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翼が生えた王子、辺境伯領へ
28.とまどう心
「迎えに来てくれたの?」
エドマンドは部屋の真ん中で呆然と佇んでいた。僕がもう一度名を呼ぶと、はっとしたように歩いてくる。金色の髪を後ろに撫でつけ、形のいい額を出した姿はきりりと男らしい。瞳と合わせたのだろう、濃い青紫の上下は陽が落ちた後の美しい夜の色だ。胸元には明るい青の布が薔薇を象って飾られている。
王宮でもエドマンドが歩く先には人の波ができていたことを思い出して、ほうっと息を吐いた。
「エドマンド、とても素敵だ。コートもエドマンドの瞳によく似合ってる」
「いえ、私などとても……。ミ、ミシューこそ、た、大変……」
「ん?」
うつむいてしまったエドマンドの声は小さく聞き取りづらい。僕はエドマンドのすぐ側まで行って顔を見上げた。そして、目が合ったところで「見て!」とくるりとその場で回って見せた。針子たちが頑張ってくれた成果をよく見てほしかったのだ。ぐっ!とうめくような声が聞こえ、エドマンドが口元を抑えた。
「エドマンド?」
「……そ、その背は」
「ああ、綺麗だろう? 翼が出るところをちょっと細工してもらったんだ」
光沢のある白絹のシャツは袖にも胸元にもふんだんにひだがついており、背は大きく開いている。そこには、首から背にかけて細い金の鎖と小粒の宝石たちがきらめいていた。髪を背に流したので時折見える程度だが、黒の脚衣にも合っていると思う。
「ペテル!」
「はっ」
「殿下に何か羽織るものを!!」
「……別に寒くないよ、エドマンド」
「お体を冷やしてはなりません!」
エドマンドは眉を跳ね上げて僕を見た。そのくせ、目が合うとさっと逸らしてしまう。
侍従から薄地の織物を受け取ったエドマンドは、僕の肩にふわりとかけた。小さく息をついたかと思うと、僕の手をぎゅっと強く握って歩き出す。いつもとの違いに驚きながら広間に向かった。
(どうしたんだろう……。僕にはやっぱり派手すぎただろうか)
素っ気ないエドマンドの態度に急速に心が萎んでいく。握られた手は痛いほどに力がこめられて熱いのに、互いに言葉も無く廊下を進んだ。
隣国の使者を迎えた晩餐の席には思ったよりも多くの人々が集まっていた。僕たちが入っていくと、空気が揺れるのを感じた。人々が一斉にこちらに向かって礼をとる。
上座にいた者が立ち上がったかと思うと、「ミシュー殿下!」と叫んだ。焦げ茶の髪に青の瞳の男性が満面の笑みを浮かべている。
(ああ、確かにこの声は聞き覚えがある)
正直、顔は全くと言っていいほど覚えていなかった。ただ、張りのある声に散々話しかけられて逃げ出したことを思い出した。
他国の使者との晩餐の席とは公の場である。公の席だということは、笑顔に紛れて今後の展望やら希望やらがさり気なくねじ込まれる場なのである。単に親睦や交流を深めることが目的なのではない。
「ミシュー殿下と再びお会いできるとは運命を感じます」
こちらは何も感じないが、人の感覚とは勝手なものだ。第二王子がやたら話を向けてくるので、その度に微笑んでみた。一瞬相手が黙り込むところで、エドマンドと補佐官たちがさっと話を引き戻す。
王宮という華やかだが権謀術数が繰り広げられる魔窟で僕は育った。そのおかげで、どんな場でも笑顔でのらりくらりとやり過ごす術だけは身に着いている。そうでもしなければ、母のいない第五王子なぞどうなるかわからなかったのだ。
エドマンドは部屋の真ん中で呆然と佇んでいた。僕がもう一度名を呼ぶと、はっとしたように歩いてくる。金色の髪を後ろに撫でつけ、形のいい額を出した姿はきりりと男らしい。瞳と合わせたのだろう、濃い青紫の上下は陽が落ちた後の美しい夜の色だ。胸元には明るい青の布が薔薇を象って飾られている。
王宮でもエドマンドが歩く先には人の波ができていたことを思い出して、ほうっと息を吐いた。
「エドマンド、とても素敵だ。コートもエドマンドの瞳によく似合ってる」
「いえ、私などとても……。ミ、ミシューこそ、た、大変……」
「ん?」
うつむいてしまったエドマンドの声は小さく聞き取りづらい。僕はエドマンドのすぐ側まで行って顔を見上げた。そして、目が合ったところで「見て!」とくるりとその場で回って見せた。針子たちが頑張ってくれた成果をよく見てほしかったのだ。ぐっ!とうめくような声が聞こえ、エドマンドが口元を抑えた。
「エドマンド?」
「……そ、その背は」
「ああ、綺麗だろう? 翼が出るところをちょっと細工してもらったんだ」
光沢のある白絹のシャツは袖にも胸元にもふんだんにひだがついており、背は大きく開いている。そこには、首から背にかけて細い金の鎖と小粒の宝石たちがきらめいていた。髪を背に流したので時折見える程度だが、黒の脚衣にも合っていると思う。
「ペテル!」
「はっ」
「殿下に何か羽織るものを!!」
「……別に寒くないよ、エドマンド」
「お体を冷やしてはなりません!」
エドマンドは眉を跳ね上げて僕を見た。そのくせ、目が合うとさっと逸らしてしまう。
侍従から薄地の織物を受け取ったエドマンドは、僕の肩にふわりとかけた。小さく息をついたかと思うと、僕の手をぎゅっと強く握って歩き出す。いつもとの違いに驚きながら広間に向かった。
(どうしたんだろう……。僕にはやっぱり派手すぎただろうか)
素っ気ないエドマンドの態度に急速に心が萎んでいく。握られた手は痛いほどに力がこめられて熱いのに、互いに言葉も無く廊下を進んだ。
隣国の使者を迎えた晩餐の席には思ったよりも多くの人々が集まっていた。僕たちが入っていくと、空気が揺れるのを感じた。人々が一斉にこちらに向かって礼をとる。
上座にいた者が立ち上がったかと思うと、「ミシュー殿下!」と叫んだ。焦げ茶の髪に青の瞳の男性が満面の笑みを浮かべている。
(ああ、確かにこの声は聞き覚えがある)
正直、顔は全くと言っていいほど覚えていなかった。ただ、張りのある声に散々話しかけられて逃げ出したことを思い出した。
他国の使者との晩餐の席とは公の場である。公の席だということは、笑顔に紛れて今後の展望やら希望やらがさり気なくねじ込まれる場なのである。単に親睦や交流を深めることが目的なのではない。
「ミシュー殿下と再びお会いできるとは運命を感じます」
こちらは何も感じないが、人の感覚とは勝手なものだ。第二王子がやたら話を向けてくるので、その度に微笑んでみた。一瞬相手が黙り込むところで、エドマンドと補佐官たちがさっと話を引き戻す。
王宮という華やかだが権謀術数が繰り広げられる魔窟で僕は育った。そのおかげで、どんな場でも笑顔でのらりくらりとやり過ごす術だけは身に着いている。そうでもしなければ、母のいない第五王子なぞどうなるかわからなかったのだ。
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