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第4章法国遠征編
第2話 その法国中将、無能につき
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・・2・・
6の月22の日
イリス法国ヴァネティア市郊外
午前11時18分
軍服が夏用に変わった六の月も下旬に入ったこの日、イリス法国ヴァネティアは快晴で気温も二十五度を越えて汗ばむくらいの天気の中で、僕達はヴァネティア市郊外にいた。中心部である島へ向けて馬車の中に一緒にいるのはレイナ、それと師団長であるルークス少将だ。
「ヴァネティアを訪れるのは何年振りだろうか。いつ来ても美しい街だ。義理の弟の准将昇進を祝いながらゆっくり観光でもしたいものだよ。戦争でなければね」
「ありがとうございます、ルークス少将閣下。市街中心の広場は景色も素晴らしくカフェもあるそうですね。ラテを楽しみながら飲みたいものですよ。戦争でなければ」
「市内はゴンドラに乗船して回れるらしいわね。地元の漕ぎ手の案内を聴きながら景色を眺めたいものね。戦争でなければの話だけど」
『はぁ……』
せっかく水の都で名高いヴァネティアにいるにも関わらず、僕もリイナもルークス少将も、三人してため息をつく。
理由は当然、今回のヴァネティア訪問は旅行ではなく迫り来る妖魔軍との対決の為の遠征であるから。通常であれば法国本土とヴァネティア市中心部を繋ぐ橋には多くの人が行き交っているが、今いるのは軍人ばかりで物々しい雰囲気と化している。ヴァネティア市民は義勇兵を志願した一部を除いて避難しているから普段の賑やかさはどこにも無かった。
「しかし、まさかイリス法国軍が司令部を島の方に置くとは思いませんでしたよ。魔法無線装置があるので通信は問題ないにしても、主力は本土側にあるのに非効率極まりないです」
「同感だな、アカツキ准将。籠城戦ならともかく、島には奇襲された時に備えて一個旅団があるのみでそれ以外は全部本土側だ。大方、進撃を続ける妖魔軍を恐れての配置だろうね」
「法国軍は臆病者ね。双子の魔人が出たとはいえ、島に引きこもっても意味が無いでしょうに」
「確か布陣した法国軍五個師団の司令官は、ルラージ中将でしたよね」
「そうだね。正直なところ、あまり有能ではないらしい」
「司令部設置場所で察しました。これは、苦労しそうですね……」
僕は法国軍司令官に会う前から憂鬱な気分になる。この調子だとどうせ碌でもないのが出てくるのが確定だからだ。いつもなら隣国の事だからと言っていられるけれど、今回ばかりはそうはいかない。ハズレと分かっている箱なんて誰だって開けたくないさ……。
馬車が止まり、御者が到着を告げたので僕達は車内から出る。
外には法国軍の士官数人が待っていた。その中でも一番階級が高そうなのは、三十代後半の男性で大佐だった。見るからに気苦労が絶えなさそうな雰囲気が醸し出されている。
「ルークス少将閣下、アカツキ准将閣下、リイナ中佐。お待ちしておりました! 御三方が援軍に駆けつけてくれた事、大変に大変に感謝致します! ああ! 特に連合王国の稀代の参謀のアカツキ准将閣下が加わって貰えるとは思わず、私は、私は嬉しくて涙が出そうです!」
会うやいなや敬礼をしたかと思えば、僕に対して両手を握る大佐。涙が出そうと言っておいて既に号泣だ。大丈夫かこの人。
両隣にいるルークス少将もリイナもぽかんとしている。
「歓迎ありがとう。貴官の名前は?」
「これは申し訳ありません! 私はカレル・カバリーノと申します! 階級は、准将でありましてルラージ中将閣下の副官を務めております」
「ルラージ中将の副官。なるほど、覚えておくよカレル准将。ちなみに僕とは同じ階級なんだこら敬語じゃなくていいよ」
「とんでもない! 連合王国の改革の立役者で名参謀殿を尊敬しておりますので!」
「ああそう……。なんにしても、宜しくねカレル准将」
「はいっ! ルークス少将閣下もリイナ中佐もどうぞよろしくお願いします!」
「こちらこそですの、カレル准将閣下」
「ああ。ところでカレル准将、貴官は戦の前から疲労が蓄積しているようだけど大丈夫かい?」
ルークス少将が心配して言ったように、カレル准将の目の下にはクマが出来ていた。おそらくここ数日まともに睡眠時間が取れていないか、精神的な原因で眠りが浅いか、もしくは両方か。いずれにしても余り体調が良さそうには見えなかった。
「すみません……。あのクソ……、いえ、中将閣下から色々と任されておりまして少々忙しかったのです。何にもしない無能め……、なんでもありません。中将閣下も何かと忙しいらしく……」
「そうか……。貴官も大変だね……」
本音がダダ漏れだよカレル准将!?
ルークス少将は引いているし、後ろに控えている法国軍の士官達もカレル准将には同情の目線を送っているしこれは……。
「ねえリイナ。僕はもうノイシュランデに帰りたいよ……」
「まったくだわ……。こんなのなら私は旦那様と二人きりの時間を過ごしたいわよ……」
ルークス少将とカレル准将のやり取りの背後でひそひそと話す僕とリイナ。
どうやら僕が思っているより法国軍の問題は深刻そうだ……。
「――さて、立ち話もなんだからルラージ中将の元へ案内してくれるかい?」
「はっ! こちらへどうぞ」
法国軍の司令部は橋から割と近い周囲より高い建物に設置されていた。元は富裕層向けの宿泊施設だったようで、広い部屋や大広間などがあるから色々と便利なのでここになったらしい。他にも本土を見渡すには適切な場所なので、悪くはない所に司令部を置いたと思う。
「その、御三方。中将閣下のもとへ向かわれる前に予め伝えておきたいことがあります……」
申し訳なさそうな表情でカレル准将は僕達に言う。首を傾げるルークス少将とリイナに僕。伝えたい事とはなんだろう。
「構わないよ。どうしたの?」
「はっ。ありがとうございます、アカツキ准将閣下。――実は、これから皆様に行ってもらうのは司令官室ではありません」
「ん? もしかして演習場かい? だとしたら方向が逆だけれど」
「それとも図上演習室かしら? 存外真面目じゃない」
「いえ、違います……」
「違うってどういうこと? 僕には見当がつかないんだけど」
猛烈に嫌な予感がしてきた。というのも司令部の建物に入ってからの行き先が司令官室のある上階でもなければ軍人達が行き交う図上演習室でもないからだ。しかもどこからか美味しそうな匂いがしてきている。
まさかとは思うけど……。まさかだろうなあ……。
「質実剛健を良しとする連合王国軍人の方々ならお怒りになるかもしれません。ユーモアを解している皆様でも、笑えない冗談に見えるでしょうが、どうか抑えてください。こちらに、なります……」
カレル准将が案内してくれたのは、大きな扉のある部屋。ここがホテルであり建物の間取り的に考えれば、貴族階級の僕達ならこの先がどこだか嫌でも判断してしまう。匂いが強くなった点がさらに証拠を固めてしまっている。
ルークス少将は額を手で覆って溜息をついていた。リイナは呆れて物も言えないという様子だ。
…………はぁ。
「ルラージ中将閣下、連合王国軍のルークス少将閣下、アカツキ准将閣下、リイナ中佐をお連れ致しました」
「おおそうかっ! 通してくれ通してくれ!」
声を跳ね上げさせて、嬉しそうな様子がここからでも伝わるルラージ中将とは対照的に今にも倒れそうな様子のカレル准将は扉を開ける。
開いた先にある景色は、前世のイタリア料理によく似た品々と見るからに高級そうなワインが置かれたテーブル。いわゆるビュッフェ形式で品々が並んでいた。舞踏会や富裕層の立食形式の夕食会程ではないにしてもとてもここが最前線とは思えない豪華さ。
そして、それらテーブルの前にはでっぷりと肥えて腹がみっともなく出ている、軍服をパツンパツンにしている中年男性が一人。見るからに偉そうな装飾から階級が上だと分かるし、星の数から中将だと判別出来た。彼が、ルラージ中将なわけか……。
僕らの表情なんていざ知らず、ルラージ中将は喜色満面でこう言った。
「よく来てくれたぞ! 私がルラージだ! 君達を歓迎する!」
…………あぁ、頭が痛くなってきた。
6の月22の日
イリス法国ヴァネティア市郊外
午前11時18分
軍服が夏用に変わった六の月も下旬に入ったこの日、イリス法国ヴァネティアは快晴で気温も二十五度を越えて汗ばむくらいの天気の中で、僕達はヴァネティア市郊外にいた。中心部である島へ向けて馬車の中に一緒にいるのはレイナ、それと師団長であるルークス少将だ。
「ヴァネティアを訪れるのは何年振りだろうか。いつ来ても美しい街だ。義理の弟の准将昇進を祝いながらゆっくり観光でもしたいものだよ。戦争でなければね」
「ありがとうございます、ルークス少将閣下。市街中心の広場は景色も素晴らしくカフェもあるそうですね。ラテを楽しみながら飲みたいものですよ。戦争でなければ」
「市内はゴンドラに乗船して回れるらしいわね。地元の漕ぎ手の案内を聴きながら景色を眺めたいものね。戦争でなければの話だけど」
『はぁ……』
せっかく水の都で名高いヴァネティアにいるにも関わらず、僕もリイナもルークス少将も、三人してため息をつく。
理由は当然、今回のヴァネティア訪問は旅行ではなく迫り来る妖魔軍との対決の為の遠征であるから。通常であれば法国本土とヴァネティア市中心部を繋ぐ橋には多くの人が行き交っているが、今いるのは軍人ばかりで物々しい雰囲気と化している。ヴァネティア市民は義勇兵を志願した一部を除いて避難しているから普段の賑やかさはどこにも無かった。
「しかし、まさかイリス法国軍が司令部を島の方に置くとは思いませんでしたよ。魔法無線装置があるので通信は問題ないにしても、主力は本土側にあるのに非効率極まりないです」
「同感だな、アカツキ准将。籠城戦ならともかく、島には奇襲された時に備えて一個旅団があるのみでそれ以外は全部本土側だ。大方、進撃を続ける妖魔軍を恐れての配置だろうね」
「法国軍は臆病者ね。双子の魔人が出たとはいえ、島に引きこもっても意味が無いでしょうに」
「確か布陣した法国軍五個師団の司令官は、ルラージ中将でしたよね」
「そうだね。正直なところ、あまり有能ではないらしい」
「司令部設置場所で察しました。これは、苦労しそうですね……」
僕は法国軍司令官に会う前から憂鬱な気分になる。この調子だとどうせ碌でもないのが出てくるのが確定だからだ。いつもなら隣国の事だからと言っていられるけれど、今回ばかりはそうはいかない。ハズレと分かっている箱なんて誰だって開けたくないさ……。
馬車が止まり、御者が到着を告げたので僕達は車内から出る。
外には法国軍の士官数人が待っていた。その中でも一番階級が高そうなのは、三十代後半の男性で大佐だった。見るからに気苦労が絶えなさそうな雰囲気が醸し出されている。
「ルークス少将閣下、アカツキ准将閣下、リイナ中佐。お待ちしておりました! 御三方が援軍に駆けつけてくれた事、大変に大変に感謝致します! ああ! 特に連合王国の稀代の参謀のアカツキ准将閣下が加わって貰えるとは思わず、私は、私は嬉しくて涙が出そうです!」
会うやいなや敬礼をしたかと思えば、僕に対して両手を握る大佐。涙が出そうと言っておいて既に号泣だ。大丈夫かこの人。
両隣にいるルークス少将もリイナもぽかんとしている。
「歓迎ありがとう。貴官の名前は?」
「これは申し訳ありません! 私はカレル・カバリーノと申します! 階級は、准将でありましてルラージ中将閣下の副官を務めております」
「ルラージ中将の副官。なるほど、覚えておくよカレル准将。ちなみに僕とは同じ階級なんだこら敬語じゃなくていいよ」
「とんでもない! 連合王国の改革の立役者で名参謀殿を尊敬しておりますので!」
「ああそう……。なんにしても、宜しくねカレル准将」
「はいっ! ルークス少将閣下もリイナ中佐もどうぞよろしくお願いします!」
「こちらこそですの、カレル准将閣下」
「ああ。ところでカレル准将、貴官は戦の前から疲労が蓄積しているようだけど大丈夫かい?」
ルークス少将が心配して言ったように、カレル准将の目の下にはクマが出来ていた。おそらくここ数日まともに睡眠時間が取れていないか、精神的な原因で眠りが浅いか、もしくは両方か。いずれにしても余り体調が良さそうには見えなかった。
「すみません……。あのクソ……、いえ、中将閣下から色々と任されておりまして少々忙しかったのです。何にもしない無能め……、なんでもありません。中将閣下も何かと忙しいらしく……」
「そうか……。貴官も大変だね……」
本音がダダ漏れだよカレル准将!?
ルークス少将は引いているし、後ろに控えている法国軍の士官達もカレル准将には同情の目線を送っているしこれは……。
「ねえリイナ。僕はもうノイシュランデに帰りたいよ……」
「まったくだわ……。こんなのなら私は旦那様と二人きりの時間を過ごしたいわよ……」
ルークス少将とカレル准将のやり取りの背後でひそひそと話す僕とリイナ。
どうやら僕が思っているより法国軍の問題は深刻そうだ……。
「――さて、立ち話もなんだからルラージ中将の元へ案内してくれるかい?」
「はっ! こちらへどうぞ」
法国軍の司令部は橋から割と近い周囲より高い建物に設置されていた。元は富裕層向けの宿泊施設だったようで、広い部屋や大広間などがあるから色々と便利なのでここになったらしい。他にも本土を見渡すには適切な場所なので、悪くはない所に司令部を置いたと思う。
「その、御三方。中将閣下のもとへ向かわれる前に予め伝えておきたいことがあります……」
申し訳なさそうな表情でカレル准将は僕達に言う。首を傾げるルークス少将とリイナに僕。伝えたい事とはなんだろう。
「構わないよ。どうしたの?」
「はっ。ありがとうございます、アカツキ准将閣下。――実は、これから皆様に行ってもらうのは司令官室ではありません」
「ん? もしかして演習場かい? だとしたら方向が逆だけれど」
「それとも図上演習室かしら? 存外真面目じゃない」
「いえ、違います……」
「違うってどういうこと? 僕には見当がつかないんだけど」
猛烈に嫌な予感がしてきた。というのも司令部の建物に入ってからの行き先が司令官室のある上階でもなければ軍人達が行き交う図上演習室でもないからだ。しかもどこからか美味しそうな匂いがしてきている。
まさかとは思うけど……。まさかだろうなあ……。
「質実剛健を良しとする連合王国軍人の方々ならお怒りになるかもしれません。ユーモアを解している皆様でも、笑えない冗談に見えるでしょうが、どうか抑えてください。こちらに、なります……」
カレル准将が案内してくれたのは、大きな扉のある部屋。ここがホテルであり建物の間取り的に考えれば、貴族階級の僕達ならこの先がどこだか嫌でも判断してしまう。匂いが強くなった点がさらに証拠を固めてしまっている。
ルークス少将は額を手で覆って溜息をついていた。リイナは呆れて物も言えないという様子だ。
…………はぁ。
「ルラージ中将閣下、連合王国軍のルークス少将閣下、アカツキ准将閣下、リイナ中佐をお連れ致しました」
「おおそうかっ! 通してくれ通してくれ!」
声を跳ね上げさせて、嬉しそうな様子がここからでも伝わるルラージ中将とは対照的に今にも倒れそうな様子のカレル准将は扉を開ける。
開いた先にある景色は、前世のイタリア料理によく似た品々と見るからに高級そうなワインが置かれたテーブル。いわゆるビュッフェ形式で品々が並んでいた。舞踏会や富裕層の立食形式の夕食会程ではないにしてもとてもここが最前線とは思えない豪華さ。
そして、それらテーブルの前にはでっぷりと肥えて腹がみっともなく出ている、軍服をパツンパツンにしている中年男性が一人。見るからに偉そうな装飾から階級が上だと分かるし、星の数から中将だと判別出来た。彼が、ルラージ中将なわけか……。
僕らの表情なんていざ知らず、ルラージ中将は喜色満面でこう言った。
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…………あぁ、頭が痛くなってきた。
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