胡蝶の夢に生け

乃南羽緒

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拾肆の抄 病床の夢

其の壱

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 ドドーン。
 太鼓の音がとどろく。
 門前には『第六十回 万葉祭』との文字。

 今日は、待ちに待った白泉大学附属高等学校の文化祭なのである。

 ────。
 二年三組のお化け屋敷は、開幕直後から大盛況を迎えている。
 『お菓子の家』とシンプルにかかげられた看板を見上げ、武晴と堀江健太郎はしみじみとうなずいた。
「おいおい。昨年のたこ焼き屋は見るも無残な有様やったっちゅうに、今年はがっぽりやで」
「そらお前ロシアンたこ焼きっちゅーても、中にイナゴ入れたたこ焼き屋が儲かるかよ」
「だって予算足りんで、原価0円で調達できるもんなんぞ虫か雑草くらいで──」
「ぎゃーサイアクッ。元五組はそんなもん客に食わしてたん!」
 と叫んだのは通りすがりの松子である。
 ふたりの会話をたまたま聞いての反応だった。
「でも今年は経費余ったな」
「なんのために俺が今年、文化祭実行委員を引き受けたと思うてんねん。去年とおなじ轍を踏まんようにや。阿呆」
 野球部のため、みじかく刈りあげた首のうしろを無造作にさわる。
 武晴は「堀江クンかぁっこええェ」と茶化したが、松子はすなおに感動した。そしてなおもウザ絡みを繰り返す武晴の頭をたたき、
「お前ゴミ。はよ去ね」
 と吐き捨てる。
「ええから呼び込みでもなんでもしてこいッ。さ、堀江くんは委員の仕事に行こ」
「ま、松子さんアタリつよ──」
「うるさい」
 武晴の尻を蹴りあげた。キャイン、と犬のように鳴いて一目散に駆けていく武晴を横目に、堀江はクールな面差しをわずかにゆがめる。笑いをこらえているらしい。
「ふたりって付き合うてんのか」
「アホ。願い下げや、あんなメンクイのヤリチン」
「ブフッ──」
「……本気になったら顔関係なく一途になるくせにさ」
 といった松子の顔はかすかにわらっている。
 それは、と健太郎が口をひらいたとき、校内放送開始のチャイムが流れた。

《みなさま、第六十回万葉祭へようこそ!》

「あ、外部受け入れも始まんねや」
「ああ」
 ふたりは廊下の窓から正門を見る。
《ただいまより、外部の方の受け入れを開始します。みなさまどうぞ、万葉祭をお楽しみください》
 という放送とともに正門が開かれ、ぞろぞろと外来者が構内に入ってきた。POPミュージックがBGMとして流れだす。松子はぐんと伸びをした。
「さ、実行委員の大仕事やね。がんばろ!」
「せやな」
 ふたりは実行委員内における各展示物の見回り担当である。
 まずは近場のクラスから──と腕章をつけて乗り込んだ。

 ※
 昼もすぎたころ。

「二年三組、ええっとお化け屋敷──あった」

 正門で受け取ったパンフレットに書かれた校内マップ。
 有沢光は、二年生の教室付近でそれをじっくりと見つめる。その隣にいるのは環奈と小町、そして大学学部生の三人である。
 夏休み中の琵琶湖バーベキューにて、高校生たちとすっかり意気投合した学部生たちが、環奈の誘いもあって遊びに来たのだ。
 光は基本的に人見知りはしない。
 三人を紹介されたときも、にっこりと人好きのする笑顔でさっさと三人を懐柔してしまった。
 一般人ならば目のくらむ小町でさえ、
「小町ちゃんもはじめてやね。よろしゅう」
 とさわやかに微笑する始末。
「え、ええ。どうもこちらこそ」
 と頭をさげた小町の心境は複雑だった。なにせこちらは、春菜の件で彼らの夢のなかにまでお邪魔している。その際に彼がどういう男かをイヤというほど理解してしまったからだ。
「お化け屋敷なんぞ、いつぶりやろな」
「俺は夏の花火大会んときかなあ。商店街でショボいお化け屋敷が催されててん」
「へえ。岩崎もそういうの入るんや、苦手なんやと思うてたわ。ホラーゲームもろくに出来ひんくせに」
 と麻由がわらう。
 あれはなんか違うねん、と剛はすこし耳を赤らめて反論する一方、尚弥は「あっ」と前方の教室を指をさした。
 『二年三組 お菓子の家』
 どうやら目的地にたどりついたようである。

 受付は、滝沢京子だった。
 環奈や学部生の姿を見るやパッとわらって「こんにちは」と手を振る。
「キョーコちゃん!」
「環奈さん来てくださったんですね。ありがとうございます、みなさんも」
 と京子がいった瞬間、教室内から絶叫がひびく。
 びくっと肩をゆらした小町は不安げに周囲を見わたした。
「な、なんですいまのは」
「うちのクラスのお化け屋敷が、けっこうこわいらしくて──みなさんわりと本気で怖がってくれるんですよ」
 という言葉通り、出てくる客みな一様に泣き叫んで出てくる。
「なにか設定があるん?」
 光がポリポリと耳を掻いた。
 なぜかその動作を見てわずかに赤面した京子は「ええっと」と口ごもった。

「ヘンゼルとグレーテルを題材にしたんです」

 そのとき。
 うしろから光の肩をつかむ手があった。──八郎だ。
「おお八郎くん!」
「みなさんどーも、これまたおそろいで。かんちゃんも来てくれておおきに」
「ウン!」
 とうなずく環奈の横で、麻由は興味深げに教室の壁装飾を見上げた。
「ヘンゼルとグレーテルって、けっこうおもしろそうな設定やん」
「あっ、そうなんスよ。ヘンゼルとグレーテル兄妹って、童話じゃ魔女をころして逃げ延びたでしょ。でもここはちがう──ⅰfの世界で、ヘンゼルとグレーテルがころされてもたあとの世界なんです」
「おお、聞いとるだけで怖そうや……」
 八郎の説明に、剛が身ぶるいをする。
 でしょう、と八郎は薄ら暗い笑みを浮かべた。
「兄妹がころされたのち、魔女は新たに人を食らうためこうしてお菓子の家を開いた。そして中に罠を張巡らしてお客さんを待ってるんス。お客さんたちは、中に入って魔女の罠や兄妹の怨念から逃れなければならない──ねっ、怖そうっしょ」
「けっこう本格的やんか、ほかのメンツは中でオバケ役? 柊坊はいてへんの」
 と、尚弥が周囲を見渡す。
 どうやら彼と柊介はとくに意気投合したらしい。近ごろはよくふたりで遊ぶこともあるという。それを聞いたときは、たしかに女に対してのストイックさはすこし似ている──と八郎は心のなかで納得したものだ。
「そうっすね、いまはみんな中でオバケ役とか裏方とか。でももうすぐ交代の時間なんで出てくるはずッスよ。おれはこれから四宮と客の呼び込みに行くところで」
「そうなんや。がんばってな」
「うす! あ、そうそう。いま中にね」
 と八郎が言いかけたとき、派手な物音とともに出口からなにかが転がり出てきた。
 
「ッどァーーーーッ! びっくりしたァ!!!」

 廿楽である。
 そのうしろからはゆらりと出てくる人影もある。潮江だ。大学メンツは目を剝いた。
「えっ?!」
 あはは、と八郎がわらう。
「……廿楽先輩と潮江先輩がいてますって、言おうとしたらナイスタイミングっすね」
「ええっ、廿楽先輩と潮江センパ、……どうしたんですか!」
「わは、わはははははは。わははははは!」
「…………」
 こわい。
 狂ったように笑う廿楽がこわい。
 ちょちょちょ、と尚弥は潮江のそばに駆け寄った。
「潮江先輩、なにがあったんスか。廿楽先輩チョー怖いんスけど」
「──…………く、くそったれ」
「は?」
「ビビっただけや。なあタクミ、怖かァねえやな! なッ」
「わはははははははは」
 息も絶え絶えな潮江と、なおも笑いつづける廿楽。
 ウソやろ、と剛はふるえた声でいった。
「鬼のツートップがここまで怖がるって、どんだけ怖いねん!」
「…………刑部弟、なんでそこまでこわいの作ったん」
 麻由はじろりと八郎を見た。
「いやだってさァ、このお化け屋敷の総監修──」
 いいかけた八郎の背後から、よう、と声がする。

「どや、三組渾身のお化け屋敷は」

 ──高村先生やもん。
 拗ねたようにつぶやいた八郎のことばと、満面の笑みを浮かべてあらわれた総監修者の姿に、一同は「嗚呼」と暗い声でうなずいた。
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