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翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される
4.広がる翼
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「この庭にはたしか、迷路があっただろう? あれはすごく楽しかった」
「ええ、今もございます。殿下は大層お気に召されて、何度も出入りなさってましたね」
「うん。最初は迷って出られなくて……助けてもらった」
くすりと笑う声が聞こえる。
初めてこの屋敷を訪れた時、僕はまだ六歳だった。年の近い兄たちと共にやってきたものの、座ってお茶を飲んだり話したりは退屈で仕方がない。美しい庭を早く走り回りたくて仕方がなかった。
話に夢中になっている人々から離れ、一人で小道を進むと、刈り込まれた生け垣で作られた迷路を見つけたのだ。王宮の庭園にも王子や王女を楽しませるために作られた迷路がある。僕はその迷路が好きで王太子の兄と共に何度も走り回っていた。
喜んで中に入れば、すぐに折れ曲がった道が続く。走っては行き止まりになり、戻るとまた新たな道がある。夢中になって走り続けているうちに手足は疲れ、汗びっしょりになった。出口にはたどりつけず、延々と緑の壁が続く。ふと、このまま出られなくなったらどうしようと不安になった。見上げれば空ばかりで周りには誰もいない。悲しくなって座り込んでいると、軽い足音が聞こえた。
『ミシュー殿下!』
顔を上げたら宵闇色の瞳が自分を見ていた。うわあんと泣き出した僕を抱きしめて、伯爵令息はよしよしと頭を撫でてくれた。兄のように広い腕の中で、幼い僕はひとしきり泣き通した。
「い、今思い出すと、すごく恥ずかしいな……」
「幼い殿下は大層可愛らしかったですよ」
エドマンドの声はひどく優しい。顔を上げると、あの頃と変わらない美しい瞳が自分を見ていた。何だかそわそわと落ち着かず、迷路が今もあると聞いて見に行きたくなる。
「あの、迷路が見たいんだけど……」
「散策はお体に障りませんか?」
「……少しなら大丈夫」
僕はエドマンドに案内されて庭を歩いた。幼い頃の思い出がところどころ蘇る。ちょうど緑の壁になっている迷路が小道の先に見えてきた。今の僕なら頭一つ分、生け垣よりも背が高い。
「懐かしいな……」
思わずベールをずらしてよく見ようとした時だった。ざっと風が大きく吹いてベールが舞い上がった。よろけた体を、すぐにエドマンドが支えてくれた。たくましい腕の中に抱き込まれて、ほっと息をつく。
「ミシュー……」
押し殺したような声が頭の上から聞こえる。顔を上げると自分を見る瞳と目が合った。切なげな宵闇色の瞳に飲み込まれそうになった時、翼がびくびくと震えた。
「あっ!」
これだ、と思った。王宮で会った時と同じだ。でも、あの時よりずっと体の震えが大きい。
全身がわなないたかと思うと背中の翼が見る間に膨れ上がり、着ていた服がびりびりと裂けた。左右に大きく広がった翼は、ばさばさと音を立ててはためく。
「翼……」
呆然と呟くエドマンドに、僕はどうしていいかわからなかった。翼を見られてしまった。しかも、こんなにも大きくなった姿を。
化け物と罵られる声が聞こえるようで、恐ろしくて身動き一つできない。
(もうダメだ……)
引きちぎれて端切れとなった服をわずかに身に着けたまま、僕は涙をこぼした。うつむいたまま震えていると、小さな呟きが聞こえる。
――どうか、お許しを。
この場にはあまりに不釣り合いで、思わず顔を上げた。宵闇色の瞳が愛おしむように僕を見る。エドマンドは自分が着ていた上着を脱いで僕の体にかけた。そして、僕を横抱きにしたかと思うと屋敷の自室まで抱えて走り、すぐさま家令を呼んだ。
「私の部屋には誰も近づけるな。殿下のお体が回復されるまで、屋敷でお預かりすると王宮に伝えろ!」
その二つを、家令はすぐに了承した。
僕は大きな寝台の上でエドマンドの上着にくるまったまま震えていた。エドマンドがすぐ隣に来ても、なんとも思わなかった。自分に起きたことを受けとめるのに精一杯だったのだ。大きな手が僕の頭をそっと撫でると、不意に涙が込み上げてくる。まるで、庭園で迷った子どもの時みたいだ。
「ど、どうなるんだろう」
「殿下?」
「だって……こんな大きな翼なんか生えたら、もう人間じゃない。このまま、全身が鳥になってしまうかもしれない。一生元の姿には戻れないかも」
口に出したら本当にそうなりそうな気がした。あっという間に涙が溢れて敷布を濡らす。
「たとえ鳥にお姿が変わられても、私がお守りします」
とても優しい声に涙がぴたりと止まる。エドマンドは僕の頭から手を離して、指で涙を拭ってくれた。
「エ……ドマンドは驚かないのか? 気味が悪くない?」
「驚きはしましたが、気味が悪いとは思いません」
いつもの無表情とは違って、エドマンドは微笑んで優しい瞳を向けてくれた。ありがとうと声を絞り出すと、翼が勝手にふわりと広がる。
本当になんだっていうんだろう。僕の体の一部のはずなのに、この翼のことがさっぱりわからない。
僕は半身を起こし、ここ数日の出来事を全てエドマンドに話した。
「……目覚めたら翼が生えていて、どうしたらいいかわからなくて。……だから」
もう結婚なんかできないよ、そう言おうと思ったのに。エドマンドは、両手で僕の手を握りしめた。
「ええ、今もございます。殿下は大層お気に召されて、何度も出入りなさってましたね」
「うん。最初は迷って出られなくて……助けてもらった」
くすりと笑う声が聞こえる。
初めてこの屋敷を訪れた時、僕はまだ六歳だった。年の近い兄たちと共にやってきたものの、座ってお茶を飲んだり話したりは退屈で仕方がない。美しい庭を早く走り回りたくて仕方がなかった。
話に夢中になっている人々から離れ、一人で小道を進むと、刈り込まれた生け垣で作られた迷路を見つけたのだ。王宮の庭園にも王子や王女を楽しませるために作られた迷路がある。僕はその迷路が好きで王太子の兄と共に何度も走り回っていた。
喜んで中に入れば、すぐに折れ曲がった道が続く。走っては行き止まりになり、戻るとまた新たな道がある。夢中になって走り続けているうちに手足は疲れ、汗びっしょりになった。出口にはたどりつけず、延々と緑の壁が続く。ふと、このまま出られなくなったらどうしようと不安になった。見上げれば空ばかりで周りには誰もいない。悲しくなって座り込んでいると、軽い足音が聞こえた。
『ミシュー殿下!』
顔を上げたら宵闇色の瞳が自分を見ていた。うわあんと泣き出した僕を抱きしめて、伯爵令息はよしよしと頭を撫でてくれた。兄のように広い腕の中で、幼い僕はひとしきり泣き通した。
「い、今思い出すと、すごく恥ずかしいな……」
「幼い殿下は大層可愛らしかったですよ」
エドマンドの声はひどく優しい。顔を上げると、あの頃と変わらない美しい瞳が自分を見ていた。何だかそわそわと落ち着かず、迷路が今もあると聞いて見に行きたくなる。
「あの、迷路が見たいんだけど……」
「散策はお体に障りませんか?」
「……少しなら大丈夫」
僕はエドマンドに案内されて庭を歩いた。幼い頃の思い出がところどころ蘇る。ちょうど緑の壁になっている迷路が小道の先に見えてきた。今の僕なら頭一つ分、生け垣よりも背が高い。
「懐かしいな……」
思わずベールをずらしてよく見ようとした時だった。ざっと風が大きく吹いてベールが舞い上がった。よろけた体を、すぐにエドマンドが支えてくれた。たくましい腕の中に抱き込まれて、ほっと息をつく。
「ミシュー……」
押し殺したような声が頭の上から聞こえる。顔を上げると自分を見る瞳と目が合った。切なげな宵闇色の瞳に飲み込まれそうになった時、翼がびくびくと震えた。
「あっ!」
これだ、と思った。王宮で会った時と同じだ。でも、あの時よりずっと体の震えが大きい。
全身がわなないたかと思うと背中の翼が見る間に膨れ上がり、着ていた服がびりびりと裂けた。左右に大きく広がった翼は、ばさばさと音を立ててはためく。
「翼……」
呆然と呟くエドマンドに、僕はどうしていいかわからなかった。翼を見られてしまった。しかも、こんなにも大きくなった姿を。
化け物と罵られる声が聞こえるようで、恐ろしくて身動き一つできない。
(もうダメだ……)
引きちぎれて端切れとなった服をわずかに身に着けたまま、僕は涙をこぼした。うつむいたまま震えていると、小さな呟きが聞こえる。
――どうか、お許しを。
この場にはあまりに不釣り合いで、思わず顔を上げた。宵闇色の瞳が愛おしむように僕を見る。エドマンドは自分が着ていた上着を脱いで僕の体にかけた。そして、僕を横抱きにしたかと思うと屋敷の自室まで抱えて走り、すぐさま家令を呼んだ。
「私の部屋には誰も近づけるな。殿下のお体が回復されるまで、屋敷でお預かりすると王宮に伝えろ!」
その二つを、家令はすぐに了承した。
僕は大きな寝台の上でエドマンドの上着にくるまったまま震えていた。エドマンドがすぐ隣に来ても、なんとも思わなかった。自分に起きたことを受けとめるのに精一杯だったのだ。大きな手が僕の頭をそっと撫でると、不意に涙が込み上げてくる。まるで、庭園で迷った子どもの時みたいだ。
「ど、どうなるんだろう」
「殿下?」
「だって……こんな大きな翼なんか生えたら、もう人間じゃない。このまま、全身が鳥になってしまうかもしれない。一生元の姿には戻れないかも」
口に出したら本当にそうなりそうな気がした。あっという間に涙が溢れて敷布を濡らす。
「たとえ鳥にお姿が変わられても、私がお守りします」
とても優しい声に涙がぴたりと止まる。エドマンドは僕の頭から手を離して、指で涙を拭ってくれた。
「エ……ドマンドは驚かないのか? 気味が悪くない?」
「驚きはしましたが、気味が悪いとは思いません」
いつもの無表情とは違って、エドマンドは微笑んで優しい瞳を向けてくれた。ありがとうと声を絞り出すと、翼が勝手にふわりと広がる。
本当になんだっていうんだろう。僕の体の一部のはずなのに、この翼のことがさっぱりわからない。
僕は半身を起こし、ここ数日の出来事を全てエドマンドに話した。
「……目覚めたら翼が生えていて、どうしたらいいかわからなくて。……だから」
もう結婚なんかできないよ、そう言おうと思ったのに。エドマンドは、両手で僕の手を握りしめた。
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