生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう

文字の大きさ
57 / 86

53話 真夜中の死臭

しおりを挟む
 チェリムさんの馬車は、少し速度を落とし、ゆったりとしたスピードで車輪を回す。
 馬の蹄が土煙を上げる音、ガタガタと揺れる車輪の回る音。それらが耳の奥へと、心地よく流れてきた。

 それもそのはず、未だに少女は眠ったまま。
 リュウラン師匠に襲った、満腹感を出す正露丸を無理矢理口の中に押し込んだものの、溶けるまでにしばしの時間がかかる。

 その欠点を考慮して、僕とリーファさんは名前のわからない少女を横にして、互いに向かい合うスタイルから、横に隣り合っていた。

「よく眠っていますね」
「あの薬には、満腹効果以外に睡眠効果もあるからかも。そのおかげで、体力の回復も早いと思うよ」

 僕もよく教わった。
 師匠から教わったこの薬は、作るのが簡単な割に、一粒食べれば一週間以上、何も食べなくてもいいので、コスパに最適。

 ただしクソまずい。
 吐きそうなほどまずいのが特徴で、意識が途切れて味覚がなくなっている時じゃないと、とてもじゃないが飲めやしない。

 それこそ僕みたいに、何度も何度も飲んで慣れてきた人間には、もはや何ともない味だが、リーファさんが一度食べた時は、人舐めしただけで、吐瀉物としゃぶつが吐かれていたっけな。

「ですがあんなまずいものをよく食べられますね」
「慣れだよ慣れ。慣れれば大抵なんとかなるから」
「慣れ? その理屈だと、あのまずい正露丸を何度も食べたように聞こえますが」
「うん。もう千回以上は食べてるよ。最初は不味すぎで、すぐに吐き出してたけど、今じゃ平気。懐かしいぐらいだよ」

 僕がそう口にすると、「懐かしい?」と引き攣った顔でリーファさんが嫌煙した。

 そんな顔をされるとは思ってなかった。
 これじゃあ僕が異常みたいじゃないか。まあ、そうなんだけどさ。

 走行しているうちに時間はあっという間に過ぎ去っていた。

 空は次第に青空から夕焼け色に様変わりし、自然と空は真っ暗になる。
 これはそろそろ夜営が必要かもしれない。

 ここまでおよそ半日。
 少女はまだ起きない。その上、チェリムさんもテンションがハイになっていて、目の奥がぎらついていた。

「チェリムさん、そろそろ野営にしましょう。近くの木のそばにでも停めてください」
「わかったニャ」

 時刻の程はどれくらいだろう。
 多分もう真夜中だ。ここまでして、まだ十キロぐらいある。流石に遅すぎだ。

「それじゃあご飯にするニャ」
「ご飯って、今からですか?」
「そうだニャ。ついつい走りすぎたニャ」

 走りすぎたニャ。じゃないですよ。
 だってもう真夜中。にもかかわらず、チェリムさんは大きな鉄鍋と落ちていた木々を拾い集めて、焚き火を起こそうとしていた。

「まさか今から料理をするんですか?」
「そうだニャー。これが一番の楽しみニャ」

 それはわかる。
 食べることは、一番の楽しみだ。

 しかしその材料の数はなんだ。
 流石にこの時間に鍋物は、時間がかかりすぎる。一体いつ寝るつもりなんだろう。

「じゃあ早く皆んなで準備するニャ」
「準備って、一体何を作るんですか?」
「何って、鍋ニャよ? 鍋は皆んなを仲良くさせるニャ」

 チェリムさんのテンションは高かった。
 これは否定できない。それを悟ると、僕とリーファさんは憐れんだ顔から、落胆に差し代わる。

 量も量で、料理の準備を手伝おうとした。
 しかししゃがみ込んだ瞬間、僕の鼻先をつんざいた。

「うわぁ!?」
「ど、如何したニャ!」

 チェリムさんが驚く。
 リーファさんも剣の塚に手を添える。

 僕も自然とナイフに手が差し掛かり、振り返る。
 そこには黄色に光る無数の何か。

 暗闇の中に溶け込んでいて、何がいるかはわからない。
 しかし僕は一瞬で理解する。

 この臭いは血だ。
 しかも飢えた血の臭いだ。

「あれは、なんでしょうか?」
「多分モンスターだよ。この森、モンスターの縄張りだったんだ」

 焚き火の火を近づけると、暗闇の中に光る黄色いものの見た目がはっきりとした。
 そこにいたのは、何匹ものコヨーテ。
 四本の脚を揃えて、僕たちを狙う獣の目をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

処理中です...