盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶

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最終章 姉妹の選択

エメラルド

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 ルルとナナの魔法が合わさり電気を纏った巨大な炎の球を作り出すと、ドラゴンの口からは灼熱の炎が滝のようにして放たれた。

「打ちなさい!」

 背後から魔女さんの声が聞こえると、姉妹はお互いに目を合わせる。

「「せーーーの!」」

 二人の掛け声が交わると、姉妹は思い切り炎の球を投げ飛ばす。
 熱波がモワッと顔を撫でると、姉妹の放った炎の球がドラゴンから放たれた炎とぶつかり合う。

 ゴゴゴゴゴゴ……。

 鈍く低い音が地面を震わせる。足元が安定しない中で、姉妹は両足に力を込めて倒れないようにと耐える。両手を高く上げ、炎の球を押し込もうと力を込め続ける。
 だが、ドラゴンが放った炎の方が威力が上回っているのか、姉妹の放った炎の球はじわじわと押し返されてしまう。

「やばいよ……このままじゃ私たちにぶつかる……」

 ルルが苦しそうな声を上げると、苦しくて声も出すことが出来ないナナは小さく頷いて返事をした。
 このまま私たちに大きな炎が落ちてくれば、確実に命は無い。そして、椅子に拘束されて動くことが出来ない魔女さんもそれは同じだ。

「ナナ……私に考えがあるの……」

 熱風に吹かれて髪が靡(なび)いているルルが声を上げると、ナナはコクコクと頷いた。
 その頷きは「それにしよう」なのか「それで?」なのかは、姉妹の絆だから分かったこと。
 幾度となく二人で辛いことを越えてきたのだ。これくらいの意思疎通など朝飯前。

「じゃあ行くよ」

 ルルが合図を出すと、ナナは思い切り唇を噛み締めた。
 その途端に、姉妹の作った炎の球は雷の光で完全に覆われ、さらに二倍程の大きさにまで膨れ上がった。

「まさか……魔法陣を追加したって言うの……?」

 魔女さんは目隠し越しに大きくなった炎の球を見上げると、喉仏を深く上下させた。
 魔女さんの言う通り、姉妹は魔法陣をひとつずつ追加したのだ。
 ルルは新たに雷の魔法を唱え、頭の中には炎の魔法陣がひとつと雷の魔法陣がふたつある。
 一方のナナは補助魔法をひとつ追加して、頭の中には計四つの魔法陣がある。自分では許容出来ないくらいに体力が消耗され、ナナは目蓋をギュッと閉じて耐える。

「なんだと! この小娘ども普通の人間ではないだろう! 魔女の子供か!」

 うるさく大きなドラゴンの声が響くが、姉妹にそれを気にする余裕など無い。
 段々とドラゴンの炎を押し返し、遂にドラゴンの目と鼻の先にまで姉妹の作り上げた炎の球が迫った。

 いける――!

 姉妹が心の中でそう叫ぶと、残った全ての力を振り絞って炎の球を突き飛ばす。

「おりゃぁぁああああ!!!」「えぇぇぇぇい……!」

 最後の力を振り絞った掛け声と共に、炎の球がどんどんと遠くなって行く。

「な……な……なんだとぉぉぉぉおおおお」

 ドラゴンの口から無念の叫び声が響いたと同時、重かった炎の球が軽くなり、勢いよくドラゴンの顔と上半身を包み込んだ。バチバチと雷の音を立てた炎は体を包み込み、数秒もすると焼け焦げたドラゴンを残して炎は消えて行った。
 するとドラゴンは体から灰色の光を発光しながらどんどんと小さくなり、姉妹たちの二十メートル程先に黒い何かが落ちた。
 辺りに静寂が訪れ、心地よい風の音だけが耳を撫でた。

「やったぁ……」

 ルルの耳にその声が届くと、隣に居たはずのナナがバタリと崩れ落ちた。

「ナナ!!」

 地面にうつ伏せになったナナを、ルルが急いで抱き寄せる。ひっくり返して仰向けにさせると、ナナの目は細く開いていた。

「ナナ! 大丈夫!? 生きてる!?」

 肩を揺すぶりながら声を掛けると、ナナは小さく頷いた。

「生きてるよ……死んだら喋れないよ……」

「確かに! じゃあ生きてるね!」

 ナナは「あはは」と笑いながら魔女さんの居る方に視線を向けると、細くしか開いていなかった目が大きく見開かれる。その表情を見たルルも、反射的に魔女さんへと視線を向けた。

 ――そこにあった光景を見て、姉妹は言葉を失った。

 魔女さんの手足に付いていた拘束具が灰色の光を浮かべながら消え去ると、魔女さんはゆっくりと腰を上げた。それだけでも喜ばしいことだが、驚くべきはここからだった。
 魔女さんは手を震わせながら、目に掛かっていた目隠しをゆっくりと外す。
 初めて見た魔女さんの目元はとても美しかった。『美女』という言葉がよく似合う顔。大きな瞳は、綺麗なエメラルド色をしていた。

「目が……見える……」

 驚いた表情を浮かべる魔女さんは、辺りの様子をじっくりと見回した後、ルルとナナに視線を向けた。
 魔女さんの足がゆっくりと近づいて来る。それに気が付いて、ナナは無理やり体を起こした。

 まだ、三人とも言葉は出ない。

 姉妹のすぐ側に腰を下ろした魔女さんは、二人の頭に手を伸ばそうとして、ためらった。だがその手を片方ずつ、姉妹が両手で握る。

「魔女さん魔女さん! 目が見えるの!?」「ナナの顔見える……?」

 その声が鼓膜から脳へと響き渡ると、魔女さんの瞳からは大粒の涙が溢れ出した。

「えぇ、見えるわ。とっても、とってもよく見える」

 魔女さんはそう言って、ルルとナナを力強く抱きしめる。ちょっとだけ苦しいが、姉妹はこれでもかと思い切り抱きつき返した。

「本当に魔女さんの目が治った!」「恩返し……出来ちゃった……」

 姉妹はさっきまでの疲れなど忘れ、喜びと嬉しさではしゃぎ立てている。
 魔女さんはルルとナナから頭を離し、二人の顔をじっくりと眺め始めた。

「あなたたち本当に似てるのね。でも、ルルはやんちゃそうな顔をしていて、ナナは大人しそう」

 未だに涙を流し続ける魔女さんは、嬉しそうに微笑んだ。

「えー! なにそれ! 悪口だ!」

「ナナは大人しそうでも良いけど……」

 文句を垂れるルルとどこか納得しているナナ。そんな二人の頭をもう一度優しく撫で、目を細める。

「ルル、ナナ、食べちゃいたいくらいにとっても可愛いわよ。愛しているわ」

 魔女さんが目を細めながら言うと、それと全く同じ表情を浮かべていた姉妹の足からストンと力が抜けた。それをギリギリのところで抱き抱えた魔女さんは、クスリと小さく笑った。

「あらあら、気を失うのも同時なのね。どこまでも仲の良い姉妹だこと」

 気を失った姉妹の表情は、今も魔女さんと同じものだった。

 ======

 様々な破片が落ちているコンクリートを歩いて行くと、それは見えた。

「おい、クソジジイ」

 そう声を掛けると、魔法使いさんは虫の鳴くような唸り声を上げた。
 顔を見下ろすようにして魔法使いさんの側にしゃがみ込むと、ゆっくりとその顔がこちらを向く。

「た……助けて……くれ……」

「いやだ」

 今すぐにでも死んでしまいそうな声を一蹴すると、ゾンビのような唸り声が返された。

「ワシ……このまま……死ぬのか……?」

「いや、死ねねえな。私から魔力を全部奪ったんだ。それで人間の器が無くなれば、お前は立派な亡霊になれる」

「ぼう……れい……」

「そうだ。ずっと孤独で、死ねなくて、泣いても誰も気付いてくれない――っていうのをから聞いたな」

 嘲笑気味に言葉を放つと、魔法使いさんの指がゆっくりと動き、地面を引っ掻いた。

「いやだ……もう孤独は嫌だ……助けてくれ……」

 恐怖に震えた声に、思わず舌打ちをしてしまった。

「てめぇ、私が助けてって行っても助けてくれなかったろ。これでおあいこだ」

「あやまる……あやまる……から、助けて……」

「てめぇには自業自得って言葉をプレゼントしてやるよ。亡霊になったらプレゼントの中身をゆっくりと楽しみな」

 そう言って立ち上がり、気を失って地面の上で仰向けになるルルとナナの方へと足を向ける。

「あ、そうだ」

 あることを思い出してその場で足を止め、焼け焦げた魔法使いさんへと振り返る。

「ルルとナナはな、魔女に育てられた人間の私に育てられただけの普通の人間だ。魔女の子供じゃねぇ」

 そう言葉を終えると、魔法使いさんの肉体が灰色の光を放ちながら消えて行き、そこには何も無くなった。

「さて、ルルとナナを抱えながら帰らなくちゃね」

 今、私の表情は幸せという感情で歪んでいるだろう。それが何だか恥ずかしく思い、伸びをしながら空を仰ぐ。

 久しぶりに見た青空は、私には綺麗過ぎた。
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