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第二章:野の花の維持費はいくら?
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翌朝、王宮の朝食会は凍りついたような静寂に包まれていた。
アルフォンスは、昨夜ソファで眠ったせいで凝り固まった体をさすりながら、不機嫌そうにコーヒーを啜っていた。
向かいに座るミレーヌは、非の打ち所のない完璧な夜会巻きに、知性を感じさせる濃紺のドレスを纏い、優雅にエッグ・ベネディクトを口に運んでいる。
そこへ、アルフォンスの側近が遠慮がちに一枚の書類を届けに来た。
「殿下、王妃教育の一環として、ミレーヌ様より『内宮予算の適正化案』が提出されました」
「……何だと?」
アルフォンスがひったくるように受け取った紙面には、整然とした筆致で、驚くべき項目が並んでいた。
【内宮特別経費:愛妾(コードネーム:野の花)維持費算定書】
・住居費: 離宮の使用料および光熱費(一般公務外につき、全額王太子私費より補填)
・衣類費: 王家の品位を損なわない最低限のドレス代(※平民基準ではなく、準男爵夫人レベルを上限とする)
・教育費: 王宮内立ち入りを許可する場合に必須となるマナー講習代(週三回、ミレーヌ指定の厳格な女官による指導)
・雑費: 涙、ため息、情緒的な演出に伴う精神的迷惑料
「ミレーヌ! 君、これは何の真似だ!」
アルフォンスは思わず立ち上がり、テーブルを叩いた。
ミレーヌはナプキンで口元をそっと押さえると、涼やかな視線を彼に向けた。
「何の真似も何も、昨夜お伝えした通りですわ。殿下が『真実の愛』を貫くのは自由ですが、その維持コストを公金から捻出するのは横領に当たります。ですから、彼女に掛かる費用はすべて殿下の『お小遣い』から差し引かせていただきます。……当然ですわよね?」
「お、小遣いだと!? 私を子供扱いするのか!」
「いいえ。分不相応なペットを飼いたがる飼い主に、適正な管理を求めているだけですわ」
ミレーヌは立ち上がり、側近から手渡された別の報告書に目を通し始めた。
「昨夜、リリアーヌさんが王宮のバラ園のバラを、勝手に摘んで髪に飾ったと報告を受けました。あのバラは、隣国との友好の証として植えられた希少種。一輪につき、金貨五枚の損害賠償を請求します。これも殿下の私費からでよろしいかしら?」
「たかが花一輪で……! 彼女はただ、美しいものが好きで……」
「美意識の欠如した盗癖は『野の花』という言葉では飾れませんの。殿下、愛を語る前に、まずはご自分の財布の中身と、彼女の素行を監督する能力があるかどうかをご確認くださいませ」
ミレーヌは、呆然とするアルフォンスを一瞥もせず、流れるような動作で執務室へと向かった。
「ああ、それから殿下。今日から彼女のマナー講習が始まります。私、厳しいことで有名な『鬼のバルバラ』を彼女の担当につけましたから。愛の力で、地獄の特訓を乗り越えられるとよろしいですわね」
扉が閉まる音と共に、アルフォンスの目の前のコーヒーが冷たく冷めていく。
彼は初めて、昨夜自分が宣言した「愛」という言葉が、ミレーヌという巨大な「システム」によって、とんでもなく高くつく不良債権へと変えられたことを痛感したのだった。
アルフォンスは、昨夜ソファで眠ったせいで凝り固まった体をさすりながら、不機嫌そうにコーヒーを啜っていた。
向かいに座るミレーヌは、非の打ち所のない完璧な夜会巻きに、知性を感じさせる濃紺のドレスを纏い、優雅にエッグ・ベネディクトを口に運んでいる。
そこへ、アルフォンスの側近が遠慮がちに一枚の書類を届けに来た。
「殿下、王妃教育の一環として、ミレーヌ様より『内宮予算の適正化案』が提出されました」
「……何だと?」
アルフォンスがひったくるように受け取った紙面には、整然とした筆致で、驚くべき項目が並んでいた。
【内宮特別経費:愛妾(コードネーム:野の花)維持費算定書】
・住居費: 離宮の使用料および光熱費(一般公務外につき、全額王太子私費より補填)
・衣類費: 王家の品位を損なわない最低限のドレス代(※平民基準ではなく、準男爵夫人レベルを上限とする)
・教育費: 王宮内立ち入りを許可する場合に必須となるマナー講習代(週三回、ミレーヌ指定の厳格な女官による指導)
・雑費: 涙、ため息、情緒的な演出に伴う精神的迷惑料
「ミレーヌ! 君、これは何の真似だ!」
アルフォンスは思わず立ち上がり、テーブルを叩いた。
ミレーヌはナプキンで口元をそっと押さえると、涼やかな視線を彼に向けた。
「何の真似も何も、昨夜お伝えした通りですわ。殿下が『真実の愛』を貫くのは自由ですが、その維持コストを公金から捻出するのは横領に当たります。ですから、彼女に掛かる費用はすべて殿下の『お小遣い』から差し引かせていただきます。……当然ですわよね?」
「お、小遣いだと!? 私を子供扱いするのか!」
「いいえ。分不相応なペットを飼いたがる飼い主に、適正な管理を求めているだけですわ」
ミレーヌは立ち上がり、側近から手渡された別の報告書に目を通し始めた。
「昨夜、リリアーヌさんが王宮のバラ園のバラを、勝手に摘んで髪に飾ったと報告を受けました。あのバラは、隣国との友好の証として植えられた希少種。一輪につき、金貨五枚の損害賠償を請求します。これも殿下の私費からでよろしいかしら?」
「たかが花一輪で……! 彼女はただ、美しいものが好きで……」
「美意識の欠如した盗癖は『野の花』という言葉では飾れませんの。殿下、愛を語る前に、まずはご自分の財布の中身と、彼女の素行を監督する能力があるかどうかをご確認くださいませ」
ミレーヌは、呆然とするアルフォンスを一瞥もせず、流れるような動作で執務室へと向かった。
「ああ、それから殿下。今日から彼女のマナー講習が始まります。私、厳しいことで有名な『鬼のバルバラ』を彼女の担当につけましたから。愛の力で、地獄の特訓を乗り越えられるとよろしいですわね」
扉が閉まる音と共に、アルフォンスの目の前のコーヒーが冷たく冷めていく。
彼は初めて、昨夜自分が宣言した「愛」という言葉が、ミレーヌという巨大な「システム」によって、とんでもなく高くつく不良債権へと変えられたことを痛感したのだった。
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