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第4章法国遠征編
第1話 アカツキ、再び王都へ
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・・1・・
6の月13の日
アルネセイラ・旧市街地連合王国軍統合本部付近
「この時期での王都召還とか、嫌な予感しかしないんだよなあ……」
「あら、旦那様。私はもうなんとなく予想がついているわよ?」
「分かってる……。だから言わないで……」
僕は馬車に揺られながらため息をつく。
ルブリフ丘陵の戦いの後、軍人や市民達の大歓声を受けながらノイシュランデに帰還した僕はしばらくの間継続して設置されることになった東部統合軍本部で事後処理に追われていた。大量の魔物の死体の処分方法に目処がついたとはいえ、次の戦いに備えて兵站を万全に期する必要がある。
それにはノイシュランデへ共に滞在している兵站改革課のロイド大尉達の協力が不可欠だったけれど、彼らはよく仕事をしてくれていた。
鉄道輸送を活用した迅速な物資補給ルートは各駐屯部隊へ中継する中小規模デポ――デポとは物を保管したり貯蔵したりする倉庫のこと――の設置で実現した。これで網の目のような物資補給網が完成。またいつ妖魔軍が現れても弾薬や食糧には困らなくなった。
地道ながらも確実に仕事をこなしてくれる兵站改革課の部下達に感謝し、積み重なった仕事を消化しきりつつあった頃だった。
僕に国王陛下と軍部大臣、さらには外務大臣の正式サイン入りの書状が届く。内容は以下のようだった。
「アカツキ・ノースロード、リイナ・ノースロード。以上二名は急ぎ王都アルネセイラへ向かうように」
国王陛下と軍部大臣だけならともかく外務大臣のサインまであるとは思わなかった僕は、何があったんだろうとは瞬間は思ったものの、現在の情勢から王都に呼ばれた理由を察した。
「イリス法国が戦線を後退。ヴァネティアとボルティーノを防衛線とする。だもんなあ」
「法国は腰抜けよね。いくらなんでも戦線を下げすぎだわ。ここが破られたらもう連合王国の、しかも私の故郷のヨーク領じゃない」
「法国の狙いはそこだよリイナ。妖魔軍に圧勝した連合王国へ助けを乞うつもりなんだ」
「ふんっ、だったら尚更気に入らないわ」
リイナにしては珍しく憤慨した様子で言う。彼女は公の場だと美人で淑やかな面もあるけれど、素は軍人気質だ。法国だって弱小国ではないのに臆病風を吹かせているのが癪に障るんだろう。
「法国の内心も分からんではないよ。例の報告、間違いなく僕がリールプルで遭遇した双子の魔人の特徴に合致する。あいつら、あの場では本気じゃなかったらしい。しまったなあ、僕は以前に本職は召喚士と言ったけれど召喚士もやれる高位の魔法能力者の可能性の方が高いかもね……」
「旦那様が悪いわけじゃないわ。法国も戦慄しているのも分かるわよ。けれど、じゃあ何の為の召喚武器所有者となるわ。大体、法国は私達より軍人の魔法能力者が占める割合が高いじゃない。半分が魔法能力者なのよ?」
「悪いのは法国の軍上層部かその上さ。戦力の逐次投入は下策なのにね。この国みたいに戦力の即時投入が出来るならともかく、そうじゃないんだからさ」
「結果負けて、ようやく重い腰をあげたのが直近でしょう? まったく、勘弁してもらいたいわ……」
「同感だね」
リイナの的を得た指摘に僕は同意する。
連合王国のインフラにせよ軍の装備にせよ、法国に比べて比較にならないくらい向上している。だから連合王国を基準にして物を考えるのは見当違いではあるのだけれど、それを抜きにしてもあの国の軍の動かし方には問題が多かった。今回の戦線決定によりSランク召喚武器所有者が三人投入される。一人が行方不明の中法国のSランク召喚武器所有者の三割が参加するという点はそれなりに思い切った決断をしたんだろうけれど、さらに上のSSランク投入はゼロ。
至高のSSランクが参戦しない理由は恐らく法皇。大方妖魔軍の進撃具合を恐れて自身可愛さに出し渋りをしているのだろう。困るのは現場なのにね。
「アカツキ大佐、リイナ少佐。統合本部に到着します」
「ありがとう」
「ご苦労だったわ」
「はっ!」
統合本部まで向かう馬車の御者は軍人。彼に感謝を述べると僕とリイナは馬車から降りて約半月ぶりに統合本部に到着する。
戦争中にも関わらず圧勝した件があるのか、忙しそうにしているものの統合本部の雰囲気は明るかった。
「お待ちしておりました。アカツキ大佐、リイナ少佐。マーチス大将閣下が執務室でお待ちです」
「君は、マーチス大将閣下の?」
「はい。秘書官のエリスです。階級は中尉です」
僕達を出迎えたのはマーチス侯爵の秘書官の一人、エリス中尉だった。ロングヘアーの茶髪が似合う美人だ。
「エリス中尉、いつも父上を支えてくれて感謝しているわ。案内してちょうだい」
「はっ」
リイナは彼女を労うと、エリス中尉は模範的な敬礼をしてから僕達を執務室へと案内する。
途中に統合本部の軍人達とすれ違ったがまるで英雄みたいな扱いを受けた。どうやらルブリフ丘陵の戦果はこちらでも尾ひれがついて出回っているらしい。師団殺しの、とか、爆殺の、とか聞こえてきたけど決して僕は耳にしてないぞ! 二つ名が増えそうな気しかしないけどね!
マーチス侯爵の執務室には人払いがされているのか誰もいなかった。いるのは護衛の兵士二人だけだった。
僕は彼らにも尊敬の眼差しを受けつつ、エリス中尉は扉をノックすると。
「秘書官、エリスです。アカツキ大佐とリイナ少佐をお連れしました」
「案内ご苦労。二人を通してくれ」
「はっ。大佐、少佐。私はここまでとなります。中にどうぞ」
「うん」
「分かったわ」
執務室に通された僕達は扉が閉まると敬礼をする。中にはマーチス侯爵だけだと思っていたけれど、もう一人この国の重鎮がいた。外務大臣のエディン侯爵だ。
「これは驚きましたマーチス大将閣下。エディン侯爵がいらっしゃるとは」
「彼もこの場にいたいということでな」
「驚かせてすまないな、アカツキ王宮伯爵。いや、この場ではアカツキ大佐と呼んだ方が適切かな?」
「いえ、どちらでも構いません。お元気そうで、と言いたいところでしたがお疲れのようですね……」
「法国のせいでね……。色々と苦労させられた」
「心中お察し致します……」
「労い感謝するよ、アカツキ王宮伯爵」
「さてアカツキ大佐、リイナ少佐。道中の歓迎は凄まじかっただろう? ルブリフ丘陵の戦い、見事だったぞ」
「はっ。ありがとうございます。到着がやや遅延するほどには」
「ははっ、そうであろうな」
ノイシュランデから鉄道でアルネセイラへ。駅からここまでは市民達から随分と歓声を受けた。御者は軍人だったけれど、使った馬車はノースロード家の家紋の車両。市民には誰がいるかひと目で分かるので、大勢の人から手を振られたし、「アカツキ王宮伯爵万歳!」「連合王国万歳!」「国王陛下万歳!」とまるで戦勝国のパレードのような大歓声だった。それもあって、警護の軍人達がいたにも関わらず統合本部到着が十分程度遅れてしまったんだよね。
「アカツキ王宮伯爵、貴殿の大活躍は国王陛下も耳にされている。大変喜ばれていたぞ。勲章を授与したいとも言っていた。銀薔薇付クロスソード勲章だそうだ」
「恐縮であります……」
前世にも各国の勲章があったように、連合王国にも勲章がある。最上位は金薔薇付アルネシアクロスソード勲章で、授与されるという銀薔薇付クロスソード勲章は上から五番目にあたる。まだ初戦の勝利にも関わらず授与されるには十分な勲章だった。
「軍からも連合王国軍シルバークロスソード勲章を授与する予定だ。これくらいやらねば英雄に相応しくないと思ってな」
「良かったじゃない、旦那様。シルバークロスソード勲章も軍で上から五番目の勲章よ」
「軍からも……。ありがとうございます……」
「なあに、それだけの事をやってのけたんだ。お陰で国債が飛ぶように売れている。財務大臣が泣くほど喜んでいたぞ」
「それは良かったです。財務大臣には日頃の礼がようやく叶いました」
「これで資金繰りも心配無くなった。当面は全力で戦える上に国民も生活には困らないだろう。ちなみにだが、後程理由を説明するがアカツキ大佐には勲章以外にも用意している」
「勲章以外に、ですか?」
マーチス侯爵はそう言うと、執務机から4枚の紙を出してこちらに歩んできた。
「マーチス侯爵、私が持とうか」
「助かる、エディン侯爵。まずアカツキ大佐。おめでとう、貴官はルブリフ丘陵の戦勲により連合王国軍魔法大佐から連合王国軍魔法准将へと昇進が決定した。より一層励むように。なお軍服は既に手配してある。准将ではあるがオレと同じ将官用軍服となる。今後も期待しているぞ?」
「は、はっ! ありがとうございます!」
まさかの今年二十四を前にして准将への昇進。この年齢での将官は異例ではあるけれど今は戦時。准将ともなれば指揮権は大幅に広がるし、様々な面において都合が付けやすい。その辺りを考えての昇進なんだろう。
「続けてリイナ・ノースロード少佐。貴官を連合王国軍魔法少佐から魔法中佐へと昇進させる。また、アカツキ大佐が准将へと昇進したのに伴い、リイナ中佐をアカツキ准将の副官に任ずる。これからもアカツキ准将の補佐を頼むぞ」
「はっ。ありがとうございます。公私共にアカツキ准将をより支えていく所存です」
「うむ。ではここからは二人が昇進した理由になる話をする。いいか?」
「はっ。はい、大丈夫ですマーチス大将閣下」
マーチス侯爵は直前までの穏やかな表情を変え、真面目な顔つきとなる。続いて口を開いたのはエディン侯爵だった。
「まずは私から説明させてもらうが、両人よろしいか?」
「ええ」
「実はだが、先日イリス法国から対魔同盟の条項を適用して連合王国に対して援軍の要請があった。同盟各国にも要請はされているが我々としては迷惑甚だしい。が、無碍にも出来ない」
「対魔同盟とは、また随分昔の古びた同盟を持ち込んできましたね」
対魔同盟は二百五十年前の大戦で諸国が結んだ同盟だ。同盟国のいずれかが妖魔軍に侵攻を受けた場合、当該国に対して援軍を送るというもの。他にも幾十の条項が存在するけれど簡単に言うとこんなところだ。
ただこの同盟は戦後二百五十年一度も発動はされておらず、学校では歴史の授業で学ぶシロモノと化していた。しかし、今回の妖魔軍侵攻とイリス法国不利の状況に伴い法国側は本同盟を適用。各国に支援を要請し、連合王国にも援軍要請が届いたというところだね。
「まさか死文化したも同然の同盟が使われるとは思わなかった。外務省も書類保管庫から文書を引っ張り出してアルネシア王立大学から専門家を呼んだくらいだ。二百五十年前ともなれば、言語が古い方式だったからな」
「厄介というべきか、何とも言えないですね……。連合王国以外はどうですか?」
「連邦は当然無理だが、共和国は軍は出さず物資での援助、島国の協商連合は法国が敗北すれば南方大陸の植民地が危うくなりかねないということで一個師団の派遣であるな。そして、我が国からは一個師団の派遣が決定された」
「一個師団ですか。どこの師団で師団長はどなたでしょうか?」
「それについてはオレから説明しよう」
「よろしくお願いします」
僕の質問にはマーチス侯爵が答える。
なんとなくだけど、話が見えてきた。これは嫌な予感が当たりそうだぞう……。
「派遣される師団はオレの領地、ヨーク領に所在する陸軍第八師団だ。師団長は息子のルークス少将をあてた。第八師団ならルブリフ丘陵の戦い参加師団で現在は後方配置。援軍として送るには丁度いいだろう?」
「ええまあ。練度も高いですし、兵器類は全て新鋭ばかりです。扱いにも先の戦いでさらに慣れたでしょうから申し分ないかと」
「そこで、だ。アカツキ准将。理由というのが、これになる」
マーチス侯爵はエディン侯爵から紙を受け取ると、それを僕に見せる。
予感というのは得てして的中するものだった。
「アカツキ・ノースロード准将。貴官をイリス法国派遣軍参謀長へ任命する。ルークス師団長と共にイリス法国へ行き、妖魔軍を蹴散らしてこい。リイナ・ノースロード中佐はアカツキ准将の副官として同行せよ。いいな?」
「了解しましたわ」
「わ、私が参謀長ですか!?」
「アカツキ准将、貴官以外の適任者をオレは知らないが? 貴官は他に、この任に相応しい推薦出来るものに覚えはあるか?」
「……了解しました。謹んでお受け致します」
「うむ。頼んだぞ、アカツキ准将。リイナ中佐」
「私からもだ。二人共、遠征の健闘を祈る」
『はっ!』
僕とリイナは敬礼をすると、マーチス侯爵は敬礼を、エディン侯爵は軍人以外が行う左胸に手を置く敬礼をする。
拝啓、父上母上。お爺様、アルヴィンおじさん。
僕は准将に出世してしかも参謀長になりました。でも、遠征軍です。イリス法国へ、行ってきます……。
戦争以外で行きたかったなあ……。はぁ……。
6の月13の日
アルネセイラ・旧市街地連合王国軍統合本部付近
「この時期での王都召還とか、嫌な予感しかしないんだよなあ……」
「あら、旦那様。私はもうなんとなく予想がついているわよ?」
「分かってる……。だから言わないで……」
僕は馬車に揺られながらため息をつく。
ルブリフ丘陵の戦いの後、軍人や市民達の大歓声を受けながらノイシュランデに帰還した僕はしばらくの間継続して設置されることになった東部統合軍本部で事後処理に追われていた。大量の魔物の死体の処分方法に目処がついたとはいえ、次の戦いに備えて兵站を万全に期する必要がある。
それにはノイシュランデへ共に滞在している兵站改革課のロイド大尉達の協力が不可欠だったけれど、彼らはよく仕事をしてくれていた。
鉄道輸送を活用した迅速な物資補給ルートは各駐屯部隊へ中継する中小規模デポ――デポとは物を保管したり貯蔵したりする倉庫のこと――の設置で実現した。これで網の目のような物資補給網が完成。またいつ妖魔軍が現れても弾薬や食糧には困らなくなった。
地道ながらも確実に仕事をこなしてくれる兵站改革課の部下達に感謝し、積み重なった仕事を消化しきりつつあった頃だった。
僕に国王陛下と軍部大臣、さらには外務大臣の正式サイン入りの書状が届く。内容は以下のようだった。
「アカツキ・ノースロード、リイナ・ノースロード。以上二名は急ぎ王都アルネセイラへ向かうように」
国王陛下と軍部大臣だけならともかく外務大臣のサインまであるとは思わなかった僕は、何があったんだろうとは瞬間は思ったものの、現在の情勢から王都に呼ばれた理由を察した。
「イリス法国が戦線を後退。ヴァネティアとボルティーノを防衛線とする。だもんなあ」
「法国は腰抜けよね。いくらなんでも戦線を下げすぎだわ。ここが破られたらもう連合王国の、しかも私の故郷のヨーク領じゃない」
「法国の狙いはそこだよリイナ。妖魔軍に圧勝した連合王国へ助けを乞うつもりなんだ」
「ふんっ、だったら尚更気に入らないわ」
リイナにしては珍しく憤慨した様子で言う。彼女は公の場だと美人で淑やかな面もあるけれど、素は軍人気質だ。法国だって弱小国ではないのに臆病風を吹かせているのが癪に障るんだろう。
「法国の内心も分からんではないよ。例の報告、間違いなく僕がリールプルで遭遇した双子の魔人の特徴に合致する。あいつら、あの場では本気じゃなかったらしい。しまったなあ、僕は以前に本職は召喚士と言ったけれど召喚士もやれる高位の魔法能力者の可能性の方が高いかもね……」
「旦那様が悪いわけじゃないわ。法国も戦慄しているのも分かるわよ。けれど、じゃあ何の為の召喚武器所有者となるわ。大体、法国は私達より軍人の魔法能力者が占める割合が高いじゃない。半分が魔法能力者なのよ?」
「悪いのは法国の軍上層部かその上さ。戦力の逐次投入は下策なのにね。この国みたいに戦力の即時投入が出来るならともかく、そうじゃないんだからさ」
「結果負けて、ようやく重い腰をあげたのが直近でしょう? まったく、勘弁してもらいたいわ……」
「同感だね」
リイナの的を得た指摘に僕は同意する。
連合王国のインフラにせよ軍の装備にせよ、法国に比べて比較にならないくらい向上している。だから連合王国を基準にして物を考えるのは見当違いではあるのだけれど、それを抜きにしてもあの国の軍の動かし方には問題が多かった。今回の戦線決定によりSランク召喚武器所有者が三人投入される。一人が行方不明の中法国のSランク召喚武器所有者の三割が参加するという点はそれなりに思い切った決断をしたんだろうけれど、さらに上のSSランク投入はゼロ。
至高のSSランクが参戦しない理由は恐らく法皇。大方妖魔軍の進撃具合を恐れて自身可愛さに出し渋りをしているのだろう。困るのは現場なのにね。
「アカツキ大佐、リイナ少佐。統合本部に到着します」
「ありがとう」
「ご苦労だったわ」
「はっ!」
統合本部まで向かう馬車の御者は軍人。彼に感謝を述べると僕とリイナは馬車から降りて約半月ぶりに統合本部に到着する。
戦争中にも関わらず圧勝した件があるのか、忙しそうにしているものの統合本部の雰囲気は明るかった。
「お待ちしておりました。アカツキ大佐、リイナ少佐。マーチス大将閣下が執務室でお待ちです」
「君は、マーチス大将閣下の?」
「はい。秘書官のエリスです。階級は中尉です」
僕達を出迎えたのはマーチス侯爵の秘書官の一人、エリス中尉だった。ロングヘアーの茶髪が似合う美人だ。
「エリス中尉、いつも父上を支えてくれて感謝しているわ。案内してちょうだい」
「はっ」
リイナは彼女を労うと、エリス中尉は模範的な敬礼をしてから僕達を執務室へと案内する。
途中に統合本部の軍人達とすれ違ったがまるで英雄みたいな扱いを受けた。どうやらルブリフ丘陵の戦果はこちらでも尾ひれがついて出回っているらしい。師団殺しの、とか、爆殺の、とか聞こえてきたけど決して僕は耳にしてないぞ! 二つ名が増えそうな気しかしないけどね!
マーチス侯爵の執務室には人払いがされているのか誰もいなかった。いるのは護衛の兵士二人だけだった。
僕は彼らにも尊敬の眼差しを受けつつ、エリス中尉は扉をノックすると。
「秘書官、エリスです。アカツキ大佐とリイナ少佐をお連れしました」
「案内ご苦労。二人を通してくれ」
「はっ。大佐、少佐。私はここまでとなります。中にどうぞ」
「うん」
「分かったわ」
執務室に通された僕達は扉が閉まると敬礼をする。中にはマーチス侯爵だけだと思っていたけれど、もう一人この国の重鎮がいた。外務大臣のエディン侯爵だ。
「これは驚きましたマーチス大将閣下。エディン侯爵がいらっしゃるとは」
「彼もこの場にいたいということでな」
「驚かせてすまないな、アカツキ王宮伯爵。いや、この場ではアカツキ大佐と呼んだ方が適切かな?」
「いえ、どちらでも構いません。お元気そうで、と言いたいところでしたがお疲れのようですね……」
「法国のせいでね……。色々と苦労させられた」
「心中お察し致します……」
「労い感謝するよ、アカツキ王宮伯爵」
「さてアカツキ大佐、リイナ少佐。道中の歓迎は凄まじかっただろう? ルブリフ丘陵の戦い、見事だったぞ」
「はっ。ありがとうございます。到着がやや遅延するほどには」
「ははっ、そうであろうな」
ノイシュランデから鉄道でアルネセイラへ。駅からここまでは市民達から随分と歓声を受けた。御者は軍人だったけれど、使った馬車はノースロード家の家紋の車両。市民には誰がいるかひと目で分かるので、大勢の人から手を振られたし、「アカツキ王宮伯爵万歳!」「連合王国万歳!」「国王陛下万歳!」とまるで戦勝国のパレードのような大歓声だった。それもあって、警護の軍人達がいたにも関わらず統合本部到着が十分程度遅れてしまったんだよね。
「アカツキ王宮伯爵、貴殿の大活躍は国王陛下も耳にされている。大変喜ばれていたぞ。勲章を授与したいとも言っていた。銀薔薇付クロスソード勲章だそうだ」
「恐縮であります……」
前世にも各国の勲章があったように、連合王国にも勲章がある。最上位は金薔薇付アルネシアクロスソード勲章で、授与されるという銀薔薇付クロスソード勲章は上から五番目にあたる。まだ初戦の勝利にも関わらず授与されるには十分な勲章だった。
「軍からも連合王国軍シルバークロスソード勲章を授与する予定だ。これくらいやらねば英雄に相応しくないと思ってな」
「良かったじゃない、旦那様。シルバークロスソード勲章も軍で上から五番目の勲章よ」
「軍からも……。ありがとうございます……」
「なあに、それだけの事をやってのけたんだ。お陰で国債が飛ぶように売れている。財務大臣が泣くほど喜んでいたぞ」
「それは良かったです。財務大臣には日頃の礼がようやく叶いました」
「これで資金繰りも心配無くなった。当面は全力で戦える上に国民も生活には困らないだろう。ちなみにだが、後程理由を説明するがアカツキ大佐には勲章以外にも用意している」
「勲章以外に、ですか?」
マーチス侯爵はそう言うと、執務机から4枚の紙を出してこちらに歩んできた。
「マーチス侯爵、私が持とうか」
「助かる、エディン侯爵。まずアカツキ大佐。おめでとう、貴官はルブリフ丘陵の戦勲により連合王国軍魔法大佐から連合王国軍魔法准将へと昇進が決定した。より一層励むように。なお軍服は既に手配してある。准将ではあるがオレと同じ将官用軍服となる。今後も期待しているぞ?」
「は、はっ! ありがとうございます!」
まさかの今年二十四を前にして准将への昇進。この年齢での将官は異例ではあるけれど今は戦時。准将ともなれば指揮権は大幅に広がるし、様々な面において都合が付けやすい。その辺りを考えての昇進なんだろう。
「続けてリイナ・ノースロード少佐。貴官を連合王国軍魔法少佐から魔法中佐へと昇進させる。また、アカツキ大佐が准将へと昇進したのに伴い、リイナ中佐をアカツキ准将の副官に任ずる。これからもアカツキ准将の補佐を頼むぞ」
「はっ。ありがとうございます。公私共にアカツキ准将をより支えていく所存です」
「うむ。ではここからは二人が昇進した理由になる話をする。いいか?」
「はっ。はい、大丈夫ですマーチス大将閣下」
マーチス侯爵は直前までの穏やかな表情を変え、真面目な顔つきとなる。続いて口を開いたのはエディン侯爵だった。
「まずは私から説明させてもらうが、両人よろしいか?」
「ええ」
「実はだが、先日イリス法国から対魔同盟の条項を適用して連合王国に対して援軍の要請があった。同盟各国にも要請はされているが我々としては迷惑甚だしい。が、無碍にも出来ない」
「対魔同盟とは、また随分昔の古びた同盟を持ち込んできましたね」
対魔同盟は二百五十年前の大戦で諸国が結んだ同盟だ。同盟国のいずれかが妖魔軍に侵攻を受けた場合、当該国に対して援軍を送るというもの。他にも幾十の条項が存在するけれど簡単に言うとこんなところだ。
ただこの同盟は戦後二百五十年一度も発動はされておらず、学校では歴史の授業で学ぶシロモノと化していた。しかし、今回の妖魔軍侵攻とイリス法国不利の状況に伴い法国側は本同盟を適用。各国に支援を要請し、連合王国にも援軍要請が届いたというところだね。
「まさか死文化したも同然の同盟が使われるとは思わなかった。外務省も書類保管庫から文書を引っ張り出してアルネシア王立大学から専門家を呼んだくらいだ。二百五十年前ともなれば、言語が古い方式だったからな」
「厄介というべきか、何とも言えないですね……。連合王国以外はどうですか?」
「連邦は当然無理だが、共和国は軍は出さず物資での援助、島国の協商連合は法国が敗北すれば南方大陸の植民地が危うくなりかねないということで一個師団の派遣であるな。そして、我が国からは一個師団の派遣が決定された」
「一個師団ですか。どこの師団で師団長はどなたでしょうか?」
「それについてはオレから説明しよう」
「よろしくお願いします」
僕の質問にはマーチス侯爵が答える。
なんとなくだけど、話が見えてきた。これは嫌な予感が当たりそうだぞう……。
「派遣される師団はオレの領地、ヨーク領に所在する陸軍第八師団だ。師団長は息子のルークス少将をあてた。第八師団ならルブリフ丘陵の戦い参加師団で現在は後方配置。援軍として送るには丁度いいだろう?」
「ええまあ。練度も高いですし、兵器類は全て新鋭ばかりです。扱いにも先の戦いでさらに慣れたでしょうから申し分ないかと」
「そこで、だ。アカツキ准将。理由というのが、これになる」
マーチス侯爵はエディン侯爵から紙を受け取ると、それを僕に見せる。
予感というのは得てして的中するものだった。
「アカツキ・ノースロード准将。貴官をイリス法国派遣軍参謀長へ任命する。ルークス師団長と共にイリス法国へ行き、妖魔軍を蹴散らしてこい。リイナ・ノースロード中佐はアカツキ准将の副官として同行せよ。いいな?」
「了解しましたわ」
「わ、私が参謀長ですか!?」
「アカツキ准将、貴官以外の適任者をオレは知らないが? 貴官は他に、この任に相応しい推薦出来るものに覚えはあるか?」
「……了解しました。謹んでお受け致します」
「うむ。頼んだぞ、アカツキ准将。リイナ中佐」
「私からもだ。二人共、遠征の健闘を祈る」
『はっ!』
僕とリイナは敬礼をすると、マーチス侯爵は敬礼を、エディン侯爵は軍人以外が行う左胸に手を置く敬礼をする。
拝啓、父上母上。お爺様、アルヴィンおじさん。
僕は准将に出世してしかも参謀長になりました。でも、遠征軍です。イリス法国へ、行ってきます……。
戦争以外で行きたかったなあ……。はぁ……。
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ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
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