10 / 39
翼が生えた王子、辺境伯領へ
10.王子の旅
しおりを挟む
どこまでも青く晴れ渡った空が美しい。
エドマンドとロフォール辺境伯の尽力で、僕たちは予定よりも一年早く辺境伯の領地へと向かうことになった。
僕の背に翼があることを知っているのは、ごくわずかな人々だ。エドマンドが父の辺境伯に事の次第を知らせ、辺境伯と国王との間で内密に話し合いが行われた。辺境伯家の密事は王家との間だけで秘され、公には王子を望む辺境伯令息のたっての願いで予定よりも早く婚姻を結ぶと伝えられた。その話が伝わった宮中では、多くの令嬢や令息が涙を飲んだという。
恐縮する僕に、エドマンドは事実ですからと笑う。結局僕は王宮には戻らず、辺境伯の王都屋敷から出発した。父王には感謝と別れの手紙をしたためた。
辺境伯の城へは王都からちょうど一週間かかる。そんなに馬車に揺られることなんて初めてで、僕は窓から見える景色にいちいち感動していた。何しろこれまで、王宮の奥からろくに出たことがないのだ。
窓から顔を出すと、馬車に並走して走る護衛騎士と目が合った。彼はぎょっとして、慌てて前を向く。
(王宮の近衛騎士は見目の良い者が多いけれど、辺境伯家の護衛騎士は筋骨隆々って感じだなあ)
服の上からでもわかる筋肉に感心し鍛え方が違うのだろうかと眺めていると、すぐ隣から声がかかった。
「ミシュー、外をご覧になるのは構いませんが、お顔をお見せになるのはちょっと……」
エドマンドは、さり気なく僕の腰を片手で引き寄せて馬車の奥へと誘う。厚手のベールを被っているので大丈夫だと思うのだが、確かにあまり乗り出しては背の翼が見えてしまう。
「馬車の前後はしっかり守らせておりますが、用心に越したことはありません。何事があるかわかりませんので」
「ごめん。僕、旅をしたことがなくて。つい、はしゃぎすぎた……」
「そんなお姿も可愛らしいですが、護衛騎士などより私を見てくださる方が嬉しいです」
真面目な顔で言うエドマンドに思わず吹き出してしまう。
「エドマンドもそんな冗談を言うんだね」
「いえ、本気です」
堪えようとしても笑いがこぼれる。不満げに眉を寄せるエドマンドは、僕にぴったりと体を寄せた。
馬車に乗り込んだ時から、エドマンドは当然のように僕の隣に座っている。向かい側にいるのは僕の侍従のペテルとエドマンドの侍従のギースだ。二人は自分たちは置物であるかのように息を潜めていて、何だか気の毒になってしまう。
「王子という御身分だけでなく、貴方のお姿を見た者の中には邪な想いを抱く者も現れるでしょう。くれぐれもご注意を」
(この姿を見て邪な想いを……。見世物小屋に売られる、とか?)
昔読んだ物語にそんな話があった気がする。獣に姿が変わった主人公が騙されて売られてしまう。あの話の最後がどうなったのか、少しも思い出せない。
「ミシュー?」
「き、気を付ける」
僕は真剣に頷いてエドマンドの瞳を見た。微笑んだエドマンドは僕の額に一つ、優しい口づけをくれた。
旅となれば宿屋に泊まるのかと思っていたら、宿泊先に選ばれたのは王家の離宮や貴族の別邸ばかりだった。ペテルが王族の旅は皆そうだと言うので、わくわくしていた気持ちがしゅんとしぼむ。
「我が領地を巡る際には、宿屋に泊まりましょう。お見せしたいところがたくさんありますから」
エドマンドが慰めるように言ってくれたので、僕は気を取り直した。北の辺境伯の領地は広い。そびえ立つ山々も澄んだ湖も、隣国との境となる川もあると言う。エドマンドは自領の話をたくさんしてくれた。実り豊かな大地の話を聞きながら、いつか魔女たちが棲む森にも連れて行ってほしいと思った。
エドマンドとロフォール辺境伯の尽力で、僕たちは予定よりも一年早く辺境伯の領地へと向かうことになった。
僕の背に翼があることを知っているのは、ごくわずかな人々だ。エドマンドが父の辺境伯に事の次第を知らせ、辺境伯と国王との間で内密に話し合いが行われた。辺境伯家の密事は王家との間だけで秘され、公には王子を望む辺境伯令息のたっての願いで予定よりも早く婚姻を結ぶと伝えられた。その話が伝わった宮中では、多くの令嬢や令息が涙を飲んだという。
恐縮する僕に、エドマンドは事実ですからと笑う。結局僕は王宮には戻らず、辺境伯の王都屋敷から出発した。父王には感謝と別れの手紙をしたためた。
辺境伯の城へは王都からちょうど一週間かかる。そんなに馬車に揺られることなんて初めてで、僕は窓から見える景色にいちいち感動していた。何しろこれまで、王宮の奥からろくに出たことがないのだ。
窓から顔を出すと、馬車に並走して走る護衛騎士と目が合った。彼はぎょっとして、慌てて前を向く。
(王宮の近衛騎士は見目の良い者が多いけれど、辺境伯家の護衛騎士は筋骨隆々って感じだなあ)
服の上からでもわかる筋肉に感心し鍛え方が違うのだろうかと眺めていると、すぐ隣から声がかかった。
「ミシュー、外をご覧になるのは構いませんが、お顔をお見せになるのはちょっと……」
エドマンドは、さり気なく僕の腰を片手で引き寄せて馬車の奥へと誘う。厚手のベールを被っているので大丈夫だと思うのだが、確かにあまり乗り出しては背の翼が見えてしまう。
「馬車の前後はしっかり守らせておりますが、用心に越したことはありません。何事があるかわかりませんので」
「ごめん。僕、旅をしたことがなくて。つい、はしゃぎすぎた……」
「そんなお姿も可愛らしいですが、護衛騎士などより私を見てくださる方が嬉しいです」
真面目な顔で言うエドマンドに思わず吹き出してしまう。
「エドマンドもそんな冗談を言うんだね」
「いえ、本気です」
堪えようとしても笑いがこぼれる。不満げに眉を寄せるエドマンドは、僕にぴったりと体を寄せた。
馬車に乗り込んだ時から、エドマンドは当然のように僕の隣に座っている。向かい側にいるのは僕の侍従のペテルとエドマンドの侍従のギースだ。二人は自分たちは置物であるかのように息を潜めていて、何だか気の毒になってしまう。
「王子という御身分だけでなく、貴方のお姿を見た者の中には邪な想いを抱く者も現れるでしょう。くれぐれもご注意を」
(この姿を見て邪な想いを……。見世物小屋に売られる、とか?)
昔読んだ物語にそんな話があった気がする。獣に姿が変わった主人公が騙されて売られてしまう。あの話の最後がどうなったのか、少しも思い出せない。
「ミシュー?」
「き、気を付ける」
僕は真剣に頷いてエドマンドの瞳を見た。微笑んだエドマンドは僕の額に一つ、優しい口づけをくれた。
旅となれば宿屋に泊まるのかと思っていたら、宿泊先に選ばれたのは王家の離宮や貴族の別邸ばかりだった。ペテルが王族の旅は皆そうだと言うので、わくわくしていた気持ちがしゅんとしぼむ。
「我が領地を巡る際には、宿屋に泊まりましょう。お見せしたいところがたくさんありますから」
エドマンドが慰めるように言ってくれたので、僕は気を取り直した。北の辺境伯の領地は広い。そびえ立つ山々も澄んだ湖も、隣国との境となる川もあると言う。エドマンドは自領の話をたくさんしてくれた。実り豊かな大地の話を聞きながら、いつか魔女たちが棲む森にも連れて行ってほしいと思った。
106
あなたにおすすめの小説
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました
未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。
皆さまありがとうございます。
「ねえ、私だけを見て」
これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。
エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。
「この恋、早く諦めなくちゃ……」
本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。
この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。
現在番外編を連載中。
リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。
――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました!
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる