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翼が生えた王子は辺境伯令息に恋われる
1.王子の翼
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部屋の中の大きな姿見を、僕は呆然と見つめた。
鏡の中には上半身裸になった華奢な体つきの男が映っている。煙るように淡い金髪に明るい青の瞳。絶世の美女と称えられた亡母にそっくりなファンタン王国の第五王子、ミシュー・グランリーズ。その自分の顔に、はっきりと絶望が宿っている。
「神よ、なんでこんなことに」
青ざめたまま体をひねって、鏡に背中を映す。
肩の少し下に、左右対称にふわふわした真っ白なものが生えている。ちょうど大人の手の平ほどの大きさで、触れれば滑らかで温かい。まるで精巧に作られた細工物のようなのに、確かに自分の体に息づいている。
「……あああ!」
絶望のあまり両手で顔を覆った時、コンコンと部屋の扉が叩かれた。思わず悲鳴を上げそうになるのを飲み込んだ。
「おはようございます、ミシュー殿下。入ってもよろしいですか?」
「ダメだ! 僕は今、急病なんだ!」
「は?」
侍従のペテルの訝しむ声が聞こえる。
「急病だ! だから、誰にも会えない!」
「かしこまりました。では、すぐに侍医を呼んでまいります」
「なんだと?」
僕はすぐさま、扉に向かって走った。音を立てて扉を開け、目を丸くしたペテルの腕を掴んで部屋の中に引き入れる。ペテルの前にぐいっと自分の背中を突きつけた。
「冗談じゃない! こんなものを他人に見せられるか!」
「ひっ! つ、翼……?」
――そうだ、僕の背中には今、真っ白な翼が生えている。
泣きそうな気持ちを堪えてうつむけば、バタバタとペテルが部屋から走り出ていく。扉が閉まる音を聞いて、僕は思わずその場に座り込んだ。
(いつも冷静なペテルも逃げ出すなんて。これからどうしよう)
ずっとこのままだったら、間違いなく幽閉か国外追放だ。化け物王子と呼ばれるに違いない。目の奥が熱くなって、ううう……と声が漏れる。涙がぽとんと床に落ちた時、再び扉が開く音がした。振り向くと、ペテルが絹のストールを抱えて立っていた。僕の肩にそっとストールがかかり、体が温かく包まれる。見捨てられてはいなかった、と安心してさらに涙がこぼれた。
「……先ほどは失礼いたしました。殿下、こうなった理由をお聞きしても?」
「わからない。いつも通り寝台から起きようとしたら、背中に違和感があったんだ。どうしてこんなことになったのか、僕が知りたい」
痛ましげに僕を見るペテルの眉がぐっと寄った。
「殿下、御身の一大事に大変申し上げにくいのですが」
「ん?」
「……本日、ロフォール伯爵令息が王都にお着きになります」
思わず悲鳴を上げた僕を、ペテルは心底気の毒そうに見つめた。
エドマンド・ロフォールは我が国の国防の要、北方のロフォール辺境伯の嫡子だ。容姿端麗、頭脳明晰、武術に優れて幼い頃から神童と呼ばれた男だった。大抵の人間は幼い頃は誉めそやされても、成長するにつれて凡人と化す。だが、エドマンドの評判は上がるばかりで落ちることがなかった。貴族の子弟が通う王立学園での成績は常に上位を保ち、武術で右に出る者はいない。同年に我が兄である王太子がいたので、一歩下がって花を持たせることも忘れなかった。エドマンドが本気を出せば、兄は何一つ勝てなかっただろう。
社交界にデビューした年から彼の周囲には常に恋の噂が溢れていた。貴族の令嬢や令息たちはいかに彼の気を引くかで競い合い、エドマンドにれっきとした婚約者がいても誰も気にしなかった。貴族たちの間では政略結婚が当たり前で、他に何人も恋人を持つのが一般的だったからだ。だが、エドマンドは王都で成年の十八までを過ごした後、父の跡を継ぐべく伯爵領に帰ってしまった。
「エ、エドマンドが来るって……。今日、だった?」
「予定より三日ほど早まったと、先ほど使者が参りました」
ぐらりと目の前が暗くなるのを感じた。なんてことだろう。よりにもよって今日だなんて。公務で忙しいにも関わらず、エドマンドは二月に一度は必ず王宮を訪れる。
「こ、こんな姿で会えるわけがないじゃないか……」
「それでも、なんとかお会いにならなければ!」
ペテルの瞳には、まるで猛禽のような鋭さがあった。彼が言いたいことは、口に出さなくてもわかる。
――ミシュー殿下は、エドマンド様の婚約者なのですから、と。
鏡の中には上半身裸になった華奢な体つきの男が映っている。煙るように淡い金髪に明るい青の瞳。絶世の美女と称えられた亡母にそっくりなファンタン王国の第五王子、ミシュー・グランリーズ。その自分の顔に、はっきりと絶望が宿っている。
「神よ、なんでこんなことに」
青ざめたまま体をひねって、鏡に背中を映す。
肩の少し下に、左右対称にふわふわした真っ白なものが生えている。ちょうど大人の手の平ほどの大きさで、触れれば滑らかで温かい。まるで精巧に作られた細工物のようなのに、確かに自分の体に息づいている。
「……あああ!」
絶望のあまり両手で顔を覆った時、コンコンと部屋の扉が叩かれた。思わず悲鳴を上げそうになるのを飲み込んだ。
「おはようございます、ミシュー殿下。入ってもよろしいですか?」
「ダメだ! 僕は今、急病なんだ!」
「は?」
侍従のペテルの訝しむ声が聞こえる。
「急病だ! だから、誰にも会えない!」
「かしこまりました。では、すぐに侍医を呼んでまいります」
「なんだと?」
僕はすぐさま、扉に向かって走った。音を立てて扉を開け、目を丸くしたペテルの腕を掴んで部屋の中に引き入れる。ペテルの前にぐいっと自分の背中を突きつけた。
「冗談じゃない! こんなものを他人に見せられるか!」
「ひっ! つ、翼……?」
――そうだ、僕の背中には今、真っ白な翼が生えている。
泣きそうな気持ちを堪えてうつむけば、バタバタとペテルが部屋から走り出ていく。扉が閉まる音を聞いて、僕は思わずその場に座り込んだ。
(いつも冷静なペテルも逃げ出すなんて。これからどうしよう)
ずっとこのままだったら、間違いなく幽閉か国外追放だ。化け物王子と呼ばれるに違いない。目の奥が熱くなって、ううう……と声が漏れる。涙がぽとんと床に落ちた時、再び扉が開く音がした。振り向くと、ペテルが絹のストールを抱えて立っていた。僕の肩にそっとストールがかかり、体が温かく包まれる。見捨てられてはいなかった、と安心してさらに涙がこぼれた。
「……先ほどは失礼いたしました。殿下、こうなった理由をお聞きしても?」
「わからない。いつも通り寝台から起きようとしたら、背中に違和感があったんだ。どうしてこんなことになったのか、僕が知りたい」
痛ましげに僕を見るペテルの眉がぐっと寄った。
「殿下、御身の一大事に大変申し上げにくいのですが」
「ん?」
「……本日、ロフォール伯爵令息が王都にお着きになります」
思わず悲鳴を上げた僕を、ペテルは心底気の毒そうに見つめた。
エドマンド・ロフォールは我が国の国防の要、北方のロフォール辺境伯の嫡子だ。容姿端麗、頭脳明晰、武術に優れて幼い頃から神童と呼ばれた男だった。大抵の人間は幼い頃は誉めそやされても、成長するにつれて凡人と化す。だが、エドマンドの評判は上がるばかりで落ちることがなかった。貴族の子弟が通う王立学園での成績は常に上位を保ち、武術で右に出る者はいない。同年に我が兄である王太子がいたので、一歩下がって花を持たせることも忘れなかった。エドマンドが本気を出せば、兄は何一つ勝てなかっただろう。
社交界にデビューした年から彼の周囲には常に恋の噂が溢れていた。貴族の令嬢や令息たちはいかに彼の気を引くかで競い合い、エドマンドにれっきとした婚約者がいても誰も気にしなかった。貴族たちの間では政略結婚が当たり前で、他に何人も恋人を持つのが一般的だったからだ。だが、エドマンドは王都で成年の十八までを過ごした後、父の跡を継ぐべく伯爵領に帰ってしまった。
「エ、エドマンドが来るって……。今日、だった?」
「予定より三日ほど早まったと、先ほど使者が参りました」
ぐらりと目の前が暗くなるのを感じた。なんてことだろう。よりにもよって今日だなんて。公務で忙しいにも関わらず、エドマンドは二月に一度は必ず王宮を訪れる。
「こ、こんな姿で会えるわけがないじゃないか……」
「それでも、なんとかお会いにならなければ!」
ペテルの瞳には、まるで猛禽のような鋭さがあった。彼が言いたいことは、口に出さなくてもわかる。
――ミシュー殿下は、エドマンド様の婚約者なのですから、と。
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