王妃はただ、殺されないことを願う

柴田はつみ

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第11章:隣国の使者

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アルカディア王宮はここ数日、いつもとは違う、張りつめた華やかさに包まれていた。
隣国ルーペシア王国の公式使節団が、外交交渉のために訪れたのだ。
表向きは「婚礼後の挨拶」と「友好関係の確認」だが、実際には――冬至の夜会へ向けた最後の圧力だった。

使節団の代表は、レナルド侯爵。
物腰こそ紳士的で笑みも常に穏やかだが、その瞳の奥には、冷たい野心と、リリアナを“道具”としか見ていない軽蔑がはっきりと見えた。

迎え入れる式典の間、リリアナは「隣国出身の王妃」として完璧だった。
母国の使者を迎える喜びを表情に浮かべ、一歩の乱れも見せない。

しかし、その心は静かに冷えていた。
レナルド侯爵の衣服や香水から漂う、わずかな匂い。
それは、『青い病の研究ノート』に記されていた藍晶石の毒素に似た、かすかな違和感を含んでいた。

(……私を“呪いの血”の象徴として印象付けるため?
それとも、私への警告なのか。)

やがて、使節団が王宮の一室で休息を取る時間、リリアナはレナルド侯爵と短い挨拶を交わすことになった。
その横には、宰相ヴァイスが控えている。常に監視の目を向けて。

レナルド侯爵はリリアナの手を取り、丁寧に甲へ口づけた。

「リリアナ様。ずいぶんお美しくなられましたね。王宮での生活は、お飾りとしての務めも含め、満足しておられますかな?」

親しげな言い回しの裏には、
「あなたは計画のための存在にすぎない」
という侮蔑が隠されていた。

昔のリリアナなら、胸を痛めていたかもしれない。
だが今の彼女は、完璧に感情を押し隠すことができる。

「ええ。この国は私を丁重に扱ってくださっています。私も隣国とアルカディアの和平を守るという、私なりの使命を果たしていますわ。」

「使命、ですか。」
レナルドは目を細めた。
リリアナが口にした“使命”という言葉の重みに、かすかな不快を覚えたのだ。

リリアナはさらに微笑んだ。

「ところで侯爵。私はこちらの歴史には疎いのですが……。
隣国が過去、アルカディアと 藍晶石の取引 に関して、どのような条約を結んでいたか、ご存知でしょうか?」

予期せぬ核心への言及に、ヴァイスとレナルド侯爵の表情が同時に固まった。

ヴァイスはすぐに、作り物のような笑顔を浮かべて割って入る。

「王妃様、そのような古い話は外交の場では必要ございません。どうか、ご婦人方との談笑にお戻りください。」

レナルド侯爵もヴァイスの言葉に乗り、リリアナを睨みつけるように言った。

「リリアナ様。王妃が歴史の細かなことを気にする必要はありません。
藍晶石など、この世界には存在しませんよ。
あなたは、お飾りとしての役目だけ果たしていればよいのです。」

“存在しない”と言い切るその姿勢は、むしろ核心を隠そうと必死な証拠だった。

リリアナは、二人の反応を見て確信する。
藍晶石こそ、彼らの計画の根幹にある――そして、自分がそこに近づいたことを察知したのだと。

「そうですわね。存在しない石のことなど、私もすぐに忘れます。
侯爵、ご心配なく。」

優雅にその場を辞したリリアナの心は、落ち着いていた。
ここからが本番だった。

今回の使節団の訪問は、ヴァイスと隣国が裏で交わす“最後の調整”が行われる場になる。
リリアナは、彼らがどこで秘密裏の接触を行うのかを必ず突き止めなければならない。

そして、その瞬間を捉えられれば――
冬至の夜会で、全てを終わらせることができる。
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