『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ

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第十九章 剣の誓い(クリス)

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 王城の北回廊は、朝の光が差し込むと
 白い大理石が淡く金色を帯び、
 静かな温もりが漂った。

 その回廊に、
 近衛騎士クリスは一人立ち止まっていた。

 手には──
 朝刊の“慈善夜会の記念図版”。

 影が寄り添う、あの一枚。

 彼は深く息を吐いた。

(……これが、どれほど彼女を追い詰めるか)

 第一報を見た瞬間、
 シャーロットの表情が脳裏に過った。

 泣くのではなく、
 傷つくのでもなく、

 ――「どうしたら正しく見ていただけるのか分からない」

 と迷うように震える瞳。

(……守らなければ)

 剣ではなく、
 “言葉”と“記録”で。


 回廊を歩く小さな足音が近づいた。

「く、クリス様! 近衛副長から伝言です!」

 若い伝令兵が駆け寄り、息を切らせる。

「“図版の出所、検証を急げ。
  白い裾の影、縫い目が左右反転している”
 ……とのことです!」

「左右反転?」

 クリスは図版を改めて見た。

 紗幕の白い影に描かれたレース模様――
 本来、ヴァレンタイン家のレースは左右反転しない。

 だが、この影の裾は反対側に広がっている。

(鏡の継ぎ目……か)

 この瞬間、
 クリスは“作られた像”であると確信した。

「ありがとう。報告は受け取った。下がれ」

「はっ!」

 伝令が去ると、
 クリスは図版をゆっくり折りたたみ、
 胸に押し当てた。

(彼女は孤独で……脆い場所に立たされている)

 自分が言葉を尽くさない限り、
 シャーロットは“沈黙という罠”に閉じ込められる。

(……向かわなければ)



 クリスは、伯爵邸に正式な“護衛の報告”名目で訪れた。

 客間の扉が静かに開くと、
 シャーロットが立ち上がった。

「……クリス様」

 その声は、昨夜よりずっと弱かった。

「お加減はいかがですか、シャーロット様」

「……だいじょうぶ、です。ただ……少し、怖くて……」

 “影が喋りだした”ように感じる――
 その震えを含む声。

 クリスは近衛としてではなく、
 ひとりの人として言った。

「その図版は……偽りです」

 シャーロットの瞳が揺れる。

「え……?」

「まず、紗幕のレース模様が左右反転しています。
 ヴァレンタイン家の刺繍は、反転しない仕様です」

「あ……」

「さらに、黒衣の男の手袋のボタンは“三つ”。
 近衛礼装は“二つ”です」

「……!」

「そして……影同士が重なる角度は、
 本来の舞踏室の照明では作れない。
 ……誰かが意図して“影の角度”を仕組んだのです」

 シャーロットは両手で口を覆った。

「そんな……
 でも……わたしには……どうすることも……」

 その肩が震えた瞬間、
 クリスは一歩だけ踏み出した。



「シャーロット様」

 その声は、
 騎士の声ではなく、
 ひとりの誠実な男の声だった。

「どうか……
 お一人で背負わないでください」

「でも……わたし……
 誰にも信じてもらえなくて……」

「信じます。
 私はあなたを、信じています」

 震える瞳が、彼を見上げる。

 クリスは胸に手を当て、
 正式な騎士の誓礼よりも深い礼を取った。

「――誓います。
 あなたの名誉を、必ず守ります。
 影ではなく、“記録”と“真実”で」

「クリス様……」

「騎士としての誓いではありません。
 ひとりの男として……
 あなたを傷つけるものを、許せないのです」

 その言葉はあまりにもまっすぐで、
 空気が震えたように感じた。

 シャーロットの目に涙がたまる。

「そんな……
 そんな……言い方をされたら……
 わたし……泣いてしまいます……」

「泣いて……いいのですよ」

 クリスの声は優しかった。

「あなたは、泣いていい時に泣いてください。
 その涙を責める者は誰もいません」

 シャーロットの涙が頬を流れる。

 クリスは触れなかった。
 触れたら、境界が崩れる。
 だから距離を守りながら、
 ただ言葉で支え続けた。

「どうか……信じてください。
 私は、あなたの味方です」

 涙の中でシャーロットは小さく頷いた。



 面会を終え、扉が閉まったあと。

 クリスは廊下で静かに息を整えた。

(影に勝つには……
 証拠と、言葉と、行動しかない)

 その瞳には、
 静かで鋭い光が宿っていた。

(――影を消すために。
 必ず、動く)

 
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