王妃はただ、殺されないことを願う

柴田はつみ

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第10章:リリアナの決意

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リリアナの居室。
暖炉の火が、静かな部屋の壁に揺れる影を落としていた。
リリアナは、通信の断片と『青い病の研究ノート』を前に、静かに腰を下ろしていた。

これまで何度も読み返した証拠は、禁書庫で辿りついた結論を裏付けている。

(「呪い」なんてなかった。アレス様は、私の血を憎んだから殺したのではない。
ただ、正しい情報を与えられないまま、国を守るための判断を迫られていたのだ。)

一度目の人生の最期、胸を刺した刃の冷たさとともに残ったのは、アレスに対する深い憎しみだった。
その憎しみは転生後のリリアナを支え、冷たい仮面をかぶり続けるための力になっていた。

しかし、今は違う。
真実を知ってしまった心は、憎しみをそのまま抱えていられなかった。
代わりに生まれたのは、アレスを思う気持ちと、彼に背負わせてしまった苦しみへの哀しさだった。

リリアナは、暖炉の炎の揺らめきをぼんやりと見つめた。
そこには、一度目の人生で傷つき、誤解されたまま死んでいった自分の姿が浮かんでは消えていく。

(私だけが逃げれば、生き残ることはできる。
でも、陛下はあの決断を一生背負い、二度と誰も迎えられなくなる。
ヴァイスと隣国の企みは完成し、この国は滅んでしまう。)

転生してからの願いは、ただ一つ、
「二度と殺されないこと」。
ただ生き延びたい、それだけだった。

だが、真実を知った今、その願いだけでは前に進めなくなっていた。

リリアナは静かに息を吸う。

「私は王妃として、この国を守る。
陛下を罪人のままにせないために。」

それは、転生後のリリアナが初めて抱いた、前向きで揺るぎない決意だった。
復讐の心は消え、残ったのは、アレスを救いたいという思いと、国を守りたいという強い意志だった。

リリアナは、これから自分が取るべき行動を冷静に整理した。

1. 仮面を続けること
アレスには、これまで通りの冷たい態度を保つ。
警戒を緩めさせず、彼の「即断」を避けるためだ。

2. ゼオンの協力を得ること
老騎士ゼオンの誠実さと正義感に賭ける。
彼にヴァイスの動きを見張ってもらう必要がある。

3. 証拠を集めきること
今ある断片だけでは不十分。
冬至の夜会で、隣国の使者とヴァイスを同時に追い詰められる決定的な証拠を準備する。

リリアナはテーブルの上に置かれた白い薔薇を手に取った。
一度目の人生では、この薔薇の美しさだけが慰めだった。
けれど今は、“この国に何が起きているのか”を思い出させる象徴のように見えた。


翌朝、リリアナは侍従に、アレスへの贈り物を託した。
それは、彼女が愛用していた薄い刺繍の図鑑だった。

図鑑には、リリアナがこれまでに仕上げた刺繍が美しく並んでいる。
そのうちの一枚――王家の紋章を描いた刺繍の裏には、彼女がこっそり縫い込んだ小さな文様があった。

それは、禁書庫に記されていた「危険を知らせる簡易の合図」。
ただし、リリアナはアレスにそれを解いてほしいとは思っていない。

(陛下。
私の行動が“ただの気まぐれ”ではないことを、どこかで感じてほしい。)

今は、ただの丁寧な刺繍としてしか映らないだろう。
けれど、もしアレスが疑念を深め、禁書庫の秘密に触れたとき――
その文様は、彼の中で“何かの合図”として引っかかるはずだ。

リリアナは感情ではなく、確かな戦略で未来を切り替えようとしていた。
その静かな努力が、少しずつ運命を動かし始めていることを、彼女自身はまだ知らなかった。
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