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第1章
従者の後悔と王子の暗躍
しおりを挟む遠乗りの話を聞いて以来、アルフォルトとは碌に口を聞いていなかった。
快く、とは言わずとも楽しんでおいで、と送り出してあげるべきだったが、ライノアには出来なかった。
それどころか、立場を考えろなどと尤もらしい言葉で説き伏せようとしてしまった。自分の方が立場を考えて発言しろ、とライノアは自己嫌悪に陥る。
良き従者なら笑顔で送り出して、二人の後ろを気付かれずに護衛するべきだった。
それなのに、ライノアの口を出た言葉はアルフォルトを否定するもので、自分の心の狭さに頭を抱えたくなる。
(気まずくてアルフォルトを避けるなんて、自分は子供か······)
長い付き合いだ、喧嘩をした事はこれまで何度もある。今回はライノアが一方的に悪いと言ってもいい。それなのに、無駄なプライドが邪魔をして、素直に謝れずにいる。
朝起こす時と、就寝の挨拶はしている。喧嘩をしていても、それだけは欠かさないのが二人の暗黙のルールだ。
しかし、それ以外はなるべく顔を合わせないように、仕事に没頭した。仕事は山のようにある。宰相に仕事を増やして欲しいと相談すると、嬉々としてライノアに仕事を押し付けた。その間、楽しそうに遠乗りの件の嫌味を言われ続けたライノアは、ある意味限界を迎えていた。
「アルフォルト不足だ······」
アルフォルトの書庫で、本の整頓をしていたライノアは深く溜息を吐いた。
思わず声に出していたらしく派手な音を立てて、メリアンヌは手に持っていた本を落とした。それから珍妙な生き物を見つめる目でライノアを凝視する。
「······何か?」
「いいえ、別に」
落ちた本を拾い上げ、メリアンヌに手渡す。ぎこちない動きで受け取ったメリアンは少しの間の後「早く仲直りしなさいな」と呆れた声で言った。
次の日の朝、意を決してアルフォルトに謝ろうと寝室のドアを開けると、アルフォルトの姿は無かった。
メリアンヌの話では、城の管轄内の湖に早朝の二時間だけという約束で宰相の許可を得て、遠乗りに出たと言う。
自分に何も言わずに出てしまったアルフォルトに少し憤りを感じたが、話たらまた止められると思って何も言わなかったのだろう。
そう思わせてしまったのは自分なので、ライノアは反省し、アルフォルトが帰って来るのを大人しく待つ事にした。
帰ってきたら言い過ぎた事を謝ろう、と宰相のお小言を聞きながら仕事をしていると──衛兵が宰相の執務室に駆け込んで来た。
「何事ですか」
オズワルドが手元の書類から顔を上げ、衛兵の報告を促した。
「申し上げます。城の西側の森に、不審な人影と馬車が出入りしていると、巡回の兵士から報告がありました。背後から襲われ、巡回していた兵士が一人負傷したとの事」
「西の森?」
オズワルドが勢いよく立ち上がる。
慌てる宰相が珍しく、ライノアが驚いていると、宰相は苦虫を噛み潰したような表情で報告に来た衛兵に指示を出していた。
「すぐに衛兵を向かわせなさい」
「何かあるのですか?」
状況が飲み込めないライノアの問いに、オズワルドは答えた。
「西の森は今、アルフォルト様とシャルワール様が遠乗りに出ているのですよ」
宰相の言葉を聞き終わらない内に、ライノアは執務室を飛び出した。
♢♢♢
廊下は無人だった。
アルフォルトは足音を立てないように先程声がした方──廊下の奥へ向かう。
ヴィラの間取りは覚えている。小さい頃、シャルワールと、冒険という名の散策をしていたのを思い出す。裏手側はいわゆるバックヤードで従業員用の部屋や作業部屋が続く。
同じデザインの扉が等間隔に並ぶ廊下の突き当たりに、先程の武装した男が立っていた。目ざとくアルフォルトを見つけて、腰の剣に手をかけると警戒しながら近づいてくる。
アルフォルトは破れたシャツの前を掻き合わせ、怯えて見せた。
「······お前、なんでここにいる?」
いかにもな格好で現れたアルフォルトに、男は訝しむ表情を浮かべた。アルフォルトはビクリ、と肩を震わせる。
「残念ながら出口はこっちじゃねぇぞ」
狼狽えるアルフォルトに、武装した男は嫌な笑みを浮かべた。 逃げ道を間違えたと思ったのだろう。
「どうやってアイツから逃げて来たんだ?」
怯えるアルフォルトの手をつかむと、男は上着から荒縄を出して両手を縛ってくる。
「き、急に倒れて······」
震える声でアルフォルトが答えると、男は「またか。酒の飲みすぎだっての」と悪態をついた。
どうやら、先程の男は定期的に意識を飛ばす事があるようで、先程怪しまれずに済んだ事にホッとする。
「ったく、面倒かけやがって」
アルフォルトの腕を強い力で引っ張ると、大きな両開きのドアがある部屋へと押し込んだ。
記憶の中の大広間は、シンプルな家具と調度品で統一された落ち着いた雰囲気の部屋だったが、今では家具の類いはなく、カーテンが閉ざされた薄暗い部屋になっていた。
入口には男が二人、見張りをしている。どちらも武器は持っているが、戦闘要員ではなさそうだった。気だるそうに雑談している。
「大人しくしてろよ」
男は吐き捨てると、部屋から出て行った。
アルフォルトは部屋の中を見渡す。部屋の隅にはアルフォルトと同じように手や足を縛られた子供が五人、床に力無く座り込んでいる。
貧民街の子から金持ちの子供まで身なりは様々だが、いずれの子もみんな虚ろな目をしていた。
その中でも一際怯えた顔をした、栗色の髪の少年の隣にアルフォルトは座った。
年齢的にはアルフォルトよりも4、5歳下だろうか。あどけない顔は整っていて、目は泣き腫らした痕がある。着ている上等な衣服は乱れ、何をされたのか容易に想像できた。おそらくアルフォルトに襲いかかった男の仕業だろう。
「身体が辛かったら、少し横になった方がいいよ」
見張りに声が聞こえないように、小さな声でアルフォルトは話しかけた。少年はビクリ、と肩を震わせたが、アルフォルトが自分と似たような格好なのを見て目を潤ませた。
素直に横になる少年に「僕の膝に頭を乗せて」と膝を貸す。震える少年の頭を、縛られた手で撫でると、頭を乗せた太腿に涙の濡れた感触がした。
乱暴されたのはこの子だけのようだが、他の子供達も殴られた痕があったり、碌に食事を与えられていないのか、皆ぐったりとしている。
(──いつからだ?母様が亡くなってからあまり使わなくなったとはいえ、ヴィラの管理人が定期的に訪れるはず。それに、室内があまり荒れていない)
定期的に巡回の兵士が見回っているはずだが、今まで侵入者の報告も上がっていない。
賊の様子から、ここを使うのは初めてではないのが窺える。
(ずっと、ここを根城に人身売買をしてたんだ······城の敷地内なら、ある意味摘発されにくい)
彼等をここに手引きしたのはおそらくヴィラの管理人だろう。殺して鍵を奪った、と初めは考えたが、窓ガラスが割られた形跡はないし、そもそも一週間程前に登城した履歴に管理人の名前があった。
(穏便に、と思ったんだけど······)
アルフォルトは、膝で涙を流し続ける少年をみつめる。
「怖かったよね······早く助けてあげられなくてごめん」
アルフォルトの呟きに、少年は涙に濡れた虚ろな目を向けるが、その目を縛られたままの手で覆う。
「ちょっと待っててね。僕がいいよって言うまで目を閉じていて──そうしたら、きっと全部終わるから」
少年が微かに頷く。アルフォルトは微笑むと、近くに落ちていたクッションを少年の頭の下に敷き、立ち上がった。
入口で見張りをしている二人の男が、アルフォルトの様子に気づいて訝しむ。
「おい、勝手に動くんじゃねぇ」
一人がナイフを突きつけて威圧してくる。
アルフォルトは、縛られたままの両手で指を組んで──ナイフを持つ男の顔を、縛られた両手で殴り飛ばした。
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