翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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翼が生えた王子は辺境伯令息に恋われる

3.王都屋敷へ

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「うわっ」
「ミシュー殿下! どうなさいました?」
「な、なんだ、これ」

 まるで心臓が高鳴るように、翼が勝手に震える。思わず自分で自分の体を抱きしめた。目を見開いたエドマンドが、僕の体を支えようと肩に触れた。すると、触れられたところから体中にぞくぞくと痺れが走っていく。

「……や、やだ。さわら……ないで」

 必死で声を出すと、エドマンドはぱっと手を離した。

 体の震えはひどくなるばかりで、部屋の隅に控えたペテルが僕の元に駆けつける。お引き取りを、とペテルの懇願する声が聞こえ、エドマンドが立ち上がった。ふらふらになった僕はペテルに支えられて、続き部屋の寝台に倒れ込んだ。自分に何が起きているのかもわからず、そのまま横になる。

(僕の体は……どうしたって言うんだ)

 ペテルは柔らかな上掛けをかけ、僕の体調を気遣ってくれる。動悸が治まる頃には疲れ切って眠りについていた。


 翌朝、怠さの抜けない僕にペテルが湯浴ゆあみを勧めた。ぼうっとしたままの頭でエドマンドはどうしたのかと聞けば、あれからすぐに王都にある辺境伯家の屋敷に戻ったと言う。

(苦しまぎれに言った体調不良が、真実になってしまった……)

 お湯が張られた浴槽に下半身を沈めると、少しずつ疲れが抜けていく。翼を湯につけるのはまずいだろうかと振り返った時、側に控えていたペテルが不安げに僕を見た。

「殿下、あの、もしかしたらですが」
「ん?」
「あの、翼が。少し」

 ――大きくなっているかもしれません。

 僕はすぐにざばっと浴槽から立ち上がり、湯を散らしながら部屋の中を走った。姿見の前に立って背中をよじってみれば、ペテルの言った通りだった。

「な、なんで……!」

 昨日よりも一回り、翼が大きくなっている。

 呆然と鏡に映った自分の背中を見つめた。ペテルが慌てて僕の体を拭き、大きめの服を探して着替えさせてくれる。このまま翼が大きくなったらと思うと恐怖ばかりが膨らんで、寝台に横たわって体を丸めた。何度も瞬きをしながら、エドマンドがやってきた時のことを思い出す。

(――あの時、どうして翼が震えたんだろう……)

 自分の意思で翼を動かそうとしても無理だった。試しに肩や腕を動かしてみても、あの時のように翼が自ら震えることはない。単に背中から生えているだけなのだ。

(もう一度、エドマンドに会ったらわかるだろうか?)

 丸一日悩んだ後、僕はエドマンドに手紙を書いた。

 いつまで王都にいるのか知らないが、昨日の非礼を詫びて一緒にお茶をと誘ってみた。驚いたことに、僕が辺境伯の王都屋敷に走らせた使者は、エドマンドの手紙をすぐに持ち帰った。エドマンドは、使者をその場で待たせて返事を書いたらしい。
 美しい筆跡の手紙には、ロフォール伯爵家の王都屋敷に来ないかとあった。庭師が丹精こめた花々が見事に咲いているという。そういえば、子どもの頃に彼の屋敷の庭で遊んだことがあった。庭園には刈り込まれた生け垣の迷路が作られていて、何度も夢中で出入りしたものだ。あの庭はどうなっているのだろう。興味が湧いて、久しぶりに行ってみたくなった。



 三日後、僕は再び母のベールを身に着けて辺境伯の王都屋敷に向かった。馬車を下りると、エドマンドが自ら出迎えてくれる。まだ本調子ではないのでとベール姿を詫びた。

「いいえ、もう一度会っていただけて嬉しいです、殿下」

 エドマンドの口調はとても嬉しそうで、背中がふわりと温かくなる。翼が浮き上がって今にも動き出しそうな感覚があった。

(……震える、とまではいかないけど。エドマンドに会うと、翼の様子が変わるような気がする)

 こちらへ、と案内されたのは色とりどりの薔薇が今を盛りと咲く庭園だった。中央に四阿あずまやがあり、そこから四方の薔薇を臨むことができる。爽やかな風が吹いて、とても気持ちが良かった。
 他国から取り寄せたと言われるお茶は香り高く、並べられた菓子はどれも美味しい。風に乗って運ばれてきた薔薇の香気に、ここ数日の疲労を忘れそうだった。
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