隠れた子どもは、恐る恐るという仕草でユリウスをチラと見てきた。
金色の瞳と、銀の髪の女の子だ。十歳前後だろうか。子どもは背伸びをして、女の耳に顔を近づけると、寒いので中に入りましょう、と女を促した。
そうね、と頷いた女は、ユリウスに軽い会釈をして子どもの背に片手を回し、屋敷の方へと足を踏み出した。
ユリウスは呼び止めなかった。
しかし女は数歩を進んだところで不意に歩みを止め、ユリウスを振り向いた。
「ああ、言い忘れていました。黒髪の御方を捕らえていただき、ありがとうございます。あの御方の罪を、どうぞ余すところなく暴いてくださいな」
こちらを見る女の目が、また冴え冴えとした光を取り戻していた。
そのうつくしい顔には、くっきりと憎悪の色が浮かんでいた。
「あなたの言う、ヨハネスの罪とはなんなのです」
ユリウスは問うた。
女が薄い唇を動かして、歌うように囁いた。
「もはや神話に成り果てるほどの、神代の昔の話ですわ」
冷たく微笑んだ女は髪を揺らし、再びユリウスに背を向けた。
いいんですか? とロンバードが視線を投げかけてくる。
このまま女を帰してしまっていいのか、と。ユリウスの命令さえあればいつでも女の身柄は拘束できる、とロンバードは指示を待っていた。
ユリウスはしずかに首を横に振った。
女を捕らえることよりも、いまは頭の中を整理したかった。
女に逃亡の意思はなさそうだ。女が当面この屋敷から動かないのであれば、いずれまた話を聞く機会を得ることもできるだろう。
ユリウスの視線の先で、女が扉を開き、子どもと一緒に屋敷へと入っていった。
気づけば西日はもう姿を消しており、夜の薄闇が屋敷を飲み込むようにして広がってゆくところであった。
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