溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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オメガの告解

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 追い出された部屋の扉の前に椅子を置き、ユリウスは木製の扉の優美な装飾を睨みつけるように見ていた。

「そりゃまぁ座ってれば、立ち聞きではないですよね」

 背後から侍従の嫌味が聞こえてくる。

「僕に嫌味を言うとは、偉くなったものだな、テオ?」

 首をひねってテオバルドを流し見ると、短い悲鳴を上げた彼が反射のように竦み上がった。すぐに怯えるくせに口が減らないのは明らかに父親譲りだな、とユリウスが嘆息すると同時に、
「あんたは機嫌を損ねるたびにうちのせがれをいびるのをやめてくれませんかねぇ」
 と、不敬罪を絵に描いたような大男が苦言を呈してきた。

 リヒトをシモンに診せるため、出仕の時間を大幅に遅らせた分、ロンバードに仕事を押し付けたはずなのだがその当人がなぜここに、と胡乱な視線を男へ向けると、ロンバードが肩をそびやかし、抱えた書類の束をバサバサと揺らしてみせた。

「あんたの決済が必要なやつです」
「午後にする。すこし待て」
「待てないから来たんですよ。ったく、俺はあんたの護衛であって、仕事の助手じゃないんですから」

 ぶつぶつとぼやく男へと、ユリウスは口角を上げてふんと笑った。

「使えるものを使ってなにが悪い。僕はできないことをやれとは言ってないだろう」
「……それは俺の能力を高く買ってるってことですかね?」
「おまえの耳にそう聞こえたなら、そうなんじゃないか?」

 視線を扉へと戻しながらそう答えたら、ロンバードとテオバルドが揃ってため息をつくのが聞こえた。

「褒めるならもうちょっと素直に褒めてくれりゃいいのになぁ」
「父上、ユリウス様のやさしさはぜんぶリヒト様のものですから。あきらめましょう」

 テオバルドの言葉は真理だ。ユリウスという男をよくわかっている。
 それなのに、とユリウスは歯がゆい思いでドアノブを睨みつけた。

 いったいリヒトとシモンはなにを話してるんだろう。なぜ自分が追い出されなければならなかったのか。
 考えるほどにモヤモヤとして、我慢できずにユリウスは立ち上がった。

 さっきは、中から椅子の倒れる音がしてとっさにノックをしたけれど、大丈夫だからとシモンにあしらわれてしまい、扉は閉ざされたままだ。
 いまも、突入するタイミングが計れない。しかしこのまま大人しく待っているのも業腹だ。

「テオ。何分経った?」
「ええっと……二十分は経ってないと思いますが」
「ふん。長いな」
「いえ、診察なのですからこんなものでは」
長いな・・・?」

 声に少しの圧を載せると、テオバルドが「ひえっ」と短く叫んだ。
 ロンバードが部屋の奥のデスクに書類を載せ、
「あんたねぇ」
 とひたいを押える。

「だからうちの倅に、」
「テオ」

 ロンバードを無視してテオバルドへくいと顎をしゃくると、テオバルドが恐々と扉の前に立った。

 テオバルドの主人は医師のシモンではなくユリウスだ。そのユリウスが「長い」というのだから、苦情を申し立てるのは従者である彼の仕事に他ならない。

 テオバルドは意を決して握ったこぶしを持ち上げた。
 この形のまま、「二十分ぐらいで聞き分けないこと言うな!」と主の顔面めがけて繰り出すことができたなら、どれほどスッキリすることだろうか!
 しかし残念ながら凡人ベータを地で行くテオバルドには、王族に盾突く度胸も、ユリウスの美麗な顔に傷をつける度胸もありはしなかった。

 ユリウスの氷の眼差しを浴び続けるぐらいなら、シモンに呆れ顔で怒られる方がいい。

 テオバルドは握った手を、木製の扉にコンとぶつけようとした……のと同じタイミングで、ドアが内側に動いた。
 すわユリウスの念力か、アルファの執念はドアすら動かすのか、と心底驚いたテオバルドはその場で飛び上がったが、ドアの向こうから老医師が顔をのぞかせたことで、シモンが扉を開けたのだと察することができた。

 すかさずユリウスが近寄ってくる。
 テオバルド越しに伸ばされたユリウスの手が、二度と閉じさせまいという意思を感じさせる強さでドアの縁をぐっと掴んだ。

 期せずしてアルファらしく長身のユリウスの懐に抱きこまれる形となったテオバルドは、主から漂ってくる高貴な香りに胸を高鳴らせ……たりはせずに(いや、うっかりいい匂いだなぁと思ってしまったが)、畏れ多くも密着しそうになった体を素早く動かして扉の前をユリウスに譲った(そうしていなければ「邪魔だ」と追い払われていただろう)。

「お待たせいたしました、ユリウス殿下」

 シモンがいつも通りのおっとりとした口調でユリウスへと声をかけた。
 ユリウスは中へ飛び込む前にシモンに顔を寄せ、
「僕のオメガとなにを話した」
 と、険しくも冷ややかな声音で問いかける。テオバルドなら縮み上がるところだが、シモンはさすがに年の功、ほっほと笑うばかりで怯えた様子も見せずに答えた。

「それは、リヒト様の口からお聞きくだされ。あなた様にお話ししたいことがあると仰せですよ」

 ユリウスは一瞬鼻すじに剣呑なしわを作ったが、気持ちを切り替えるように吐息して、大きく開いた扉から室内へ一歩踏み出した。
 すらりと長い足が優雅に動いた……と思ったらユリウスがものすごい勢いで振り返り、再びシモンへと顔を近づけて、
「診察でベルトを外す必要がどこにある!」
 ソファの肘掛に掛かっているベルトを指さしながら、小声で喚くという器用な芸当を披露した。

「シモン、あれはおまえのベルトだな? なぜ外した? 服を脱いだのか? 僕のオメガの前で!」
「ユリウス様! ユーリ様、落ち着いてください!」

 いまにも老医師に掴みかからんとしている主を、テオバルドは必至で止めた。しかし詰め寄られている当人は涼しい顔で片眼鏡の奥の瞳を細め、やわらかに笑っている。

「殿下、この老いぼれがいったいなにをすると仰せですか。治療以外でリヒト様に触れたことは、このシモン、一度たりともございませんぞ」
「僕に誓えるか」

 冴え冴えとした新緑色の瞳が、まばたきもせずにシモンを映しており、その迫力にテオバルドの方が震えあがりそうになった。
 しかしシモンはどこまでも穏やかに、「はいな」と頷いた。

 ユリウスの背から張り詰めた気配が消える。

「さぁ、殿下」

 シモンがてのひらを奥へと流して、リヒトを示した。




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