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第1章
王子と侵入者達
しおりを挟む「シャルワール、今から僕の言う通りにしてもらえる?」
「兄上?」
交戦しようと構えるシャルワールは帯剣ベルトの剣に手を伸ばし──その腕にそっと触れて、アルフォルトは小声で囁いた。
「あの人達が接触して来たら、僕が時間を稼ぐからその間に遠回りして厩まで走って」
剣から手を離さないままのシャルワールは理解できないといった顔で見つめ返して来る。
「そうしたら馬で城へ向かって、衛兵でも誰でもいいから連れてきて」
「なっ······兄上を置いて行けるか!俺が応戦するから兄上が城へ向かうべきだ!!」
頑なな態度のシャルワールに、アルフォルトは苦笑いする。
剣の稽古を欠かさずしていると聞いたから戦うつもりなのだろう。身体を鍛えているのもわかるし、シャルワールは剣術大会で何度も優勝した実績もある。でもそれは、あくまで型にはまった模擬戦闘としての強さだ。
おそらく、実戦経験はない。
まだ遠くに見える侵入者達は、目視できるのは三人だが、実際はあと数人いると考えた方が良い。
多勢に無勢だ。今戦闘を仕掛けるには、こちらが圧倒的に不利だと言える。
(さて、どうやって説得したものか)
「······僕が行った方がいいのはわかるんだけど」
シャルワールが断れないような理由を考える。自ずと考え付くのは──。
「怖くて足がすくんで動けないんだ」
仮面越しに困った顔で、シャルワールを見つめた。そのまま縋るように、弟の両腕を掴む。
「······それに、僕は走るのが遅いから追いつかれちゃう。落馬するかもしれないし」
「しかし!兄上が一人で戦えるとは思えない!!」
シャルワールは納得できないようで、頭を左右に振る。
「大丈夫、戦わないかわりに話してみるよ。あの人達も戦う意思が無ければ無闇に剣は抜かないと思うから」
実際の所、そんな確証はないのだが物は言いようだ。どうにかしてシャルワールが納得してくれないと、このままではさらに不利な状況になる。
悩み始めたシャルワールに、あとひと押しだな、とアルフォルトは確信した。
「シャルルの馬術じゃないと間に合わないかもしれないから······行って!」
弟の背中をドン、と押す。躊躇いがちに数歩、歩いたあとシャルワールは、意を決して走りだした。
「すぐ······必ず戻るから無事でいてくれ!」
予想通りの瞬足で、シャルワールは駆けてゆく。
シャルワールの姿が小さくなるのを見届け、アルフォルトは安堵した。
それから、急いで仮面とカツラを外して近くの茂みに放り投げ、フードを目深に被り直した。
仮面をつけたままだと、王子だとバレる可能性がある。それだけはどうしても避けたい。
(さて。この後は──)
「おや、お仲間に置いていかれたのか?」
侵入者達が、アルフォルトの前に立ち塞がった。
「可哀想になぁ」
下品に笑う男達を、目深に被ったフードの下から観察する。
目の前には男が三人。それぞれ薄汚れた格好で体格の良い一人は帯剣しているが、残りの二人は武器らしいものは身につけておらず、体型からも非戦闘員だとわかる。
「ど、どちら様ですか?」
怯えた声でアルフォルトが言うと、帯剣した男が威圧的な顔で腕を組んだ。
「俺らはここの管理人だ」
(嘘つけ。こんな野蛮なやつら王家が雇う訳が無い)
アルフォルトはつい半目で見返しそうになるのを堪えた。
「なぁ、ボウズ。ここは王族の私有地だから勝手に入っちゃあいけないんだよ」
(僕がその王族ですけどね)
勿論そんな事を言う為に残った訳では無いので、わざと肩を震わせて怯えたように装う。
「し、知らなかったんです。ごめんなさい」
「謝って済むと思うなんて、とんだ甘ちゃんだな。あっちでちょっと話そうか?」
非戦闘員の大柄な一人が、逃げられないようにアルフォルトの肩に手を回す。
いかにも非力そうなアルフォルトなら逃げられないと思ったのか、特に拘束はされなかったのが幸いだ。
そのままヴィラの方へ連れていかれる。男の体臭なのか、鼻を突く臭いにアルフォルトは顔を歪めた。
ヴィラの裏口に到着すると、鍵が開いているようで、ドアが開きっぱなしになっていた。
入口のすぐ脇の部屋に連れ込まれたが、廊下の奥、他の部屋から怒鳴り声に混じって子供の声が聞こえる。
(······あぁ、そういう事か)
状況を理解したアルフォルトは、男に聞こえないようにため息を吐いた。それから。
「すみません、あの······どうしたら許して貰えますか?」
窺うように視線を上げると、弾みでフードが落ち、アルフォルトの顔が露になる。
こういう時、自分の顔は嫌でも役に立つ。
本来なら絶対に人前で顔を出したくないのだが、背に腹はかえられない。状況を打開する為に使えるものは何でも使う。
自分に商品価値がある、と思わせれば無闇に斬りかかってくる事はないはずた。
フードの中から現れた黒髪の美少年に、男達が息を呑むのがわかった。
「そうだなぁ」
アルフォルトの肩を抑えていた男が下品に品定めしてくる。目つきがいやらしく、呼吸が荒くなっているのがわかり、アルフォルトは吐き気を堪えた。
(あと少し我慢······)
身体が震えないように力を入れる。しかし、肩に触れる指が気持ち悪く、アルフォルトが思わず身を捩ると、男はニタニタと嫌な笑みを浮かべた。
「後で来る奴隷商へさっさと売りとばそうと思ったが······その前に躾しとかないとなぁ?」
「お前本当に好きだな。程々にしておけよ?前みたく売り物にならなくされちゃ困る」
武装した男が肩を竦めると、アルフォルトと大柄な男を残して部屋から出ていいく。
ドアが締まると、男はアルフォルトの腕を強引に引っ張る。そのままバランスを崩したアルフォルトを床へ組み敷いた。
「お前みてぇな顔のガキをペットに欲しがる金持ちは沢山いるんだ」
大柄な男は荒い呼吸のままアルフォルトの外套に手を掛けて襟の留め金を引きちぎった。
「ご主人様に粗相しないよう、俺がちゃんと仕込んでやるよ」
アルフォルトのシャツを力任せに引っ張り、ボタンが飛ぶ。破れたシャツの間から胸の飾りが見え、男の手が伸びてくる。
肌に触れる湿った指先が気持ち悪く、アルフォルトは吐き気を堪えて身を捩った。
恐怖で身体が震える。
呼吸が浅くなり、視界が歪む。
「やめろっ······」
「そうだ、もっと抵抗して楽しませてくれよ」
ニタニタと嫌らしく笑う男は、アルフォルトのズボンへと手を伸ばし──しかし、そのまま床へと崩れ落ちた。
「ッはぁ、はぁ······」
詰めていた息を吐き出すと、目を瞑った。
痙攣しながら白目を向いて倒れた男の首に、細い針が突き立てられている。
「本当、嫌になる······」
震える身体を叱咤し、吐き気を堪えて立ち上がったアルフォルトは、足で男を転がした。
男の首に刺した針を慎重に抜き、針先を男の服で拭う。針の先にはアルフォルトが調合した神経毒が塗られている。身体の痺れと筋肉の麻痺、場合によっては呼吸困難になるそれは、アルフォルトが護身用に持ち歩いているものだ。
男は当分起き上がれないか、運が悪ければ死ぬだろう。
男が触れた所が気持ち悪い。アルフォルトは身震いすると、ドアに耳を当て外の様子を窺った。
「······近くに人はいなさそうだな」
アルフォルトが今いるヴィラの裏手の部屋は物置になっている。窓は無く、中から鍵が掛けられるドアは中開きになっているため、この部屋に籠城しようと思えば出来ないことも無い。
ここで助けを待つ事も可能だが──。
「待つのは性に合わない」
ドアをそっと開け、アルフォルトは部屋を出た。
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