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翼が生えた王子、辺境伯領へ
29.美しい人
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「これは大層美味ですね。初めて味わうものです」
「栽培が難しく近年ようやく生産が安定しました。今後は国内だけでなく輸出も考慮に入れております」
北の地で初夏にしか穫れない大粒の果樹の実は貴重で、その砂糖煮は僕の好物だ。生産の安定化なんてすごいと思いながら口に入れると、文字通り頬が落ちそうだった。思わず「美味しい……」と呟くと周りが静かになっている。つい食べるのに夢中になって何の話をしていたのかを聞き逃してしまった。隣のエドマンドを見ると、うっすらと頬が赤い。
「……お好きですか?」
「うん、すごく好き……」
エドマンドと第二王子が、いきなりその場にあった葡萄酒を飲み干した。そして、同時に「給仕、追加を!」と叫んでいる。彼らのグラスには葡萄酒が、僕の前には二皿目の砂糖煮が運ばれた。
「わぁ! いいのかな?」
「ミシューが召し上がれば、産物の良き宣伝になります。どうぞご遠慮なく」
エドマンドの言葉に嬉しくなって口元が緩みっぱなしだ。やたら葡萄酒を飲んでいる第二王子と目が合った時も、つい自分から話しかけてしまった。
「ファンタン王国の中でもロフォールの葡萄酒は出来がいいと評判です。お気に召されましたか?」
「王国の中でも……え、ええ! ぜひとも我が国に持ち帰りたい……」
「ありがとうございます、殿下。すぐに手配致しましょう」
第二王子の言葉を引き取ったエドマンドが、早速補佐官に書き付けさせている。後で葡萄酒も貿易品目に加えるのだろう。どんなところにも取引の機会はあるものだ。感心しながら、僕は砂糖煮をぱくりと口に運んだ。
食後は部屋を移って歓談の場となった。エドマンドの周りにはたくさんの人が集まっている。少しだけ飲んだ葡萄酒のせいか体が熱い。夜風に当たりたくて、僕は一人でバルコニーに移った。肩にかけていた織物をとると、心地良い風がするりと吹き抜ける。
「ミシュー殿下」
声をかけてきたのは隣国の第二王子だった。彼は多くの人々に囲まれていたと思ったのに、いつのまにか一人だけでやってきた。バルコニーは僕たちの他に誰もいない。
「こんなところにおいでとは」
「少々葡萄酒に酔ったようです。冷たい風に当たりたくなりました」
「私も今宵は飲み過ぎました。美しい方を拝見しながらの酒は進みすぎていけない」
にこやかに微笑みながら近づいてくる王子の視線は、僕をぴたりと捉えていた。熱を帯びた視線は嫌な予感しかしない。部屋の中に戻ろうかと思ったが、彼は退路を塞ぐように目の前に立つ。そして僕の容姿を褒め称え、しきりに隣国トライアに来ないかと誘ってくる。
「貴方のように麗しい方が、政略とはいえ北方の地に押し込められているとはお気の毒です。王宮のような輝かしい場所からいらして、さぞ寂しいことでしょう」
「いいえ、こちらは人心も温かく豊かな地です。父と辺境伯が結んでくれた縁は、私には過分な幸運だと思っております」
第二王子は声を潜めて耳元で囁いた。
「……隆盛を誇る辺境伯家とて、一臣下にすぎません。私なら貴方に相応しいお立場を御用意できますのに」
(どんな立場だ。こいつ、蹴ってもいいだろうか?)
隣国の王子を蹴り飛ばしたら国際問題になるんだろうかと思った時、強い風が吹いた。腕に掛けていた織物が飛び、思わず手すりを掴んだ。その手に第二王子が自分の手を重ねてくる。咄嗟に振り払おうとすると、間に入った影が王子の腕をひねり上げた。
「っ! い、痛い!」
「失礼。大分酔っておられるようです。バルコニーは風が強くて危険です。お部屋までお送りしましょう」
「い、いや心配には及ばない」
「ギース!」
響き渡るエドマンドの怒声に、第二王子も僕も声が出なかった。侍従たちに両腕をとられ、王子は部屋の中に連れていかれた。
「エドマンド……」
バルコニーの床に落ちた織物をエドマンドは黙って拾い上げた。僕を見る瞳はいつもよりずっと暗く深く、それまで見たことがないものだった。宵闇色の瞳に宿っているのは、確かに怒りだった。
「……戻りましょう」
エドマンドは僕の手を掴んだ。痛い、と言う言葉を飲み込んで引きずられるように後を追う。普段からあちこちに気を配る彼が、人の目も気にせずに黙って広間を抜けていく。
――……どうしよう。エドマンドが、怒ってる。
目の前の大きな背から感じられる怒りへの不安で、僕の胸はいっぱいになった。
「栽培が難しく近年ようやく生産が安定しました。今後は国内だけでなく輸出も考慮に入れております」
北の地で初夏にしか穫れない大粒の果樹の実は貴重で、その砂糖煮は僕の好物だ。生産の安定化なんてすごいと思いながら口に入れると、文字通り頬が落ちそうだった。思わず「美味しい……」と呟くと周りが静かになっている。つい食べるのに夢中になって何の話をしていたのかを聞き逃してしまった。隣のエドマンドを見ると、うっすらと頬が赤い。
「……お好きですか?」
「うん、すごく好き……」
エドマンドと第二王子が、いきなりその場にあった葡萄酒を飲み干した。そして、同時に「給仕、追加を!」と叫んでいる。彼らのグラスには葡萄酒が、僕の前には二皿目の砂糖煮が運ばれた。
「わぁ! いいのかな?」
「ミシューが召し上がれば、産物の良き宣伝になります。どうぞご遠慮なく」
エドマンドの言葉に嬉しくなって口元が緩みっぱなしだ。やたら葡萄酒を飲んでいる第二王子と目が合った時も、つい自分から話しかけてしまった。
「ファンタン王国の中でもロフォールの葡萄酒は出来がいいと評判です。お気に召されましたか?」
「王国の中でも……え、ええ! ぜひとも我が国に持ち帰りたい……」
「ありがとうございます、殿下。すぐに手配致しましょう」
第二王子の言葉を引き取ったエドマンドが、早速補佐官に書き付けさせている。後で葡萄酒も貿易品目に加えるのだろう。どんなところにも取引の機会はあるものだ。感心しながら、僕は砂糖煮をぱくりと口に運んだ。
食後は部屋を移って歓談の場となった。エドマンドの周りにはたくさんの人が集まっている。少しだけ飲んだ葡萄酒のせいか体が熱い。夜風に当たりたくて、僕は一人でバルコニーに移った。肩にかけていた織物をとると、心地良い風がするりと吹き抜ける。
「ミシュー殿下」
声をかけてきたのは隣国の第二王子だった。彼は多くの人々に囲まれていたと思ったのに、いつのまにか一人だけでやってきた。バルコニーは僕たちの他に誰もいない。
「こんなところにおいでとは」
「少々葡萄酒に酔ったようです。冷たい風に当たりたくなりました」
「私も今宵は飲み過ぎました。美しい方を拝見しながらの酒は進みすぎていけない」
にこやかに微笑みながら近づいてくる王子の視線は、僕をぴたりと捉えていた。熱を帯びた視線は嫌な予感しかしない。部屋の中に戻ろうかと思ったが、彼は退路を塞ぐように目の前に立つ。そして僕の容姿を褒め称え、しきりに隣国トライアに来ないかと誘ってくる。
「貴方のように麗しい方が、政略とはいえ北方の地に押し込められているとはお気の毒です。王宮のような輝かしい場所からいらして、さぞ寂しいことでしょう」
「いいえ、こちらは人心も温かく豊かな地です。父と辺境伯が結んでくれた縁は、私には過分な幸運だと思っております」
第二王子は声を潜めて耳元で囁いた。
「……隆盛を誇る辺境伯家とて、一臣下にすぎません。私なら貴方に相応しいお立場を御用意できますのに」
(どんな立場だ。こいつ、蹴ってもいいだろうか?)
隣国の王子を蹴り飛ばしたら国際問題になるんだろうかと思った時、強い風が吹いた。腕に掛けていた織物が飛び、思わず手すりを掴んだ。その手に第二王子が自分の手を重ねてくる。咄嗟に振り払おうとすると、間に入った影が王子の腕をひねり上げた。
「っ! い、痛い!」
「失礼。大分酔っておられるようです。バルコニーは風が強くて危険です。お部屋までお送りしましょう」
「い、いや心配には及ばない」
「ギース!」
響き渡るエドマンドの怒声に、第二王子も僕も声が出なかった。侍従たちに両腕をとられ、王子は部屋の中に連れていかれた。
「エドマンド……」
バルコニーの床に落ちた織物をエドマンドは黙って拾い上げた。僕を見る瞳はいつもよりずっと暗く深く、それまで見たことがないものだった。宵闇色の瞳に宿っているのは、確かに怒りだった。
「……戻りましょう」
エドマンドは僕の手を掴んだ。痛い、と言う言葉を飲み込んで引きずられるように後を追う。普段からあちこちに気を配る彼が、人の目も気にせずに黙って広間を抜けていく。
――……どうしよう。エドマンドが、怒ってる。
目の前の大きな背から感じられる怒りへの不安で、僕の胸はいっぱいになった。
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