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拾肆の抄 病床の夢
其の弐
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二年二組須藤学級は、コスプレカフェである。
その名のとおり店員はなにかしらの着ぐるみや衣装をまとって接客し、中には本気のコスプレを施して、客と写真撮影をする者もいる。
もちろんこの人──須藤真澄も、例に漏れず衣装を着用していた。
「……この歳でセーラー服を着ることになるとは思わへんかったわ、あんたたちけっこうイジワルね」
と二組の生徒たちにこぼす真澄は、セーラー服とハリボテの機関銃を背負って教室内に佇んでいる。
生徒はかわいい、だの似合ってる、だのと口々に励ましをくれたが、羞恥心が拭えることはない。が、
『セーラー服と機関銃』
というチョイスがよかったのか──。
意外にも教師陣からのウケがよく、真澄は恥ずかしいながらも満更でもない気持ちであった。
(なんにせよ)
あの人には見られたないわ──と、眉間を揉む。
あの人とは無論、高村六道のことである。
(こんな姿見たらまた馬鹿にするに決まってる)
などと思うたび。
真澄はなかなか、教室の外へと出られないでいた。……が、真澄は失念している。
「あッ、ホンマに真澄ちゃんいてる」
客として自分に会いにくるだろう男の存在を。
※
「嗚呼、おいたわしや……」
小町は、笑いの止まらぬ廿楽に駆け寄った。
実父が現れたというのに見向きもしない。おーい小町、と高村が手を振っても彼女の視界には廿楽しか映っていないようである。
拗ねる高村に気付いて、八郎があわてて光の腕をつかんだ。
「せ、先生。この人しゅうの叔父さん。光さん!」
「え? あ」
と高村が光を見た。
物腰柔らかく「有沢です」と頭を下げる光に、みるみる笑顔になっていく。
「どうも柊介がいつもお世話になっとります」
「いやいやそうですか貴方が、柊介の!」
想像以上の歓迎である。
光はすこしいい気分になって「お会いできてよかったです」と握手をする。
「待ってくださいね。いま柊介も交代で出てきよるところですから──ああほら、交代要員や」
見れば、続々と生徒たちが各階の模擬店を満喫したようすでもどってくる。彼らが中へ入ってまもなく、疲れたようすの柊介が垂れ幕をめくって出てきた。
「はーつかれた」
こきりと首を鳴らす。
闇に紛れて脅かし役をやっていたのだろう、クラス揃いのポロシャツをまとった全身黒づくめの恰好をしている。
環奈はにっこりわらって
「シュウくん!」
と手をあげた。
声に反応した柊介がパッと顔をあげる。いっしゅん口角をあげた彼だったが、まもなく光の姿を見るや「うわ」と眉をしかめてふたたび中へ舞い戻る。
「柊、来たでェ──あれ?」
呑気な光とは裏腹に、バックヤードから聞こえる切羽詰まった声。
「いまはあかん、お前は外出るな!」
「なんでよォ。春菜も模擬店まわるのォーッ」
「ダメダメダメッてオイ!」
という会話ののち、まもなく飛び出してきたのは仲宗根春菜だった。
案の定、光と春菜の視線がバチッと絡み合う。……春菜の頬はみるみるうちに真っ赤に染まった。
「あ、あ! ひか、ひかるさッ──こんにちはッ!」
「おあァ春菜ちゃんやぁ。逢いたかってん。元気そうでよかった」
「光さんも──おみ足すっかりよくなられて」
「おみ足っておまえ」
春菜に続いて出てきた柊介がうんざりした顔でツッコむ。
その内情を知る高村としてはおかしくてたまらないが、この光源氏にはもうひと仕事してもらわねばなるまい──と、高村は光の肩をたたいた。
「有沢さん、となりのカフェは行きました?」
「いえまだ……このお化け屋敷入ってから、ほかを見ようと思うてたんですけど」
「となりはコスプレカフェですよ、光さん。けっこうおもろそうやったし見てきたら?」
と、なにも知らぬ八郎が純粋に便乗する。
高村はにっこりわらった。
「ここはまだしばらくやってますさかい、ぜひとなり見てきてください。きっと楽しめる思いますよ。担任の須藤先生までコスプレしとるっちゅうから、俺もあとで見に行かな」
というと、光の目が見開いた。
それは行かないと、と思い立てば行動は早い。光は「またね」と春菜の頭を撫でくりまわして、足早に二組のカフェに入っていった。
よし、と人知れずうなずいた高村。
「おもうさまもお人が悪い──」
と小町は苦笑した。
先ほどからようやく落ち着いてきた廿楽が、はーあ、と疲れきったようなため息をつく。
「……まいった」
「あっ廿楽さま。だいじょうぶですか?」
「あ、なんだお前も来てたのか。大丈夫だとも、なあ道士郎」
「いままでだいぶ、大丈夫やなかったくせになに言うとんじゃアホ」
「わははは、まあな!」
──と。
ようやく、廿楽と潮江が平常心を取り戻したのをきっかけに、尚弥と剛、麻由と環奈という組み合わせでお化け屋敷に入ることとなった。
時をおなじくして、
「ごめん刑部ェ、待たせた」
と四宮松子が実行委員の仕事から戻ってきたため、八郎も松子とともに呼び込みに出ることに。京子が受付交代をするというので、春菜は意気揚々と柊介の腕をつかんだ。
「春菜と京子ちゃん、いっしょにまわるけど──シュウもいっしょまわる?」
「いや俺はそこの人たちとおるから」
そこの人たち、といった目線の先には小町や潮江、廿楽がいる。春菜はかすかに舌打ちをしてから「わかったよ」といって京子とともに廊下を駆けていった。
柊介は、その後姿を訝しげに見つめる。
「えっ……いまアイツ舌打ちせんかった」
「最近ぶりっこやめてんねんな。健全健全」
高村は苦笑した。
──。
────。
「ちょっ、ちょ……ちょっと」
真澄は顔面蒼白のままに、来店した有沢光の腕をつかみ教室を飛び出した。
なされるがままの光はにこにこと微笑みを崩さない。
「なん、なんでここに!」
「甥っ子が三組の生徒なんで──知ってるやろ。有沢柊介。それよりねえ真澄ちゃん、連絡先書いたやん。なんで連絡くれへんのん?」
「んな、するわけないでしょッ」
「あれから武蔵で待っててもぜんぜん会えへんしサ……」
「あなた馬鹿なの? 生徒の保護者とそういう、その──そういう関係になんかなれるわけないでしょうッ」
真澄は声量を極小におさえてさけんだ。
しかし光はどこ吹く風だ。
「なんで? べつにお互い結婚しとるわけちゃうし問題なくない?」
「そっ──アホか!」
おもわず口調がみだれるも、そんなことは気にしちゃいられない。
「教育現場っていうのは貴方が思うよりもずっと慎重な場所なんですッ。教育者としての立場、信頼、すべてが微妙なバランスで成り立ってるんです。数学で受け持った生徒の親と恋愛なんてしようものなら、私の首が飛びかねません!」
「それってつまり、柊介が卒業したら問題ないってことやろ。つまり僕のことは好きやけど立場がネックやっちゅうことやろ。なーんだ、それならなんも問題な」
「ちなみに」
真澄の声が氷点下に下がる。
「立場が違えば付き合ってもいいと思っているわけではないのでご了承ください」
「…………しあわせにするよ?」
「結構です!」
これまでにないほど冷たくあしらわれた。
光はしょんぼりした顔のまま、しかし真澄の耳元で「セーラー服似合うてるで」とささやいたので、とうとう真澄は怒髪衝天。教室前の看板をガシッと持ち上げた。
「わ、わわ。落ちついて真澄ちゃ──」
「二度と来るなーッ!」
ブゥン。
「わー先生ッ?!?!」
看板を振り下ろす真澄を、周囲の生徒があわてて取り押さえる。
いまのうちに逃げて、とさけぶ生徒に守られ、光は命からがら逃げだした。
──その日の夜。
光の夢のなかにあらわれた言霊。
『足びきの 山どりの尾の しだり尾の
長々し夜を ひとりかも寝む』
まったく、この男が落ちつく日は来るのだろうか──。
篁と小町は呆れたように額に手をあてた。
※ ※ ※
──山鳥のながく垂れさがる尾のように、
これほどの長い夜を
いとしいあなたに逢えぬまま、
独りさびしく寝るのだろうか。──
第三首 柿本人麻呂
題知らず。
いとしい人に逢えぬ夜を、
山鳥の尾になぞらえて詠める。
その名のとおり店員はなにかしらの着ぐるみや衣装をまとって接客し、中には本気のコスプレを施して、客と写真撮影をする者もいる。
もちろんこの人──須藤真澄も、例に漏れず衣装を着用していた。
「……この歳でセーラー服を着ることになるとは思わへんかったわ、あんたたちけっこうイジワルね」
と二組の生徒たちにこぼす真澄は、セーラー服とハリボテの機関銃を背負って教室内に佇んでいる。
生徒はかわいい、だの似合ってる、だのと口々に励ましをくれたが、羞恥心が拭えることはない。が、
『セーラー服と機関銃』
というチョイスがよかったのか──。
意外にも教師陣からのウケがよく、真澄は恥ずかしいながらも満更でもない気持ちであった。
(なんにせよ)
あの人には見られたないわ──と、眉間を揉む。
あの人とは無論、高村六道のことである。
(こんな姿見たらまた馬鹿にするに決まってる)
などと思うたび。
真澄はなかなか、教室の外へと出られないでいた。……が、真澄は失念している。
「あッ、ホンマに真澄ちゃんいてる」
客として自分に会いにくるだろう男の存在を。
※
「嗚呼、おいたわしや……」
小町は、笑いの止まらぬ廿楽に駆け寄った。
実父が現れたというのに見向きもしない。おーい小町、と高村が手を振っても彼女の視界には廿楽しか映っていないようである。
拗ねる高村に気付いて、八郎があわてて光の腕をつかんだ。
「せ、先生。この人しゅうの叔父さん。光さん!」
「え? あ」
と高村が光を見た。
物腰柔らかく「有沢です」と頭を下げる光に、みるみる笑顔になっていく。
「どうも柊介がいつもお世話になっとります」
「いやいやそうですか貴方が、柊介の!」
想像以上の歓迎である。
光はすこしいい気分になって「お会いできてよかったです」と握手をする。
「待ってくださいね。いま柊介も交代で出てきよるところですから──ああほら、交代要員や」
見れば、続々と生徒たちが各階の模擬店を満喫したようすでもどってくる。彼らが中へ入ってまもなく、疲れたようすの柊介が垂れ幕をめくって出てきた。
「はーつかれた」
こきりと首を鳴らす。
闇に紛れて脅かし役をやっていたのだろう、クラス揃いのポロシャツをまとった全身黒づくめの恰好をしている。
環奈はにっこりわらって
「シュウくん!」
と手をあげた。
声に反応した柊介がパッと顔をあげる。いっしゅん口角をあげた彼だったが、まもなく光の姿を見るや「うわ」と眉をしかめてふたたび中へ舞い戻る。
「柊、来たでェ──あれ?」
呑気な光とは裏腹に、バックヤードから聞こえる切羽詰まった声。
「いまはあかん、お前は外出るな!」
「なんでよォ。春菜も模擬店まわるのォーッ」
「ダメダメダメッてオイ!」
という会話ののち、まもなく飛び出してきたのは仲宗根春菜だった。
案の定、光と春菜の視線がバチッと絡み合う。……春菜の頬はみるみるうちに真っ赤に染まった。
「あ、あ! ひか、ひかるさッ──こんにちはッ!」
「おあァ春菜ちゃんやぁ。逢いたかってん。元気そうでよかった」
「光さんも──おみ足すっかりよくなられて」
「おみ足っておまえ」
春菜に続いて出てきた柊介がうんざりした顔でツッコむ。
その内情を知る高村としてはおかしくてたまらないが、この光源氏にはもうひと仕事してもらわねばなるまい──と、高村は光の肩をたたいた。
「有沢さん、となりのカフェは行きました?」
「いえまだ……このお化け屋敷入ってから、ほかを見ようと思うてたんですけど」
「となりはコスプレカフェですよ、光さん。けっこうおもろそうやったし見てきたら?」
と、なにも知らぬ八郎が純粋に便乗する。
高村はにっこりわらった。
「ここはまだしばらくやってますさかい、ぜひとなり見てきてください。きっと楽しめる思いますよ。担任の須藤先生までコスプレしとるっちゅうから、俺もあとで見に行かな」
というと、光の目が見開いた。
それは行かないと、と思い立てば行動は早い。光は「またね」と春菜の頭を撫でくりまわして、足早に二組のカフェに入っていった。
よし、と人知れずうなずいた高村。
「おもうさまもお人が悪い──」
と小町は苦笑した。
先ほどからようやく落ち着いてきた廿楽が、はーあ、と疲れきったようなため息をつく。
「……まいった」
「あっ廿楽さま。だいじょうぶですか?」
「あ、なんだお前も来てたのか。大丈夫だとも、なあ道士郎」
「いままでだいぶ、大丈夫やなかったくせになに言うとんじゃアホ」
「わははは、まあな!」
──と。
ようやく、廿楽と潮江が平常心を取り戻したのをきっかけに、尚弥と剛、麻由と環奈という組み合わせでお化け屋敷に入ることとなった。
時をおなじくして、
「ごめん刑部ェ、待たせた」
と四宮松子が実行委員の仕事から戻ってきたため、八郎も松子とともに呼び込みに出ることに。京子が受付交代をするというので、春菜は意気揚々と柊介の腕をつかんだ。
「春菜と京子ちゃん、いっしょにまわるけど──シュウもいっしょまわる?」
「いや俺はそこの人たちとおるから」
そこの人たち、といった目線の先には小町や潮江、廿楽がいる。春菜はかすかに舌打ちをしてから「わかったよ」といって京子とともに廊下を駆けていった。
柊介は、その後姿を訝しげに見つめる。
「えっ……いまアイツ舌打ちせんかった」
「最近ぶりっこやめてんねんな。健全健全」
高村は苦笑した。
──。
────。
「ちょっ、ちょ……ちょっと」
真澄は顔面蒼白のままに、来店した有沢光の腕をつかみ教室を飛び出した。
なされるがままの光はにこにこと微笑みを崩さない。
「なん、なんでここに!」
「甥っ子が三組の生徒なんで──知ってるやろ。有沢柊介。それよりねえ真澄ちゃん、連絡先書いたやん。なんで連絡くれへんのん?」
「んな、するわけないでしょッ」
「あれから武蔵で待っててもぜんぜん会えへんしサ……」
「あなた馬鹿なの? 生徒の保護者とそういう、その──そういう関係になんかなれるわけないでしょうッ」
真澄は声量を極小におさえてさけんだ。
しかし光はどこ吹く風だ。
「なんで? べつにお互い結婚しとるわけちゃうし問題なくない?」
「そっ──アホか!」
おもわず口調がみだれるも、そんなことは気にしちゃいられない。
「教育現場っていうのは貴方が思うよりもずっと慎重な場所なんですッ。教育者としての立場、信頼、すべてが微妙なバランスで成り立ってるんです。数学で受け持った生徒の親と恋愛なんてしようものなら、私の首が飛びかねません!」
「それってつまり、柊介が卒業したら問題ないってことやろ。つまり僕のことは好きやけど立場がネックやっちゅうことやろ。なーんだ、それならなんも問題な」
「ちなみに」
真澄の声が氷点下に下がる。
「立場が違えば付き合ってもいいと思っているわけではないのでご了承ください」
「…………しあわせにするよ?」
「結構です!」
これまでにないほど冷たくあしらわれた。
光はしょんぼりした顔のまま、しかし真澄の耳元で「セーラー服似合うてるで」とささやいたので、とうとう真澄は怒髪衝天。教室前の看板をガシッと持ち上げた。
「わ、わわ。落ちついて真澄ちゃ──」
「二度と来るなーッ!」
ブゥン。
「わー先生ッ?!?!」
看板を振り下ろす真澄を、周囲の生徒があわてて取り押さえる。
いまのうちに逃げて、とさけぶ生徒に守られ、光は命からがら逃げだした。
──その日の夜。
光の夢のなかにあらわれた言霊。
『足びきの 山どりの尾の しだり尾の
長々し夜を ひとりかも寝む』
まったく、この男が落ちつく日は来るのだろうか──。
篁と小町は呆れたように額に手をあてた。
※ ※ ※
──山鳥のながく垂れさがる尾のように、
これほどの長い夜を
いとしいあなたに逢えぬまま、
独りさびしく寝るのだろうか。──
第三首 柿本人麻呂
題知らず。
いとしい人に逢えぬ夜を、
山鳥の尾になぞらえて詠める。
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