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変化
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幼い頃より他人に世話を受けることに慣れているリヒトは、裸体を見られることに対する羞恥心がない。だからいまもユリウスの前で、無防備にそこを晒している。
触れたらどうなるのだろうか。
触覚の戻ったリヒトの、無垢な性器に。
いま、ユリウスが触れたら、この子はどんな反応をするのだろう。
ユリウスは泡のついたタオルを握り締めた。
これまでになかったリヒトの反応ひとつで、ユリウスの内側にあった欲望が、面白いほどに揺さぶられている。
僕の理性はどこへ行ってしまったんだろう、とユリウスは口の中に溜まった唾液を、またごくりと飲み込んだ。
このままでは絶対にまずいことになる。
頑張れ、僕!
自分を鼓舞しながらも平静を装い、ユリウスはリヒトへとタオルを差し出した。
「はい、リヒト」
「え?」
リヒトの目がきょとんと丸くなる。その可愛いひたいにチュッとキスをして、
「手の届くところは自分で洗ってみようか。いつまでも僕が洗ってあげたいけど、ロンバードもグレタもうるさいし、きみの自立に僕も手を貸さないとね」
笑いながらそう告げると、リヒトの頬がじわりと赤くなった。
「ご、ごめんなさいっ。僕、またユーリ様に甘えて……」
おずおずとタオルを手に取ったリヒトが、恥じ入るようにうつむく。そのしょんぼりと落ちた白い肩は儚げで、暴力的なまでの強さでユリウスの庇護欲を刺激してきた。
本当は足の先から頭の先まで、ユリウスの手できれいにしてあげたい。股間だってどこだって、ぜんぶぜんぶユリウスが洗ってあげたい。
けれどまだリヒトに、発情期が来ていない。
彼の体はアルファとしてのユリウスを必要としていないのだ。
それがわかるから、おのれの欲望をリヒトにぶつけることはできない。
だからこれ以上触れていると……。
ふわり、と石鹸の匂いに混じって、リヒトの誘惑香が湯気の中に広がった。
お風呂はまずいな、とユリウスは改めて思う。
リヒトが首輪をしていない。
無防備なうなじと、無防備な裸体。そんなものが目の前にあっては、いつうっかり噛みついてしまうかわからない。
「リヒト、タオルをこう持って、そう、そのままこすってごらん。痛くない?」
「はい……」
「前はぜんぶ自分で洗えるね?」
身勝手な欲望が滲みださないように、なるべくやさしい声音を意識して問いかけると、金色の瞳がこちらを見上げてきて、健気に揺れた。
「はい」
こくり、と頷いたひたいへともう一度キスをして、ユリウスはすこしリヒトから離れた。
リヒトは懸命な仕草で自身の体を洗っている。動きのひとつひとつが可愛くて、ユリウスはその様をしっかりと目と脳裏に焼き付けた。
身を屈めて陰部を洗い終えたリヒトが、次はどうするのか……と迷いながらユリウスを振り向いた。
ユリウスは手桶に湯をすくい、リヒトの纏う泡をきれいに洗い流してやった。
その後は椅子から立たせ、手を引いて浴槽までを移動する。いつもは抱っこしているところだが、いま密着するのは自殺行為で、手を繋ぐだけで我慢した。
「リヒト、中へ入って」
「う……はい」
湯気のたつ浴槽へと、リヒトが片足を入れた。たらいに溜めた湯に足をつけたときですら、飛びあがった彼である。やはり慣れない温度に、リヒトは怯えたように体を硬直させたが、次第に脱力してゆくと、もう片方の足も浸けることができた。
「リヒト、座れる? 滑らないように気を付けて……僕の手を握ってて」
「はい。……ふわぁ」
ゆっくりゆっくりと体を沈めていったリヒトは、肩まで浸かった段で感嘆の吐息を漏らした。
「ユーリ様、気持ちいです」
「うん、気持ちいいね」
「僕、ずっとこんなに気持ちいお風呂に入ってたんですね。知らなかった……」
うふふと笑ってこちらを見上げてくるリヒトの可愛さときたら、もはや比較するものがないほどだ。
可愛い。可愛すぎる。
このオメガと体を繋げて、うなじを噛んで、早く自分のものにしてしまわなければ……。
ダメだ、我慢ができない。
ユリウスは握っていたリヒトの手をもぎはなし、立ち上がった。
突然の素早い動きに、リヒトが目を丸くする。
「……着替えがあるか見てくるから、きみは浸かってて」
無理やりに出した声は語尾が掠れており、おのれの未熟さをユリウスは苦く笑うことで誤魔化した。
一旦浴室の外へ出て、空気を吸う。まだ鼻腔にリヒトの匂いが残っている。それを振り払いたくてユリウスは冷たい水で顔を洗った。
あまりゆっくりしていてはリヒトがのぼせてしまう。鎮まったとは言い難い劣情を腹の奥に抱えたままで、ユリウスは風呂場へと戻った。
浴槽の中のリヒトが、所在なさげに、不安そうに瞳を瞬かせてこちらを見つめてくる。
その華奢な体を抱き上げると、なめらかな裸体の上をなぞるようにすべった湯が、ざばりと音を立てた。
風呂から上がったリヒトを大きなタオルで包み、体を拭いて、服を着せ、黒い首輪を装着する。そうしてからようやくユリウスはホッと安堵の息を吐いた
しかし試練はまだこの先にも控えている。
リヒトが風呂に入っている間に、食堂では夕食の支度が粛々と行われているからだ。
いまの精神状態で、リヒトを膝に乗せていつものように食べさせてあげることができるだろうか。想像しただけでも下半身に熱が溜まりそうになって、ユリウスは早々に白旗をあげた。
これはダメだ。
とてもじゃないがおのれを抑え込める自信がない。
ユリウスはいつもの抱っこではなく、リヒトの手を引いて歩きながら覚悟を決めた。まさに断腸の思いである。
食事のための部屋では、すでに色とりどりの料理が並べられていた。
カトラリー類は、ひとつの席の前にまとめて置いてある。
リヒトを椅子に座らせてから、ユリウスはベルを鳴らした。
リンリン、と場違いに明るく響く音に理不尽な苛立ちを覚える。思わず眉間にしわを寄せたところで、ロンバードの巨躯がドアの向こうからぬっと現れた。
「……なぜおまえが来る」
食事の際の用聞きは侍女の役目ではないのかと訝しむと、ロンバードが肩を竦めて飄々と笑った。
「リヒト様との食事の時間をなにより大切にしてるあんたの、ほとんど初めての呼び出しですよ? そりゃあ誰も来たがりませんって」
「……」
「それで、ご用は?」
「……もうひとつ席を用意してくれ」
「は?」
ロンバードの目が丸くなった。それはそうである。他ならぬユリウス自身が、先ほどの、リヒトを自立させろというこの男の提案を拒んだのだから。
「いったいどういう風の吹き回しですか?」
「うるさい」
「考えを改めた……ってわけじゃないですよね?」
「改めなければならない考えなど、僕は持ってない」
「なるほど」
「なんだその目は」
「いや、あんたのやむにやまれぬ事情に、察しがついたんで」
ロンバードが半笑いで顎をさすった。なんて嫌味な男だ、とユリウスは側近へと冷ややかな視線を送ったが、それを意にも介さず彼は取り皿やカトラリーをもう一式取りに行った。
椅子の上ではリヒトがポカンとこちらを見ている。小声でのやりとりだったが、もしかしたら聞こえたかもしれない。これまではリヒトの五感が弱いことに甘えていたんだな、とユリウスは思った。
耳の遠いリヒトの前で内緒話はたやすかったし、彼に聞かせたくないもの、見せたくないものを隠すこともたやすかった。けれどいまはリヒトの視力も聴力も正常だ。そして今回、触覚も戻った。
ユリウスはふっと吐息して、それからリヒトへと微笑みかけた。
「リヒト、今日からは隣同士で座って食事をしようか」
「……はい。僕、ひとりで食べられるようになります」
健気なまでの必死さで、リヒトが両手にこぶしを握る。その可愛く丸まった手を、ユリウスは上からおのれのてのひらでそっと包んだ。
ぴくり、とリヒトの肩が揺れた。
触覚を取り戻したリヒトは、すべての刺激に反応を返してくる。たぶん、互いにそのことに慣れていない。それに慣れるには、もしかしたらリヒト以上にユリウスの方が時間がかかるのかもしれなかった。
触れたらどうなるのだろうか。
触覚の戻ったリヒトの、無垢な性器に。
いま、ユリウスが触れたら、この子はどんな反応をするのだろう。
ユリウスは泡のついたタオルを握り締めた。
これまでになかったリヒトの反応ひとつで、ユリウスの内側にあった欲望が、面白いほどに揺さぶられている。
僕の理性はどこへ行ってしまったんだろう、とユリウスは口の中に溜まった唾液を、またごくりと飲み込んだ。
このままでは絶対にまずいことになる。
頑張れ、僕!
自分を鼓舞しながらも平静を装い、ユリウスはリヒトへとタオルを差し出した。
「はい、リヒト」
「え?」
リヒトの目がきょとんと丸くなる。その可愛いひたいにチュッとキスをして、
「手の届くところは自分で洗ってみようか。いつまでも僕が洗ってあげたいけど、ロンバードもグレタもうるさいし、きみの自立に僕も手を貸さないとね」
笑いながらそう告げると、リヒトの頬がじわりと赤くなった。
「ご、ごめんなさいっ。僕、またユーリ様に甘えて……」
おずおずとタオルを手に取ったリヒトが、恥じ入るようにうつむく。そのしょんぼりと落ちた白い肩は儚げで、暴力的なまでの強さでユリウスの庇護欲を刺激してきた。
本当は足の先から頭の先まで、ユリウスの手できれいにしてあげたい。股間だってどこだって、ぜんぶぜんぶユリウスが洗ってあげたい。
けれどまだリヒトに、発情期が来ていない。
彼の体はアルファとしてのユリウスを必要としていないのだ。
それがわかるから、おのれの欲望をリヒトにぶつけることはできない。
だからこれ以上触れていると……。
ふわり、と石鹸の匂いに混じって、リヒトの誘惑香が湯気の中に広がった。
お風呂はまずいな、とユリウスは改めて思う。
リヒトが首輪をしていない。
無防備なうなじと、無防備な裸体。そんなものが目の前にあっては、いつうっかり噛みついてしまうかわからない。
「リヒト、タオルをこう持って、そう、そのままこすってごらん。痛くない?」
「はい……」
「前はぜんぶ自分で洗えるね?」
身勝手な欲望が滲みださないように、なるべくやさしい声音を意識して問いかけると、金色の瞳がこちらを見上げてきて、健気に揺れた。
「はい」
こくり、と頷いたひたいへともう一度キスをして、ユリウスはすこしリヒトから離れた。
リヒトは懸命な仕草で自身の体を洗っている。動きのひとつひとつが可愛くて、ユリウスはその様をしっかりと目と脳裏に焼き付けた。
身を屈めて陰部を洗い終えたリヒトが、次はどうするのか……と迷いながらユリウスを振り向いた。
ユリウスは手桶に湯をすくい、リヒトの纏う泡をきれいに洗い流してやった。
その後は椅子から立たせ、手を引いて浴槽までを移動する。いつもは抱っこしているところだが、いま密着するのは自殺行為で、手を繋ぐだけで我慢した。
「リヒト、中へ入って」
「う……はい」
湯気のたつ浴槽へと、リヒトが片足を入れた。たらいに溜めた湯に足をつけたときですら、飛びあがった彼である。やはり慣れない温度に、リヒトは怯えたように体を硬直させたが、次第に脱力してゆくと、もう片方の足も浸けることができた。
「リヒト、座れる? 滑らないように気を付けて……僕の手を握ってて」
「はい。……ふわぁ」
ゆっくりゆっくりと体を沈めていったリヒトは、肩まで浸かった段で感嘆の吐息を漏らした。
「ユーリ様、気持ちいです」
「うん、気持ちいいね」
「僕、ずっとこんなに気持ちいお風呂に入ってたんですね。知らなかった……」
うふふと笑ってこちらを見上げてくるリヒトの可愛さときたら、もはや比較するものがないほどだ。
可愛い。可愛すぎる。
このオメガと体を繋げて、うなじを噛んで、早く自分のものにしてしまわなければ……。
ダメだ、我慢ができない。
ユリウスは握っていたリヒトの手をもぎはなし、立ち上がった。
突然の素早い動きに、リヒトが目を丸くする。
「……着替えがあるか見てくるから、きみは浸かってて」
無理やりに出した声は語尾が掠れており、おのれの未熟さをユリウスは苦く笑うことで誤魔化した。
一旦浴室の外へ出て、空気を吸う。まだ鼻腔にリヒトの匂いが残っている。それを振り払いたくてユリウスは冷たい水で顔を洗った。
あまりゆっくりしていてはリヒトがのぼせてしまう。鎮まったとは言い難い劣情を腹の奥に抱えたままで、ユリウスは風呂場へと戻った。
浴槽の中のリヒトが、所在なさげに、不安そうに瞳を瞬かせてこちらを見つめてくる。
その華奢な体を抱き上げると、なめらかな裸体の上をなぞるようにすべった湯が、ざばりと音を立てた。
風呂から上がったリヒトを大きなタオルで包み、体を拭いて、服を着せ、黒い首輪を装着する。そうしてからようやくユリウスはホッと安堵の息を吐いた
しかし試練はまだこの先にも控えている。
リヒトが風呂に入っている間に、食堂では夕食の支度が粛々と行われているからだ。
いまの精神状態で、リヒトを膝に乗せていつものように食べさせてあげることができるだろうか。想像しただけでも下半身に熱が溜まりそうになって、ユリウスは早々に白旗をあげた。
これはダメだ。
とてもじゃないがおのれを抑え込める自信がない。
ユリウスはいつもの抱っこではなく、リヒトの手を引いて歩きながら覚悟を決めた。まさに断腸の思いである。
食事のための部屋では、すでに色とりどりの料理が並べられていた。
カトラリー類は、ひとつの席の前にまとめて置いてある。
リヒトを椅子に座らせてから、ユリウスはベルを鳴らした。
リンリン、と場違いに明るく響く音に理不尽な苛立ちを覚える。思わず眉間にしわを寄せたところで、ロンバードの巨躯がドアの向こうからぬっと現れた。
「……なぜおまえが来る」
食事の際の用聞きは侍女の役目ではないのかと訝しむと、ロンバードが肩を竦めて飄々と笑った。
「リヒト様との食事の時間をなにより大切にしてるあんたの、ほとんど初めての呼び出しですよ? そりゃあ誰も来たがりませんって」
「……」
「それで、ご用は?」
「……もうひとつ席を用意してくれ」
「は?」
ロンバードの目が丸くなった。それはそうである。他ならぬユリウス自身が、先ほどの、リヒトを自立させろというこの男の提案を拒んだのだから。
「いったいどういう風の吹き回しですか?」
「うるさい」
「考えを改めた……ってわけじゃないですよね?」
「改めなければならない考えなど、僕は持ってない」
「なるほど」
「なんだその目は」
「いや、あんたのやむにやまれぬ事情に、察しがついたんで」
ロンバードが半笑いで顎をさすった。なんて嫌味な男だ、とユリウスは側近へと冷ややかな視線を送ったが、それを意にも介さず彼は取り皿やカトラリーをもう一式取りに行った。
椅子の上ではリヒトがポカンとこちらを見ている。小声でのやりとりだったが、もしかしたら聞こえたかもしれない。これまではリヒトの五感が弱いことに甘えていたんだな、とユリウスは思った。
耳の遠いリヒトの前で内緒話はたやすかったし、彼に聞かせたくないもの、見せたくないものを隠すこともたやすかった。けれどいまはリヒトの視力も聴力も正常だ。そして今回、触覚も戻った。
ユリウスはふっと吐息して、それからリヒトへと微笑みかけた。
「リヒト、今日からは隣同士で座って食事をしようか」
「……はい。僕、ひとりで食べられるようになります」
健気なまでの必死さで、リヒトが両手にこぶしを握る。その可愛く丸まった手を、ユリウスは上からおのれのてのひらでそっと包んだ。
ぴくり、とリヒトの肩が揺れた。
触覚を取り戻したリヒトは、すべての刺激に反応を返してくる。たぶん、互いにそのことに慣れていない。それに慣れるには、もしかしたらリヒト以上にユリウスの方が時間がかかるのかもしれなかった。
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