氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ

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第二章:牙を剥く静寂、あるいは毒の配膳

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 白亜宮の朝は、かつてないほど冷え切っていた。
 新婚初夜を「絶縁」という最悪の結末で終えたエルフレイデは、一睡もできぬまま、差し込む朝日の縁に身を置いていた。昨夜、夫ギルベルトが吐き捨てた 「毒蛇の娘」 という言葉が、呪詛のように耳の奥で反響し続けている。
(――よろしい。望むところですわ、陛下。私は、貴方の慈悲など一片も請わぬ“毒蛇”として、この国で生き残ってみせます)

 その時、遠慮のない足音が響き、扉が開いた。
 入ってきたのは、初老の侍従長バルトである。彼は慇懃に一礼すると、数枚の羊皮紙をテーブルへ置いた。
「王妃様。陛下より、最初のご公務でございます。――『置物にも食い扶持分の働きはしてもらう』との仰せです」

 差し出されたのは、王宮北端にある不毛の地・凍土領の十年分の未処理書類と、莫大な使途不明金の帳簿だった。
 エルフレイデは一瞥して悟る。これは、他国から来たばかりの王妃に処理できる量ではない。
「……なるほど。私を執務室に閉じ込め、無能の烙印を押して追い出す――それが陛下の“嫌がらせ”なのですね」
「さて、私には分かりかねますが……北塔の執務室をご用意いたしました。本日より、そちらでお過ごしください」

 北塔といえば、陽も差さず、かつて罪人の収容に使われていた場所だ。
(そこへ私を追いやり、人目から遠ざけたまま、心をじわじわ殺すつもり……。いいわ、受けて立ちましょう)

 しかし、去り際にバルトは小さな籠を置いた。
「……それから、陛下より。『お前の身体はターナル国の所有物だ。不味いものでも食って死なれては困る』とのことでございます」

 籠の中には、彼女の母国でしか採れない、滋養に優れた希少な果実が入っていた。
 エルフレイデはそれを冷ややかに見下ろす。
「……ま!なんて人かしら。わざわざ故郷の味を見せつけて孤独を煽るつもりなの。どこまでも残酷なお方だこと」
 彼女は一口も手をつけず、籠を隅に追いやった。

 一方、執務室で報告を受けたギルベルトは、握ったペンに力を込める。
「……果実には、手をつけなかったか」
「はい。王妃様は『陛下からの嫌がらせは見るのも不快』と仰せになり、そのまま北塔へ向かわれました」

 ギルベルトは静かに目を伏せた。
 あの果実は、彼女の体内に眠る“呪毒”の発現を抑え、体力を維持するため、巨額を投じて密かに取り寄せたものだったのだ。
「それでいい。……彼女が私を憎めば憎むほど、呪いは遠ざかる。エルフレイデ――私に近づくな。私を拒み続けろ。それこそが、お前を生かす唯一の道なのだから」

 壁一枚隔てた先にいるはずの妻を想いながら、彼は氷のような孤独を噛み締める。

 北塔に移ったエルフレイデは、冷たい石壁に囲まれた部屋で、凄まじい速度で書類の整理を始めていた。
「陛下……貴方の思い通りにはさせません。この“死んだ領地”を蘇らせてみせます。その時、どのような顔をなさるのか――楽しみにしておりますわ」

 王は、彼女に 「守るための権力」 を与えるつもりで書類を贈り、
 王妃は、それを 「処刑宣告」 と受け取った。
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