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(番外編)ともに、歩く。
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王城内には、戸籍局がある。
この戸籍局は、サーリーク王国各地に点在する地方戸籍局を取りまとめる本部としての役割の他に、とある重要な役目も担っていた。
それは、王室関係者の葬儀と婚姻の儀を司る役目である。
もちろん他の部署とも協力をしながら行うが、会場準備や当日の進行などを主に取り仕切るのが、戸籍局であった。
「いいですか、リヒト様。当日は戸籍局の三枚の扉をくぐります」
テオバルドが戸籍局の見取り図を指さしながら、リヒトへともう何度目になるかわからない説明を繰り返した。
リヒトがこくりと頷くと、テオバルドが入口から最初の扉まで指先を滑らせた。
「ここは、何歩ですか?」
「三十三歩です」
「ではここからはここは?」
一の扉から二の扉までを同じように示して、テオバルドが問うてくる。
リヒトは真剣な面持ちで口を開いた。
「三十三歩です」
「ではここからここまでは?」
二の扉から最後の三の扉までの歩数を確認され、リヒトはふっくらとした下唇をすこし噛んでから、
「三十……四歩」
と答えた。
「そうです!」
テオバルドが力強く頷いた。
それを見てリヒトがほっと息を吐く。
「では実際に歩いてみましょう」
「はい」
侍従に促され素直に立ち上がったリヒトの手を、横からエミールが掴んで引き留めてきた。
「リヒト。すこし休憩をしましょう。さっきからぐるぐるぐるぐる。何回リヒトを歩かせるんですか」
エミールの言葉の後半は、テオバルドへ向けられたものだ。
テオバルドが茶色の目をひくりと動かし、なにか言いたげに唇の端も動かした。
「なんですか?」
エミールがふだんよりも一段低い声を投げた。テオバルドがぶんぶんと首を振り、
「なんでもないですっ!」
と答えた。
元の場所にリヒトを座らせたエミールが、リヒトの髪を撫でながら呆れたようにテオバルドを見てくる。
「だいたい、あなたがずっとピリピリしてるから、緊張がリヒトにまで移ってしまってるじゃないですか。リヒト、大丈夫ですよ。ユーリ様が一緒なんですから、緊張することはありません」
エミールがやさしくリヒトへ話しかけるのを、テオバルドはげっそりと眺めた。
あんたらが寄ってたかってリヒト様を甘やかすから、歩く練習すら碌にできてねぇんですよ!
胸の中だけでそう吐き捨てて、テオバルドは五日後に迫ったユリウスとリヒトの結婚式が果たして成功するのかどうかを危ぶんだ。
大体、テオバルドだって好きでリヒトの宮廷のお作法教育係になったわけではない。
本来は専門の教師に習うものだ。
しかしそこは常識よりもユリウス・ドリッテ・ミュラーの独占欲が勝った。
曰く、
「歩き方の訓練なんて、リヒトの横にべったりついて教えるわけだろう? 却下だよ却下。僕のオメガの隣に並んでいいのは僕だけだ。でも、そうかぁ……歩幅調整は必要になるな。仕方ない。テオ、おまえに任せた。おまえならギリギリ耐えられる。だけど必要以上に僕のリヒトに触れないように。いいな?」
である。
テオバルドには荷が重い仕事を、なぜこの主は当然のように背負わせてくるのか。
他の男を並ばせたくないなら、ユリウスが教えればいいのだ。
幼少のみぎりより徹底的にお作法を叩き込まれたユリウスならば、実に優雅に完璧に歩けることだろう。
だが、テオバルドはその言葉をすんでで飲み込んだ。
ユリウスが教えられない理由。それは実に単純で、この王弟殿下はいま大変に忙しいのだった。それこそ、テオバルドなど足元にも及ばないほどに。
外交長官としての通常の業務に加えて、結婚式の準備を一手に引き受けているのだ。
実際に花やら衣装やら会場の飾りつけやら挨拶状の作成やらを行うのは、それぞれの担当者だったが、ユリウスはその担当者から次々に舞い込んでくる確認事項や報告に、寸暇を惜しんで対応しているのだった。
ふつう、王族の結婚式といえば国内の貴族のみならず、国外の高貴なる身分な方々も招き、婚姻の儀以降は華々しいパーティーが開かれる。
だが今回は、ユリウスたっての希望で招待客は身内のみ、パーティーもなし、国内外へのお披露目もなし、という異例づくめとなっていた。
だからその分、挨拶状はユリウス直筆のものとなったし、身内のみとはいえ王族の婚姻で手を抜けるようなところがあるはずもなく、かかる手間に大差はなかった。
慣例的につがいが行うこと(婚礼の際の衣装選びや招待客への手土産の選定など)も、ユリウスが一手に引き受けている現状を知っているテオバルドは、主への文句を飲み込んで、宮廷式礼儀作法の教師に師事し、自分が結婚式を挙げるわけでもないのになぜかお作法のすべてをマスターしてしまった。
短期間で徹底的に仕込まれたそれをリヒトに伝授してゆくテオバルドを見て、エミールは言ったものだ。
「さすがですね、テオバルド。あなたの器用さには感心します」
年上のきれいなオメガに褒められて、テオバルドはなんだかむず痒いような気分になった。
しかし続けられた言葉に、ガックリと肩を落とすこととなる。
「あなたがなまじなんでもできてしまうから、ユーリ様もなんでも押し付けるんでしょうね」
くそぉぉぉ。オレが器用貧乏なばっかりに!!
内心で叫びながらテオバルドは、唇をひきつらせるようにして会釈を返した。
そんな彼に満月ようのような神秘的な瞳が向けられ、歩き方を教えてもらっていたリヒトがぽつりと呟いた。
「テオさんはなんでも僕に教えてくれるので、すごいです。ありがとうございます」
その可愛らしくも無垢な眼差しに、テオバルドは「ハハ……」と乾いた笑いを漏らしたのだった。
この戸籍局は、サーリーク王国各地に点在する地方戸籍局を取りまとめる本部としての役割の他に、とある重要な役目も担っていた。
それは、王室関係者の葬儀と婚姻の儀を司る役目である。
もちろん他の部署とも協力をしながら行うが、会場準備や当日の進行などを主に取り仕切るのが、戸籍局であった。
「いいですか、リヒト様。当日は戸籍局の三枚の扉をくぐります」
テオバルドが戸籍局の見取り図を指さしながら、リヒトへともう何度目になるかわからない説明を繰り返した。
リヒトがこくりと頷くと、テオバルドが入口から最初の扉まで指先を滑らせた。
「ここは、何歩ですか?」
「三十三歩です」
「ではここからはここは?」
一の扉から二の扉までを同じように示して、テオバルドが問うてくる。
リヒトは真剣な面持ちで口を開いた。
「三十三歩です」
「ではここからここまでは?」
二の扉から最後の三の扉までの歩数を確認され、リヒトはふっくらとした下唇をすこし噛んでから、
「三十……四歩」
と答えた。
「そうです!」
テオバルドが力強く頷いた。
それを見てリヒトがほっと息を吐く。
「では実際に歩いてみましょう」
「はい」
侍従に促され素直に立ち上がったリヒトの手を、横からエミールが掴んで引き留めてきた。
「リヒト。すこし休憩をしましょう。さっきからぐるぐるぐるぐる。何回リヒトを歩かせるんですか」
エミールの言葉の後半は、テオバルドへ向けられたものだ。
テオバルドが茶色の目をひくりと動かし、なにか言いたげに唇の端も動かした。
「なんですか?」
エミールがふだんよりも一段低い声を投げた。テオバルドがぶんぶんと首を振り、
「なんでもないですっ!」
と答えた。
元の場所にリヒトを座らせたエミールが、リヒトの髪を撫でながら呆れたようにテオバルドを見てくる。
「だいたい、あなたがずっとピリピリしてるから、緊張がリヒトにまで移ってしまってるじゃないですか。リヒト、大丈夫ですよ。ユーリ様が一緒なんですから、緊張することはありません」
エミールがやさしくリヒトへ話しかけるのを、テオバルドはげっそりと眺めた。
あんたらが寄ってたかってリヒト様を甘やかすから、歩く練習すら碌にできてねぇんですよ!
胸の中だけでそう吐き捨てて、テオバルドは五日後に迫ったユリウスとリヒトの結婚式が果たして成功するのかどうかを危ぶんだ。
大体、テオバルドだって好きでリヒトの宮廷のお作法教育係になったわけではない。
本来は専門の教師に習うものだ。
しかしそこは常識よりもユリウス・ドリッテ・ミュラーの独占欲が勝った。
曰く、
「歩き方の訓練なんて、リヒトの横にべったりついて教えるわけだろう? 却下だよ却下。僕のオメガの隣に並んでいいのは僕だけだ。でも、そうかぁ……歩幅調整は必要になるな。仕方ない。テオ、おまえに任せた。おまえならギリギリ耐えられる。だけど必要以上に僕のリヒトに触れないように。いいな?」
である。
テオバルドには荷が重い仕事を、なぜこの主は当然のように背負わせてくるのか。
他の男を並ばせたくないなら、ユリウスが教えればいいのだ。
幼少のみぎりより徹底的にお作法を叩き込まれたユリウスならば、実に優雅に完璧に歩けることだろう。
だが、テオバルドはその言葉をすんでで飲み込んだ。
ユリウスが教えられない理由。それは実に単純で、この王弟殿下はいま大変に忙しいのだった。それこそ、テオバルドなど足元にも及ばないほどに。
外交長官としての通常の業務に加えて、結婚式の準備を一手に引き受けているのだ。
実際に花やら衣装やら会場の飾りつけやら挨拶状の作成やらを行うのは、それぞれの担当者だったが、ユリウスはその担当者から次々に舞い込んでくる確認事項や報告に、寸暇を惜しんで対応しているのだった。
ふつう、王族の結婚式といえば国内の貴族のみならず、国外の高貴なる身分な方々も招き、婚姻の儀以降は華々しいパーティーが開かれる。
だが今回は、ユリウスたっての希望で招待客は身内のみ、パーティーもなし、国内外へのお披露目もなし、という異例づくめとなっていた。
だからその分、挨拶状はユリウス直筆のものとなったし、身内のみとはいえ王族の婚姻で手を抜けるようなところがあるはずもなく、かかる手間に大差はなかった。
慣例的につがいが行うこと(婚礼の際の衣装選びや招待客への手土産の選定など)も、ユリウスが一手に引き受けている現状を知っているテオバルドは、主への文句を飲み込んで、宮廷式礼儀作法の教師に師事し、自分が結婚式を挙げるわけでもないのになぜかお作法のすべてをマスターしてしまった。
短期間で徹底的に仕込まれたそれをリヒトに伝授してゆくテオバルドを見て、エミールは言ったものだ。
「さすがですね、テオバルド。あなたの器用さには感心します」
年上のきれいなオメガに褒められて、テオバルドはなんだかむず痒いような気分になった。
しかし続けられた言葉に、ガックリと肩を落とすこととなる。
「あなたがなまじなんでもできてしまうから、ユーリ様もなんでも押し付けるんでしょうね」
くそぉぉぉ。オレが器用貧乏なばっかりに!!
内心で叫びながらテオバルドは、唇をひきつらせるようにして会釈を返した。
そんな彼に満月ようのような神秘的な瞳が向けられ、歩き方を教えてもらっていたリヒトがぽつりと呟いた。
「テオさんはなんでも僕に教えてくれるので、すごいです。ありがとうございます」
その可愛らしくも無垢な眼差しに、テオバルドは「ハハ……」と乾いた笑いを漏らしたのだった。
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