溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
63 / 118
オメガの告解

しおりを挟む
 ユリウスはリヒトの反応を注意深く窺いながら、新聞に印字された文字に指先を滑らせた。

「不正な貿易を行ったとして、デァモント教団の教皇が逮捕されるに至った。教皇は信者から不当に金品や労働力を搾取し、人道にもとる行いをしたとして……」

 ユリウスの声に耳を傾けていたリヒトの眉が、くっと寄せられる。ユリウスはその可愛い縦しわにキスを落として、言葉をかんたんなものに替えた。

「いいかい、リヒト。デァモント教団で教皇と呼ばれていた男は、悪いことをしたんだ」
「悪いこと」
「そう。信者を騙し、強制的に働かせ、富を独り占めした。それがようやく明るみに出て、彼は裁かれることになった。リヒト、きみの言うハーゼっていうのは、これかな?」

 ユリウスは記事の一か所を、トン、と指先で叩いた。
 リヒトがビクっと肩を揺らして、金色の瞳を瞬かせた。

「教皇は教団内でたくさんの嘘をついていた。完全なるペテン師だね。彼は魂の救済を騙り、信者たちをいいように操るために、ハーゼという偶像を作り上げた、と書かれているよ」
「……ぐうぞうって、なんですか」
「信仰の対象となるもののことだよ。本来は神様をかたどったもので……そうだなぁ……」

 視線を巡らせたユリウスは、シモンのクラヴァットに気づき、老医師を手招いた。
 歩み寄ってきた彼の胸元に、クラヴァットの留め具がある。そのピンの飾りとして、白いレリーフが使われていた。

「リヒト、見える?」

 シモンの胸元から抜き取ったそのピンをリヒトの目の前に翳すと、リヒトがこくりと頷いた。

「ここに彫られているのは、医術の神様、アエスクラだよ。死者ですら蘇らせることのできる、ものすごい神様なんだ」
「死んだひとも、ですか?」
「神話だけどね」

 素直に驚くリヒトが可愛くて、ユリウスはくすりと笑いながらピンをシモンに返した。

「ふつうはね、あんなふうに神様そのものをかたどって信仰の対象にするんだけどね、デァモント教団では月神デァモントに祈りを捧げるための道具として、ハーゼという偶像を仕立て上げたそうだよ」

 リヒトの意識がアエスクラに流れていってしまわぬよう、ユリウスは話題を戻した。
 リヒトの双眸が不安に揺れている。
 ハーゼについてなにを言われるのか……という怯えが感じ取れて、安心させるべくユリウスはおのれのオメガに微笑みかけた。

「新聞にはね、リヒト。被害者のひとりとしてハーゼの名が挙げられている」

 被害者、とリヒトの唇が動いた。
 それに力強い頷きを返して、ユリウスはまた指先を紙面に滑らせた。

「教団内で教皇がついた嘘は、数限りなくある。ひとつは、たんなる外国の言葉を神の言葉だと偽り、信者とハーゼを騙していたこと」
「外国の言葉?」
「そう。デァモントは長い間鎖国……他の国との交流を一切断っていたから、公用語とは違う異国の言葉を、ハーゼたちは知らなかったと書かれているよ。だから教皇から神様の言葉だと教えられて、それを信じてしまったと」
「……本当ですか?」

 リヒトが悲壮に強張る顔で、ひたとユリウスを見つめてくる。
 その白い頬をひと撫でしてから、ユリウスは首肯した。

「新聞に書かれることは事実だけだよ、僕のオメガ。きみがこのハーゼなる者なのだとしたら、きみが聞いた神様の言葉とやらも、ただのべつの国の言葉だったというわけだ。リヒト、いまなにか、その言葉を話せるかな?」

 リヒトが唇を噛んだ。
 記憶を探るように一度虚空を見て、リヒトは息を吸い込んだ。

「わ……『我が、忠実なる眷属よ』」

 教皇の演じた神の声。それを耳にしたまま話す、ということを教え込まれたハーゼ。聞き慣れない言葉は子どもの頭では覚えきれないから、教皇は日常的にハーゼに『神の言葉』教えていたはずだ。
 教団に居た、ハーゼと呼ばれていたあの子どもも、寝起きで発した言葉は公用語ではなく『神の言葉』の方だった。
 そしてハーゼの言葉を解することができるのは、教皇をはじめとしたごく一部の信者だけ。

 リヒトの口から『神の言葉』を聞いて、ユリウスの胸は締め付けらたように苦しくなった。
 幼い子どもに対し、難解な言い回しをすることで『神の言葉』に真実味を持たせていたのだろうか。
 教皇ヨハネスに対して、改めて強い憎悪を覚えながらも、ユリウスはリヒトの髪を撫でながら笑ってみせた。

「やっぱり、ただの異国の言葉だ。僕でも話せるよ」
「えっ?」
「『我が忠実なる眷属よ』。ハーゼが神様の仲間ってことかな? リヒト、これは東の島国の言葉で、すこしも特別な言語じゃないよ。そこに居るロンバードも、テオだって知ってる言葉だ」

 そうだろう、と二人の従者を振り返れば、ユリウスの仕草につられてリヒトの視線をそちらへと流れた。
 ロンバードが飄々とした調子で、片頬に笑みをく。

「ええ、そりゃたんなる東の言葉です。しゃべれやしませんが、神の言葉ってほど特別なモンじゃない。なぁ、テオ?」
「ひっ、え、ええっ! ただのありふれた、人間が使う言葉ですよ!」

 即興に弱いテオバルドは一瞬焦って挙動不審になったが、中々良い補佐をしてくれた。
 人間が使う言葉。それがリヒトの耳に入り、リヒトは瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかと心配になるほど目を見開いている。

 ユリウスはその目元を指の背でくすぐってから、新聞に視線を戻した。

「教皇はこの『神の言葉』を使いハーゼや信者を自分の思うままに操った。ハーゼについてはまだ書かれているよ。ほら、この辺りに。教皇はハーゼを教団の象徴にするため、ありもしない生まれ変わりを捏造した。信者の間では、ハーゼはひとつの魂が生まれ変わるのだと信じられていた。いいかいリヒト、これも、教皇の嘘だよ」

 リヒトが短く息を飲んだ。 
 揺れた細い肩から、次第に全身へと、こまかな震えが伝播してゆく。
 その背をユリウスはしずかに撫で、先ほどと同じ言葉を繰り返した。

「新聞には、事実しか書かれないんだよ、リヒト」
 
  

 
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。