だから何ですの? 〜王家の系譜に「愛」など不要です〜

柴田はつみ

文字の大きさ
3 / 8

第三章:【鬼の特訓】泣けば済むと思うな?

しおりを挟む
 王宮の北側に位置する、古びたが手入れの行き届いた一室。

 そこには、床にへたり込み、涙で頬を濡らすリリアーヌと、冷徹な仁王立ちでそれを見下ろす老女官、バルバラの姿があった。

「立ちなさい。扇の持ち方が三ミリほど高いと言いましたよ」

「……ひっ、うう……。そんなの、どうだっていいじゃない……! 殿下は、ありのままの私を愛してくださっているのに……!」

 リリアーヌが絞り出すような声で訴えた、その時だった。

 重厚な扉が音もなく開き、ミレーヌが姿を現した。

 彼女は、まるで計算し尽くされたかのような美しい歩調で室内へ入り、バルバラの手から指導記録を受け取る。

「あら。バルバラ、進捗はどうかしら?」

「王妃様。……正直に申し上げまして、この『野の花』様は、土壌が悪すぎるようでございます。礼法の基礎どころか、他者の財産を尊重するという常識すら、芽吹く気配がございません」

「あらあら、それは困ったことですわね」

 ミレーヌは、地面に這いつくばるリリアーヌを、まるで道端に落ちている石ころでも見るかのような温度のない瞳で見下ろした。

「王妃様……! 意地悪はやめてください! 殿下に言いつけますわよ! 私がこんなに泣いているのを知ったら、殿下は貴女を……!」

「言いつける? ええ、どうぞご勝手に。ですがリリアーヌさん。貴女、一つ勘違いをなさっていますわ」

 ミレーヌは、シルクの手袋をはめた指先で、リリアーヌの顎をクイと持ち上げた。

「殿下が貴女を愛しているのは、貴女が『可哀想で、守ってあげたくなる、無力な存在』だからでしょう? でしたら、そのまま無力でいなさいな。教養を身につけ、自立してしまえば、殿下にとっての貴女の価値は消えてしまいますもの」

「え……?」

「ですから、この特訓は私からの慈悲です。貴女が『使い物にならない粗悪品』であればあるほど、殿下は貴女を愛でてくださる。……ただし、王宮の空気を汚すゴミを、私がタダで置いておくはずがないでしょう?」

 ミレーヌは立ち上がり、バルバラに向かって微笑んだ。

「バルバラ、この方が礼法を一つ間違えるごとに、殿下の夕食から一品ずつ削りなさい。愛があれば、おかずがなくてもお腹は膨れるはずですわ。……それではリリアーヌさん。せいぜい殿下を飢えさせないよう、励むことですわね」

 ミレーヌが部屋を去った後、リリアーヌの絶叫が虚しく響いた。

 それは、ただの嫉妬よりも遥かに残酷な、圧倒的な格差による「支配」の始まりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お望み通り、消えてさしあげますわ

梨丸
恋愛
一国の次期王妃と言われていた子爵令嬢アマリリス。 王太子との結婚前夜、彼女は自ら火を放ち、死んだ。 国民達は彼女の死を特に気にもしなかった。それどころか、彼女の死を喜ぶ者もいた。彼女の有していた聖女の力は大したものではなかったし、優れているのは外見だけの“役立たずの聖女”だと噂されるほどだったから。 彼女の死後、すぐさま後釜として皆に好かれていた聖女が次期王妃に召し上げられた。 この国はより豊かになる、皆はそう確信した。 だが、“役立たずの聖女”アマリリスの死後──着実に崩壊は始まっていた。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) ※この調子だと短編になりそうです。

「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子フリードリヒの婚約者として、幼い頃から王妃教育を受けてきたアメリア・エレファウント公爵令嬢。 誰もが羨む未来を約束された彼女の世界は、ある日突然1人の少女の登場によって揺らぎ始める。 無邪気な笑顔で距離を(意図的に)間違える編入生ベルティーユは、男爵の庶子で平民出身。 ベルティーユに出会ってから、悪い方へ変わっていくフリードリヒ。 「ベルが可哀想だろ」「たかがダンスくらい」と話が通じない。 アメリアの積み上げてきた7年の努力と誇りが崩れていく。 そしてフリードリヒを見限り、婚約解消を口にするが話は進まず、学園の卒業パーティーで断罪されてしまう……?! ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています

「君は地味な裏方だ」と愛人を優遇するサイコパス気質の夫。〜私が去った後、商会の技術が全て私の手によるものだと気づいても、もう手遅れです〜

水上
恋愛
「君は地味だから裏方に徹しろ」 効率主義のサイコパス気質な夫は、妻であるクララの磨いた硝子を愛人の手柄にし、クララを工房に幽閉した。 彼女は感情を捨て、機械のように振る舞う。 だが、クララの成果を奪い取り、夫が愛人を壇上に上げた夜、クララの心は完全に凍りついた。 彼に残した書き置きは一通のみ。 クララが去った後、商会の製品はただの石ころに戻り、夫の計算は音を立てて狂い始める。 これは、深い絶望と、遅すぎた後悔の物語。

追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

桜塚あお華
恋愛
王太子の婚約者として王政を支えてきた侯爵令嬢であるセレスティア。 誇りと責任を胸に国政に尽くしてきた彼女だったが、愛人に溺れた王太子により婚約を破棄され、反逆の濡れ衣を着せられて国外追放されてしまう。 全てを失い、辺境の地で命を狙われたセレスティアは、一人の男――平民出身の将軍・カイに救われる。 彼は彼女の過去を知らず、ただ人としての強さと優しさを尊重し、愛し始める。 一方、セレスティアを追い出した王太子と王妃、貴族たちは、彼女のいない国を操ることに失敗し、ゆっくりと、だが確実に滅びへの道を歩んでいく。 これは、復讐しない令嬢が手に入れる、 真の愛と幸せな居場所の物語。 そして彼女を捨てた者たちが辿る、因果応報の末路の話である。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虐げられた新妻は義理の家族への復讐を決意する

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のリーゼは公爵家の当主であるウィルベルトに嫁ぐこととなった。 しかしウィルベルトには愛する恋人がおり、リーゼのせいで離れ離れになったのだという。 おかげで夫からは憎まれ、義理の両親や使用人たちからもぞんざいに扱われる日々。 居場所の無くなった公爵邸でリーゼは自身と同じ境遇に置かれているある人物と出会う。 彼と出会い、互いに惹かれていくうちにリーゼは夫や義理の両親たちへの復讐を誓う。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処理中です...