仮面の王子と優雅な従者

emanon

文字の大きさ
19 / 89
第1章

王子と侵入者達

しおりを挟む



「シャルワール、今から僕の言う通りにしてもらえる?」
「兄上?」
 交戦しようと構えるシャルワールは帯剣ベルトの剣に手を伸ばし──その腕にそっと触れて、アルフォルトは小声で囁いた。    
「あの人達が接触して来たら、僕が時間を稼ぐからその間に遠回りしてうまやまで走って」
 剣から手を離さないままのシャルワールは理解できないといった顔で見つめ返して来る。
「そうしたら馬で城へ向かって、衛兵でも誰でもいいから連れてきて」
「なっ······兄上を置いて行けるか!俺が応戦するから兄上が城へ向かうべきだ!!」
 頑なな態度のシャルワールに、アルフォルトは苦笑いする。
 剣の稽古を欠かさずしていると聞いたから戦うつもりなのだろう。身体を鍛えているのもわかるし、シャルワールは剣術大会で何度も優勝した実績もある。でもそれは、あくまで模擬戦闘としての強さだ。
 おそらく、実戦経験はない。
 まだ遠くに見える侵入者達は、目視できるのは三人だが、実際はあと数人いると考えた方が良い。
 多勢に無勢だ。今戦闘を仕掛けるには、こちらが圧倒的に不利だと言える。
(さて、どうやって説得したものか)
「······僕が行った方がいいのはわかるんだけど」
 シャルワールが断れないような理由を考える。自ずと考え付くのは──。
「怖くて足がすくんで動けないんだ」
 仮面越しに困った顔で、シャルワールを見つめた。そのまま縋るように、弟の両腕を掴む。
「······それに、僕は走るのが遅いから追いつかれちゃう。落馬するかもしれないし」
「しかし!兄上が一人で戦えるとは思えない!!」
 シャルワールは納得できないようで、頭を左右に振る。
「大丈夫、戦わないかわりに話してみるよ。あの人達も戦う意思が無ければ無闇に剣は抜かないと思うから」
 実際の所、そんな確証はないのだが物は言いようだ。どうにかしてシャルワールが納得してくれないと、このままではさらに不利な状況になる。
 悩み始めたシャルワールに、あとひと押しだな、とアルフォルトは確信した。
「シャルルの馬術じゃないと間に合わないかもしれないから······行って!」
 弟の背中をドン、と押す。躊躇いがちに数歩、歩いたあとシャルワールは、意を決して走りだした。
「すぐ······必ず戻るから無事でいてくれ!」
 予想通りの瞬足で、シャルワールは駆けてゆく。
 シャルワールの姿が小さくなるのを見届け、アルフォルトは安堵した。
 それから、急いで仮面とカツラを外して近くの茂みに放り投げ、フードを目深に被り直した。
 仮面をつけたままだと、王子だとバレる可能性がある。それだけはどうしても避けたい。
(さて。この後は──)

「おや、お仲間に置いていかれたのか?」
 侵入者達が、アルフォルトの前に立ち塞がった。
「可哀想になぁ」
 下品に笑う男達を、目深に被ったフードの下から観察する。
 目の前には男が三人。それぞれ薄汚れた格好で体格の良い一人は帯剣しているが、残りの二人は武器らしいものは身につけておらず、体型からも非戦闘員だとわかる。
「ど、どちら様ですか?」
 怯えた声でアルフォルトが言うと、帯剣した男が威圧的な顔で腕を組んだ。
「俺らはここの管理人だ」
(嘘つけ。こんな野蛮なやつら王家が雇う訳が無い)
 アルフォルトはつい半目で見返しそうになるのを堪えた。
「なぁ、ボウズ。ここは王族の私有地だから勝手に入っちゃあいけないんだよ」
(僕がその王族ですけどね)
 勿論そんな事を言う為に残った訳では無いので、わざと肩を震わせて怯えたように装う。
「し、知らなかったんです。ごめんなさい」
「謝って済むと思うなんて、とんだ甘ちゃんだな。あっちでちょっと話そうか?」
 非戦闘員の大柄な一人が、逃げられないようにアルフォルトの肩に手を回す。
 いかにも非力そうなアルフォルトなら逃げられないと思ったのか、特に拘束はされなかったのが幸いだ。 
 そのままヴィラの方へ連れていかれる。男の体臭なのか、鼻を突く臭いにアルフォルトは顔を歪めた。
 ヴィラの裏口に到着すると、鍵が開いているようで、ドアが開きっぱなしになっていた。
 入口のすぐ脇の部屋に連れ込まれたが、廊下の奥、他の部屋から怒鳴り声に混じって子供の声が聞こえる。
(······あぁ、そういう事か)
 状況を理解したアルフォルトは、男に聞こえないようにため息を吐いた。それから。
「すみません、あの······どうしたら許して貰えますか?」
 窺うように視線を上げると、弾みでフードが落ち、アルフォルトの顔が露になる。
 こういう時、自分の顔は嫌でも役に立つ。
 本来なら絶対に人前で顔を出したくないのだが、背に腹はかえられない。状況を打開する為に使えるものは何でも使う。
 自分に商品価値がある、と思わせれば無闇に斬りかかってくる事はないはずた。
 フードの中から現れた黒髪の美少年に、男達が息を呑むのがわかった。
「そうだなぁ」
 アルフォルトの肩を抑えていた男が下品に品定めしてくる。目つきがいやらしく、呼吸が荒くなっているのがわかり、アルフォルトは吐き気を堪えた。
(あと少し我慢······)
 身体が震えないように力を入れる。しかし、肩に触れる指が気持ち悪く、アルフォルトが思わず身を捩ると、男はニタニタと嫌な笑みを浮かべた。
「後で来る奴隷商へさっさと売りとばそうと思ったが······その前にしとかないとなぁ?」
「お前本当に好きだな。程々にしておけよ?前みたく売り物にならなくされちゃ困る」
 武装した男が肩を竦めると、アルフォルトと大柄な男を残して部屋から出ていいく。
 ドアが締まると、男はアルフォルトの腕を強引に引っ張る。そのままバランスを崩したアルフォルトを床へ組み敷いた。
「お前みてぇな顔のガキをペットに欲しがる金持ちは沢山いるんだ」
 大柄な男は荒い呼吸のままアルフォルトの外套に手を掛けて襟の留め金を引きちぎった。
「ご主人様に粗相しないよう、俺がちゃんと仕込んでやるよ」
 アルフォルトのシャツを力任せに引っ張り、ボタンが飛ぶ。破れたシャツの間から胸の飾りが見え、男の手が伸びてくる。
肌に触れる湿った指先が気持ち悪く、アルフォルトは吐き気を堪えて身を捩った。
 恐怖で身体が震える。
 呼吸が浅くなり、視界が歪む。
「やめろっ······」
「そうだ、もっと抵抗して楽しませてくれよ」
 ニタニタと嫌らしく笑う男は、アルフォルトのズボンへと手を伸ばし──しかし、そのまま床へと崩れ落ちた。
「ッはぁ、はぁ······」
 詰めていた息を吐き出すと、目を瞑った。
 痙攣しながら白目を向いて倒れた男の首に、細い針が突き立てられている。
「本当、嫌になる······」
 震える身体を叱咤し、吐き気を堪えて立ち上がったアルフォルトは、足で男を転がした。
 男の首に刺した針を慎重に抜き、針先を男の服で拭う。針の先にはアルフォルトが調合した神経毒が塗られている。身体の痺れと筋肉の麻痺、場合によっては呼吸困難になるそれは、アルフォルトが護身用に持ち歩いているものだ。
 男は当分起き上がれないか、運が悪ければ死ぬだろう。
 男が触れた所が気持ち悪い。アルフォルトは身震いすると、ドアに耳を当て外の様子を窺った。
「······近くに人はいなさそうだな」
 アルフォルトが今いるヴィラの裏手の部屋は物置になっている。窓は無く、中から鍵が掛けられるドアは中開きになっているため、この部屋に籠城しようと思えば出来ないことも無い。
 ここで助けを待つ事も可能だが──。  
「待つのはしょうに合わない」  
 ドアをそっと開け、アルフォルトは部屋を出た。

    
  
    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。 傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。 そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。 不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。 甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。

【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。

竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。 自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。 番外編はおまけです。 特に番外編2はある意味蛇足です。

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

処理中です...