翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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翼が生えた王子、辺境伯領へ

30.揺れる心

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 ドクドクと胸の音が大きくなって息が切れる。靴音だけが廊下に響き、沈黙に胃が痛くなる。体の大きなエドマンドが、これまではずっと自分のために歩調を合わせてくれていたのだと改めて思う。だって、そうでなければこんなに何度も転びそうになっていない。繋がれている手も力まかせに引きずられて痛むことなんかない。

 ようやくエドマンドが立ち止まったのは、自室の扉の前だった。廊下に立っていた護衛騎士に、エドマンドは「誰も入れるな」と告げて僕と二人で部屋に入った。

 物音一つしない部屋の中で、僕はエドマンドの背を見ていた。こんなに背中ばかり見ていたことがあったかなと思ったら、目の前が滲んだ。喉の奥が熱くなって思わずうつむくと、今度は鼻がつんとする。

(馬鹿か、僕は。何か言われたわけでもないのに)

 エドマンドは部屋に戻ろうと言っただけだ。勝手に動揺して不安に思っているのは僕だ。絡んできた第二王子を止めて追い払ってくれたのに、まだ御礼も言っていない。勝手に溢れそうになっていた涙を消したくて何度も瞬きをした。ふっと自分の前に大きな影ができた。

「……ミシュー」

 静かな声だった。すぐに応えようとしても言葉が出てこない。

(……もう怒っていないんだろうか。そもそも、どうして怒っていたんだろうか)

 ちゃんと聞こうと思っているのに体が震える。理由も聞かずにエドマンドを怖いと思う自分が情けなくて嫌だった。

「手首が……赤くなって」

 エドマンドが僕の手を取ろうとした途端、体がびくりと震えて手を引いた。自分でも驚いて顔を上げると、エドマンドの目が驚愕に見開かれていた。すぐに顔が歪み、くぐもった声が吐き出される。

「ゆる……て……いただける……でしょうか」
「……」
「感情的な……姿を……」

 宵闇色の瞳がまるで泣き出しそうに揺れる。その瞳に先ほどまであった怒りはない。眉を寄せたまま項垂れ、ぐっと拳を握りしめている。

「お……って、ない?」

 ぽろりと言葉が漏れた。エドマンドが、ばっと顔を上げる。知らず知らず息を詰めていたら、まるで子どものような言葉しか出なかった。

「もう、怒って……ない?」

 大きく頷く姿に、たちまち肩から力が抜けた。よかった、と思ったら勝手に涙が溢れた。

 ぽろぽろぽろぽろ。止めようと思うのに、次から次に頬を滑り落ちる。ミシュー、とエドマンドが僕の名を呼ぶ。切なそうで苦しそうで、今まで聞いたこともないような声だった。早く泣き止まなきゃと思うのに、勝手に零れる涙は止まってくれない。

「ちょっ……と、止まらな……くて。ごめ……」

 手の甲で涙をごしごしとこすると、エドマンドのかすれた声が聞こえる。

「謝ることなど、ありません。私が……至らなかったのです」

 青ざめたエドマンドの体は震えていた。唇は色を失くし、強く握りしめたままの拳は白くなっている。

「あの時……バルコニーで貴方と第二王子を見ました。まるで、寄り添い合っているようで……。あの男が貴方に触れようとした瞬間、我を忘れました。あんな、貴方を泣かせるような態度を……とるなんて」
「エドマンド」
「自……分が、こんなにも愚かだとは思わなかった」

 まるで独白のようなエドマンドの言葉を聞くうちに、僕の涙は止まっていた。暗く沈む宵闇色の瞳に僕が映っている。
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