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オメガの告解
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ユリウスの言葉は、嘘だった。
新聞には、ハーゼのハの字も書かれていない。
二年前の教皇ヨハネスの逮捕で、デァモント教団が解体に追い込まれたという事実は記されていたが、記事に綴られたのは主に、そこから派生する難民についてであった。
諸外国の関心は、教団を失った信者たちを自国で受け入れるかどうかであって、デァモントの信仰の内容ではなかった。
そして、信者たちは信仰の要であるハーゼの存在を口外しない。教団を失ってもなお、ハーゼを崇めんとするその意思は揺らがなかった。
だから当然、新聞にはデァモント教についての委細は載っていない。
ユリウスがいま、さも紙面に書かれているかのように告げた言葉は、ただのでっち上げであった。
リヒトの識字の習得がもっと進んでいたなら、こんな手は通用しなかっただろう。
タイミングとしては、ギリギリだったと言える。
新聞は難しいもの、というリヒトの認識も、ユリウスのこの嘘に大いに加担してくれた。
始めにユリウスが硬い言い回しをしたことで、リヒトは恐らく、文字が読めたところで内容の把握は難しい、と感じたはずだ。
彼の金色の瞳は紙面にこそ向けられていたが、意識の大半はユリウスの話す声に集中していることが、ユリウスにはわかっていた。
リヒトがなぜ、突然に、自分がハーゼだったと打ち明けたのかはわからない。
それでも、ハーゼであったという事実が、リヒトのかなしみの匂いの原因のひとつになっていることは、本能的に察知することができた。
ならばユリウスは、なんとしてもリヒトの憂いを取り去ってやらなければならない。
おのれのオメガを。
ハーゼという枷から解放してあげなければならない。
そのためにユリウスは大胆な嘘を重ねた。
「教団内では、ハーゼは初代ハーゼの生まれ変わりであると信じられていた。けれどそれも、教皇の嘘だった。ここにそう書いてあるよ」
文字がろくに読めないのをいいことに、純真なリヒトを騙している。
口八丁で丸めこもうとしているのだから、教皇ヨハネスをペテン師だと謗れないな、とユリウスは一瞬、自重に唇を歪めた。
けれどユリウスはどんな手を使っても、リヒトの胸に刺さった杭を取り去ってやらなければならないのだ。
なぜならリヒトが、ユリウスのオメガだから。
「リヒト。きみが自分をハーゼだったというなら、きみも被害者だ。僕はこの記事を読んだときに、この教皇とやらはずいぶんとひどい男だと思ったよ。信者も、ハーゼも騙していたんだからね」
「……ぼく、僕……」
リヒトが、なにをどう言えばいいのかわからない、というように忙しないまばたきをした。
彼の手はぎゅっと握りしめられており、その形のままで震えていた。
胸を喘がせるように、はふ、と浅い息をして、リヒトがユリウスを見上げてくる。
「僕、神様の言葉が、うまく、聞こえなくて……」
「うん」
「信者のひとたちは、いつもお腹を空かせていて……」
「それはきみもそうだったんじゃないかな。山できみを見つけたとき、きみは本当に小さくて、とても痩せていたよ、リヒト」
あのときのことは忘れない。
痩せて、皮膚病と眼病に侵され、頭部には虫まで涌いていた子ども。
出会えて良かった。見つけることができて良かった。でもそれ以上に、なぜもっと早く助けてやれなかったのかとも思う。
悔恨に目を伏せて、ユリウスはリヒトのひたいにキスを落とした。
「きみは、被害者だ」
「でも、僕……僕が、僕のお祈りが、悪かったせいで、信者のひとたちが」
「リヒト」
強い声でリヒトを呼び、息継ぎが上手くできていない唇を、束の間、唇で塞いだ。
リヒトの目からぼろりと涙がこぼれた。
「なんどでも言うよ、僕のオメガ。きみがハーゼだったと言うなら、きみは被害者だ。責められるべきは教皇ヨハネスであって、きみじゃない」
「でも、でも……ゆぅりさま。僕は、ハーゼの生まれ変わりだって……僕のせいで、みんなが苦しんでるって……」
「生まれ変わりも、教皇の嘘だよ。リヒト、きみに前のハーゼの記憶があるの?」
「……いいえ」
「ほら。じゃあなんできみが前のハーゼと同じだってわかるんだろう?」
ユリウスの問いかけに、リヒトが大粒の涙をこぼしながら首を横に振った。
「リヒト。新聞にはこう書いてあるよ。ハーゼが生まれ変わりだと信じさせるための細工を、教皇が色々と施していた、と」
「じゃあ僕は、生まれ変わりじゃ、ありませんか?」
「違うね。きみは僕と出会ったときから、僕のオメガ、ただそれだけだよ。ハーゼの生まれ変わりなんかじゃない」
きっぱりと否定すると、リヒトのこぶしがゆるく開き、ユリウスのシャツをぎゅうっと握ってきた。
「ぼく、僕のせいで、信者のひとたちが救われないのも、嘘ですか?」
「まったくの嘘だね」
「僕のお祈りは」
「リヒト。きみは被害者だよ」
すがりついてくる細い体が、健気でかわいそうで可愛くて、ユリウスはリヒトの言葉を遮って、両腕でしっかりと抱擁した。
「なんどだって言うよ。きみは被害者だ。きみはなにも悪くない。なんの罪もないんだよ、僕のオメガ」
ぐす……と鼻を啜ったリヒトが、両手をユリウスの首に回して、ひしっと抱きついてきた。
ユリウスの膝の上に載っていた尻が、すこし浮いている。それぐらい強い力でしがみついてくる体を、ユリウスも同じだけの力で抱き返した。
「ゆ、ゆぅりさま……ぼく、ずっと、信者のひとたちが気になってて……」
「うん」
「僕のせいで、僕のお祈りが足りないせいで、信者のひとたちがずっとお腹を空かせてて、僕、ぼく」
「リヒトのせいじゃないって、わかっただろう?」
「ふぁい……」
泣いているせいで不明瞭になった返事が可愛くて、ユリウスは笑いながら銀糸の髪を撫でた。
涙で濡れた頬が、ユリウスの首筋にすり……と頬ずりしてくる。
「ゆぅりさま、ありがとうございます」
「僕は新聞を読んだだけだよ」
「でもユーリ様が教えてくれなかったら、僕は知らないままでした」
「うん。ハーゼだったことを、教えてくれてありがとう、リヒト」
とても勇気が要ったろうに、それを伝えてくれたことにお礼を言ったら、リヒトがますます泣き出してしまった。
時折ユリウスの肩口で涙を拭う仕草を見せるので、ユリウスはウエストコートの素材が気になって仕方ない。リヒトの目元のやわらかな皮膚が傷ついてしまうのではないか……。
チラと視線を巡らせると、テオバルドがハンカチを準備しているのが見えた。しかしそれを受け取ろうにもリヒトを抱く両手は、まだリヒトを慰めることに忙しい。
どうしようか、としばし頭を悩ませていたユリウスの耳に。
「ゆぅりさまは、まほうつかいみたいです」
と、悶えそうに可愛いリヒトの言葉が聞こえてきた。
「ええ? 僕が魔法使い?」
「はい。いつも僕に、魔法をかけてくれます」
リヒトがしがみついていた体をすこし離して、ユリウスを見つめてくる。
目が、やはり赤くなっていた。
けれど彼は、潤んだ目をじわりと撓めて、半分泣きながら、笑った。
「僕をしあわせにしてくれる、魔法を」
その笑顔が、可愛くて、可愛くて、可愛くて。リヒトの浅い呼吸が移ったのだろうか、ユリウスの息まで苦しくなるようだった。
たまらなくなって口づけをしたら、リヒトがまた微笑んだ。銀色の睫毛がふさりと動く。
「リヒト。僕が本当に魔法使いだったらいいのに」
啄むように唇に触れて、ユリウスは呟いた。
「僕に魔法が使えたら、きみの味覚と嗅覚も治してあげるのに」
そう言って、もう一度キスをする。
今度はすこし、深く唇を合わせた。やわらかな唇の感触。それに吸い付き、下唇をやわらかく噛んで、離れた。
リヒトの涙で濡れた頬を、両のてのひらで拭い、そのまま抱き寄せる。
「愛してるよ、僕のオメガ。きみのしあわせが、僕のすべてだ」
そのためならなんだってしてあげる。
胸の中で、そう呟いて。
リヒトの後頭部を掻き抱くように閉じ込めた。
リヒトの鼻先が、ユリウスの首筋に触れている。
「ゆぅりさま。僕も大好きです」
まだ涙声のリヒトがそう言って、すんと鼻を啜った。
そのとき。
腕の中で、リヒトの体がひくんと跳ね、急に全身を強張らせた……。
新聞には、ハーゼのハの字も書かれていない。
二年前の教皇ヨハネスの逮捕で、デァモント教団が解体に追い込まれたという事実は記されていたが、記事に綴られたのは主に、そこから派生する難民についてであった。
諸外国の関心は、教団を失った信者たちを自国で受け入れるかどうかであって、デァモントの信仰の内容ではなかった。
そして、信者たちは信仰の要であるハーゼの存在を口外しない。教団を失ってもなお、ハーゼを崇めんとするその意思は揺らがなかった。
だから当然、新聞にはデァモント教についての委細は載っていない。
ユリウスがいま、さも紙面に書かれているかのように告げた言葉は、ただのでっち上げであった。
リヒトの識字の習得がもっと進んでいたなら、こんな手は通用しなかっただろう。
タイミングとしては、ギリギリだったと言える。
新聞は難しいもの、というリヒトの認識も、ユリウスのこの嘘に大いに加担してくれた。
始めにユリウスが硬い言い回しをしたことで、リヒトは恐らく、文字が読めたところで内容の把握は難しい、と感じたはずだ。
彼の金色の瞳は紙面にこそ向けられていたが、意識の大半はユリウスの話す声に集中していることが、ユリウスにはわかっていた。
リヒトがなぜ、突然に、自分がハーゼだったと打ち明けたのかはわからない。
それでも、ハーゼであったという事実が、リヒトのかなしみの匂いの原因のひとつになっていることは、本能的に察知することができた。
ならばユリウスは、なんとしてもリヒトの憂いを取り去ってやらなければならない。
おのれのオメガを。
ハーゼという枷から解放してあげなければならない。
そのためにユリウスは大胆な嘘を重ねた。
「教団内では、ハーゼは初代ハーゼの生まれ変わりであると信じられていた。けれどそれも、教皇の嘘だった。ここにそう書いてあるよ」
文字がろくに読めないのをいいことに、純真なリヒトを騙している。
口八丁で丸めこもうとしているのだから、教皇ヨハネスをペテン師だと謗れないな、とユリウスは一瞬、自重に唇を歪めた。
けれどユリウスはどんな手を使っても、リヒトの胸に刺さった杭を取り去ってやらなければならないのだ。
なぜならリヒトが、ユリウスのオメガだから。
「リヒト。きみが自分をハーゼだったというなら、きみも被害者だ。僕はこの記事を読んだときに、この教皇とやらはずいぶんとひどい男だと思ったよ。信者も、ハーゼも騙していたんだからね」
「……ぼく、僕……」
リヒトが、なにをどう言えばいいのかわからない、というように忙しないまばたきをした。
彼の手はぎゅっと握りしめられており、その形のままで震えていた。
胸を喘がせるように、はふ、と浅い息をして、リヒトがユリウスを見上げてくる。
「僕、神様の言葉が、うまく、聞こえなくて……」
「うん」
「信者のひとたちは、いつもお腹を空かせていて……」
「それはきみもそうだったんじゃないかな。山できみを見つけたとき、きみは本当に小さくて、とても痩せていたよ、リヒト」
あのときのことは忘れない。
痩せて、皮膚病と眼病に侵され、頭部には虫まで涌いていた子ども。
出会えて良かった。見つけることができて良かった。でもそれ以上に、なぜもっと早く助けてやれなかったのかとも思う。
悔恨に目を伏せて、ユリウスはリヒトのひたいにキスを落とした。
「きみは、被害者だ」
「でも、僕……僕が、僕のお祈りが、悪かったせいで、信者のひとたちが」
「リヒト」
強い声でリヒトを呼び、息継ぎが上手くできていない唇を、束の間、唇で塞いだ。
リヒトの目からぼろりと涙がこぼれた。
「なんどでも言うよ、僕のオメガ。きみがハーゼだったと言うなら、きみは被害者だ。責められるべきは教皇ヨハネスであって、きみじゃない」
「でも、でも……ゆぅりさま。僕は、ハーゼの生まれ変わりだって……僕のせいで、みんなが苦しんでるって……」
「生まれ変わりも、教皇の嘘だよ。リヒト、きみに前のハーゼの記憶があるの?」
「……いいえ」
「ほら。じゃあなんできみが前のハーゼと同じだってわかるんだろう?」
ユリウスの問いかけに、リヒトが大粒の涙をこぼしながら首を横に振った。
「リヒト。新聞にはこう書いてあるよ。ハーゼが生まれ変わりだと信じさせるための細工を、教皇が色々と施していた、と」
「じゃあ僕は、生まれ変わりじゃ、ありませんか?」
「違うね。きみは僕と出会ったときから、僕のオメガ、ただそれだけだよ。ハーゼの生まれ変わりなんかじゃない」
きっぱりと否定すると、リヒトのこぶしがゆるく開き、ユリウスのシャツをぎゅうっと握ってきた。
「ぼく、僕のせいで、信者のひとたちが救われないのも、嘘ですか?」
「まったくの嘘だね」
「僕のお祈りは」
「リヒト。きみは被害者だよ」
すがりついてくる細い体が、健気でかわいそうで可愛くて、ユリウスはリヒトの言葉を遮って、両腕でしっかりと抱擁した。
「なんどだって言うよ。きみは被害者だ。きみはなにも悪くない。なんの罪もないんだよ、僕のオメガ」
ぐす……と鼻を啜ったリヒトが、両手をユリウスの首に回して、ひしっと抱きついてきた。
ユリウスの膝の上に載っていた尻が、すこし浮いている。それぐらい強い力でしがみついてくる体を、ユリウスも同じだけの力で抱き返した。
「ゆ、ゆぅりさま……ぼく、ずっと、信者のひとたちが気になってて……」
「うん」
「僕のせいで、僕のお祈りが足りないせいで、信者のひとたちがずっとお腹を空かせてて、僕、ぼく」
「リヒトのせいじゃないって、わかっただろう?」
「ふぁい……」
泣いているせいで不明瞭になった返事が可愛くて、ユリウスは笑いながら銀糸の髪を撫でた。
涙で濡れた頬が、ユリウスの首筋にすり……と頬ずりしてくる。
「ゆぅりさま、ありがとうございます」
「僕は新聞を読んだだけだよ」
「でもユーリ様が教えてくれなかったら、僕は知らないままでした」
「うん。ハーゼだったことを、教えてくれてありがとう、リヒト」
とても勇気が要ったろうに、それを伝えてくれたことにお礼を言ったら、リヒトがますます泣き出してしまった。
時折ユリウスの肩口で涙を拭う仕草を見せるので、ユリウスはウエストコートの素材が気になって仕方ない。リヒトの目元のやわらかな皮膚が傷ついてしまうのではないか……。
チラと視線を巡らせると、テオバルドがハンカチを準備しているのが見えた。しかしそれを受け取ろうにもリヒトを抱く両手は、まだリヒトを慰めることに忙しい。
どうしようか、としばし頭を悩ませていたユリウスの耳に。
「ゆぅりさまは、まほうつかいみたいです」
と、悶えそうに可愛いリヒトの言葉が聞こえてきた。
「ええ? 僕が魔法使い?」
「はい。いつも僕に、魔法をかけてくれます」
リヒトがしがみついていた体をすこし離して、ユリウスを見つめてくる。
目が、やはり赤くなっていた。
けれど彼は、潤んだ目をじわりと撓めて、半分泣きながら、笑った。
「僕をしあわせにしてくれる、魔法を」
その笑顔が、可愛くて、可愛くて、可愛くて。リヒトの浅い呼吸が移ったのだろうか、ユリウスの息まで苦しくなるようだった。
たまらなくなって口づけをしたら、リヒトがまた微笑んだ。銀色の睫毛がふさりと動く。
「リヒト。僕が本当に魔法使いだったらいいのに」
啄むように唇に触れて、ユリウスは呟いた。
「僕に魔法が使えたら、きみの味覚と嗅覚も治してあげるのに」
そう言って、もう一度キスをする。
今度はすこし、深く唇を合わせた。やわらかな唇の感触。それに吸い付き、下唇をやわらかく噛んで、離れた。
リヒトの涙で濡れた頬を、両のてのひらで拭い、そのまま抱き寄せる。
「愛してるよ、僕のオメガ。きみのしあわせが、僕のすべてだ」
そのためならなんだってしてあげる。
胸の中で、そう呟いて。
リヒトの後頭部を掻き抱くように閉じ込めた。
リヒトの鼻先が、ユリウスの首筋に触れている。
「ゆぅりさま。僕も大好きです」
まだ涙声のリヒトがそう言って、すんと鼻を啜った。
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