『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ

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第三十四章「カルロスの決断(公爵家 × 王家)」

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 王城の会議廊は、朝の光を受けて静かに輝いていた。
 白大理石の列柱が長い影を落とし、
 その中央を、一人の公爵が足早に歩いていく。

 カルロス・ヴァレンタイン。

 その歩みは、いつものように静かでも、重くもなかった。
 まるで――決意が足元を押しているようだった。

(……もう、“静観”ではいられない)

 シャーロットの涙。
 偽造された密会図版。
 裂かれたドレス。
 侍医の報告。
 そして――クリスの告げたひとつの名。

(マリナ……)

 胸が熱く痛んだ。
 幼なじみでもない。
 しかし、公爵家に近づいた彼女の“影”が、
 シャーロットを苦しめていた。

 それは――許せなかった。



 王城の奥、〈紺青の小謁見室〉。
 その扉の前で、侍従が深く礼をした。

「公爵閣下、王子殿下がお待ちです」

 カルロスは頷き、扉が静かに開く。

 室内には、
 王子殿下フィリップと、王妃の侍女長が並んでいた。

「カルロス。
 来ると思っていたよ」

 フィリップの声は柔らかく、
 しかし、その瞳は明らかに“戦う者の光”を宿していた。

「殿下。
 お時間をいただき感謝します」

「座ってくれ。
 ――話は、シャーロット嬢の件だろう」

 カルロスは大きく息を吸い、
 真正面から殿下を見た。

「はい。
 殿下……わたしは、公爵として王家へ正式に申し上げます」

 侍女長が目を見開き、王子が背を正す。

「“シャーロット・ヴァレンタイン嬢は、無実である”。
 それを、ここに公式に証明したい」

 その言葉は――
 カルロスが初めて“公的に”彼女を守ると宣言した瞬間だった。



「理由を聞こうか」

 フィリップの問いは慎重だ。
 王家が動くには、根拠が必要だ。

 カルロスは迷いなく答えた。

「証拠があります」

 侍女長の視線が鋭くなる。

「舞踏会のドレスには“弱糸”が使われ、
 縫い目が意図的に崩されていた。
 侍医アーロンは“粉香”の痕跡を確認したと言います」

 カルロスは続けた。

「粉香は――伯爵家ロズモンド家にしか存在しません」

 その一言に、
 侍女長が息を呑む。

「さらに、偽造された“身上書”。
 花押の末端筆圧は、王城に出入りする者の筆とは異なっていた。
 これは、王家の書記官も確認しています」

 フィリップが腕を組む。

「つまり、“ひとりの者”が
 婚約のすり替えから密会の偽造まで、
 意図して作り上げたと?」

「はい。
 その者は――
 シャーロット嬢の婚約を妨害したい者です」

(その理由は……言えない)

 カルロスは唇を噛んだ。

 シャーロットを守るために言葉を選び、
 同時に――
 マリナの名を軽々しく口にすることも避けた。

(憎しみから復讐は生まれる。
 だが、真実には証拠が必要だ)

 それが、公爵の責務だ。



 フィリップは長く息を吐き、
 カルロスを見つめた。

「……カルロス。
 君は、彼女を守りたいのだな」

「はい。
 ――わたしが守らずして、誰が守りましょう」

 その声には、
 彼がこれまで言えなかった“想い”が滲んでいた。

 王妃の侍女長は微笑み、
 静かに言った。

「公爵閣下。
 シャーロット様は、王妃様にとっても大切なお方です。
 あなたの決断は、遅くありません」

「……ありがとうございます」



 フィリップは席を立ち、
 カルロスへゆっくりと歩み寄った。

「公爵。
 君の言葉は、王家の“剣”を動かす力だ。
 だが――」

 殿下はカルロスの肩に手を置いた。

「剣を抜くなら、迷うな」

 カルロスは、強く頷いた。

「迷いません。
 シャーロットの名誉は――必ず守る」

 その声には、
 “幼馴染への愛”ではなく、
 “公爵としての誓い”があった。



 王子は侍女長へ振り返る。

「王妃に伝えよ。
 ――ヴァレンタイン公爵家は、
 すり替えられた婚約の調査を正式に求めている、と」

「畏まりました」

 侍女長が深く礼をする。

 これで、
 王家が本格的に動く。

(シャーロット……
 必ず、この手で救う)

 カルロスは心の底で誓った。

 ――この朝の決断が、
 彼とシャーロットの未来を大きく変えていくことを、
 まだ誰も知らない。
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