Ωの愛なんて幻だ

相音仔

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本編

貴方とみる、美しい景色

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 ルナールさんからダブルデートをしようと誘われてから、俺はその行き先について調べてみた。
 花の名所といわれたら、その花が気になるし、どんな所かを知っておきたかった。

 中央区は東西南北に門があり、その外にもこの国の人たちが住んでいるらしい。東門を出た先が東区となる。
 中央区の周りは壁のようなもので覆われていて、入出門は厳しく管理されているそうだ。
 その外の区には明確な境界線のようなものは無いらしい。

 東区は農村地帯のようで、作物を育ている農家が多い。東区を少し離れ、隣国へと続く街道の傍にその花畑があるらしい。
 最初は自然に咲いていたらしいが、その美しさに観光の名所となってから、近隣の住民が管理をしているそうだ。
 咲いているのはアザレという白い花。
 低木ほどの高さを持つ花で、葉は冬でも落ちず、やや厚みがある。花は5弁の合弁花、花の大きさは俺の掌より少し小さいくらい。その場所は白い花だけが咲いているみたいだけれど、他にも色の種類があるそうだ。

「エクレは、最近その本ばかり見てるね」
 寝る間にリビングで本を見ていると、リュミエールにそう言われた。
「だって、楽しみだから。それに他にも色んな名所が載ってて楽しいよ」
「旅行が好きかい?」
「旅行って住んでる所と違うところに遊びに行くってことで、合ってる? 興味はあるよ。楽しそうだ」
 前は毎日ただ漠然と生きていた。たぶんいつ死んでも、あぁつまんない人生だったな、ってそれで終わっただろう。
 でも、最近はもっと世界を広げられたような気がするんだ。
「私は、必要に迫られた事もあって、他国にもそれなりに行っていてね。旅行は好きなんだ。まだ国内しか連れて行ってはあげられないが、今後はもっと沢山出かけよう」
 そういえば、最初の相性面談の時に、リュミエールは沢山の写真をみせてくれた。あれは、行ってみてよかった他国の観光地だったのかもしれない。
 彼は自分の唯一を探しに他国まで相性面談に行っていたんだっけ。
「写真とかあるんだよね? また見せてほしいな」
 彼はどんな景色を見て、何を思ってきたんだろう。美しい写真と一緒に、その想いも知りたくなった。



 保護観察期間のΩの中央区の外出許可は思ったよりも、あっさり出たようだ。もう一人同行のΩがいて、警備体制がしっかりしている事が良かったのかもしれない。
 ルナールさんには感謝しなければ。

 動きやすいけれど、ちょっとだけオシャレな恰好をして、藁で編まれた帽子を合わせた。鍔が広めの帽子で、日差しを遮るのにも丁度いい。
 服はリュミエールが全て買ってくれたものだけれど、最近は組み合わせを考えるのも少し楽しくなっていた。
 こだわりの差し色や、小物。その日身につけている服について、リュミエールはいつも言葉をかけてくれた。
 まぁびっくりするくらい褒める事しかしないんだけど。単純な俺は色々拘るのも悪くないなって思ったわけだ。



 指折り数えて待っていた日は、すぐやってきた。毎日が充実している証かもしれない。

 中央区内の移動は、歩きの事が多いけれど、流石に外に出るとなればそうはいかない。
 最初に保護施設を出る時に使った乗り物が用意されていた。
 移動車というらしい。人が4人余裕をもって乗り込める広さがあった。前方の席に運転する人と、護衛の方、後方の席にリュミエールと乗り込んだ。
 後方から、もう一台同じような移動車が付いてきていた。政府機関からの護衛だそうだ。
 ルナールさんとは、門の付近で落ち合うことになる。

 門を出る時の手続きに、様々な移動車が待っていた。大きさも形も沢山あるようだった。
 少しそこで時間をとられてから、いよいよ門の外に出る。

 出てすぐは、中央区と街並みに差はほとんどなかった。道も丁寧に整備されている。
 30分ほど走るとだいぶ閑散としてきた。建物が少なくなり、畑のようなものが目立ち始める。
 俺は窓からみえる景色で気になるものがあれば、リュミエールに聞いた。
 あれは何をするところ? あの作物はなんだろう? 当たり前の事ばかりだったけれど、リュミエールはいつもと同じように分かることは丁寧に教えてくれた。
 彼も知らない事や植物があると、何だろうと一緒に考えるのも楽しかった。

 一時間は乗っていたと思うが、全く退屈しなかった。

「着きました。移動車の置き場から少し歩きます。ご自身のペースでどうぞ。我々もついては行きますが、お気になさらずに」
 運転手の横に座っていた人がそう言った。この人たちは本当に気配が薄い。居るのに、それを忘れてしまいそうになる。それは、優秀な護衛の証らしい。

「エクレ!リュミエール! こっちだよ~!」
 ルナールさんが元気よく呼びかけてくれた。うちに遊びに来てくれて以降、個人通信機で話すことが何度かあり、彼とはだいぶ仲良くなれた気がする。
「天気が良くてホントに良かった! はやく行こう。お花、今日明日くらいが今季一番みごろだってさ」
 彼はそう言うと、俺の手を取って歩き出す。
「ルナール、見ごろだけに人も多い。離れすぎるなよ」
 ルナールさんに付いてきていたオーベルさんがそう呼びかけた。
「はーい! 分かってまーす! あ、僕がエスコートするんじゃ、勿体ないか。何してるのリュミエール、しっかりリードしてあげて」
「兄さんに取られるまでは、そのつもりだったよ。エクレ、手を」
「あっうん。よろしくお願いします」
 恭しく差し出された手に、少し緊張した。

 舗装はされていないものの、整えられた土の道。人が二人並んでも余裕な幅だった。
 周りの木々はかなりの高さがあって、森の中の道みたいだ。ちょっとアーチみたいだななんておもった。
 10分程歩いただろうか、急に目の前が開けた。

 小高い丘のような場所は、見渡す限り一面が真っ白な花で覆われていた。
 息を吞むほど綺麗な景色だった。

 リュミエールがそっと手を引いてくれた。
 花を踏まないようにしながら、隙間をゆっくりと歩いていく。
 花畑の中で、彼の見事なブロンドが、陽の光を浴びてさらに煌めいていた。

 こんなに美しい人が先導してくれる、夢のように綺麗な場所。

「まるで、天国みたいだ……」
 ふと、そんな言葉がおちる。
「エクレの天国のイメージってこんな感じなのかい?」
「そうなのかも……。静かで、穏やかだしね」
 いつの間にか、ルナールさんたちとは別れていた。邪魔はしないと言っていたのは、こういうことか。
 他にもまばらに人影があったが、皆個人の時間を楽しんでいるようだった。

 丘の上からは、東区の全域が見渡せた。その向こうには中央区もみえる。
「外側からパディーラを見たのは、初めてだ。大きな国だよね」
「君のいたモーヴェの方が大きいだろう」
 たった一度しか告げていない俺の国の名前をリュミエールは忘れていなかった。
「どうだろう。俯瞰して見たことなんてなかったから。人でぎゅうぎゅうな国で、息苦しい国だった」
 国民の余裕……というものがあまりない国だったように思える。そんな国の一角の限られた範囲で俺はずっと生きていた。

「ここは良い国だと思います。俺、この国にこれて良かった」
 招かれビト……女神に呼ばれるというその人に選ばれて良かったと、本気で思う。
「君がそう思ってくれて嬉しい」
 リュミエールは感極まったように、俺を抱きしめてくれた。
「この花畑はね、大切な人とくる人が多い。私はここにエクレと来られた今日という日を、忘れないよ」
 リュミエールがそっと顔を寄せて来た。僕は目を瞑ってそれに応える。
 触れるだけの優しい、キスだった。
「ここは勿論だが、この国にはまだまだ美しい場所がある。エクレと一緒に周って、そこ居る君を記憶に刻みたいよ」
「俺を記憶に刻むの?」
「君がいるから意味があるんだよ」
 笑って見上げると、彼は愛おし気に、こちらをみていた。
 この眼差しに見つめられると、いつもソワソワしてしまう。そんな尊いものをみるような顔で、どうして俺を見るんだろう。



 昼食には、サンドウィッチを作ってきていた。
 花畑から少し離れたところに、幾つかベンチが置いてあって、俺たち以外にも食べている人はちらほらと見かけた。
 ルナールさんたちとも、合流した。彼はあまり料理をしないらしく、来ている家政婦さんに作ってもらったらしい。
「エクレが作ったの? 具材が色々あって、凝ってるねぇ」
「リュミエールと一緒に作ったんです。俺、サンドウィッチって好きで。小さく切ったら色んな味が食べられるから」
 この国の人たちと比べると量が食べられない分、ちょこちょこ種類が食べられるのが気に入っていた。
「僕の家のお弁当は、欲張りセット。オーベルってこうみえて、子どもぽいものがすきなんだよねぇ。ハンバーグとか、ミートボールとか。卵焼きも甘いの好きなの」
 彼があげたものが全て入っていた。他にも沢山詰め込まれている。
「何が好きでも良いだろ。子どもたちだって好きなんだ。一緒で楽じゃないか」
「僕は辛いのも好きだから、この辛子がきいてるサンドウィッチ、美味しいねぇ」
「俺こんなには食べきれないので、どんどん食べて下さい」
 今日はいそいそと早く起きだし、いっぱい作ってしまった。ルナールさんたちにも食べて貰えるなら助かる。
「エクレもこっちの食べて。お肉あるよ、お肉!」
 ルナールさんはカロリーの高そうなものを沢山勧めて来た。小柄な俺の体型が気になるらしい。
 彼は良く食べた。リュミエールやオーベルに比べれば小さいけれど、一番いっぱい食べていた気がする。
 リュミエールにはすっかり俺の限界は知られていて、お腹いっぱいになったなぁと思ったころに、やんわりルナールさんを止めてくれた。
 ルナールさん的には、俺の食事量は衝撃のようだった。
「エクレは本当にその量でいいの?遠慮してない?」
「彼はいつもこれくらいだよ」
「僕は食べるのが好きだからなぁ。今度からエクレへの差し入れは、これは!って言うの厳選しないとだね」
 まだまだ紹介したい美味しいものがいっぱいあるんだとルナールさんは笑った。



 日が傾いてきたので、俺たちは帰り支度をしはじめた。
 花畑から、移動車を止めているところまで歩く途中で、ルナールさんが秘密の話をしよって声をかけてきた。
 オーベルさんとリュミエールは少しだけ距離をあけてついてきている。

「花には、花言葉があるんだ。白いアザレには、満ち足りた心、恋の喜び。それから、貴方に愛されて幸せって意味があるの」
 ルナールさんが、こっそり俺に教えてくれた。なるほど、他にも恋人みたいな人たちが多かったのは、そういう事か。
「どう?気に入ったなら、お庭に植えてみるとか?」
「綺麗な花だし、良いかもしれません」
 今日という日の事を、俺も忘れたくない。思い出の花を植えるというのは、良いアイデアな気がした。
 ルナールさんは、俺の返事が意外だったようで、少し目を丸くした。
「本当に!?そうかぁ育ててくれたら嬉しいなぁ。あのね、この花は告白の返事によく使われるんだ。エクレがいつか、リュミエールにあげても良いって思ってくれたら、俺は嬉しい」
 愛されて幸せという意味を持つ花を、俺からリュミエールさんに渡す。なるほど、確かに告白の返事のようだ。
「あの……俺、好きとか、愛とか、良く分からなくて……。ルナールさんは、オーベルさんに会った時どんな気持ちになったんですか?」
 平常時には、なかなか聞きたくても聞けなかった事を、今ならと思って尋ねてみた。
「照れくさいこと聞くねぇ。そうだなぁ、目がね、離せなくなった。ずっと見ていたくて、話をしたくて、抱きしめて欲しかった。ただ、家にきたのを見かけただけだったのにね」
 その気持ちは、なんだか覚えがあるような気がした。
「でも……それって、Ωとしての本能がαに反応しただけかもしれないですよね? 違いがよく分からないな……」
「そうとも言えるかも。でも、分けて考えるから複雑になっちゃうんじゃない?僕はオーベル以外にそんな反応無かったし、その後もドンドン彼が気になった。些細な事でも知りたかったし、もっと一緒にいたいって思ったなぁ」
 ルナールさんは当時を思い出して、懐かしいと呟いた。
 リュミエールの事を知るのは嬉しい、今一緒に暮らしているこの状況も続いてほしいと思ってる。
 俺は彼の事、もう好きって言ってもいいのだろうか。
「なんか都合が良いような、流されているような気がして……、気持ちに自信が持てないんです。リュミエールが真剣なのが分かってるから余計に、軽く答えて良いのかなって」
「恋は突然だし、愛なんて究極なエゴでしょ! 気にし過ぎだって。僕はオーベルと一生一緒にいたかった。彼に僕を一番見ていて欲しかった。だから一緒になったんだ」
 そう彼はとても綺麗に微笑んだ。
「花……いつ渡せるかはまだ分かりませんが、庭に植えてみたいと思います」
「本当に!エクレならきっととても綺麗な花を咲かせると思うよ」
 ルナールさんはそう言うと、俺の背中をかるく叩いた。背を押してくれているような気がした。



 移動車の停車場は随分と混んでいるようだった。
 護衛の人の一人だろうか、見慣れた制服の人が俺を見て頷いて、車へと誘導してくれる。
 俺は何の疑問も持たずに、その人について行った。
「ん? 違う!エクレ、その移動車じゃないよ!!」
 後ろから、ルナールさんがそう叫ぶのが聞こえた。
「すいません、間違え……」
 扉に手をかけていた所だったけれど、そう言って戻ろうとした。
「チッ、バレた。おい早く引きずり込め!」
「えっ!?」
 あっと思った時には、車の中に詰められていて、そのまま出発してしまった。
「え、待って、どういう……」
「暴れんなよ。大人しく座ってたら、酷い事はしない」
 ゾッとするくらい暗い声だ。
 護衛の人そっくりの服をきていたその人は、良く見ればしらない顔だった。
 迂闊だった。この服の人への警戒心など俺には無かった。
「見た目の感じと、その服に反応するし、政府御用達の車に乗るってことはまずΩだろうが……。おい、一応確認しておけ」
 運転席の男がそう指示すると、横にいた護衛服の男が小さな針のようなもので俺の指先を突いた。
 僅かに流れ出た血を、何か液が入った試験管に入れる。透明の液が反応して色が変わった。
「間違いない。こいつはΩだ」
 車内に歓声が湧いた。
 仄暗く、陰気な感じだった。

 俺はようやく理解した。Ωは誘拐されることが多いと聞いていたじゃないか。
 その犯罪に巻き込まれてしまった。




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