翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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翼が生えた王子は辺境伯令息に恋われる

2.婚約者登場

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 ファンタンの宮廷には様々な決め事がある。王族と婚約した者は、王並びに王妃に挨拶した後、まずは婚約者に挨拶しなければならない。他の者の元へ赴くのは、その後だ。辺境伯の嫡子ならば貴族同士の付き合いも多いはずだが、先に僕への挨拶を済ませる必要がある。

「きゅ、急病だって言って断ればいいんじゃ」
「はるばる伯爵領からおいでになったのにですか? いつぞやのように、お見舞いをさせてほしいと言われますよ」

 ペテルが眉間に皺を寄せた。エドマンドは、見かけによらず頑固で義理堅い。以前、僕が流行はややまいで寝込んでいた時も、一目だけでもいいから顔を見たいと言ってきかなかった。会ったところで無表情なまま、淡々と話しかけてくるだけなのだが。

「でも、こんな姿を見せることはできないよ……」

 流石にまずいと思ったのか、ペテルも黙り込む。しかし、次の瞬間、明るい声が上がった。ペテルは僕の両手を握りしめた。

「いい考えがあります! 背中の翼さえ隠せればいいのです。体調の悪い顔を見せたくないと言って、殿下の頭から足元までをベールで覆いましょう」
「それだ!」

 幸いにも、翼は小さい。ゆったりした服を着て頭からベールをかぶれば、なんとかなるだろう。折角来てくれたエドマンドには悪いが、挨拶だけしてさっさと帰ってもらえばいいのだ。彼に会いたい貴族は山ほどいるから、無駄足にもならない。そうと決まれば大急ぎ、と僕たちは立ち上がった。

「ミシュー殿下! 母君がお召しになったベールがありました!」

 ほどなくペテルは目が覚めるように美しいベールを持ってきた。光沢のある絹地に金糸や銀糸がふんだんに使われ、裾に広がるように絢爛たる花々が刺繍されている。本来ならば年若い姫や令嬢が使うものなのだろうが、早くに亡くなった母の子は僕だけだ。ありがたく使わせてもらうことにする。たくさんの襞が付いた首まで覆うシャツを着て、細身のボトムスをはく。後はすっぽりと頭からベールをかぶるだけだ。
 いつもなら王族用の応接室が使われるが、今日の僕は病なのだ。なんとか起き上がって自室で婚約者を迎えるていを整えた。

 長椅子に座っていると、扉を叩く音がしてペテルがさっと応対に出る。騎士服を身に着けて入ってきたエドマンドは、惚れ惚れするほどの美丈夫だ。輝く金の髪に宵闇色の瞳。鍛えた体は自領の騎士たちと共に日々鍛錬しているのだと聞いた。見上げてしまうほどの背の高さは、僕が彼の年になっても到底追いつけそうにない。
 顔半分までを覆ったベールの影から、僕はそっとため息をついた。彼のように全てが秀でた男は、僕なんかより似合いの令嬢がいるだろうにと思う。

 僕が八歳、エドマンドが十二歳の時に正式な婚約が結ばれた。父王には丁度エドマンドに似合う年頃の王女がおらず、僕に話が回ってきたのだ。ファンタン王国では以前から同性間の婚姻が認められているが、同性同士では跡継ぎが望めない。貴族たちの間では異性間の婚姻が主流だった。長じてからは嫡子のエドマンドに男の伴侶でいいのかと思ったが、それよりも家同士の繋がりを重視したのだろう。王家と辺境伯家の信頼関係は強ければ強いほどいいのだ。

 エドマンドは僕の前でひざまずき、じっとこちらを見ている。ちらっと見えた宵闇色の瞳に全てを見透かされているようで冷や汗が出た。彼に、この背中の翼が見えるはずもないのに。

「ご無沙汰しております、ミシュー殿下」
「遠路はるばる来てくれてありがとう。こんな格好ですまない」
「いえ、距離は何ほどの事もありません。それよりもお加減が悪いと伺いましたが」

 エドマンドはいつ会ってもほとんど表情を変えないが、普段より声が小さい。もしかして心配してくれているのだろうか?

「……少し体調を崩してしまって、こうして座っているのもやっとなんだ」

 だから、今日はこれで、と言おうとした時だった。

「心配です」
「は?」
「とても心配です。麗しいお顔を、一目だけでも見せてはいただけませんか?」
「えっ……え?」

 エドマンドがずいっと体を進めて目の前に来る。

(ち、近すぎだって!) 

 いつも冷静なエドマンドが一体どうしたっていうんだ。慌てて後ろに下がろうとした途端、顔にかかったベールがずれた。

「……可愛い」
「へ?」

 エドマンドと目が合った瞬間、翼がびくんと震えた。
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