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翼が生えた王子、辺境伯領へ
11.鍛錬が足りない
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最初の宿となったのは王都に近い伯爵家の屋敷だ。出迎えてくれる者たちに、エドマンドが先に立って挨拶をする。
――ミシュー殿下はあまり丈夫な御体ではない。旅の疲れがおありなので、まずは休息を。
エドマンドの言葉にすぐに貴賓室へと案内がされ、僕の周りを護衛騎士たちが盾のように取り囲む。背も厚みもある彼らに囲まれると、まるで林の中にいるようだ。部屋でペテルと二人きりになり、ほっと息をついた。
「さすがロフォール辺境伯の御令息! どうなるのかと心配しておりましたがこれならば安心して旅ができます」
「うん。でも、エドマンドにばかり世話をかけちゃうな……」
「ミシュー殿下! 元々はあちらに原因があるのですよ。その背の翼がなければ、もっと自由にお過ごしになれるのですから」
ペテルの言葉にそれはそうだと思うものの、申し訳ない気持ちにもなる。コンコンと扉が叩かれ、ペテルがすぐに飛んでいく。部屋を訪れたのはエドマンドだった。
「お疲れになったでしょう。こちらに運ばせますので、お食事を一緒にいただいてもよろしいですか?」
「でも、あの……」
「どうかなさいましたか?」
「……その、食事は僕一人でも大丈夫だから」
エドマンドは屋敷の主である伯爵たちと過ごした方がいいのではないかと思ったのだ。貴族の社交は大切だ。翼のある僕では難しいが、エドマンドだけなら親交を深めることもできるだろう。
「挨拶ならば、もう済ませました。父からも陛下からも、殿下の体調を一番にするよう先方に伝えています。何も御心配はいりません」
そう言って宵闇色の瞳が僕を見る。
「それに……。ミシューと少しでも離れるのは寂しいです」
「え? あ……うん」
真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな言葉に、どう答えたらよかったのか。胸がうるさく騒いで頬が熱い。
エドマンドは僕の手を取って、長椅子に座った。ペテルとギースが厨房から運ばれた食事を手際よく卓に並べていく。
(……落ち着いて落ち着いて)
握られた大きな手に、胸の鼓動が伝わらないようにと必死になる。
「……困ったな」
「え?」
僕が目を向けると、エドマンドが眉を寄せる。
「ずっと鍛錬を続けているのですが、なかなかうまくいきません」
「鍛錬って、剣の?」
辺境伯家は国の防衛を担っている為、どこも騎士たちは鍛錬に余念がなく勇猛だと言われている。中でも北の辺境伯家は当主自ら剣を持ち、騎士たちを鼓舞することで有名だ。そのため、エドマンドは幼い時から騎士たちと共に稽古に励んできたという。
王立学園でエドマンドと同年だった兄の王太子は、こっそり僕に言ったものだ。エドマンドが北の辺境伯の嫡子でさえなかったら、必ず自分の側に置いたのにと。兄はエドマンドを自分の側近にしたかったのだろう。
「剣ではありません。体ならば多少は自分の思う通りに動かせるようになりましたが……」
ため息をつくエドマンドの手は大きいだけではない。剣だこのある硬い手だ。僕は握られていた手を離して、改めて自分の手の上に広げた。
「エドマンドの手は立派だ。守るもののために力を尽くす誠実な手だ」
「ミシュー……」
「日々の鍛錬を怠らない主を持つ者は、自分たちの明日に希望を持つだろう。ロフォール伯爵家の騎士たちが精鋭揃いなのがよくわかる」
そっとエドマンドの手を撫でると、背の翼がいきなり大きく広がった。さらにバサバサと激しく動く。
「うわっ」
「ミシュー!」
「殿下!!」
長椅子から転げ落ちそうになる僕を、エドマンドが抱きとめた。ペテルとギースが仰天して駆け寄ってくる。
エドマンドは僕の肩に顔を埋めたまま何も言わない。ただ腕の力だけが強くなる。抱きしめられているうちに翼の動きは収まって、段々静かになっていく。元通りに翼が収まり、僕はほっと息をついた。
「あ、ありがとう」
「……本当に私は、鍛錬が足りません」
僕の耳元で囁く言葉は、まるで懺悔のようだ。許しを乞うエドマンドの声は小さな子どものように弱々しい。
(ああ、そうか。鍛錬って……)
心の制御の事を言っているのだと、ようやく気が付いた。
僕はエドマンドの背を撫でた。ゆっくりと何度も撫でていると、エドマンドが顔を上げた。宵闇色の瞳には、たくさんの気持ちが入り混じっているように見えた。
「びっくりしただけだから、大丈夫だよ。……僕も、その、急に触ったりしてごめん」
エドマンドは顔を真っ赤にして、もう一度僕を抱きしめた。背の翼がぷるぷると細かく震える。
「あの……」
「そろそろ」
僕たちの後ろから二つの声が聞こえた。
お食事にしてもいいでしょうか、とペテルとギースから声がかかった。
――ミシュー殿下はあまり丈夫な御体ではない。旅の疲れがおありなので、まずは休息を。
エドマンドの言葉にすぐに貴賓室へと案内がされ、僕の周りを護衛騎士たちが盾のように取り囲む。背も厚みもある彼らに囲まれると、まるで林の中にいるようだ。部屋でペテルと二人きりになり、ほっと息をついた。
「さすがロフォール辺境伯の御令息! どうなるのかと心配しておりましたがこれならば安心して旅ができます」
「うん。でも、エドマンドにばかり世話をかけちゃうな……」
「ミシュー殿下! 元々はあちらに原因があるのですよ。その背の翼がなければ、もっと自由にお過ごしになれるのですから」
ペテルの言葉にそれはそうだと思うものの、申し訳ない気持ちにもなる。コンコンと扉が叩かれ、ペテルがすぐに飛んでいく。部屋を訪れたのはエドマンドだった。
「お疲れになったでしょう。こちらに運ばせますので、お食事を一緒にいただいてもよろしいですか?」
「でも、あの……」
「どうかなさいましたか?」
「……その、食事は僕一人でも大丈夫だから」
エドマンドは屋敷の主である伯爵たちと過ごした方がいいのではないかと思ったのだ。貴族の社交は大切だ。翼のある僕では難しいが、エドマンドだけなら親交を深めることもできるだろう。
「挨拶ならば、もう済ませました。父からも陛下からも、殿下の体調を一番にするよう先方に伝えています。何も御心配はいりません」
そう言って宵闇色の瞳が僕を見る。
「それに……。ミシューと少しでも離れるのは寂しいです」
「え? あ……うん」
真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな言葉に、どう答えたらよかったのか。胸がうるさく騒いで頬が熱い。
エドマンドは僕の手を取って、長椅子に座った。ペテルとギースが厨房から運ばれた食事を手際よく卓に並べていく。
(……落ち着いて落ち着いて)
握られた大きな手に、胸の鼓動が伝わらないようにと必死になる。
「……困ったな」
「え?」
僕が目を向けると、エドマンドが眉を寄せる。
「ずっと鍛錬を続けているのですが、なかなかうまくいきません」
「鍛錬って、剣の?」
辺境伯家は国の防衛を担っている為、どこも騎士たちは鍛錬に余念がなく勇猛だと言われている。中でも北の辺境伯家は当主自ら剣を持ち、騎士たちを鼓舞することで有名だ。そのため、エドマンドは幼い時から騎士たちと共に稽古に励んできたという。
王立学園でエドマンドと同年だった兄の王太子は、こっそり僕に言ったものだ。エドマンドが北の辺境伯の嫡子でさえなかったら、必ず自分の側に置いたのにと。兄はエドマンドを自分の側近にしたかったのだろう。
「剣ではありません。体ならば多少は自分の思う通りに動かせるようになりましたが……」
ため息をつくエドマンドの手は大きいだけではない。剣だこのある硬い手だ。僕は握られていた手を離して、改めて自分の手の上に広げた。
「エドマンドの手は立派だ。守るもののために力を尽くす誠実な手だ」
「ミシュー……」
「日々の鍛錬を怠らない主を持つ者は、自分たちの明日に希望を持つだろう。ロフォール伯爵家の騎士たちが精鋭揃いなのがよくわかる」
そっとエドマンドの手を撫でると、背の翼がいきなり大きく広がった。さらにバサバサと激しく動く。
「うわっ」
「ミシュー!」
「殿下!!」
長椅子から転げ落ちそうになる僕を、エドマンドが抱きとめた。ペテルとギースが仰天して駆け寄ってくる。
エドマンドは僕の肩に顔を埋めたまま何も言わない。ただ腕の力だけが強くなる。抱きしめられているうちに翼の動きは収まって、段々静かになっていく。元通りに翼が収まり、僕はほっと息をついた。
「あ、ありがとう」
「……本当に私は、鍛錬が足りません」
僕の耳元で囁く言葉は、まるで懺悔のようだ。許しを乞うエドマンドの声は小さな子どものように弱々しい。
(ああ、そうか。鍛錬って……)
心の制御の事を言っているのだと、ようやく気が付いた。
僕はエドマンドの背を撫でた。ゆっくりと何度も撫でていると、エドマンドが顔を上げた。宵闇色の瞳には、たくさんの気持ちが入り混じっているように見えた。
「びっくりしただけだから、大丈夫だよ。……僕も、その、急に触ったりしてごめん」
エドマンドは顔を真っ赤にして、もう一度僕を抱きしめた。背の翼がぷるぷると細かく震える。
「あの……」
「そろそろ」
僕たちの後ろから二つの声が聞こえた。
お食事にしてもいいでしょうか、とペテルとギースから声がかかった。
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