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第一章:氷の初夜、不壊の誓い
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ターナル王国の王宮――「白亜宮」は、祝祭の篝火に照らされていた。
しかし、その最上階にある王妃の寝室だけは、冷え冷えとした静寂に包まれている。
エルフレイデは、重厚な天蓋付きのベッドの端に静かに腰を下ろしていた。
亡国との同盟の証として、この国へ送られてきた「平和の生贄」。
肌を透かすほど薄い絹の寝衣に、容易く脱がされることを前提としたローブ――その装いは、彼女の立場を残酷に物語っていた。
(……どれほど罵られようとも、私はこの国の王妃として生きる。それが私の矜持)
亡き母の声が、耳の奥で優しく甦る。
『エル、魂だけは誰にも渡してはなりません。心まで跪いてしまえば、女はただの人形になります』
そのとき、重厚な扉が無造作に開かれた。
現れたのは、ターナル国王・ギルベルト。
漆黒の軍服に身を包んだ彼は、祝宴の主役であるはずなのに酒気を一切纏わず、ただ氷の威圧をまとっていた。
「……まだ起きていたのか」
ギルベルトはベッドへ歩み寄ることなく、入り口近くで足を止める。
エルフレイデは立ち上がり、完璧な所作で一礼した。
「お初にお目にかかります、陛下。貴方様にお仕えできますこと――」
「形式的な挨拶はいい。辟易する」
冷淡な声音が、彼女の言葉を切り捨てた。
ギルベルトは一瞥で彼女を値踏みすると、吐き捨てるように告げる。
「褥を期待していたのなら残念だったな。私は、自分の命を狙う毒蛇の娘を抱くほど、甘くはない」
エルフレイデの肩が、わずかに震えた。
「……毒蛇、にございますか」
「忘れるな。お前はただの“置物”だ。
同盟という名の紙切れを補強するための、物言わぬ飾りに過ぎん」
冷酷な微笑が、その言葉に刃を添える。
「お前を抱くことはない。この部屋を訪れることも、二度とない。
――この国に、お前の居場所などないと思え」
心臓の奥が、氷の楔で打ち抜かれたように痛んだ。
望まれぬ結婚であることは理解していた。
だが、初夜にこれほどまでの敵意を突きつけられるとは、想像さえしていなかった。
けれど、その屈辱が、彼女の内奥に灯をともす。
エルフレイデは乱れた呼吸を静かに整え、顔を上げた。瞳には、もはや怯えの色はない。
「左様でございますか。――では、私からも申し上げます」
彼女はローブの襟元を、自らの手で固く合わせた。
それは縋る女ではなく、宣戦を告げる騎士の姿だった。
「今後いかなる時も、貴方様と褥を共にすることはございません」
ギルベルトの眉が、かすかに動く。
「私は王妃として、この国に尽くしましょう。
ですが、私を拒絶した方に身体を許すことは、死してもいたしません。
――私の魂は、貴方様に跪くほど安くはございません」
「……面白い。その言葉、忘れるなよ」
それだけ告げると、ギルベルトは背を向けた。
一度も振り返らぬまま、扉は冷たく閉ざされる。
――バタン。
その音が、二人の絶縁を告げた。
広すぎる寝室に、エルフレイデだけが残される。
膝が崩れ落ちそうになるのを、必死に堪えた。
(……これでいい。愛も慈しみも、求めはしない。
私は私の力で、この国に根を張ってみせる)
こうして、史上稀なる「白い結婚」と、
高潔な王妃の孤独な戦いが幕を開けた――。
しかし、その最上階にある王妃の寝室だけは、冷え冷えとした静寂に包まれている。
エルフレイデは、重厚な天蓋付きのベッドの端に静かに腰を下ろしていた。
亡国との同盟の証として、この国へ送られてきた「平和の生贄」。
肌を透かすほど薄い絹の寝衣に、容易く脱がされることを前提としたローブ――その装いは、彼女の立場を残酷に物語っていた。
(……どれほど罵られようとも、私はこの国の王妃として生きる。それが私の矜持)
亡き母の声が、耳の奥で優しく甦る。
『エル、魂だけは誰にも渡してはなりません。心まで跪いてしまえば、女はただの人形になります』
そのとき、重厚な扉が無造作に開かれた。
現れたのは、ターナル国王・ギルベルト。
漆黒の軍服に身を包んだ彼は、祝宴の主役であるはずなのに酒気を一切纏わず、ただ氷の威圧をまとっていた。
「……まだ起きていたのか」
ギルベルトはベッドへ歩み寄ることなく、入り口近くで足を止める。
エルフレイデは立ち上がり、完璧な所作で一礼した。
「お初にお目にかかります、陛下。貴方様にお仕えできますこと――」
「形式的な挨拶はいい。辟易する」
冷淡な声音が、彼女の言葉を切り捨てた。
ギルベルトは一瞥で彼女を値踏みすると、吐き捨てるように告げる。
「褥を期待していたのなら残念だったな。私は、自分の命を狙う毒蛇の娘を抱くほど、甘くはない」
エルフレイデの肩が、わずかに震えた。
「……毒蛇、にございますか」
「忘れるな。お前はただの“置物”だ。
同盟という名の紙切れを補強するための、物言わぬ飾りに過ぎん」
冷酷な微笑が、その言葉に刃を添える。
「お前を抱くことはない。この部屋を訪れることも、二度とない。
――この国に、お前の居場所などないと思え」
心臓の奥が、氷の楔で打ち抜かれたように痛んだ。
望まれぬ結婚であることは理解していた。
だが、初夜にこれほどまでの敵意を突きつけられるとは、想像さえしていなかった。
けれど、その屈辱が、彼女の内奥に灯をともす。
エルフレイデは乱れた呼吸を静かに整え、顔を上げた。瞳には、もはや怯えの色はない。
「左様でございますか。――では、私からも申し上げます」
彼女はローブの襟元を、自らの手で固く合わせた。
それは縋る女ではなく、宣戦を告げる騎士の姿だった。
「今後いかなる時も、貴方様と褥を共にすることはございません」
ギルベルトの眉が、かすかに動く。
「私は王妃として、この国に尽くしましょう。
ですが、私を拒絶した方に身体を許すことは、死してもいたしません。
――私の魂は、貴方様に跪くほど安くはございません」
「……面白い。その言葉、忘れるなよ」
それだけ告げると、ギルベルトは背を向けた。
一度も振り返らぬまま、扉は冷たく閉ざされる。
――バタン。
その音が、二人の絶縁を告げた。
広すぎる寝室に、エルフレイデだけが残される。
膝が崩れ落ちそうになるのを、必死に堪えた。
(……これでいい。愛も慈しみも、求めはしない。
私は私の力で、この国に根を張ってみせる)
こうして、史上稀なる「白い結婚」と、
高潔な王妃の孤独な戦いが幕を開けた――。
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