『さよなら、彼に依存していた私―30日間の失恋回復ストーリー』

月下花音

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Day 4:さよなら、鏡の中の「知らない女」だった私

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 朝の光が、昨日よりも柔らかく感じた。カーテンの隙間から差し込む光は、まだ弱々しいけれど、確かに部屋の中に届いている。

 気のせいかもしれない。あるいは、私の網膜が、光を受け入れる準備を少しだけ始めたのかもしれない。

 ベッドから起き上がり、重たい身体を洗面所へと運ぶ。

 そこは、私にとって最初の試練の場所だった。

 鏡。現実を容赦なく突きつけてくる、冷たいガラスの板。

 ◇

 深呼吸を一つして、顔を上げる。

 そこにいたのは、相変わらず知らない女だった。

 けれど、その表情に微かな変化があった。一昨日や昨日のような、すべてを諦めたような絶望の色は薄れ、代わりに疲労と混乱が混じり合った、人間らしい表情が浮かんでいる。

 目の下の腫れはまだ引いていない。

 それでも、昨日よりは少しだけ、ましに見えた。

 これも、気のせいかもしれないけれど。

 鏡の中の自分と、じっと見つめ合う。

 彼女の瞳の奥に、怯えて縮こまっている、本当の私が見えた。

 大丈夫だよ、と言ってあげたかった。でも、そんな言葉はあまりに軽々しくて、嘘に聞こえただろう。

 だから、もっと単純な事実を、声に出してみることにした。

 唇が震え、心で呟く。

「生きてる」

 ◇

 声帯が震え、唇から音が紡がれる。

 ひどく掠れた、自分のものではないような声だった。けれど、その言葉は確かに、この部屋の静寂を破った。

 鏡の中の女の唇も、同じように動く。

 私たちは、同じ言葉を同時に口にした。

 昨日の私なら、こんな言葉は絶対に言えなかった。

 昨日までの私は、生きていること自体が罰のように感じられていたから。呼吸をすることさえ億劫で、ただ時間が過ぎ去るのを待つだけの、生命活動を停止した置物だった。

 でも、今朝は違った。ほんの少しだけ。

「生きている」という事実を、客観的に認識できた。

 それは希望でも絶望でもなく、ただのニュートラルな状態報告。

 でも、そのニュートラルな地点に立てたことが、私にとっては小さな、しかし決定的な一歩だった。

 ◇

 キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。

 昨日、彼岸と此岸を分ける川のように思えたあの場所。

 まだ、彼のビールとチーズはそこにある。

 でも今日は、昨日ほど胸が締め付けられることはなかった。

 それらはただの「物」として、そこにあった。思い出という名の亡霊は、少しだけ薄れていた。

 コーヒーを淹れる。昨日と同じ豆、同じ淹れ方。

 マグカップを手に取り、恐る恐る一口飲む。

 苦い。相変わらず、舌に刺さるような苦さだ。

 でも、昨日より刺さらない苦さ。

 ああ、この味が、私の新しい基準か。

 ◇

 窓を開けると、ひんやりとした空気が流れ込んできた。

 外では、カラスの鳴き声が遠くに聞こえる。

 昨日までは世界から音が消えていたのに、今日はちゃんと、音が聞こえる。

 それは、世界が私に優しくなったわけではない。

 私の耳が、再び世界と繋がることを許可し始めたのだ。

 何かが、ほんの少しずつ、変わり始めている。

 それは、雪解け水が岩の隙間に一滴ずつ染み込んでいくような、あまりに遅く、微かで、誰にも気づかれない変化。

 でも、確実に、何かが動いている。

 ◇

 もう一度、洗面所に戻る。

 鏡の中の女は、さっきと同じ顔をしていた。

 でも、私にはわかる。

 彼女の瞳の奥に、昨日まではなかった、ごくごく小さな光の粒が灯っているのを。

 それは、まだ瞬き程度の、頼りない光。

 それでも、暗闇の中では、どんな小さな光も道標になる。

 部屋に戻り、床に散らばっていた服を拾い上げる。

 まずは、この混沌とした部屋を片付けることから始めよう。

 世界を変えることはできなくても、自分の半径1メートル以内なら、変えられるかもしれない。

 その日、初めて洗濯機を回した。

 クローゼットに押し込んだパーカーも、一緒に。

 洗剤の匂いが、新鮮に感じられた。機械に任せて、いつか笑える日を待とう。
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