『さよなら、彼に依存していた私―30日間の失恋回復ストーリー』

月下花音

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Day 6:さよなら、「次」なんて考えられなかった私

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 スマートフォンの画面に、美咲の名前が表示された。

『こころ、お疲れ! 今日のランチどう? この前言ってた、駅前のカフェ!』

 画面越しに、美咲の明るい声が聞こえてくるようだった。

 昨日の夜、スマホを遠ざける努力をしたばかりなのに、結局はこうして通知に反応してしまう自分が情けない。

 でも、このまま一人で部屋に閉じこもっていても、腐っていくだけだという予感もあった。

 数分間、送信ボタンの上で指を迷わせた末に、私は返信した。

『うん、行きたい。』

 たった一言打つだけで、ひどくエネルギーを消耗した。

 ◇

 カフェに着くと、美咲はいつもの窓際の席に座っていた。店内は明るく、笑い声が響いている。

 私が店に入った瞬間、彼女の表情がわずかに曇るのを、見逃さなかった。

「……こころ、なんかやつれた?」

 席に着くなり、美咲は直球で聞いてきた。彼女はいつもそうだ。遠回しな表現ができない、真っ直ぐな人。

 私は小さく頷くしかなかった。声を出せば、それだけで崩れてしまいそうだったから。

「別れたんだ」

 私がかろうじて絞り出した言葉は、賑やかな店内のBGMにかき消されそうなくらい小さかった。

 美咲は目を見開いたまま、数秒間、絶句した。

「え……嘘。優也くんと?」

 再び、頷く。首を縦に振るだけの簡単な動作が、鉛のように重い。

 ◇

「そっか……。それは、しんどいね」

 彼女の声音が、急に低く、柔らかくなった。

「しんどい」が胸の鍵を外し、感情が零れ落ちる。

 美咲の笑顔が、残酷なほど眩しい。

 賑やかなカフェの片隅で、私は顔を覆って泣き出した。

 周りの客が怪訝な顔で見ているのがわかる。でも、もうどうでもよかった。止められない。止めたくもない。

 美咲は何も言わず、ただ黙って、テーブル越しに私の手を握りしめてくれた。

 彼女の手の温かさが、唯一、私を現実に繋ぎ止めていた。

 ◇

 どれくらいそうしていただろう。

 涙が枯れ果て、しゃくり上げる呼吸だけが残った頃、美咲はゆっくりと口を開いた。

「大丈夫、こころなら大丈夫だよ。あんな男、さよならで正解」

 彼女は努めて明るく、いつもの調子で言った。私を元気づけようとしてくれているのがわかる。

「次行こ、次! もっといい男、絶対いるって。あたしが探してあげるから!」

 彼女のその屈託のない笑顔。前向きで、エネルギッシュで、少しも曇りのない善意。

 それが、鋭利な刃物となって私の胸を抉った。

「次」なんて、考えられるわけがない。

 私の中ではまだ「今」が終わっていないのに。優也との時間が、まだ現在進行形で続いているのに。

 誰かを新しく好きになるなんて、想像しただけで吐き気がした。

 もう二度と、こんな思いをするくらいなら、一生一人でいい。本気でそう思った。

 ◇

 でも、それを口に出すことはできなかった。

 美咲の優しさを、真っ向から否定することはできなかった。彼女は彼女なりのやり方で、私を救い出そうとしてくれているのだから。

 私は引きつった笑顔を貼り付け、「うん、ありがと」と答えた。

 その言葉は、喉の奥で砂のようにじゃりじゃりとした音を立てた。

 カフェを出て、別れ際、美咲は私を強く抱きしめてくれた。

「いつでも連絡して。一人で抱え込まないでね」

 彼女の髪から、甘いフローラルの香りがした。優也が好きだった匂いとは違う、女の子の匂い。

 その温もりに包まれながら、私は少しだけ救われた気がした。

 同時に、彼女の明るさが持つ残酷さに、少しだけ傷ついてもいた。

 ◇

 家に帰り、一人になった部屋で、私は再び泣いた。

 今度は、自分の惨めさと、美咲の優しさへの感謝と、そしてどうしようもない孤独感がない交ぜになった、複雑な涙だった。

 世界は「次」へ進めと私を急かす。

 でも、私の時間は、まだ優也がいた「昨日」で止まったまま。

 そのギャップが、どうしようもなく痛い。

 窓の外を見ると、夕日が街をオレンジ色に染めていた。

 その温かな光が、今の私の心には、少しだけ眩しすぎた。
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