『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ

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第43章「王妃の間(鍵の隔離と涙の夜)」

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白百合の間で影の気配が渦を巻く中、
王妃の号令が響いた。

「公爵夫人シャルロットを王妃の間へ——隔離せよ。」

その一言が、
シャルロットの胸を鋭く貫いた。

(隔離……?
 わたくしを……カルロス様から……?)

兵たちは影の力に怯えながらも、
慎重にシャルロットへ近づいた。

影が鋭く笑う。

――「そうやって……
   わたしと彼女を遠ざけるつもりね?」

王妃は凛とした声で言い返す。

「鍵を守るためです。
 あなたに奪わせるわけにはいきません。」

影は嫉妬に濡れた瞳でシャルロットを見つめた。

――「また奪われる……
   わたしの未来が……
   また……奪われる……」

シャルロットの心は揺れた。

(ミレイユ……
 あなたは……ずっと……
 何かを奪われ続けてきたのね……)

だが手を伸ばしかけた瞬間、
兵が静かに彼女の前に立った。

「奥方様……
 こちらへ。」

声は丁寧だが、
どこか申し訳なさを含んでいた。

白百合の間を出た瞬間、
シャルロットの胸が痛みでつぶれそうになった。

(カルロス様……
 今も……わたくしを探しているでしょうか……
 苦しんでいないでしょうか……)

影の気配が遠ざかると同時に、
夫への想いが強烈に押し寄せた。



王妃の間は、
王宮の中でも最も清浄な場所だった。

高い天井、
淡い金のカーテン、
魔除けの紋章が刻まれた壁。

ここは“影が絶対に侵入できない部屋”。

しかし——
その守りの強さは同時に、
“外へ絶対に出られない”という意味でもあった。

王妃アマーリエが静かに言った。

「ここが、あなたが今宵を過ごす部屋です。
 影があなたの心臓に触れた今、
 あなたは王家の保護対象となりました。」

“保護”という言葉が
こんなに重く感じたのは初めてだった。

シャルロットは王妃に問いかけた。

「……カルロス様のもとへ戻ることは……
 許されないのでしょうか……?」

王妃は、
母が子の嘆きを聞くような目で言った。

「あなたが夫のもとに戻れば、
 影はあなたを追います。
 そして……影は“鍵”を必ず奪おうとする。」

「……わたくしが……狙われ続ける……?」

「ええ。
 あなたは“扉を開く鍵”なのです。」

その言葉は、
全身を縛る鎖のようだった。

シャルロットの胸が痛みを訴えるように脈打つ。

王妃は優しく言った。

「公爵は、あなたの心臓に触れられただけでも
 命を落としかけたのです。
 今、あなたを近づければ……
 彼は再び呪いに触れてしまう。」

シャルロットは唇を噛んだ。

(わたくしが……
 カルロス様を……傷つけてしまう……?)

涙が溢れた。

「どうすれば……
 わたくし……
 彼を守れるのでしょうか……?」

王妃は静かに微笑んだ。

「あなたには、もう守る力があるでしょう。」

「……わたくしに……?」

「あなたの涙が。
 呪いを薄め、影を溶かした。」

シャルロットは胸に手を当てた。

(わたくしの涙……
 本当に……鍵……?)

王妃は語る。

「影に触れ、なお生きている者は——
 あなたが初めてです。」

シャルロットの涙が頬を流れ落ちた。

王妃の言葉が
暗がりの中で灯をともすように響く。

「あなたの涙は、
 “影を封じる光”の欠片。」

「光……?」

王妃は頷く。

「影という闇に、
 最も強いのは憎しみでも剣でもない。
 “愛”と“涙”です。」

シャルロットの喉が震えた。

(愛……
 わたくしが公爵さまを想う気持ちが……
 影に届いた……?)

しかし——

その希望が胸に灯るより早く、
王妃は残酷な真実を告げた。

「ただしその光は、
 あなたを蝕む毒にもなる。」

シャルロットは顔を上げた。

「毒……?」

「あなたの涙を使いすぎれば……
 影とつながってしまう。
 “鍵の心臓”が影に引かれ、
 あなた自身が影に近づく。」

胸の中の白い光が、
かすかに疼いた。

(昨日……
 ミレイユに胸を触れられたとき……
 あの冷たさ……
 あれは……わたくしの中の“影”……?)

王妃は告げる。

「あなたは、生まれながらに
 “影と光の境界に立つ娘”。
 だからこそ鍵になれた。」

シャルロットの頬を涙が伝う。

「では……
 わたくしは……
 影にも……本妻にもなれない……?」

王妃は静かに彼女の手を包んだ。

「いいえ。
 あなたは“選ぶことができる娘”。
 影に喰われるか。
 光で影を閉ざすか。」

シャルロットの涙が落ちた瞬間、
胸の奥で白い光が淡く灯った。

王妃が囁く。

「あなたの涙は、
 あなたがどちらへ進むかを決めるのです。」

広い王妃の間で、
シャルロットはひとり、
夫を想いながら泣き崩れた。

涙が落ちるたび、
胸の光はわずかに揺れる。

(カルロス様……
 どうか……無事で……
 わたくしは……あなたのもとに……
 戻りたい……)

しかし、
彼女に課せられた夜は長い。

その夜——
王妃の間の外で、
影がそっと囁いた。

――「泣かないで……
   シャルロット。
   あなたの涙は……
   全部……わたしが見ている。」

白百合の香りが、
静かにゆっくりと廊下を満たしていった。
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