13 / 19
第12章:秘密の居所
しおりを挟む
隣国使節団の滞在により、王宮全体は外交儀礼と連日の宴に彩られていた。
だがリリアナにとって、この華やかさは祝祭ではない。――それは、彼らの陰謀が水面下で最終段階に入った証だった。
通信の断片。
レナルド侯爵と宰相ヴァイスを動揺させた「藍晶石」という言葉。
この二つの情報を繋ぎ合わせながら、リリアナは彼らの最終的な裏取引の場を割り出そうとしていた。
(ヴァイス卿と侯爵が、宮廷内で公然と会うことはできない。必ず王宮の外――しかも、国王の護衛と密偵の目を逃れられる場所を選ぶはず)
彼女は、ヴァイスの過去の行動と嗜好を丹念に思い返した。そこには、偶然では片づけられない共通点があった。
リリアナの脳裏に浮かんだのは、次の三つの事実だった。
一つ目。
ヴァイスの鳥小屋で目撃した、青みを帯びた異国の鳩。隣国との通信に使われている可能性の高い個体。
二つ目。
通信の断片に記されていた、隣国の一部貴族のみが用いるという古い方言による暗号表現。
三つ目。
ヴァイスの周知の「趣味」――異国の珍鳥の収集と、異様とも言えるほどの執着。
(伝書鳩を使うなら、王宮から極端に離れていては意味がない。だが近すぎても、密偵の目に晒される。
そして――「鳥の趣味」は、隠し部屋や偽装施設を設けるには、これ以上ない口実になる)
確信を深めたリリアナは、宮廷の古地図と、ヴァイスの私的な不動産記録を、侍女マルグリットの目を盗んで調べ上げた。
そこで見つけたのが、王都郊外にある一軒の建物だった。
「鳥類学研究のための小さな山荘」
名目は研究施設。
だが立地は、人里から程よく隔絶され、隣国からの鳩が容易に飛来できる場所。
しかも、王宮警備隊が日常的に警戒する区域の外にある。
「……これだわ」
リリアナは静かに息を呑んだ。
この山荘こそが、ヴァイスとレナルド侯爵が「藍晶石」の最終取引と、冬至の夜会における王妃処断計画を詰める、真の密談の場に違いなかった。
場所は特定できた。
だが、リリアナが単独で山荘に潜入するのは、あまりにも危険だった。
宰相の私的施設は厳重に警備されている。
加えて、王妃が無断で王宮を離れれば、即座にアレス王の監視網に引っかかる。
そこで彼女の脳裏に浮かんだのが、老騎士ゼオンの存在だった。
宮廷警備の総責任者。
そして、第五章で、彼の忠誠心に静かなくさびを打ち込んでいた人物。
(ゼオン卿。あなたは、まだ私を疑っているでしょう。
けれど――あなたの忠誠が向かうべきは、私ではない。王国の真実のはず)
その日の午後、リリアナは庭園でゼオンに声をかけた。
彼の傍には、アレス王の密命を帯びた護衛騎士が、いつも通り控えている。
「ゼオン卿。お願いがございます」
穏やかな声で、彼女は告げた。
「明日、個人的な礼拝のため、郊外の修道院へ参りたいのです。警備の手配をお願いできますか」
「修道院……でございますか?」
王妃の外出。それ自体が異例だった。
警戒するゼオンに向け、リリアナは微笑み、彼の目を真っ直ぐに見つめる。
そして、第五章で「白い椿」を供えた時と、まったく同じ声音で、低く囁いた。
「ええ。この国の未来と――**主君の『名誉』**のために、祈りを捧げたいのです」
その言葉は、ゼオンの胸を強く打った。
アレス王が、自ら王妃を断罪する運命に苦しんでいることを、彼は知っている。
沈黙ののち、ゼオンは深く頭を下げた。
「……畏まりました。警備の手配をいたします、王妃様」
リリアナは悟った。
彼の返答は、同意ではない。だが――拒絶でもなかった。
彼女は「修道院」への公式な外出計画を利用し、
真の目的地であるヴァイスの山荘へ向かう算段を整えた。
王妃の孤独な潜入作戦は、
いよいよ、取り返しのつかない領域へと踏み出そうとしていた。
だがリリアナにとって、この華やかさは祝祭ではない。――それは、彼らの陰謀が水面下で最終段階に入った証だった。
通信の断片。
レナルド侯爵と宰相ヴァイスを動揺させた「藍晶石」という言葉。
この二つの情報を繋ぎ合わせながら、リリアナは彼らの最終的な裏取引の場を割り出そうとしていた。
(ヴァイス卿と侯爵が、宮廷内で公然と会うことはできない。必ず王宮の外――しかも、国王の護衛と密偵の目を逃れられる場所を選ぶはず)
彼女は、ヴァイスの過去の行動と嗜好を丹念に思い返した。そこには、偶然では片づけられない共通点があった。
リリアナの脳裏に浮かんだのは、次の三つの事実だった。
一つ目。
ヴァイスの鳥小屋で目撃した、青みを帯びた異国の鳩。隣国との通信に使われている可能性の高い個体。
二つ目。
通信の断片に記されていた、隣国の一部貴族のみが用いるという古い方言による暗号表現。
三つ目。
ヴァイスの周知の「趣味」――異国の珍鳥の収集と、異様とも言えるほどの執着。
(伝書鳩を使うなら、王宮から極端に離れていては意味がない。だが近すぎても、密偵の目に晒される。
そして――「鳥の趣味」は、隠し部屋や偽装施設を設けるには、これ以上ない口実になる)
確信を深めたリリアナは、宮廷の古地図と、ヴァイスの私的な不動産記録を、侍女マルグリットの目を盗んで調べ上げた。
そこで見つけたのが、王都郊外にある一軒の建物だった。
「鳥類学研究のための小さな山荘」
名目は研究施設。
だが立地は、人里から程よく隔絶され、隣国からの鳩が容易に飛来できる場所。
しかも、王宮警備隊が日常的に警戒する区域の外にある。
「……これだわ」
リリアナは静かに息を呑んだ。
この山荘こそが、ヴァイスとレナルド侯爵が「藍晶石」の最終取引と、冬至の夜会における王妃処断計画を詰める、真の密談の場に違いなかった。
場所は特定できた。
だが、リリアナが単独で山荘に潜入するのは、あまりにも危険だった。
宰相の私的施設は厳重に警備されている。
加えて、王妃が無断で王宮を離れれば、即座にアレス王の監視網に引っかかる。
そこで彼女の脳裏に浮かんだのが、老騎士ゼオンの存在だった。
宮廷警備の総責任者。
そして、第五章で、彼の忠誠心に静かなくさびを打ち込んでいた人物。
(ゼオン卿。あなたは、まだ私を疑っているでしょう。
けれど――あなたの忠誠が向かうべきは、私ではない。王国の真実のはず)
その日の午後、リリアナは庭園でゼオンに声をかけた。
彼の傍には、アレス王の密命を帯びた護衛騎士が、いつも通り控えている。
「ゼオン卿。お願いがございます」
穏やかな声で、彼女は告げた。
「明日、個人的な礼拝のため、郊外の修道院へ参りたいのです。警備の手配をお願いできますか」
「修道院……でございますか?」
王妃の外出。それ自体が異例だった。
警戒するゼオンに向け、リリアナは微笑み、彼の目を真っ直ぐに見つめる。
そして、第五章で「白い椿」を供えた時と、まったく同じ声音で、低く囁いた。
「ええ。この国の未来と――**主君の『名誉』**のために、祈りを捧げたいのです」
その言葉は、ゼオンの胸を強く打った。
アレス王が、自ら王妃を断罪する運命に苦しんでいることを、彼は知っている。
沈黙ののち、ゼオンは深く頭を下げた。
「……畏まりました。警備の手配をいたします、王妃様」
リリアナは悟った。
彼の返答は、同意ではない。だが――拒絶でもなかった。
彼女は「修道院」への公式な外出計画を利用し、
真の目的地であるヴァイスの山荘へ向かう算段を整えた。
王妃の孤独な潜入作戦は、
いよいよ、取り返しのつかない領域へと踏み出そうとしていた。
24
あなたにおすすめの小説
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。
けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。
「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。
ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。
そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。
学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。
けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。
暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。
※10万文字超えそうなので長編に変更します。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
妹の方が大事だとおっしゃる旦那様。なら妹と婚約すればいいのでは??
睡蓮
恋愛
ロンベル伯爵とセレシアは婚約関係にあったものの、ロンベルには3人の妹がおり、彼はそちらの方にばかり気をかけていた。そんなある日の事、ロンベルは一方的な理由をつけてセレシアの事を婚約破棄してしまう。そこには妹に対するゆがんだ思いがあったのであろうが、彼は後にその感情によって自らを滅ぼすことになるのだった…。
どうかこの偽りがいつまでも続きますように…
矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。
それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。
もう誰も私を信じてはくれない。
昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。
まるで人が変わったかのように…。
*設定はゆるいです。
裏切られ殺されたわたし。生まれ変わったわたしは今度こそ幸せになりたい。
たろ
恋愛
大好きな貴方はわたしを裏切り、そして殺されました。
次の人生では幸せになりたい。
前世を思い出したわたしには嫌悪しかない。もう貴方の愛はいらないから!!
自分が王妃だったこと。どんなに国王を愛していたか思い出すと胸が苦しくなる。でももう前世のことは忘れる。
そして元彼のことも。
現代と夢の中の前世の話が進行していきます。
私達、婚約破棄しましょう
アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。
婚約者には愛する人がいる。
彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。
婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。
だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……
こんな婚約者は貴女にあげる
如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。
初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。
【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる