30 / 39
翼が生えた王子、辺境伯領へ
30.揺れる心
しおりを挟む
ドクドクと胸の音が大きくなって息が切れる。靴音だけが廊下に響き、沈黙に胃が痛くなる。体の大きなエドマンドが、これまではずっと自分のために歩調を合わせてくれていたのだと改めて思う。だって、そうでなければこんなに何度も転びそうになっていない。繋がれている手も力まかせに引きずられて痛むことなんかない。
ようやくエドマンドが立ち止まったのは、自室の扉の前だった。廊下に立っていた護衛騎士に、エドマンドは「誰も入れるな」と告げて僕と二人で部屋に入った。
物音一つしない部屋の中で、僕はエドマンドの背を見ていた。こんなに背中ばかり見ていたことがあったかなと思ったら、目の前が滲んだ。喉の奥が熱くなって思わずうつむくと、今度は鼻がつんとする。
(馬鹿か、僕は。何か言われたわけでもないのに)
エドマンドは部屋に戻ろうと言っただけだ。勝手に動揺して不安に思っているのは僕だ。絡んできた第二王子を止めて追い払ってくれたのに、まだ御礼も言っていない。勝手に溢れそうになっていた涙を消したくて何度も瞬きをした。ふっと自分の前に大きな影ができた。
「……ミシュー」
静かな声だった。すぐに応えようとしても言葉が出てこない。
(……もう怒っていないんだろうか。そもそも、どうして怒っていたんだろうか)
ちゃんと聞こうと思っているのに体が震える。理由も聞かずにエドマンドを怖いと思う自分が情けなくて嫌だった。
「手首が……赤くなって」
エドマンドが僕の手を取ろうとした途端、体がびくりと震えて手を引いた。自分でも驚いて顔を上げると、エドマンドの目が驚愕に見開かれていた。すぐに顔が歪み、くぐもった声が吐き出される。
「ゆる……て……いただける……でしょうか」
「……」
「感情的な……姿を……」
宵闇色の瞳がまるで泣き出しそうに揺れる。その瞳に先ほどまであった怒りはない。眉を寄せたまま項垂れ、ぐっと拳を握りしめている。
「お……って、ない?」
ぽろりと言葉が漏れた。エドマンドが、ばっと顔を上げる。知らず知らず息を詰めていたら、まるで子どものような言葉しか出なかった。
「もう、怒って……ない?」
大きく頷く姿に、たちまち肩から力が抜けた。よかった、と思ったら勝手に涙が溢れた。
ぽろぽろぽろぽろ。止めようと思うのに、次から次に頬を滑り落ちる。ミシュー、とエドマンドが僕の名を呼ぶ。切なそうで苦しそうで、今まで聞いたこともないような声だった。早く泣き止まなきゃと思うのに、勝手に零れる涙は止まってくれない。
「ちょっ……と、止まらな……くて。ごめ……」
手の甲で涙をごしごしとこすると、エドマンドのかすれた声が聞こえる。
「謝ることなど、ありません。私が……至らなかったのです」
青ざめたエドマンドの体は震えていた。唇は色を失くし、強く握りしめたままの拳は白くなっている。
「あの時……バルコニーで貴方と第二王子を見ました。まるで、寄り添い合っているようで……。あの男が貴方に触れようとした瞬間、我を忘れました。あんな、貴方を泣かせるような態度を……とるなんて」
「エドマンド」
「自……分が、こんなにも愚かだとは思わなかった」
まるで独白のようなエドマンドの言葉を聞くうちに、僕の涙は止まっていた。暗く沈む宵闇色の瞳に僕が映っている。
ようやくエドマンドが立ち止まったのは、自室の扉の前だった。廊下に立っていた護衛騎士に、エドマンドは「誰も入れるな」と告げて僕と二人で部屋に入った。
物音一つしない部屋の中で、僕はエドマンドの背を見ていた。こんなに背中ばかり見ていたことがあったかなと思ったら、目の前が滲んだ。喉の奥が熱くなって思わずうつむくと、今度は鼻がつんとする。
(馬鹿か、僕は。何か言われたわけでもないのに)
エドマンドは部屋に戻ろうと言っただけだ。勝手に動揺して不安に思っているのは僕だ。絡んできた第二王子を止めて追い払ってくれたのに、まだ御礼も言っていない。勝手に溢れそうになっていた涙を消したくて何度も瞬きをした。ふっと自分の前に大きな影ができた。
「……ミシュー」
静かな声だった。すぐに応えようとしても言葉が出てこない。
(……もう怒っていないんだろうか。そもそも、どうして怒っていたんだろうか)
ちゃんと聞こうと思っているのに体が震える。理由も聞かずにエドマンドを怖いと思う自分が情けなくて嫌だった。
「手首が……赤くなって」
エドマンドが僕の手を取ろうとした途端、体がびくりと震えて手を引いた。自分でも驚いて顔を上げると、エドマンドの目が驚愕に見開かれていた。すぐに顔が歪み、くぐもった声が吐き出される。
「ゆる……て……いただける……でしょうか」
「……」
「感情的な……姿を……」
宵闇色の瞳がまるで泣き出しそうに揺れる。その瞳に先ほどまであった怒りはない。眉を寄せたまま項垂れ、ぐっと拳を握りしめている。
「お……って、ない?」
ぽろりと言葉が漏れた。エドマンドが、ばっと顔を上げる。知らず知らず息を詰めていたら、まるで子どものような言葉しか出なかった。
「もう、怒って……ない?」
大きく頷く姿に、たちまち肩から力が抜けた。よかった、と思ったら勝手に涙が溢れた。
ぽろぽろぽろぽろ。止めようと思うのに、次から次に頬を滑り落ちる。ミシュー、とエドマンドが僕の名を呼ぶ。切なそうで苦しそうで、今まで聞いたこともないような声だった。早く泣き止まなきゃと思うのに、勝手に零れる涙は止まってくれない。
「ちょっ……と、止まらな……くて。ごめ……」
手の甲で涙をごしごしとこすると、エドマンドのかすれた声が聞こえる。
「謝ることなど、ありません。私が……至らなかったのです」
青ざめたエドマンドの体は震えていた。唇は色を失くし、強く握りしめたままの拳は白くなっている。
「あの時……バルコニーで貴方と第二王子を見ました。まるで、寄り添い合っているようで……。あの男が貴方に触れようとした瞬間、我を忘れました。あんな、貴方を泣かせるような態度を……とるなんて」
「エドマンド」
「自……分が、こんなにも愚かだとは思わなかった」
まるで独白のようなエドマンドの言葉を聞くうちに、僕の涙は止まっていた。暗く沈む宵闇色の瞳に僕が映っている。
47
あなたにおすすめの小説
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました
未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。
皆さまありがとうございます。
「ねえ、私だけを見て」
これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。
エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。
「この恋、早く諦めなくちゃ……」
本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。
この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。
現在番外編を連載中。
リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。
――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる