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第9章:アレスの監視
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深夜、アルカディア王宮・北塔。
国王アレスは、私的な書斎の窓辺に佇み、静まり返った王宮を見下ろしていた。王妃の居室から最も遠いこの棟は、王の孤独と義務を象徴するように、夜の冷気が淀んでいる。
アレスの面差しには、この数週間で刻まれた疲労の影があった。
政務によるものではない。
彼を蝕んでいるのは――妻を愛した男としての痛みと、王としての義務の狭間で揺れる葛藤だった。
宰相ヴァイスと警備隊から寄せられる報告は、いずれも同じ内容を示していた。
リリアナが禁書庫に出入りし、老騎士ゼオンに意味深な問いを投げ、人目を避けて庭園裏の鳥小屋を調べている――と。
アレスは悟っていた。
今の彼女は、かつて自分が愛し、守り抜こうと誓ったリリアナではない。
その瞳には、温かな愛情のかわりに、何かを秘め、何かを企む知性の光が宿っていた。
(私は……君を信じたい。
だが、君の行動はすべて、ヴァイスの「反逆の兆し」という進言を裏付けてしまう。)
一度目の人生、アレスはリリアナを愛しすぎたあまり判断を誤り、国を危険に晒した。
二度目の今こそ、王としての責務を最優先しなければならない――その覚悟が、彼の胸に重くのしかかっていた。
アレスは侍従を呼び、声を潜めて命じた。
「王妃の動向を密かに監視せよ。禁書庫と庭園の鳥小屋――彼女が関心を示した場所を徹底的に調べろ。
ただし……宰相ヴァイスには一切知らせるな」
ヴァイスを完全に疑っているわけではなかった。
だが、王妃に対してあまりに鋭い追及を続ける彼に、アレスは微かな違和感を覚えていた。
愛と義務に引き裂かれた王は、夜ごと王宮を徘徊し、リリアナの窓を遠くから見つめるようになっていた。
(なぜ、あの子は知識を求める?
なぜ、真実を語ろうとしない?)
その答えが欲しかった。
――自らの手で。
その夜。
リリアナは、“通信の断片”を王妃の居室で分析していた。
闇に沈む王宮。その外には、アレスの視線が確かに存在している――彼女は、皮膚感覚でそれを理解していた。
(陛下は、私を疑っている。
私の行動はすべて、“裏切り”の証拠として扱われてしまうでしょう。)
冷たく振る舞えば振る舞うほど、アレスは愛と義務の板挟みで苦しみ、いずれ義務」を選ぶ。
その未来を、リリアナは誰よりも知っている。
だからこそ、今の彼女に必要なのは愛の言葉ではない。
――動かぬ証拠。
断片の分析を終えると、リリアナはそれを先代王妃のノートの奥にひそかに挟み込んだ。
そして、何事もないかのように窓辺へ歩み出る。
監視されていると気づいている。
だからこそ――アレスの疑念を和らげるための演技を始めた。
リリアナは、静かに、優雅に、儀式で披露する舞踏を踊り始める。
それは何の害もない、絹のように柔らかな王妃の舞。
まるで、かつての“愛されるためだけに存在していたリリアナ”を再現するかのように。
北塔からその姿を目にした瞬間、アレスは息をのんだ。
(……なぜ、舞っている?
危険な知識を求める女が、なぜあのように無垢な表情で……)
舞うリリアナは、美しかった。
どこまでも繊細で、柔らかく、あの一度目の人生でアレスが愛してやまなかった姿そのものだった。
心が揺らぐ。
「ヴァイスは、彼女を“国を欺く者”と言う……
だが、あの舞のどこに裏切りの冷たさがある?」
愛の記憶と、王としての義務が、胸の内で衝突する。
リリアナは冷徹な行動でアレスを遠ざけながら、わずかに愛の残影を滲ませることで――
王の心を縛りつけ、「早まった処断」だけは防ごうとしていた。
運命の日――冬至の夜会までの時間は、静かに、しかし確実に、リリアナの側へと傾きつつあった。
国王アレスは、私的な書斎の窓辺に佇み、静まり返った王宮を見下ろしていた。王妃の居室から最も遠いこの棟は、王の孤独と義務を象徴するように、夜の冷気が淀んでいる。
アレスの面差しには、この数週間で刻まれた疲労の影があった。
政務によるものではない。
彼を蝕んでいるのは――妻を愛した男としての痛みと、王としての義務の狭間で揺れる葛藤だった。
宰相ヴァイスと警備隊から寄せられる報告は、いずれも同じ内容を示していた。
リリアナが禁書庫に出入りし、老騎士ゼオンに意味深な問いを投げ、人目を避けて庭園裏の鳥小屋を調べている――と。
アレスは悟っていた。
今の彼女は、かつて自分が愛し、守り抜こうと誓ったリリアナではない。
その瞳には、温かな愛情のかわりに、何かを秘め、何かを企む知性の光が宿っていた。
(私は……君を信じたい。
だが、君の行動はすべて、ヴァイスの「反逆の兆し」という進言を裏付けてしまう。)
一度目の人生、アレスはリリアナを愛しすぎたあまり判断を誤り、国を危険に晒した。
二度目の今こそ、王としての責務を最優先しなければならない――その覚悟が、彼の胸に重くのしかかっていた。
アレスは侍従を呼び、声を潜めて命じた。
「王妃の動向を密かに監視せよ。禁書庫と庭園の鳥小屋――彼女が関心を示した場所を徹底的に調べろ。
ただし……宰相ヴァイスには一切知らせるな」
ヴァイスを完全に疑っているわけではなかった。
だが、王妃に対してあまりに鋭い追及を続ける彼に、アレスは微かな違和感を覚えていた。
愛と義務に引き裂かれた王は、夜ごと王宮を徘徊し、リリアナの窓を遠くから見つめるようになっていた。
(なぜ、あの子は知識を求める?
なぜ、真実を語ろうとしない?)
その答えが欲しかった。
――自らの手で。
その夜。
リリアナは、“通信の断片”を王妃の居室で分析していた。
闇に沈む王宮。その外には、アレスの視線が確かに存在している――彼女は、皮膚感覚でそれを理解していた。
(陛下は、私を疑っている。
私の行動はすべて、“裏切り”の証拠として扱われてしまうでしょう。)
冷たく振る舞えば振る舞うほど、アレスは愛と義務の板挟みで苦しみ、いずれ義務」を選ぶ。
その未来を、リリアナは誰よりも知っている。
だからこそ、今の彼女に必要なのは愛の言葉ではない。
――動かぬ証拠。
断片の分析を終えると、リリアナはそれを先代王妃のノートの奥にひそかに挟み込んだ。
そして、何事もないかのように窓辺へ歩み出る。
監視されていると気づいている。
だからこそ――アレスの疑念を和らげるための演技を始めた。
リリアナは、静かに、優雅に、儀式で披露する舞踏を踊り始める。
それは何の害もない、絹のように柔らかな王妃の舞。
まるで、かつての“愛されるためだけに存在していたリリアナ”を再現するかのように。
北塔からその姿を目にした瞬間、アレスは息をのんだ。
(……なぜ、舞っている?
危険な知識を求める女が、なぜあのように無垢な表情で……)
舞うリリアナは、美しかった。
どこまでも繊細で、柔らかく、あの一度目の人生でアレスが愛してやまなかった姿そのものだった。
心が揺らぐ。
「ヴァイスは、彼女を“国を欺く者”と言う……
だが、あの舞のどこに裏切りの冷たさがある?」
愛の記憶と、王としての義務が、胸の内で衝突する。
リリアナは冷徹な行動でアレスを遠ざけながら、わずかに愛の残影を滲ませることで――
王の心を縛りつけ、「早まった処断」だけは防ごうとしていた。
運命の日――冬至の夜会までの時間は、静かに、しかし確実に、リリアナの側へと傾きつつあった。
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