11 / 39
翼が生えた王子、辺境伯領へ
11.鍛錬が足りない
最初の宿となったのは王都に近い伯爵家の屋敷だ。出迎えてくれる者たちに、エドマンドが先に立って挨拶をする。
――ミシュー殿下はあまり丈夫な御体ではない。旅の疲れがおありなので、まずは休息を。
エドマンドの言葉にすぐに貴賓室へと案内がされ、僕の周りを護衛騎士たちが盾のように取り囲む。背も厚みもある彼らに囲まれると、まるで林の中にいるようだ。部屋でペテルと二人きりになり、ほっと息をついた。
「さすがロフォール辺境伯の御令息! どうなるのかと心配しておりましたがこれならば安心して旅ができます」
「うん。でも、エドマンドにばかり世話をかけちゃうな……」
「ミシュー殿下! 元々はあちらに原因があるのですよ。その背の翼がなければ、もっと自由にお過ごしになれるのですから」
ペテルの言葉にそれはそうだと思うものの、申し訳ない気持ちにもなる。コンコンと扉が叩かれ、ペテルがすぐに飛んでいく。部屋を訪れたのはエドマンドだった。
「お疲れになったでしょう。こちらに運ばせますので、お食事を一緒にいただいてもよろしいですか?」
「でも、あの……」
「どうかなさいましたか?」
「……その、食事は僕一人でも大丈夫だから」
エドマンドは屋敷の主である伯爵たちと過ごした方がいいのではないかと思ったのだ。貴族の社交は大切だ。翼のある僕では難しいが、エドマンドだけなら親交を深めることもできるだろう。
「挨拶ならば、もう済ませました。父からも陛下からも、殿下の体調を一番にするよう先方に伝えています。何も御心配はいりません」
そう言って宵闇色の瞳が僕を見る。
「それに……。ミシューと少しでも離れるのは寂しいです」
「え? あ……うん」
真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな言葉に、どう答えたらよかったのか。胸がうるさく騒いで頬が熱い。
エドマンドは僕の手を取って、長椅子に座った。ペテルとギースが厨房から運ばれた食事を手際よく卓に並べていく。
(……落ち着いて落ち着いて)
握られた大きな手に、胸の鼓動が伝わらないようにと必死になる。
「……困ったな」
「え?」
僕が目を向けると、エドマンドが眉を寄せる。
「ずっと鍛錬を続けているのですが、なかなかうまくいきません」
「鍛錬って、剣の?」
辺境伯家は国の防衛を担っている為、どこも騎士たちは鍛錬に余念がなく勇猛だと言われている。中でも北の辺境伯家は当主自ら剣を持ち、騎士たちを鼓舞することで有名だ。そのため、エドマンドは幼い時から騎士たちと共に稽古に励んできたという。
王立学園でエドマンドと同年だった兄の王太子は、こっそり僕に言ったものだ。エドマンドが北の辺境伯の嫡子でさえなかったら、必ず自分の側に置いたのにと。兄はエドマンドを自分の側近にしたかったのだろう。
「剣ではありません。体ならば多少は自分の思う通りに動かせるようになりましたが……」
ため息をつくエドマンドの手は大きいだけではない。剣だこのある硬い手だ。僕は握られていた手を離して、改めて自分の手の上に広げた。
「エドマンドの手は立派だ。守るもののために力を尽くす誠実な手だ」
「ミシュー……」
「日々の鍛錬を怠らない主を持つ者は、自分たちの明日に希望を持つだろう。ロフォール伯爵家の騎士たちが精鋭揃いなのがよくわかる」
そっとエドマンドの手を撫でると、背の翼がいきなり大きく広がった。さらにバサバサと激しく動く。
「うわっ」
「ミシュー!」
「殿下!!」
長椅子から転げ落ちそうになる僕を、エドマンドが抱きとめた。ペテルとギースが仰天して駆け寄ってくる。
エドマンドは僕の肩に顔を埋めたまま何も言わない。ただ腕の力だけが強くなる。抱きしめられているうちに翼の動きは収まって、段々静かになっていく。元通りに翼が収まり、僕はほっと息をついた。
「あ、ありがとう」
「……本当に私は、鍛錬が足りません」
僕の耳元で囁く言葉は、まるで懺悔のようだ。許しを乞うエドマンドの声は小さな子どものように弱々しい。
(ああ、そうか。鍛錬って……)
心の制御の事を言っているのだと、ようやく気が付いた。
僕はエドマンドの背を撫でた。ゆっくりと何度も撫でていると、エドマンドが顔を上げた。宵闇色の瞳には、たくさんの気持ちが入り混じっているように見えた。
「びっくりしただけだから、大丈夫だよ。……僕も、その、急に触ったりしてごめん」
エドマンドは顔を真っ赤にして、もう一度僕を抱きしめた。背の翼がぷるぷると細かく震える。
「あの……」
「そろそろ」
僕たちの後ろから二つの声が聞こえた。
お食事にしてもいいでしょうか、とペテルとギースから声がかかった。
――ミシュー殿下はあまり丈夫な御体ではない。旅の疲れがおありなので、まずは休息を。
エドマンドの言葉にすぐに貴賓室へと案内がされ、僕の周りを護衛騎士たちが盾のように取り囲む。背も厚みもある彼らに囲まれると、まるで林の中にいるようだ。部屋でペテルと二人きりになり、ほっと息をついた。
「さすがロフォール辺境伯の御令息! どうなるのかと心配しておりましたがこれならば安心して旅ができます」
「うん。でも、エドマンドにばかり世話をかけちゃうな……」
「ミシュー殿下! 元々はあちらに原因があるのですよ。その背の翼がなければ、もっと自由にお過ごしになれるのですから」
ペテルの言葉にそれはそうだと思うものの、申し訳ない気持ちにもなる。コンコンと扉が叩かれ、ペテルがすぐに飛んでいく。部屋を訪れたのはエドマンドだった。
「お疲れになったでしょう。こちらに運ばせますので、お食事を一緒にいただいてもよろしいですか?」
「でも、あの……」
「どうかなさいましたか?」
「……その、食事は僕一人でも大丈夫だから」
エドマンドは屋敷の主である伯爵たちと過ごした方がいいのではないかと思ったのだ。貴族の社交は大切だ。翼のある僕では難しいが、エドマンドだけなら親交を深めることもできるだろう。
「挨拶ならば、もう済ませました。父からも陛下からも、殿下の体調を一番にするよう先方に伝えています。何も御心配はいりません」
そう言って宵闇色の瞳が僕を見る。
「それに……。ミシューと少しでも離れるのは寂しいです」
「え? あ……うん」
真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな言葉に、どう答えたらよかったのか。胸がうるさく騒いで頬が熱い。
エドマンドは僕の手を取って、長椅子に座った。ペテルとギースが厨房から運ばれた食事を手際よく卓に並べていく。
(……落ち着いて落ち着いて)
握られた大きな手に、胸の鼓動が伝わらないようにと必死になる。
「……困ったな」
「え?」
僕が目を向けると、エドマンドが眉を寄せる。
「ずっと鍛錬を続けているのですが、なかなかうまくいきません」
「鍛錬って、剣の?」
辺境伯家は国の防衛を担っている為、どこも騎士たちは鍛錬に余念がなく勇猛だと言われている。中でも北の辺境伯家は当主自ら剣を持ち、騎士たちを鼓舞することで有名だ。そのため、エドマンドは幼い時から騎士たちと共に稽古に励んできたという。
王立学園でエドマンドと同年だった兄の王太子は、こっそり僕に言ったものだ。エドマンドが北の辺境伯の嫡子でさえなかったら、必ず自分の側に置いたのにと。兄はエドマンドを自分の側近にしたかったのだろう。
「剣ではありません。体ならば多少は自分の思う通りに動かせるようになりましたが……」
ため息をつくエドマンドの手は大きいだけではない。剣だこのある硬い手だ。僕は握られていた手を離して、改めて自分の手の上に広げた。
「エドマンドの手は立派だ。守るもののために力を尽くす誠実な手だ」
「ミシュー……」
「日々の鍛錬を怠らない主を持つ者は、自分たちの明日に希望を持つだろう。ロフォール伯爵家の騎士たちが精鋭揃いなのがよくわかる」
そっとエドマンドの手を撫でると、背の翼がいきなり大きく広がった。さらにバサバサと激しく動く。
「うわっ」
「ミシュー!」
「殿下!!」
長椅子から転げ落ちそうになる僕を、エドマンドが抱きとめた。ペテルとギースが仰天して駆け寄ってくる。
エドマンドは僕の肩に顔を埋めたまま何も言わない。ただ腕の力だけが強くなる。抱きしめられているうちに翼の動きは収まって、段々静かになっていく。元通りに翼が収まり、僕はほっと息をついた。
「あ、ありがとう」
「……本当に私は、鍛錬が足りません」
僕の耳元で囁く言葉は、まるで懺悔のようだ。許しを乞うエドマンドの声は小さな子どものように弱々しい。
(ああ、そうか。鍛錬って……)
心の制御の事を言っているのだと、ようやく気が付いた。
僕はエドマンドの背を撫でた。ゆっくりと何度も撫でていると、エドマンドが顔を上げた。宵闇色の瞳には、たくさんの気持ちが入り混じっているように見えた。
「びっくりしただけだから、大丈夫だよ。……僕も、その、急に触ったりしてごめん」
エドマンドは顔を真っ赤にして、もう一度僕を抱きしめた。背の翼がぷるぷると細かく震える。
「あの……」
「そろそろ」
僕たちの後ろから二つの声が聞こえた。
お食事にしてもいいでしょうか、とペテルとギースから声がかかった。
あなたにおすすめの小説
不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う
凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。
傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。
そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。
不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。
甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。