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オメガの告解
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ユリウスはリヒトの反応を注意深く窺いながら、新聞に印字された文字に指先を滑らせた。
「不正な貿易を行ったとして、デァモント教団の教皇が逮捕されるに至った。教皇は信者から不当に金品や労働力を搾取し、人道に悖る行いをしたとして……」
ユリウスの声に耳を傾けていたリヒトの眉が、くっと寄せられる。ユリウスはその可愛い縦しわにキスを落として、言葉をかんたんなものに替えた。
「いいかい、リヒト。デァモント教団で教皇と呼ばれていた男は、悪いことをしたんだ」
「悪いこと」
「そう。信者を騙し、強制的に働かせ、富を独り占めした。それがようやく明るみに出て、彼は裁かれることになった。リヒト、きみの言うハーゼっていうのは、これかな?」
ユリウスは記事の一か所を、トン、と指先で叩いた。
リヒトがビクっと肩を揺らして、金色の瞳を瞬かせた。
「教皇は教団内でたくさんの嘘をついていた。完全なるペテン師だね。彼は魂の救済を騙り、信者たちをいいように操るために、ハーゼという偶像を作り上げた、と書かれているよ」
「……ぐうぞうって、なんですか」
「信仰の対象となるもののことだよ。本来は神様をかたどったもので……そうだなぁ……」
視線を巡らせたユリウスは、シモンのクラヴァットに気づき、老医師を手招いた。
歩み寄ってきた彼の胸元に、クラヴァットの留め具がある。そのピンの飾りとして、白いレリーフが使われていた。
「リヒト、見える?」
シモンの胸元から抜き取ったそのピンをリヒトの目の前に翳すと、リヒトがこくりと頷いた。
「ここに彫られているのは、医術の神様、アエスクラだよ。死者ですら蘇らせることのできる、ものすごい神様なんだ」
「死んだひとも、ですか?」
「神話だけどね」
素直に驚くリヒトが可愛くて、ユリウスはくすりと笑いながらピンをシモンに返した。
「ふつうはね、あんなふうに神様そのものをかたどって信仰の対象にするんだけどね、デァモント教団では月神デァモントに祈りを捧げるための道具として、ハーゼという偶像を仕立て上げたそうだよ」
リヒトの意識がアエスクラに流れていってしまわぬよう、ユリウスは話題を戻した。
リヒトの双眸が不安に揺れている。
ハーゼについてなにを言われるのか……という怯えが感じ取れて、安心させるべくユリウスはおのれのオメガに微笑みかけた。
「新聞にはね、リヒト。被害者のひとりとしてハーゼの名が挙げられている」
被害者、とリヒトの唇が動いた。
それに力強い頷きを返して、ユリウスはまた指先を紙面に滑らせた。
「教団内で教皇がついた嘘は、数限りなくある。ひとつは、たんなる外国の言葉を神の言葉だと偽り、信者とハーゼを騙していたこと」
「外国の言葉?」
「そう。デァモントは長い間鎖国……他の国との交流を一切断っていたから、公用語とは違う異国の言葉を、ハーゼたちは知らなかったと書かれているよ。だから教皇から神様の言葉だと教えられて、それを信じてしまったと」
「……本当ですか?」
リヒトが悲壮に強張る顔で、ひたとユリウスを見つめてくる。
その白い頬をひと撫でしてから、ユリウスは首肯した。
「新聞に書かれることは事実だけだよ、僕のオメガ。きみがこのハーゼなる者なのだとしたら、きみが聞いた神様の言葉とやらも、ただのべつの国の言葉だったというわけだ。リヒト、いまなにか、その言葉を話せるかな?」
リヒトが唇を噛んだ。
記憶を探るように一度虚空を見て、リヒトは息を吸い込んだ。
「わ……『我が、忠実なる眷属よ』」
教皇の演じた神の声。それを耳にしたまま話す、ということを教え込まれたハーゼ。聞き慣れない言葉は子どもの頭では覚えきれないから、教皇は日常的にハーゼに『神の言葉』教えていたはずだ。
教団に居た、ハーゼと呼ばれていたあの子どもも、寝起きで発した言葉は公用語ではなく『神の言葉』の方だった。
そしてハーゼの言葉を解することができるのは、教皇をはじめとしたごく一部の信者だけ。
リヒトの口から『神の言葉』を聞いて、ユリウスの胸は締め付けらたように苦しくなった。
幼い子どもに対し、難解な言い回しをすることで『神の言葉』に真実味を持たせていたのだろうか。
教皇ヨハネスに対して、改めて強い憎悪を覚えながらも、ユリウスはリヒトの髪を撫でながら笑ってみせた。
「やっぱり、ただの異国の言葉だ。僕でも話せるよ」
「えっ?」
「『我が忠実なる眷属よ』。ハーゼが神様の仲間ってことかな? リヒト、これは東の島国の言葉で、すこしも特別な言語じゃないよ。そこに居るロンバードも、テオだって知ってる言葉だ」
そうだろう、と二人の従者を振り返れば、ユリウスの仕草につられてリヒトの視線をそちらへと流れた。
ロンバードが飄々とした調子で、片頬に笑みを刷く。
「ええ、そりゃたんなる東の言葉です。しゃべれやしませんが、神の言葉ってほど特別なモンじゃない。なぁ、テオ?」
「ひっ、え、ええっ! ただのありふれた、人間が使う言葉ですよ!」
即興に弱いテオバルドは一瞬焦って挙動不審になったが、中々良い補佐をしてくれた。
人間が使う言葉。それがリヒトの耳に入り、リヒトは瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかと心配になるほど目を見開いている。
ユリウスはその目元を指の背でくすぐってから、新聞に視線を戻した。
「教皇はこの『神の言葉』を使いハーゼや信者を自分の思うままに操った。ハーゼについてはまだ書かれているよ。ほら、この辺りに。教皇はハーゼを教団の象徴にするため、ありもしない生まれ変わりを捏造した。信者の間では、ハーゼはひとつの魂が生まれ変わるのだと信じられていた。いいかいリヒト、これも、教皇の嘘だよ」
リヒトが短く息を飲んだ。
揺れた細い肩から、次第に全身へと、こまかな震えが伝播してゆく。
その背をユリウスはしずかに撫で、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「新聞には、事実しか書かれないんだよ、リヒト」
「不正な貿易を行ったとして、デァモント教団の教皇が逮捕されるに至った。教皇は信者から不当に金品や労働力を搾取し、人道に悖る行いをしたとして……」
ユリウスの声に耳を傾けていたリヒトの眉が、くっと寄せられる。ユリウスはその可愛い縦しわにキスを落として、言葉をかんたんなものに替えた。
「いいかい、リヒト。デァモント教団で教皇と呼ばれていた男は、悪いことをしたんだ」
「悪いこと」
「そう。信者を騙し、強制的に働かせ、富を独り占めした。それがようやく明るみに出て、彼は裁かれることになった。リヒト、きみの言うハーゼっていうのは、これかな?」
ユリウスは記事の一か所を、トン、と指先で叩いた。
リヒトがビクっと肩を揺らして、金色の瞳を瞬かせた。
「教皇は教団内でたくさんの嘘をついていた。完全なるペテン師だね。彼は魂の救済を騙り、信者たちをいいように操るために、ハーゼという偶像を作り上げた、と書かれているよ」
「……ぐうぞうって、なんですか」
「信仰の対象となるもののことだよ。本来は神様をかたどったもので……そうだなぁ……」
視線を巡らせたユリウスは、シモンのクラヴァットに気づき、老医師を手招いた。
歩み寄ってきた彼の胸元に、クラヴァットの留め具がある。そのピンの飾りとして、白いレリーフが使われていた。
「リヒト、見える?」
シモンの胸元から抜き取ったそのピンをリヒトの目の前に翳すと、リヒトがこくりと頷いた。
「ここに彫られているのは、医術の神様、アエスクラだよ。死者ですら蘇らせることのできる、ものすごい神様なんだ」
「死んだひとも、ですか?」
「神話だけどね」
素直に驚くリヒトが可愛くて、ユリウスはくすりと笑いながらピンをシモンに返した。
「ふつうはね、あんなふうに神様そのものをかたどって信仰の対象にするんだけどね、デァモント教団では月神デァモントに祈りを捧げるための道具として、ハーゼという偶像を仕立て上げたそうだよ」
リヒトの意識がアエスクラに流れていってしまわぬよう、ユリウスは話題を戻した。
リヒトの双眸が不安に揺れている。
ハーゼについてなにを言われるのか……という怯えが感じ取れて、安心させるべくユリウスはおのれのオメガに微笑みかけた。
「新聞にはね、リヒト。被害者のひとりとしてハーゼの名が挙げられている」
被害者、とリヒトの唇が動いた。
それに力強い頷きを返して、ユリウスはまた指先を紙面に滑らせた。
「教団内で教皇がついた嘘は、数限りなくある。ひとつは、たんなる外国の言葉を神の言葉だと偽り、信者とハーゼを騙していたこと」
「外国の言葉?」
「そう。デァモントは長い間鎖国……他の国との交流を一切断っていたから、公用語とは違う異国の言葉を、ハーゼたちは知らなかったと書かれているよ。だから教皇から神様の言葉だと教えられて、それを信じてしまったと」
「……本当ですか?」
リヒトが悲壮に強張る顔で、ひたとユリウスを見つめてくる。
その白い頬をひと撫でしてから、ユリウスは首肯した。
「新聞に書かれることは事実だけだよ、僕のオメガ。きみがこのハーゼなる者なのだとしたら、きみが聞いた神様の言葉とやらも、ただのべつの国の言葉だったというわけだ。リヒト、いまなにか、その言葉を話せるかな?」
リヒトが唇を噛んだ。
記憶を探るように一度虚空を見て、リヒトは息を吸い込んだ。
「わ……『我が、忠実なる眷属よ』」
教皇の演じた神の声。それを耳にしたまま話す、ということを教え込まれたハーゼ。聞き慣れない言葉は子どもの頭では覚えきれないから、教皇は日常的にハーゼに『神の言葉』教えていたはずだ。
教団に居た、ハーゼと呼ばれていたあの子どもも、寝起きで発した言葉は公用語ではなく『神の言葉』の方だった。
そしてハーゼの言葉を解することができるのは、教皇をはじめとしたごく一部の信者だけ。
リヒトの口から『神の言葉』を聞いて、ユリウスの胸は締め付けらたように苦しくなった。
幼い子どもに対し、難解な言い回しをすることで『神の言葉』に真実味を持たせていたのだろうか。
教皇ヨハネスに対して、改めて強い憎悪を覚えながらも、ユリウスはリヒトの髪を撫でながら笑ってみせた。
「やっぱり、ただの異国の言葉だ。僕でも話せるよ」
「えっ?」
「『我が忠実なる眷属よ』。ハーゼが神様の仲間ってことかな? リヒト、これは東の島国の言葉で、すこしも特別な言語じゃないよ。そこに居るロンバードも、テオだって知ってる言葉だ」
そうだろう、と二人の従者を振り返れば、ユリウスの仕草につられてリヒトの視線をそちらへと流れた。
ロンバードが飄々とした調子で、片頬に笑みを刷く。
「ええ、そりゃたんなる東の言葉です。しゃべれやしませんが、神の言葉ってほど特別なモンじゃない。なぁ、テオ?」
「ひっ、え、ええっ! ただのありふれた、人間が使う言葉ですよ!」
即興に弱いテオバルドは一瞬焦って挙動不審になったが、中々良い補佐をしてくれた。
人間が使う言葉。それがリヒトの耳に入り、リヒトは瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかと心配になるほど目を見開いている。
ユリウスはその目元を指の背でくすぐってから、新聞に視線を戻した。
「教皇はこの『神の言葉』を使いハーゼや信者を自分の思うままに操った。ハーゼについてはまだ書かれているよ。ほら、この辺りに。教皇はハーゼを教団の象徴にするため、ありもしない生まれ変わりを捏造した。信者の間では、ハーゼはひとつの魂が生まれ変わるのだと信じられていた。いいかいリヒト、これも、教皇の嘘だよ」
リヒトが短く息を飲んだ。
揺れた細い肩から、次第に全身へと、こまかな震えが伝播してゆく。
その背をユリウスはしずかに撫で、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「新聞には、事実しか書かれないんだよ、リヒト」
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