胡蝶の夢に生け

乃南羽緒

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拾肆の抄 病床の夢

其の参

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「松子──と、刑部くん?」

 屋台の並ぶ道で呼び込みをしていた八郎と松子に、ひとりの娘が寄ってきた。
 彼女は中学時代の同級生で、名を内田ちえみという。
「やだ、ちえみ。久しぶりやん!」
「えーウケる、ふたり同じクラスなん?」
「いやっていうか同中みんな同クラやねん。いま」
「キッモ! そんなことある?」
 ケラケラとわらう。
 松子も八郎も、ちえみとはたいして仲が良かったわけではないが、新天地で会った古い知人にはふしぎと親近感が湧くものである。
 八郎は看板を持ち直した。
「だれか知り合いいてんの?」
「うちの友だちが来たい言うてさ、ついてきたんよ。たしか松子たちもここ進学してたな~っていうのもあったし。あ、っていうことはアレやろ、有沢とかいてる?」
「うん。千堂明夫も尾白武晴もみんないてるで、会ってく?」
「いやそこまではええわ。そないに仲良かったわけでもないし──あ、尾白といえば」
 というや、それまで上機嫌だったちえみの表情が一気に険しくなる。
 松子と八郎は顔を見合わせ、「尾白といえば?」と繰り返した。

「堀しのぶって覚えてる?」

 堀しのぶ。
 ふたりは即座にうなずいた。もちろん覚えている。なぜならその名前は、尾白武晴の元カノだからである。
「もちろん覚えてるけど」
「しのぶさァ、いま病気して入院してるねんて」
「え?」
 松子は眉をひそめた。
「この間ね、うち近くの病院行く用事あって行ったんよ。そしたらそこでしのぶのお母さんに会うてん。久しぶりですゥ、なんて声かけてさ……しのぶ元気ですかって聞いたら、入院してるんや言うて」
「しのぶって東京とか遠いとこの高校行ったんやろ。遠距離がむりでフラれたって武晴言うてたし──また戻ってきたん?」
「せやからそれも嘘やってん。中学卒業近くなったころに病気が発症して、入院するってなったらしいからさ。高校も受かってたのに行けへんで、……この一年半で骨髄移植とか、無菌室に移動したとかいうてて」
「ホンマかよ」
 八郎はつぶやいた。
 当時、フラれたばかりの武晴のようすを思い出した。お互いに嫌い合っての別れではなかっただけに、相当凹んでいたのを覚えている。
 なんの病気なん、と松子は低い声で問うた。

「……たぶん、白血病」

 嗚呼──。
 松子と八郎は、吐き出す息をふるわせてうつむいた。
 ごめんねこんな楽しい日に、とちえみがあわててフォローをいれる。
 が、
「いや教えてくれてありがとう」
 といった松子の表情は険しいまま、八郎に向けられた。
「武晴、知ってるとおもう?」
「知らんやろ、いまでも堀の名前が出るとふつうに想い出語ってるもん。あいつが深刻な顔してるとこなんか見たことないで」
「やね」
「でも言うてやらんと。おれらもタケも後悔する」
「……やね」
 松子はうなずいた。
 それからは病院の場所を教えてもらったのち、バツがわるそうにその場を立ち去ったちえみを見送って、ふたりはすぐさま元中メンバーに連絡をいれた。さいわいなことにみな教室前でいまだにたむろっているという。
 松子と八郎は自クラスの教室に向け、走り出した。

 ※
「うぎゃあーッ、こわいッ!」
 とさけんで飛び出してきたのは、環奈である。
 目の前にいた柊介に泣きついてオギャアァとわめいている。すこし遅れて田端麻由が出てきたが、その顔もげっそりとやつれ果てていた。
「おかしいやろ。なんでこんな怖いん」
「最後に出てくる兄妹の仕掛け、頭おかしいッスよね」
「せやねん。あれなに? 段ボールとちゃうやろ」
「グレーテルのほうは段ボールっス。ヘンゼルのほうはアルミかな」
「かんなの足ひっばっでぎだァ! 釜茹でにするってゆっでだァ!」
「大丈夫って、おちつけ。つくりもんやって」
 と、柊介が環奈の背中を撫でて落ち着かせる。
 ふだん人ならざるものをよく見ているわりに、こういうのは嫌いのようだ。いやむしろ普段から見ているからこそ、人がつくった怖いものの免疫がないのかもしれない。
 そんななか、裏方担当の明夫と脅かし役の武晴が交代のため外に出てきた。
「環奈姐やん、すっげえ叫び声やったですね。裏でめっちゃわろてまった」
「笑いごとじゃないのネ……」
「ご、ごめんて。でもちなみになにが一番こわかった?」
「最後のアルミ板から飛び出してきたヤツ……」
「それ俺」
「ウワァーーーン」
「ぎゃははははは」
 柊介の腕にかじりつくように泣き叫ぶ環奈を見て容赦なくわらう武晴。その肩を明夫がたたいた。
「おい」
「あ?」
「四宮から招集かかった。元稲中メンツに話があるから集まっとけって」
「松子から?」
 武晴も携帯をチェックする。
 俺もか、と柊介が環奈をおしのけて携帯を取り出すと、たしかに連絡が入っていた。明夫がすぐさま「ちょうど三人は教室前にいる」と返事をすると、八郎からそのままそこにいるように、と指示がきた。
 いったいどうしたというのか。
 三人は顔をしかめて見合わせた。

 ──。
 ────。
「堀しのぶ?」
 柊介がつぶやいた。
 ふたりが合流し、八郎からその名前が出ると武晴の表情はパッとあかるくなった。
「覚えてるに決まってるやん。オレの元カノやで──あ、もしかして今日来てんの?」
「ちゃうくて、来てたんは内田ちえみ。声かけられたんよ」
「あァー、ケバ系の」
 そう、と松子はうなずいた。

「そのちえみから聞いた話。しのぶ、いまおっきな病気して入院してんねんて」
 
 それからは、説明をする松子以外はだれひとり口を開かなかった。
 明夫と柊介はちらと武晴を見て、当の武晴は不安そうな表情で聞き入っている。
「……っていうことらしいねん。だから近いうちに病院行ったほうがええんちゃうって思ってさ」
「────せ、せやな。オレ、今日行ってくるわ」
「え、今日?」
 松子は眉を下げた。
 たしかに文化祭は十五時まで、二日間にわたる行事のため今日の片づけはないので向かおうと思えばすぐにでも行ける。
「せやってこのまま後回しにしてたら、行かへんまま終わってまいそうやもん。思い立ったが吉日っていうやろ、オレだけで行ってくるから気にせんでええ」
 武晴はみょうに明るくいった。
 せやけど──と口ごもる松子をおさえて、柊介はいった。
「……俺も行く」
「おれも行くで。一応同級生やし──タケがふたりで話したいっていうときは外で待ってるから」
 八郎もぐっとこぶしを握る。
「おまえら……」
「タケだけやと、きれいな看護師さんについていきかねんしな」
 とわらったのは、明夫である。
 本当はかなり心細かったのだろう、武晴は泣きわらいの顔を浮かべ、
「たのむわ」
 とつぶやいた。
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