王妃はただ、殺されないことを願う

柴田はつみ

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第12章:秘密の居所

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隣国使節団の滞在により、王宮全体は外交儀礼と連日の宴に彩られていた。
だがリリアナにとって、この華やかさは祝祭ではない。――それは、彼らの陰謀が水面下で最終段階に入った証だった。

通信の断片。
レナルド侯爵と宰相ヴァイスを動揺させた「藍晶石」という言葉。

この二つの情報を繋ぎ合わせながら、リリアナは彼らの最終的な裏取引の場を割り出そうとしていた。

(ヴァイス卿と侯爵が、宮廷内で公然と会うことはできない。必ず王宮の外――しかも、国王の護衛と密偵の目を逃れられる場所を選ぶはず)

彼女は、ヴァイスの過去の行動と嗜好を丹念に思い返した。そこには、偶然では片づけられない共通点があった。

リリアナの脳裏に浮かんだのは、次の三つの事実だった。

一つ目。
ヴァイスの鳥小屋で目撃した、青みを帯びた異国の鳩。隣国との通信に使われている可能性の高い個体。

二つ目。
通信の断片に記されていた、隣国の一部貴族のみが用いるという古い方言による暗号表現。

三つ目。
ヴァイスの周知の「趣味」――異国の珍鳥の収集と、異様とも言えるほどの執着。

(伝書鳩を使うなら、王宮から極端に離れていては意味がない。だが近すぎても、密偵の目に晒される。
そして――「鳥の趣味」は、隠し部屋や偽装施設を設けるには、これ以上ない口実になる)

確信を深めたリリアナは、宮廷の古地図と、ヴァイスの私的な不動産記録を、侍女マルグリットの目を盗んで調べ上げた。

そこで見つけたのが、王都郊外にある一軒の建物だった。

「鳥類学研究のための小さな山荘」

名目は研究施設。
だが立地は、人里から程よく隔絶され、隣国からの鳩が容易に飛来できる場所。
しかも、王宮警備隊が日常的に警戒する区域の外にある。

「……これだわ」

リリアナは静かに息を呑んだ。
この山荘こそが、ヴァイスとレナルド侯爵が「藍晶石」の最終取引と、冬至の夜会における王妃処断計画を詰める、真の密談の場に違いなかった。


場所は特定できた。
だが、リリアナが単独で山荘に潜入するのは、あまりにも危険だった。

宰相の私的施設は厳重に警備されている。
加えて、王妃が無断で王宮を離れれば、即座にアレス王の監視網に引っかかる。

そこで彼女の脳裏に浮かんだのが、老騎士ゼオンの存在だった。
宮廷警備の総責任者。
そして、第五章で、彼の忠誠心に静かなくさびを打ち込んでいた人物。

(ゼオン卿。あなたは、まだ私を疑っているでしょう。
けれど――あなたの忠誠が向かうべきは、私ではない。王国の真実のはず)

その日の午後、リリアナは庭園でゼオンに声をかけた。
彼の傍には、アレス王の密命を帯びた護衛騎士が、いつも通り控えている。

「ゼオン卿。お願いがございます」

穏やかな声で、彼女は告げた。

「明日、個人的な礼拝のため、郊外の修道院へ参りたいのです。警備の手配をお願いできますか」

「修道院……でございますか?」

王妃の外出。それ自体が異例だった。
警戒するゼオンに向け、リリアナは微笑み、彼の目を真っ直ぐに見つめる。

そして、第五章で「白い椿」を供えた時と、まったく同じ声音で、低く囁いた。

「ええ。この国の未来と――**主君の『名誉』**のために、祈りを捧げたいのです」

その言葉は、ゼオンの胸を強く打った。
アレス王が、自ら王妃を断罪する運命に苦しんでいることを、彼は知っている。

沈黙ののち、ゼオンは深く頭を下げた。

「……畏まりました。警備の手配をいたします、王妃様」

リリアナは悟った。
彼の返答は、同意ではない。だが――拒絶でもなかった。

彼女は「修道院」への公式な外出計画を利用し、
真の目的地であるヴァイスの山荘へ向かう算段を整えた。

王妃の孤独な潜入作戦は、
いよいよ、取り返しのつかない領域へと踏み出そうとしていた。
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