桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない

しげむろ ゆうき

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◇  あの日の記憶

 魔獣が家族を殺したあの日、私の世界はまるで何も映すことのない闇に覆われた空虚で意味をなさいものになってしまった。
 もちろん今まであった誰もが持つ生きがいすらも。
 ただし、あの日、あの場所で君に出会うことで再び世界に光が差し込んできたが。
 まるで、傷ついた私を包み込むように。





「最近はずいぶんと丸くなったようで。やはり、あの失敗が相当答えたということですかな」
「いやいや、九条家の当主があれぐらいでなるわけないでしょうが」
「そうですよ。たんにご成長されただけですって」
「なるほど。さすが将来我々の上に立たれるお方だ」

 そういったくだらない会話が最近、よく耳に入ってくる。
 そして連中が遠くから、ちらちらと視線を向けてくるのも。異能の力を使える者が感じとれる邪(よこしま)なものを漂わせ。壁さえも突き抜けてと、私は溜め息を吐く。
 まあ、今の溜め息は彼らに対してではなかったが。
 「また、わかりやすいぐらいのおべっか使ってるな。あいつら」と、側にいた蟻塚 累が笑みを浮かべて絡んできたので。
 更に「こいつは石さんにビンタされて目を覚ましたんだよ」と余計なことも。
 私が睨むと肩をすくめてきたが。

「だって、本当のことだろう?」
「だからってな……」
「ああ、悪かったよ。で、良い子になった九条にちょっと話があるんだが」
「話?」
「最近のお前の活躍は対魔獣師団としても素晴らしい。だから、やっと上に評価され始めてるってな」
「なんだ、そんなことか……」
「まあ、そういう反応になるよな。なので、こっちが本題だ。師団長を狙ってみないか? 周りの嫌味も消えるぞ。ああ、和国の軍人さんは除外だが。うんざりしているだろう?」
「ふむ……」

 私は蟻塚の提案に少しだけ興味をそそられる。何せ、彼の言う通り嫌味や昔みたいに擦り寄ってくる連中には正直なところうんざりしていたから。
 特にあの場所で魔獣討伐をした直後は思い出を穢されている気分になるので。私にとって今一番大切な……と、それでも蟻塚の提案に頷くことはしなかったが。何せ、師団長の席は既に定員いっぱいであり、場所なんてないのだから。
 それは蟻塚が指を四本たてても。

「第四師団を作れと? 和国にきている団員の数を考えたら無理だろう」
「そこは本国とかけ合えばいいんだよ。伊野淵博士だってそのうち来られるんだし」
「だから、ついでに人員も増やせと? まあ、悪くない案だが」
「だろう?」
「だがな……。他の師団長は良い気はしないのでは?」
「いや、皆、九条の評価は高い。何せ、文句なく動いてくれるんだからな。お前は気づいていないようだったが」
「それはすまなかったと思っているよ」
「じゃあ、名誉挽回って感じで頼むよ。人員が増えれば俺も楽をさせてもらえるからな」
「なんだ、そのために私を利用するのか?」
「させてくれよ。何しろ俺にとって一世一代の大仕事をしなきゃならないんだからな」

 蟻塚はそう言うと身だしなみを揃える。
 そして窓の方に移動しながら「桜絡廊公園の花に婚約を申し込むんだ」とも。
 おかげで一瞬、固まってしまったが。何せ蟻塚の言った桜絡廊公園の花が頭の中に思い浮かんだので。誰にでも隔たりなく挨拶をしてくれ、更には異能の力を持つ我々の心を癒す暖かい光を。

 そして、荒れ果てた私にとって唯一の……

 初めてだったのだ。
 亡くなった家族、そして佳子や匙裏よりも暖かく心の傷口が塞がっていくのを実感するほどの純粋で心まで澄んでいる存在に出会ったのは。

「蟻塚……お前も彼女を知っていたのか?」
「ああ。俺達、桜絡廊公園近辺を周っている対魔獣師団員の中では有名人だよ。まあ、だからこそな?」
「誰かに彼女を取られる前にか……」
「ああ。九条、お前なら応援してくれるだろう? 俺、絶対に彼女を幸せにしたいんだよ」
「だからといって相手の気持ちもあるだろうが……」
「ふ、それなんだが……既に縁談の話が複数持ち上がっていてな。しかも溱璽国の者もいるそうだ」
「そうか、あの彼女の態度……ご家族も我々に悪い感情は持っていないということか……」

 私はゆっくりと息を吸い込む。燻(くすぶ)った闇を抑え込むように。
 そして、帽子を目深に被り、ろくな返事もせずに立ち去ってしまったあの日の思い出も心の奥深くにしまい込みながら「わかった。応援する」と。
 荒んでいた私の側にいてくれた数少ない友……蟻塚なら彼女を幸せにもできるはずだから。

「間違いなく……と言いたかったが。ふうっ」

 私は桜絡廊公園の中で小さく息を吐く。揺らいでしまう気持ちを抑えて。
 何せ、いつも目で追ってしまい、いない時は探してしまうので。
 そして今日も。

「いないか……」

 そう呟くなり地中へと沈みながら消えていく魔獣に再び視線も。憎しみや怒りを含めない複雑な感情を抱き。
 これも彼女と、ついでに蟻塚や佳子達のおかげと思いながら。

 いや、やはり彼女の……

 そう考えているとふいに視界に彼女の姿が小さく映る。
 そしてこちらに顔も。向けてきた彼女の視界には既に私の姿は映っていなかっただろうが。私の様な血生臭い存在よりも公園に咲き乱れる綺麗な花々を見て欲しかったので。

「いや、違うか……」

 そう呟きながらも口元が自然と緩むのがわかる。そして今日はもうここには魔獣は出ないだろうから立ち去ろうとも。

 だから最後だけは……

 私は彼女の横顔をそっと眺める。
 それから再び見回りを続けたのだ。



「これからお前達は見回りに行くわけだが、魔獣に噛まれた場合どうすべきだと思う?」
「魔蝕病の感染度を確認後、もよりの対応できる医院に運ぶです」
「正解だ。早く運べば助かる確率は高まる。だから、必ず魔獣に襲われた人々がいたらささいな傷でも連れて行くように。感染者は我々でも感知できないからな」
「わかりました第二師団長」
「では、新人達、見回りに行ってこい! 後から俺達も向かう」

 そう言って新しく配属された団員達を送り出した蟻塚は得意げに私の方を向く。「どうだ、師団長の威厳を感じただろう?」とも。
 私が気だるげに「さすがは師団長殿」と、そう言うと苦笑してきたが。

「おいおい、お前にもそのうちやってもらうんだぞ。師団長見習いの九条君」
「ふん、補佐だよ。それに私なら簡単にまとめた見回りの規約を作って出発前に彼らに詠唱させる」
「あ、なるほど。それなら楽ができるな……」
「ああ、それとこの際に申しておきたいことが。お前の行動を見ていると無駄が多くてな。特に……」
「も、もういいからさ! さっさと俺達も行こうぜ……って、くそ、大事なことを忘れていた。あ、今のは九条の小言のせいだからな」

 そう言うと蟻塚は離れた場所にいる上司に駆け寄っていく。それから熱心に話も。滅多に見せない真面目な表情で。
 しばらくして「待たせたな」と、こちらに戻ってくる頃はいつもの飄々とした表情に戻っていたが。
 そして時間が経つにつれ緊張した様子にも。二人の会話が耳に届いていた私には理由がわかっていたが。

「今日、仕事が終わったら縁談の申し込みに行ってくるつもりだ」
「そうか……。お前ならきっと上手くいくだろうよ」
「ありがとう。九条ならそう言ってくれると思ったよ……。ふうっ……」
「蟻塚?」
「正直、断られたらどうしようってな……。俺、生まれはたいしたことないし、和国民にとってあまり良い印象じゃない対魔獣師団の第二師団長って肩書きしかないからな」
「そんなの彼女には関係ないだろう? 誠意を見せればきっと理解してくれるさ」
「そうすればお前みたいに伊野淵博士の娘さんと許婚になれるわけか?」
「……ああ。だから、自信を持て」
「九条……」

 蟻塚は感動した面持ちで私の肩に手を置く。
 ただし、魔獣警報が鳴り響いたためすぐにその手は離れたが。腰に下げた刀の上に。
 そして、視線を合わせ頷き合うと私と共に走り出しも。魔獣の気配を辿りながら。
 しばらくするとこちらを向いてきたが。

「ところで最近、魔獣が少し強くなっている気がするんだが九条はどう思う?」

 そう質問も。

 「私にはまだ問題ない強さだ」と即答するとすぐに苦笑した表情を浮かべてきたが。
 しばらくして「だが、そろそろまずいんじゃないか?」とも。昔の無茶をしていた私を想像しているのか少し心配する様子で。

 蟻塚……

 なので「私はまだそんなに厳しいとは感じない」と言う言葉は飲み込み「ああ、そうだな」と答えるしかなかったが。
 蟻塚の肩を持つために……と、思ったが「だろう? やっぱりそう思ってたんだよ。これで縁談の時に俺が一番強いって言えるな」
 そう言葉を聞くなりすぐに溜め息を吐いてしまったが。今日のことを考え、気を使ってしまったことにもと、私は思わず呟いてしまう。

「縁談話は失敗しろとは思わないが、ちょっとだけお前の自慢話が相手方にとって不快に感じればと願うよ」
「おい、それ失敗確定するじゃないか!?」
「いや、わからんぞ。お情けで上手くいくかもしれないしな」
「同情か……ありかも」

 「やれやれ」と私は苦笑する。
 いつだって良い方に考えてしまう蟻塚を羨ましく思いながら。
 ただ、すぐにその感情は消しさり走る速度を上げたが。魔獣のいる方が桜絡廊公園だとわかったから。
 しかも、あっちは新しく配属された団員が向かった場所とも。
 そう考えていると蟻塚が後ろから声をかけてくる。

「九条、桜絡廊公園は今、団員がいるから大丈夫だよ」
「だが、勝手がわからないだろう?」
「ああ、そういうところなんだよな……」
「なんだ?」
「いいや」

 蟻塚はそう言うとニヤッとしながら私を追い越す。そして、桜絡廊公園に入り、新しく配属された団員達と戦う魔獣を見つけるなり「刀の錆にしてくれる!」とも。
 更に速度に勢いを乗せて。
 私がすぐに肩を掴んで止めると不満そうな表情を向けてきたが。

「なんだよ?」
「新しく配属された彼らの練習台にした方がいい。周りに人もいないしな」

 そう説明するなりすぐに納得した表情にも。

「確かにそうだな。ふうっ、今日は上手く頭が回らないな」
「仕方ないさ。この後のことを考えれば」

 そう蟻塚を労うなり私は一人の団員の側へといく。「きっと必要ないだろうが、師団長補佐として側で君の補助をする。だから気兼ねなくやってくれ」とも。
 もちろん本音は彼の力量を見極めようとしてるわけだが。ただ、戦って勝つだけじゃなく対魔獣師団としてやれるかを。
 頭が回らない師団長の代わりにと思っていると、すぐに魔獣の絶叫が聞こえる。
 要は結果は全くもって申し分ない、そういう評価に。そして、他の団員達も。

 力量だけでなく言動もか。

 そう関心していると再び魔獣の気配を感じてしまう。しかも複数のと思っていると視界に小さく彼女の姿が映る。直後、走りだす姿も。
 「か、彼女が!」と、蟻塚の声で私はすぐさま口を開くが。

「ここはいいから行ってこい」

 本来なら自由に動ける私が行くべきところだが、蟻塚が彼女を助ければきっと縁談も上手くいくと、そう思ったので。
 そして、蟻塚なら彼女を幸せにできるだろうとも。

 ただ、それでも……

 やはり胸が締め付けられる思いだったが。それは気持ちを抑えれば抑えるほど。
 あの日の彼女の顔を思い出してしまうので。魔獣との戦いで少し出血した私の手の甲を見た彼女が手巾(しゅきん)をそっと出す姿を。

『大丈夫でしょうか? あの、これを』

 ただし、蟻塚の顔も直後に思い浮かんでしまったので私はゆっくりと目を閉じたが。

「九条師団長補佐、この一帯の魔獣は全て倒しました。後は蟻塚第二師団長が追った魔獣だけです」

 そう言って団員達が集まってくるまでと、私は再び目を開ける。

「わかった。では君達はもう一回りし、怪我人がいないことを確認次第追いかけてきてくれ」

 更にはそう言うなり走り出しも。
 むろん蟻塚、そして魔獣に追われ彼女が逃げた方向へと。やはり心配になってしまったからだ。
 蟻塚が上手くやれているだろうかと。助けた後の彼女への対応を。

 「いや、違うか……」

 そう呟くなり私は頭を軽く振る。
 そして、自分の頬を殴りも。結局のところ気持ちが抑えられなかった、ただ、それだけなのだから。
 だからこそ、二人の様子を見て自分の気持ちにけりをつけようと。終わらせに行こうと。

「蟻塚!?」

 向かった先で見た光景に先ほどの気持ちは吹き飛んでしまったが。
 何せ魔獣に首付近を噛まれている蟻塚の姿が私の視界に飛び込んできたから。しかも、爪を彼の胸付近に突き立てて。
 私に気づくと魔獣はすぐに彼を放し、今度はこちらに向かってきたが。今まで見たことないほどの速さで。

『グウオオッーー!』

 しかも私が振り下ろした刀を、自分の牙で受け止めてしまいも。
 ただし、魔獣の勢いはそれまでだったが。私が刀を手放し異能の力を込めた手刀をその首に突き刺したので。忘れ始めていた憎悪を思いだしそうになりながら。
 とどめの一撃とばかりに深く。
 「うう……」と、蟻塚のうめき声が聞こえてくるなり私は我に帰ることができ、急いで彼の元へと駆け寄ったが。
 それは少し離れた場所で右肩に怪我を負い倒れている彼女に気づいても。
 何せ、蟻塚の左胸の傷口付近に黒いあざを見てしまったので。

「お前……」
「ああ……どじっちまった……」
「だが、今から医院に行けば」
「無理だ。それより……右肩を噛まれた彼女の……方を」
「問題ない。もうすぐ皆がくるから二人共運べる」
「いや、わかる……んだ。俺はもう……。だから……九条に頼みが」
「頼み?」
「俺が……死んだのは……桜絡廊公園ってことに……」
「な、なぜだ?」
「彼女が……きっと気にするから……な」
「だが……」

 そう言いかけて私は口籠る。
 「そんなことはない」そう答えることができなかったから。知ってしまった彼女の顔を想像してしまい。
 いや、今はそんなことを考えている暇もないと立ち上がりも。

「九条師団長補佐」

 こちらに駆け寄ってきた団員に指示を出さなければと思ったので。「蟻塚第二師団長を医院に。桜絡廊公園で魔獣との交戦で負傷をしたと報告を。責任は全て私がとる」と。
 更には彼女の方に向かいながら「私は彼女を別の医院に運ぶ」とも。
 むろん蟻塚の願いを叶えるために。

 そして彼女のためにも……
 
 そう考えながらも「わかりました」と何かを察し、頷く団員を横目に彼女を抱える。壊れものを扱うように。決して顔は見ないようにと心掛けながら。
 見れば必ず後悔してしまうだろうから。

 私がしてしまった選択を……

 そう考えてしまっても心の中で謝罪する私の頭の中にはある光景が現れてしまうが。何度も繰り返して。そんな表情をしない、そんなことは絶対に言わないはずの二人の姿が。
 そして、手を蟻塚と彼女の血で真っ赤に染めた私の姿も。
 医院に到着するなり掻き消えてしまったが。

「貴方はお知り合いですか?」
「いや、違う」
「では、貴方には申し訳ありませんがこれから和国軍にも報告しなければなりませんので」

 そう言われて看護師にさっさと医院を追い出されたので。更にその言葉で自分の立場を嫌というほど理解も。
 むろん私は気にすることはなく次は蟻塚の運ばれた医院へと足を運んだが。
 もしかしたらと思いながら。

 いや、せめて一言だけでも……

 「お前の願いは叶えたぞ」と。


二ヶ月後

「今日から第二師団長になる九条だ。皆、よろしく頼む」

 そう言うと今日から部下になる団員達と他の対魔獣師団が「よろしくお願いします」と頷いてくる。
 私を受け入れてくれているという表情で。

 まあ、だいたいだが……

 そう思っていると第一師団長が私の肩を叩いてくる。「結果でわからせてやればいいさ」とも。
 そして「ようこそ一番面倒な職へ」と笑みも。
 私が苦笑するなり力強く頷いて他の隊と一緒に去っていったが。第二師団だけを残して。
 我々にはまだやるべきことがあったので。最重要な会話がと、早速口を開く。

「本国から命令がきた。半年後にこの和国に伊野淵博士が来られる。例の研究をしにな」
「あのう、なぜ和国でやるのですか?」
「どうも和国で取れるものを使って実験したいらしい。ちなみに和国にもそのことは伝えてある」
「隠し事はなしと……」
「する必要もないからな。友好国なわけだし」
「それは我々しか思っていないのでは……」
「そんなことはない……とは言えないが私と仲の良い和国軍もいる。だから、そこから本当の友好国にしていくつもりだ」

 私はそう言うと早速、師団長となってからの初めての見回りに向かう。
 その後の三年近くという期間は前任者の第二師団長に認められるようにと努力も。 
 むろん墓への報告も。

 そして……

 車の中から宗方家の表札に視線を向ける。「あの、今日こそ行かれるのですか?」と、運転手ごしからそう尋ねてくる匙裏に「いや……」とも。
 何せ、宗方家にいる二人は何も知らないのだから。あの日の真実を。

 なのに私が行ったところで……

 そう思っていると玄関の扉がゆっくりと開くのが視界に入る。出てきた壮年の男性を見た瞬間、私は咄嗟に口を開いてしまったが。
 「出してくれ」と。申し訳ないという思いで心が押しつぶされそうになってしまったので。私があの時、向かっていればと。

 そうすれば……

 ただ、蟻塚の姿を思い出すなり頭を軽く振ったが。今のは彼に対しての愚弄だと理解したので。二か月も経ったいまさら。

 まあ、やっと気づけた私が今でも最低な奴であることには変わりはないが……

 そう思いながらもうここには来ないようにと私は考えを改める。
 そして心の整理も。

 なのにだ。なぜ……
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