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エピローグ:ライラックの香る午後に
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それから、三年の月日が流れた。
初夏の光が降り注ぐ公爵邸のテラスで、リリーは刺繍の手をそっと休め、穏やかな眼差しで庭を眺めていた。
かつての「氷の侯爵夫人」の面影は、もはやどこにもない。完璧な作法や、誰かを欺くための仮面は取り払われ、今の彼女は──愛する夫を支え、領民から慕われる、公爵家になくてはならない“あたたかな太陽”となっていた。
「お母様、見て! ライラックがこんなにたくさん!」
幼い少年の弾む声が響く。クリスによく似た面差しの、公爵家の跡取り息子が、小さな腕いっぱいに花を抱えて駆け寄ってきた。
リリーは膝をつき、我が子を優しく抱きしめる。
「まあ……綺麗ね。お父様がお帰りになったら、一緒に飾りましょう」
やがて、庭の向こうから馬の蹄音が近づいてきた。軍務を終え、帰還したクリス公爵である。
彼は馬を降りるなり、真っ直ぐにテラスへ向かい、微笑みながら声をかけた。
「リリアーヌ、ただいま……。今日も、君は世界で一番美しい」
戦場や法廷で見せた鋭さは影を潜め、愛する妻の前では、すべてが柔らかな眼差しへと変わる。
彼はリリーの額にそっと口づけ、胸元で輝くライラックのブローチを指先でなぞった。
「この花が咲くたびに、あの日々を思い出す。君が私を守ろうとして、私が君を追い求めた──あの狂おしい季節を」
「ええ。でも今はもう、守られるだけではなく……こうして隣にいられる。それが、何よりの幸せですわ」
二人の穏やかな日常の傍ら、かつての人々も、それぞれの人生を歩んでいた。
アメリア令嬢はその後、自らの意志で隣国の外交官と結ばれた。
「公爵に捨てられた悲劇」を逆手に取り、強く自立した女性としての道を選んだ彼女は、今ではリリーにとって──何でも語り合える親友の一人となっている。
そして、北方の監獄へと送られたカイル。
寒冷の地でただ一人、失ったものの大きさに苛まれながらも、かつてリリーが見せた“真実の軽蔑”の眼差しだけを胸に、静かに余生を送っているという。
日が傾き、空はやがて淡いライラック色に染まっていく。
クリスはリリーの肩を抱き寄せ、静かに囁いた。
「リリアーヌ。君がかつて捧げた“偽りの献身”も……今の“真実の愛”も、私はすべて抱きしめて生きていく。来年も、再来年も──この花が咲くたびに、君に恋をすると誓おう」
リリーは夫の胸に顔を埋め、深く息を吐いた。
かつて“自分を殺してまで愛を守ろうとした”一人の女性は、今──
愛する人の腕の中で、“自分として生きる喜び”を噛みしめている。
風に乗り、甘いライラックの香りが二人を包み込む。
それは、どんな氷の檻さえも溶かす──真実の愛の証。
(完)
初夏の光が降り注ぐ公爵邸のテラスで、リリーは刺繍の手をそっと休め、穏やかな眼差しで庭を眺めていた。
かつての「氷の侯爵夫人」の面影は、もはやどこにもない。完璧な作法や、誰かを欺くための仮面は取り払われ、今の彼女は──愛する夫を支え、領民から慕われる、公爵家になくてはならない“あたたかな太陽”となっていた。
「お母様、見て! ライラックがこんなにたくさん!」
幼い少年の弾む声が響く。クリスによく似た面差しの、公爵家の跡取り息子が、小さな腕いっぱいに花を抱えて駆け寄ってきた。
リリーは膝をつき、我が子を優しく抱きしめる。
「まあ……綺麗ね。お父様がお帰りになったら、一緒に飾りましょう」
やがて、庭の向こうから馬の蹄音が近づいてきた。軍務を終え、帰還したクリス公爵である。
彼は馬を降りるなり、真っ直ぐにテラスへ向かい、微笑みながら声をかけた。
「リリアーヌ、ただいま……。今日も、君は世界で一番美しい」
戦場や法廷で見せた鋭さは影を潜め、愛する妻の前では、すべてが柔らかな眼差しへと変わる。
彼はリリーの額にそっと口づけ、胸元で輝くライラックのブローチを指先でなぞった。
「この花が咲くたびに、あの日々を思い出す。君が私を守ろうとして、私が君を追い求めた──あの狂おしい季節を」
「ええ。でも今はもう、守られるだけではなく……こうして隣にいられる。それが、何よりの幸せですわ」
二人の穏やかな日常の傍ら、かつての人々も、それぞれの人生を歩んでいた。
アメリア令嬢はその後、自らの意志で隣国の外交官と結ばれた。
「公爵に捨てられた悲劇」を逆手に取り、強く自立した女性としての道を選んだ彼女は、今ではリリーにとって──何でも語り合える親友の一人となっている。
そして、北方の監獄へと送られたカイル。
寒冷の地でただ一人、失ったものの大きさに苛まれながらも、かつてリリーが見せた“真実の軽蔑”の眼差しだけを胸に、静かに余生を送っているという。
日が傾き、空はやがて淡いライラック色に染まっていく。
クリスはリリーの肩を抱き寄せ、静かに囁いた。
「リリアーヌ。君がかつて捧げた“偽りの献身”も……今の“真実の愛”も、私はすべて抱きしめて生きていく。来年も、再来年も──この花が咲くたびに、君に恋をすると誓おう」
リリーは夫の胸に顔を埋め、深く息を吐いた。
かつて“自分を殺してまで愛を守ろうとした”一人の女性は、今──
愛する人の腕の中で、“自分として生きる喜び”を噛みしめている。
風に乗り、甘いライラックの香りが二人を包み込む。
それは、どんな氷の檻さえも溶かす──真実の愛の証。
(完)
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