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翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される
5.翼の謎
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「ご心配には及びません。殿下は来年十八、いよいよ成年におなりです。一年ほど早いですが、共に我が領地に参りましょう」
僕が十八になったら結婚式を挙げ、辺境伯の領地で暮らす。それが王家とロフォール伯爵家の約束だった。
「で、でも翼が……」
「大丈夫です、殿下。その背の翼は大層美しい。大神が地上に遣わすという御使いのようです。本当に……殿下にふさわしいお姿です」
エドマンドが眩しげに僕を見ると、翼がぱたぱたと小さく揺れる。まるで喜んでいるような動きだ。
「……おかしいよね。この翼、実は少しも僕の思うようにはならないんだ。今は、なんだかすごく嬉しそうだけど」
エドマンドは何も言わず、握った手に力をこめた。その手の温もりに安心して、僕はようやく肩の力を抜くことができた。
僕の翼の事はエドマンドから家令に伝えられ、家令は僕が不自由なく暮らせるよう、ただちに行動に移った。まずは服の用意だ。ペテルが一旦王宮に僕の服を取りに戻り、ロフォール伯爵家お抱えの職人たちに手渡す。職人たちは不眠不休でたくさんの服を手直しし、数日後には翼があっても楽に着脱できる服が届いた。風で飛んだ母のベールも使用人たちが探し出して手元に戻り、同じように薄手のベールが何枚もエドマンドから贈られた。
僕はエドマンドの自室の隣に部屋を与えられ、ひっそりと身を隠して過ごした。あと二週間ほどで領地に帰ると聞き、ペテルは屋敷の使用人たちと共に荷物の準備を始めた。このままでは本当にエドマンドについて行くことになりそうだと思う。
よく晴れた日の午後、僕はしっかりベールをかぶってエドマンドの部屋を出た。ずっと部屋にこもりきりなので、たまには陽の光を浴びて散歩しようと思ったのだ。
エドマンドの書斎の前を通りかかると、ふと足が止まった。扉が閉まり切っておらず、低い話し声が聞こえる。そっと覗いてみると、中にいるのはエドマンドと家令だった。
「……では、このまま黙ってお連れすると」
「無論だ」
「よろしいのですか?」
「ロフォール伯爵家の密事だ。殿下に申し上げるわけにはいかぬ」
ドクンと大きく胸が跳ねた。
――密事。
僕はすぐに書斎を離れて、音をたてぬように廊下を歩いた。さっき聞いた言葉がずっと耳から離れない。
(僕には言えないこと……)
庭に出てどんどん歩くと、エドマンドとお茶を飲んだ四阿があった。椅子に座り、風に吹かれる名残の薔薇を見ていたら、段々心が落ち着いてきた。
どの家にも秘密の一つや二つはある。生まれ育った王家などまして薄暗いことばかりだ。そんなことはよくわかっているのに、この寂しさはなんだろう。
エドマンドは幼い時からの婚約者だ。あまり表情が変わらないから不愛想に見えるけど、いい奴なんだぞと同い年の兄が僕に言ったことがある。僕は兄の言葉がよくわかった。エドマンドは約束を破ったことがない。ずっと手紙や贈り物を欠かさず、王都を離れてからは領地から会いに来てくれる。
(……エドマンドに信頼される人になりたい)
ふと、そんな気持ちが心をよぎる。年下の頼りない王子である自分が悲しかった。エドマンドは僕に翼がある姿を見ても、嫌ったり罵ったりしなかった。共に領地に帰って早く結婚しようとまで言ってくれたのだ。そんな心優しくおおらかな男である彼に、対等に認められる存在になれたらと思う。
いつの間にか日が暮れて、空がエドマンドの瞳と同じ宵闇色に変わる。空を見ながら初めて、心が締めつけられるような切なさを感じた。辺りはすっかり暗くなり、足元もよく見えない。屋敷の中に戻る気にはなれないが、夜風はどんどん冷たくなる。ふうとため息をつくと、背中の翼が細かく震えた。それはひどく落ち着かない動きだった。
(本当に不思議な翼……)
自分の手でそっと翼の先を撫でると、一瞬、震えが止まった。何度も撫でているうちに、安心したように震えが収まっていく。膝を抱えると、翼が自分の体をすっぽりと包み込んだ。まるで大きな体に抱きしめられているように暖かい。段々眠くなってきて、体を丸めたまま眠ってしまった。
僕が十八になったら結婚式を挙げ、辺境伯の領地で暮らす。それが王家とロフォール伯爵家の約束だった。
「で、でも翼が……」
「大丈夫です、殿下。その背の翼は大層美しい。大神が地上に遣わすという御使いのようです。本当に……殿下にふさわしいお姿です」
エドマンドが眩しげに僕を見ると、翼がぱたぱたと小さく揺れる。まるで喜んでいるような動きだ。
「……おかしいよね。この翼、実は少しも僕の思うようにはならないんだ。今は、なんだかすごく嬉しそうだけど」
エドマンドは何も言わず、握った手に力をこめた。その手の温もりに安心して、僕はようやく肩の力を抜くことができた。
僕の翼の事はエドマンドから家令に伝えられ、家令は僕が不自由なく暮らせるよう、ただちに行動に移った。まずは服の用意だ。ペテルが一旦王宮に僕の服を取りに戻り、ロフォール伯爵家お抱えの職人たちに手渡す。職人たちは不眠不休でたくさんの服を手直しし、数日後には翼があっても楽に着脱できる服が届いた。風で飛んだ母のベールも使用人たちが探し出して手元に戻り、同じように薄手のベールが何枚もエドマンドから贈られた。
僕はエドマンドの自室の隣に部屋を与えられ、ひっそりと身を隠して過ごした。あと二週間ほどで領地に帰ると聞き、ペテルは屋敷の使用人たちと共に荷物の準備を始めた。このままでは本当にエドマンドについて行くことになりそうだと思う。
よく晴れた日の午後、僕はしっかりベールをかぶってエドマンドの部屋を出た。ずっと部屋にこもりきりなので、たまには陽の光を浴びて散歩しようと思ったのだ。
エドマンドの書斎の前を通りかかると、ふと足が止まった。扉が閉まり切っておらず、低い話し声が聞こえる。そっと覗いてみると、中にいるのはエドマンドと家令だった。
「……では、このまま黙ってお連れすると」
「無論だ」
「よろしいのですか?」
「ロフォール伯爵家の密事だ。殿下に申し上げるわけにはいかぬ」
ドクンと大きく胸が跳ねた。
――密事。
僕はすぐに書斎を離れて、音をたてぬように廊下を歩いた。さっき聞いた言葉がずっと耳から離れない。
(僕には言えないこと……)
庭に出てどんどん歩くと、エドマンドとお茶を飲んだ四阿があった。椅子に座り、風に吹かれる名残の薔薇を見ていたら、段々心が落ち着いてきた。
どの家にも秘密の一つや二つはある。生まれ育った王家などまして薄暗いことばかりだ。そんなことはよくわかっているのに、この寂しさはなんだろう。
エドマンドは幼い時からの婚約者だ。あまり表情が変わらないから不愛想に見えるけど、いい奴なんだぞと同い年の兄が僕に言ったことがある。僕は兄の言葉がよくわかった。エドマンドは約束を破ったことがない。ずっと手紙や贈り物を欠かさず、王都を離れてからは領地から会いに来てくれる。
(……エドマンドに信頼される人になりたい)
ふと、そんな気持ちが心をよぎる。年下の頼りない王子である自分が悲しかった。エドマンドは僕に翼がある姿を見ても、嫌ったり罵ったりしなかった。共に領地に帰って早く結婚しようとまで言ってくれたのだ。そんな心優しくおおらかな男である彼に、対等に認められる存在になれたらと思う。
いつの間にか日が暮れて、空がエドマンドの瞳と同じ宵闇色に変わる。空を見ながら初めて、心が締めつけられるような切なさを感じた。辺りはすっかり暗くなり、足元もよく見えない。屋敷の中に戻る気にはなれないが、夜風はどんどん冷たくなる。ふうとため息をつくと、背中の翼が細かく震えた。それはひどく落ち着かない動きだった。
(本当に不思議な翼……)
自分の手でそっと翼の先を撫でると、一瞬、震えが止まった。何度も撫でているうちに、安心したように震えが収まっていく。膝を抱えると、翼が自分の体をすっぽりと包み込んだ。まるで大きな体に抱きしめられているように暖かい。段々眠くなってきて、体を丸めたまま眠ってしまった。
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