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しおりを挟む彼女が目の前に……
しかも、私の家に。
「そんなの決まっているでしょうが。私が後押ししてあげたのです。だから感謝をしてくださいね。感謝を」
そう言ってくるなり匙裏は口角を上げてくる。
ただ、すぐに真顔に切り替わり「どうやら優月様の持病が原因で家計が火の車らしいですよ」とも。
私が知らない情報をいつの間にと思っていると匙裏は更に続けて言ってくる。
「まあ、理由はわかりませんが……。とにかく坊ちゃんがうじうじしているから、私がわざわざ動いてあげたのです。ああ、それとあちら様に長々とご迷惑をおかけしないよう期間は一年にしましたので。なので契約書を今度こそしっかりと……」
「もう読んだ。しかし、彼女は本当に良いと申したのか? 無理矢理連れてきたわけじゃないだろうな……」
「いえいえ、喜ばれていましたよ。もちろん坊ちゃんとの結婚ではありませんが」
「そんなのはわかっている。しかしだな……」
「はあっ、とにかく頑張って下さい。貴方がどう思うが期間はあるので。ああ、もう一度言いますが一年ですからね」
「一年……」
そう呟いた後に思わず蟻塚のことが思い浮かんでしまう。
すぐに軽く頭も振ったが。何せ、彼との約束であの日の出来事は決して彼女に知られてはいけないことを思い出したので。私が関わっているということも。
話せば周りに多大なる迷惑をかけてしまうから。
今、受け持っている第二師団は特に……
そう考えながらあの時、現場にいた団員の顔を思い浮かべる。今は立派な一人前として怪我もなく活動していることに頬が緩みも。
ただし、手に持った救急箱の重みを思い出すとある考えが頭の中を支配してしまうが。
今のこの状況……自分の気持ちを解放しても良いのではと。
現在の私はあの頃みたいな魔獣狩りをひたすら続けるだけの血生臭い存在ではないので。
しかも、今はやれることはなるべく自分で……
そう思った直後、あの日の光景が突然、蘇ってくる。お前には相応しくないと指差す血に塗れた私の姿も。
だから……
わかっているさ。
この一年は彼女の家ために。
契約だけの夫を演じようと、そして一年間、彼女への想いを封じようと……
『旦那様』
結果は駄目だったが。
ただでさえ気持ちを抑え続けるのに精一杯なのに側でそう呼ばれてしまったから。
まあ、きっとどんな風に言われても私には耐える自信はなかっただろうが。
そう思いながらも私はチクリとする胸を抑える。拒絶とは違うが明確な距離感を彼女から感じていたので。
どこまでも埋まらない。
決して……
ただ、その距離感が続きながらも幸せを感じてしまっていたが。
◇
「魔蝕病になると消極的になったり悲観的な
な感情が高まっていく結果が出ていまして……って、聞いてますか?」
「あ、ああ、聞いている」
「はあっ、せっかく機密情報を持ってきてあげたのに。今日はもうやめましょうか? 貴方様の気持ちはここにはないようですから」
「いや、大丈夫だ。続けてくれ。魔獣に関しての新しい情報はいくらでも欲しいからな」
「そうですか。では、単刀直入に言いますが……九条様、さっきからずっと愛する奥様のことを考えていませんか?」
「なっ!?」
「ああ、そういうことでしたか。こんなに丸くなってしまわれたのは。もちろん中身のことですわよ」
「べ、別に私は……」
幼馴染であり、今では立派な研究者になった伊野淵 東陽博士の娘、星羅の言葉を私はすぐに否定ようと口を開く。
ただ、契約で結ばれたとはいえ大切な妻になった彼女の姿を思い出すなり言葉は出てこなかったが。
「私との嘘の約束を気にしているなら気にしていませんので大丈夫ですわよ。たとえ忘れていても」
そう言われても。
いや、すぐに頭を下げたが。
「すまない。もっと早く伝えるべきだったが事情があってね」
「要はただの結婚ではないと?」
「そうだ。だから君に報告するのが遅くなってしまったんだ」
「なるほど。まあ、それなら許しますわよ。少しだけ周りがうるさくなってしまいましたけれど」
「婚約話か……。ちなみに君は好きな人はできたか?」
「いいえ、おりませんわよ。私に今必要なのは結果ですから。それも対魔獣師団に並ぶぐらいの」
「それだったら近いうちに並ぶどころか超えていきそうだが」
「上手くいけばですわよ」
「上手くいけばか。それならば君達親子が作った装置は成功するさ。必ずな」
「九条様……。本当に変わりましたね。いったいどの様な方なのですか?」
「あえていうなら暖かくて柔らかな光のような……。私の負の感情を消しさる」
「きっと、相手の心に寄り添える方なのでしょう。勝気な女性が多い溱璽国にはあまりいないタイプですね」
「それは……肯定する気はないぞ」
「ふふふ、石さん達に告げ口できたのに残念」
星羅はそう言って資料をしまう。
そして「じゃあ、貴方様のうちに行きましょうか」とも。
むろん私は首を横に振るが。何せ彼女には余計なことを吹き込まれたくないから。
絶対に……
「妻には会わさんぞ」
「なぜですか? 挨拶したいじゃない。父だって行ったのでしょう」
「前もって聞いていたら断っていた」
「ふーーん。それほどまでに奥様のことを」
「大切に思っているさ。たとえ……資格がなくても」
「資格? どのような事情が?」
「いや、気にしないでくれ」
「気にしますわよ。また、元に戻られても困りますから」
「それは……もうないさ」
「なら、良いのですが。ただ……」
「ただ?」
「よくわかりませんが資格とか気にされずに九条様はご自分の気持ちをしっかりと伝えてればよろしいではありませんか」
「だが、迷惑に……」
「それでも私は気持ちを伝えた方がよろしいと思いますよ。ああ、やはり私がお手伝いしてあげても……」
「いや、いい。後、余計なことはするなよ。絶対に」
「ふふふ」
星羅は笑みを浮かべる。悪巧みを企んでいる表情で。
むろん何をしようとしているかわかっている私は絶対に阻止する、そう心に誓っていたが。
「魔獣討伐中に行くなんて卑怯だぞ」
「あら、ちょっとお顔を見に行っただけですよ。九条様の奥様にはもったいない人のお顔を」
「くっ、それで余計なことは……」
「言葉通りお顔を見に行っただけです。なので向こうは私が誰なのかはわかっていませんよ」
「そうか。なら、私は今後も君とはまだ会っていないということにしておく。妻を不安にさせたくないからな」
「ええ、公式の場で会うまではその方がよろしいかと。何せ、溱璽国では人避けの偽婚約は効果抜群でしたから」
「まあ、この国ではほとんど効果はなかったんだがな。あの者達は勝手に館にまでやってくるし……」
「あら、そうなのですか。では、私だって九条家に行ったってよろしいではないですか。もちろん正式な客人として。彼女はとても素敵な方でしたのでお近づきになりたいですし。それに同姓の友人がいた方がよろしいでしょう?」
「た、確かに……。いや、だからといって……」
「聞いてあげますわよ。彼女が九条様をどう思っているのか」
「それは……」
やめてくれという言葉は出なかった。むしろ知りたかったからだ。
ただ、それでもと私は口を開くが。
「必要ない。いつか自分で聞くさ……」
でなければ後悔するだろうから。
きっと……
そう考えながらも月日はどんどん過ぎ去っていったが。頻繁に現れるようになった魔獣への対応や伊野淵親子が持ってきた新兵器の手伝いで時間が取れなく。
むろん頑張って私も時間を作ったのだが岩倉総大将が開いたパーティー以降、私よりも星羅との距離が縮んで見えて……
まあ、友人の様な関係は彼女にとっては良いものなのだが。
「ふう、だからといってこのままだと私の居場所がなくなっていく気が……」
「だったら昼食後に街にお誘いされたらどうです?」
「なるほど」
匙裏の提案に私はすぐに食堂へと向かう。
そして、昼食後に早速提案を。結果は匙裏の助け船もあり中庭で過ごすことに変更になったが。
お茶をしながらの。
ただし、私の過去話と常に心の中で彼女の側にいる資格があるのかという葛藤を抱えながらの会話だったが。喉が常に水分を欲するほど緊張してしまうほどの。
蟻塚……
いっそお前のことを話して嫌われてしまった方が良いのではと考えてしまうよ。そうすればもう考えなくてすむのだから。
一生と、私は自分の顔を右手で覆う。その際、血の臭いを感じて口元を歪めも。
『貴方様が嫌われることなんて決してありませんよ。私だったら絶対に嫌いにはなりませんもの』
その言葉にすぐに血の臭いも先ほどの考えさえも消え去っていったが。
そして、過去ではなく未来へと進む覚悟も。
あの日が近づけば近づくほどに。
ただし、その道は消して平坦ではなかったが。
◇
「数が多すぎる。簡易結界は作動したはずなのに。くそっ!」
隣りで甲斐がそう毒吐く。
そして私も内心で同じく。出てきた言葉は違ったが。
「仕方ない。この状況を奴らも理解しているだろうから必死なのだろう」
「だが、所詮は獣だろうが」
「見た目はな。溱璽国ではあれの正体に検討がつきはじめている」
「他国の実験で偶然開いてしまった穴から出てきた向こう側の生物だろう」
「知っていたのか」
「当たり前だ。和国の情報力を舐めるなよ。別の世界の血を引く住人さんよ」
「ふっ、ダダ漏じゃないか」
「いや、これは溱璽国側から極秘にもらった情報でな……。だからといってお前達のことは信用していないが」
「そうか」
私は頷きながら甲斐が持ってきてくれた手に持つ真新しい魔殺一式を見る。彼が持つ、使い古し刃こぼれした方にも。
すぐに魔獣の方に向き直ったが。数が多くこのままだと非常にまずいとそう判断したので。特に斬られるのを覚悟で対魔獣消滅機一式の方へと行かれてしまったら。
『グルルルルルッ!』
残念ながらそう判断した直後、私の感が当たりを引いてしまったが。
魔獣の猛攻に耐えていると突然、一体の魔獣が別の場所に向かって走り出したので。私達を迂回しながら対魔獣消滅機一式の方へと。
「こっちよ!」
ただし、急に走り出した優月の言葉に向きを変えたが。まるで強制的……いや本能に逆らえないとばかりに。
『グルッ!? ウオオッーー!』
そして彼女の右肩に深々と牙を突き立てて。ただ、彼女は痛みに耐えながら魔獣の顔を自分から離れないよう抑えていたが。黒くなったその右手で。
「あの手は……」
隣りで呆然としながら呟く甲斐に私は一瞬で乾ききった口を開く。
「魔蝕病だ……」
しかも、あの色の濃い状態は最悪末期のとは続けて言えずに。その前に「優月!」と足が動いたから。側に行かなければ、一秒でも早くと。
魔獣を彼女から引き剥がすために。
ただし、魔殺一式を魔獣に振り下ろす直前、辺りが一瞬で真っ白になってしまったので慌てて止めたが。
「こ、これは……」
そう呟いた直後、側で声が聞こえてくる。『やったな。九条』と。そして私の肩に手の感触も。よく知っている男の。
「蟻塚、お前……」
『おう、お前の友であり元第二師団長の俺だよ』
「ど、どうして……」
『少しだけ挨拶をな。彼女じゃなくお前に』
「私に?」
『九条、お前の気持ちに気づいてやれなくてすまなかった』
「蟻塚……。私はお前の方がお似合いだと思っていたから引き下がっただけさ」
『だが、もうそうは思っていないだろう? だからさ。彼女を幸せにしろよ。お前がだぞ』
「それは……」
そう呟いた直後、蟻塚の存在が消えていく。しかも視界も見えてくるなり目の前にいた優月が力なく倒れ込む姿も。
なんとかぎりぎり地面に触れる前に抱え込むことができたが。
「優月!」
私がそう声をかけると彼女は一瞬だけ身体を動かす……が、それ以降の声かけに全く反応しなくなる。
しかも、顔色が徐々に悪くもと思っていると、側に来ていた星羅が私に向かって言ってくる。
「おそらく、対魔獣消滅機一式の光を浴びてショック症状が出てるのかも」
「どうなるんだ!?」
「わからないわ」
なので私はすぐに落とさないようにしながら優月を抱えて走りだしたが。彼女のかかりつけの医院へと。
しばらくして全てを投げ出してしまったことを思い出しても立ち止まらず。何せ魔獣の気配はもう感じないため問題ないだろうと判断したので。
そして、問題あろうが彼女のためなら自分はどうなっても構わないと。
「すぐに彼女をベッドへ。それと貴方は……」
「夫です」
「わかっているが席を外してほしい」
「わかりました……」と、現実は無常で自分は全くの無力であると痛感してしまったが。
「やはり、私は……」
そう呟いた直後、扉の向こうから和須田先生と看護師の「これはいったい!?」という驚いた声が聞こえてくる。
ただし、それ以降は静かになってしまったが。長い時間と私は頭を抱える。むろん、最悪のことを考えてしまっていたので。
「九条様、もうお入りいただいても大丈夫です」
そう神妙に看護師に言われたらなおさら。
何せ、あの日の蟻塚に会いに行った時と同じ様な態度だったから。顔を白い布で覆われた姿を見たあの日の。
優月……
一瞬、想像してしまいそうになる。
ただ、「今は安静にしてるので静かに」と和須田先生にそう言われて、心の底から胸を撫で下ろしたが。
そして彼女を助けてくれた彼らに深く頭を下げも。
「私達は何もしておらんよ。彼女の魔蝕病完治には」と、その言葉を聞いた直後、驚いて顔を上げてしまうが。
「ど、どういうことですか?」
「文字通りに何もしておらんということだ。つまりはこっちが彼女の身に何があったのかを知りたいと……まあ、おおかたは検討がついているが」
「検討がついている? はっ、まさか」
「九条殿、確か今日は?」
「対魔獣消滅機一式の起動実験を。それで彼女は光をかなり近い距離で浴びて」
「ふむ。それで彼女の魔蝕病も魔獣と一緒に消し去ったと。読み通りか」
「読み通り?」
「和国のお偉いさんと少し仲が良くて実験の話を聞いていてね。それで無理矢理、彼女をそこに連れ出せないだろうかとお願いしたのだよ。私の研究が正しければ彼女はもしかしたらと」
「そうだったのですか。それならば貴方はやはり……」
「いや、彼女を危険に晒してしまったのは間違いない。医師としては失格だよ……と言いたいが、やはりこの事は彼女には黙っていてくれないかね」
「きっと起きた際に真実を知ってしまったら貴方に無茶をさせた自分を責めてしまうから……ですか。わかりました」
私が頷くと和須田先生は優月の医療記録を眺める。それからゆっくりとこちらに向き直りも。
「では、後は彼女がいつ頃目覚めるかの予測と……もしも目覚めることがなかったらの話をしようか」
「えっ……」
「もちろん、そこまで心配しなくてもいいが。念の為にね。君はそれでも彼女の側に居続けることはできるかね? 契約でしか結ばれていない君に」
「知っていたのですか……」
「ああ、だが今はそんなことはどうでもいいだろう。私は君に彼女を任せられるのかを知りたいんだ。どうなのかね?」
「それは……」
私は魔蝕病など最初からなかったような可憐で小さな優月の右手にそっと伸ばす。そして触れるか触れないの場所で手を止めも。
今の私は彼女にとっては夫ではないからだ。
本物の。
ただ、それでも……
「当然ですよ」とはっきりと答えたが。次に彼女が起きたら本物の夫婦になると誓ったから。
深く心にと。
一カ月後
ただし、彼女が目を覚ましてくれたらの話だったが……
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